つばさと悠人9 『追撃』

【ロキ 帝国本陣前】


「俺の元々住んでいた世界には、よく噴火する火山があってな。その周辺は白州シラスと呼ばれる台地が広がっていた。火山灰が結晶化したやつだな」

 エアに抱えられて飛びながら、俺は遠くにあるすり鉢状の地形を見つめる。今はすっぽりと包み込むように雲が上空を包んでいた。


「その白州シラス、一見すると白い岩肌のように見えるんだが……雨に弱いことで有名なんだ。ちょっと強い雨が降ると、すぐに崖崩れが発生する」


「だから、私とエアが必要だった訳だね」

 脇に抱えられたルールーがくたびれた顔を見せている。飛んでいるエアも同様だ。


「そもそも雲、とは水蒸気からなる氷の粒が集まったものだ。それが空気に暖められて雨として地上に落ちる」

 ルールーの魔法を詳しく言うと、空気中の氷を移動できる魔法、という事なのだろう。

 ならばそれを敵の頭上まで移動させ、風を使って急速に溶かせば雨が降るということになる。


「雲を操りそのまま落下させていけば、いつかは溶けただろうが……そこに上昇気流を当て続けるとどうなるか。空気が振動し、氷の粒と粒が結合し、一気に大きな雨が地上へと降り注ぐ。集中豪雨だな」


「こんな広範囲に魔法使ったの初めてだよー……」


「……『上昇するだけの緩い風? そんなのよゆーだよー』とかのたうち回ってなかったか?」


「広い! 遠い! 長い! ダルい!」

 俺はエアの訴えを全て無視して続ける。


「更に上昇気流を当て続けることにより、水蒸気が巻き上がって巨大な積乱雲が発生する。そうなれば後はほったらかしでよいと。積乱雲から急激な大雨が降り注ぎ、大地に水が染みわたり、自然砦は崩壊を待つのみだ。……ただ、その前に逃げ出されても困るからな」


「だから……盗んだんだ? それ」


「ちょっとお借りした、と言ってくれ」

 俺の手には、ブルシャン水路内に設置されていた『魔石』が握られていた。

 『魔操の魔石』か『乱心の魔石』のどちらかだと踏んでいたが、『魔操の魔石』だった。乱心でもどうにかなっただろうが、楽な方で良かったよ。


 ルスラン王族の特性である『全ての魔石を使うことができる』。これを利用させてもらった。

 最初に水路に向かう途中で見かけたゴブリンの集落に向かい、ゴブリンキングを『魔操の魔石』を使って操り、敵本陣前までご案内する。

 そこまで向かわせれば俺の勝ちだ。後は恐れた敵兵が攻撃し、勝手に中へと引き込んでくれる。


「空からはゲリラ豪雨が降り注ぎ、唯一の出入り口はゴブリン軍団にふさがれ、そうこうしているうちに土砂崩れで生き埋めになると。我ながら素晴らしい戦略だ!」


「えげつなー……絶対ロキ性格悪いでしょー?」

 何を言うか。戦争なんざどれだけ性格悪いかを競う戦いだ。性格が悪ければ悪いほど勝つもんなんだ。

 つまり王族の俺にとって性格が悪いは褒め言葉。笑いが止まらんとは、このことだ。


「高笑いしてるところ悪いけど……敵が出てきたよ」

 ルールーが指差す方を見ると、敵兵が複数、鶏馬ルロにまたがり飛び出して来た。明らかに高級そうな全身甲冑フルプレートを着た兵も二人いる。

 恐らく司令官だろう。


「俺の策も完璧とはいかないさ。後は崩壊するだけだ。あいつらの後を追うぞ」


「まだやるのー?」

 ふくれ面を見せるエアの尻を比喩表現的な意味で叩き、俺達はラーフィア山脈へと向かう敵の後を追った。


        ****


【帝国軍 ラーフィア山脈前】


「背後上空より魔族です!」


「クソっ!」

 オリヴィアは後方を走る兵の報告に舌打ちをする。やはり伏兵がいた。予想はしていたが、だからと言ってどうすることも出来ない。こちらはもう圧倒的に戦力が足りてなかった。


