つばさ8 『エリシャの杭』

【帝国軍 ラーフィア山脈】    


「報告! ドラゴンに『エリシャの杭』を打つことに成功! 捕獲いたしました!」


 本陣でちびちびと蒸留酒を舐めていたガイウスの下に伝令が入った。

 すぐに巨人の斧と呼ばれる己の武器を取り、衛生兵のみ残し意気揚々と出陣する。

 いかに数があれど、雑兵が竜に打ち勝つかは五分以下だと踏んでいたガイウスにとって嬉しい誤算だった。だが、ドラゴンの首狩りはどんな武功を上げた部下であろうとも譲るつもりはなかった。


 平野に辿り着くと、槍と矢で体中を覆った白色の翼竜が横たわっていた。

 ガイウスが近づく間にも、その巨大な体に釣り針の形状をした鉄縄が次々と打ち込まれ、地面と縫い付けられている。


「古のドラゴンよ。魔力を封じられた気分はどうだ?」

 魔族やモンスターは人間と違い、魔力と呼ばれる特殊な力が体を循環している。その力を持たぬ人類にとって驚異でしかない。

 その魔力を封じる『杭』がここ最近になり開発されたのだ。『商会』からの買い付けなので一本につき膨大な国家予算を強いることになる。

 ターンブル軍は今回の作戦でその『エリシャの杭』を十四本も導入している。そのうちの一本をガイウスが預かっていた。


「どうした? 言葉が分からぬ程知能が低い訳でもなかろう?」

 命乞いでもすれば、武功が更に上がる。そう考えガイウスは竜を挑発する。竜はガイウスを目で確認すると、まだ自由に動く首頭を上げ、巨大な口を開く。


「賊に話す言葉なぞただ一つじゃ。死ね」

 白竜は口のみで威嚇を繰り返す。それを見てガイウスはここらが武功の締めどころだろうと辺りを付けた。欲をかきすぎて他部隊の到着を許しても面白くない。


「これだけやってもまだ死なぬか。やれ!」

 千程まで減った歩兵に命じる。

 先ずアルテミス隊と呼ばれる連射の出来る弓矢を持った弓兵たちが矢をしこたま撃つ。その後、槍で突き刺す。それを繰り返し動きが止まったところでガイウスが首を落とす。そんな絵面を描いていた。


 だがそれは幻想に終わる。

 撃てば当たる巨大な的。であるのにかかわらずアルテミス隊の矢は空を打ち抜いた。

 その場にいる誰もが目を疑った。

 地に縫い付けられた鉄縄を引きちぎり、巨大なドラゴンは瞬きのうちに上空へと飛行していた。みるみるうちにその姿が豆粒のごとく小さくなっていく。


 逃げたか? その考えがガイウスの頭を掠めたが、それは間違いだとすぐに思い当たる。

 ドラゴンの姿が徐々に大きくなっていたからだ。電光の早さで近づいて来る。


「まさか――」

 まずい。密集している。ドラゴンの思惑を一瞬で察したガイウスは武器を手放し駆ける。


「全軍、撤退――」

 ガイウスが伝えられた、最後の言葉だった。背後からの衝撃波と石の弾丸はガイウス自慢の全身鎧パレードアーマーを突き破り、鍛え上げられた肉体を貫通し、その野望と共に粉々に打ち砕いた。


        ****

【ノエル ドラゴン山脈】    


 急傾斜の森近くは悲惨な状況だった。木と木が密集していないので見たくもない死体モノが嫌でも目に入ってくる。

 見渡せば、そこに映るのは数え切れない程の人だった物体。

 まだ息のある人間もいるけど、私にはどうすることも出来ない。

 一緒に行くと騒ぐ子竜たちを説得してお館に戻ってもらい、私は一人で師匠を探してさまよっていた。


「止まれ!」

 急に呼び止められ振り向く。人間が……六人。どれも怪我が酷い。寄り添いながらどこかに行こうとしていた所なんだろう。皆立ち上がった状態で私の方を見て目を見開いている。


「女か……? 何故こんなところに」

 どうしよう。師匠と戦ってた兵士ってことは、多分魔族に対しても良い感情はないはず。


「質問に答えろ。お前は何者だ。人か? 魔族か?」

 男の一人がなにかを構える。猟銃のような形状だけど銃身が短い。先の方は狛犬みたいな顔が付いていて、その口から矢尻が覗いてる。


 ボウガン。私の知識で一番近い物はそれだ。


「ここは我ら以外の人などいない。魔族以外の何物でもないな。なにをしている?」

 ボウガンらしき物を構えながら男が近づいてくる。落ちていた枝が男の足に踏まれペキリと音を立てた。


 その瞬間、鼓膜が破けるんじゃないかと思う程の衝撃音が響き渡った。それと同時に衝撃波と地震が私たちを襲う。

 地震慣れした日本人の私としては軽い物だったけれど、元々立っているのもやっとだった男たちが地面に膝を付く。チャンス!