 緑色の風が上空から降り注ぐ。半円状のそれはナイフのように鋭く、貴重な兵を一人、また一人と切り裂いていく。


「……私がおとりになります。お逃げになってください」

 オリヴィアが覚悟を決め、アレクシスに伝える。だがアレクシスはその決意に首を振る。


「敵は空を飛ぶ、オリヴィアを通り過ぎてこちらの方に来るだろう」


「ですがこのままでは……いずれ」

 翼を持った魔族が再び緑の風を飛ばす。アルテミスの射程範囲を考えた距離を保っていた。足で抱えられた白い髪の男が指示を飛ばしている。この惨状はあの男の策略か。


「……ラーフィア山脈まで行こう。希望を捨てるな」

 アレクシスが緑の風を剣で弾きながら号令する。だが初めの頃の覇気は最早無い。アレクシスですら、この状況は精神をすりつぶしていた。


 ラーフィア山脈ふもとに差し掛かり、降りてきた道を一気に駆け上がる。いつの間にか、空を飛ぶ魔族からの攻撃は消えていた。鶏馬ルロの速度を最大限に使い、死に物狂いで岩から岩に飛び移り、山頂へと辿り着く。燃え尽きた小屋が微かに煙を吐いていた。


 頼む、竜よ。死んでいてくれ――オリヴィアは思いを張り巡らせる。

 先発隊が『エリシャの杭』を上手く使い、仕留めた可能性もある。

 だが確実ではなかったので、本来の計画では再びおとりのレギオン隊を突入させて時間差で越える予定だった。


 だがもうそんな余力はない。先発隊ガイウスが殺していることを祈るしかない。

 だが、オリヴィアは分かっていた。嫌な事というものは続くものだ。

 本来ならば、起こって欲しくない事、都合の悪い事は起こると仮定して動かなくてはならない。


 起こらないでもらいたい、そう願った時点で負けなのだ。オリヴィアは奴隷時代、十分にそのことを自覚していた。

 だが、それでも希望を願わずにはいられない。それが人間の証であるのだから。


 不意に、アレクシス達の前方から火炎の渦が巻き上がった。


「……そうか。神はつくづく、私に試練を与えたいようだ」

 オリヴィアの悪い予測。それは当然のように降りかかってきた。

 白のドラゴンが急降下して、アレクシス達の前に立ちふさがった。


 オリヴィアはアレクシスの制止を振り切り、白いドラゴンの前に鶏馬ルロを向ける。その手には手綱と、動く麻袋が握られていた。


「……ドラゴンよ。そなたの子はここだ。この中に二匹入っている」

 ドラゴンはオリヴィアの掲げた麻袋を見つめ、少しだけ鼻を鳴らした。


「そのくらいは分かっておった。だからどうしたのじゃ? その子らが居ても居なくとも、わしはお前らを食うぞ」

 人間の価値観では推し量るな。ドラゴンが暗にそう伝えてくる。分かっていた事ではあったが、オリヴィアは落胆した。そして、オリヴィアは覚悟を決める。

 別れの覚悟を。


「そうか……ならば、食ってみよ!」

 手綱を振り、雑木林へ向けて鶏馬ルロを走らせる。背後からオリヴィアの名を呼ぶアレクシスの声が聞こえてきた。


 アレクシス様……これまで、ありがとうございました。

 オリヴィアがアーメットの中で呟いた言葉は、誰の耳にも届くことなくかき消えた。


 木と木の間を匠にくぐり抜け、道なき道を進む。上空からドラゴンの羽ばたきの音が聞こえてきた。

 ドラゴンも口では突っぱねていたが、やはり子は惜しいのだろう。オリヴィアはそう考え、自らおとりになる選択をした。

 もし本当に子が惜しくないのならば、まだオリヴィア達がドラゴンを把握していない段階で、不意打ちのドラゴンブレスで焼き尽くすこともできただろう。

 今現在も炎を吐いてこないことからもそれは明白だった。 


「白きドラゴンよ追ってこい。アレクシス様が山脈を抜けるまで、私が相手する」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る