 私と男たちの間に線を引くイメージで、魔力を地面に注ぐ。大きく腕を振り上げるとその場所から直線状の火炎流が吹き上がった。


 『火壁』。『火柱』の応用で横一線の地面に炎を吹き上げさせる。師匠との新魔法第二弾だ。火柱より威力が低いけど、範囲が広く牽制くらいにはなる。


 炎の壁が目眩ましになっているうちにその場から離れ、衝撃音の発生した方向へ走った。かなり近くで聞こえてきた。走ればすぐのはずだ。


 なぎ倒された木々を抜け、森の切れ目に抜け出ると壮絶な状況が私の目に広がった。


「なに、これ……」

 そこは元々平地だったのだろう。だけど今は大きなクレーターが広がり、土の粉塵で満たされていた。余り見たくない破片もちらほら散在している。師匠がなにかやったんだろうか。

 恐る恐るクレーターの端から中心部をのぞき込んでみると、師匠がドラゴンの姿のまま倒れていた。


「お師匠様! 生きてる?」

 返事が無い。辺りに誰もいないことを確かめて、意を決して飛び降りる。滑りながら降り、師匠の下に辿り着いた。


「ノエルか……子は無事かの?」

 良かった。生きてる。でも……傷が酷過ぎる。

 体中に折れた矢や槍が刺さっていて、体中深い切り傷に覆われ血が噴き出している。


「みんな無事だよ。お館に避難させてる」


「そうか……済まんが、一つ頼まれてくれるかの」


「なに? あんまり喋らない方がいいよ」

 一言、言葉を発する度に傷口から血が噴き出している。


「背中の辺りに青く光る杭のような物が刺さっとるはずじゃ。抜いてくれんか」


「杭……ここからだとちょっと分からない。登るね」

 シッポの方に廻り、そこから背中までよじ登る。明らかに他の刺さっている物と違う形状の棒を発見した。鈍く青色に点滅している。なにか文字が書かれているけれど、土と血がこびりついていて読めない。


「これ、抜いて大丈夫なの? 多分結構深くまで刺さってるよ」

 ちょっとの力だとびくともしない。形状は真四角で、師匠の体から出ている部分だけで三十センチくらいだ。

 頭の先には黒いモニターのような物が付いていて、その中で青白い線で描かれた図形が点滅していた。


「構わん。その杭によりわしの魔力が封じられておる。人間め。妙な物を作りおって」

 魔力封じ。魔法に頼りっきりの魔族にとって最悪の武器だ。特性と身体能力だけで戦わないといけなくなる。もしかしたら私なんかだと魅了チャームも使えなくなるかもしれない。

 それより魔法抜きでこんなクレーターを作れるドラゴンの身体能力にビックリだ。

 師匠の背中を足場にして、杭に両手をかけて力を込める。体重を外側に掛けると嫌な音と血飛沫が上がり、ずるりと抜けた。


「おう、ありがとな。力がみなぎって来たわ」


「強がり言わないでよ。全然そう見えないんだけど」

 師匠はさっきと変わらず荒い息を上げている。


「なあに、魔力さえ戻ればすぐに回復する。さて、続きをやろうかの」

 地面に付けてた首を持ち上げて上空を見る。嘘でしょ?


「駄目だよ。今動いたら死んじゃうよ」


「死なぬよ。本隊は砕いたが、まだ人間どもが散っておる。やらねばならんでな」


「だって、血がダクダク出てるよ!」


「そんなもの魔力の流れで止まるわ。ノエル、お前はブルシャンに戻るのじゃ」


「戻れないよ。お師匠様の手当しないと」

 こんな時に師匠だけにしておけない。帰るにしても全部終わってからだ。


「聞くのじゃ。わしがここの賊どもと戦っておる時に、迂回して山脈を通って行った軍団がおる。山脈から抜け出て魔族の地に足を踏み入れた」


「……この人たちが陽動だったってこと?」


「そのようじゃな。ここにいた人間の五倍は数がおった……奴ら魔族と戦争する気じゃ」

 戦争……五倍……? 理解が追いつかない。魔族と戦争なんてしてなんになるんだろう。ただの自治体なのに。


「ここから一番近い街がブルシャンじゃ。真っ先に攻め入るじゃろう。遅いかもしれんが、少しでも力になってやれい」


「なんで? なにも悪い事してないよね、私たち」

 人間に危害を加えた訳じゃないのに。皆、毎日の暮らしを頑張ってるだけなのに。


「人間にことわりを求めても無意味じゃ。奴らは自分らの都合の良いように正義を作り出す」


「そんなの……意味分かんないよ」

 私も人間だったけど、そんなの理解出来ない。納得したくない。

 悪い事をしたら悪い事をされても文句は言えないかもしれない。でもそうじゃない。相手がなにもしてないのに攻撃して正義を主張する? そんなのただの傲慢だ。


「わしのことは気にするな。わしはわしのやるべき事をする。お主も同じようにせい」

 やるべき事。私が今最優先でやらないといけない事。


 私に翼があれば、すぐにでも飛んで街の皆に知らせに行っていただろう。すぐに避難すれば、魔族の犠牲は少なく済むかもしれない。でもそれは不可能だ。


 それでもなるべく早く戻って、皆と一緒になって人間と戦うべきかもしれない。

 でも炎魔法しか能のない、身体能力の劣る私が役に立つんだろうか。

 私の知る魔族たちは皆人間と比べると強い。街で果物を売っているただのおばちゃんが姿を透明に出来たりする世界だ。

 友達のエアやルールーだって人間に比べたら遙かに強い。人間に手も足も出ないなんてことはないだろう。


 そしてグリフォン種のお父さん。

 私は何度かお父さんが戦ってる姿を見たことがある。休みの日は家でゴロゴロしてるだけの人だけど、戦えば誰にも負けないと思う。

 ハッキリ言ってあの強さは異常だ。お父さん一人だけでも人間が束になって攻めて来ようが負けない気がする。


「分かった。やらないといけない事をするよ」

 私が今最優先ですべきこと。それは


「私は師匠の手当をしたい。せめて槍と矢だけでも抜かなきゃ」

 矢が刺さったら不用意に抜くなと本で見たけど、魔力で血を止めることが出来るなら早めに抜いておいた方がいいはずだ。

 魔族の街に行くのは後回し。師匠の手当をしてからだ。

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