第8話『転送に至る経緯』
さて、昨日は疲れていたから寝台に寝転がってすぐに落ちたけど、今日は半日しか動いてないからまだ元気だ。
しかしよく考えれば、昨日あれだけ疲れきってたのに、昼まで寝たとはいえ一晩でよく回復したな。
あれか? やっぱファンタジー世界だから宿屋一泊で全快する、みたいな事になってんのかな。
5年引きこもってた男が丸一日駆けずり回って翌日筋肉痛はおろか疲労感すらないって、やっぱおかしくね?
なんとなくだが、この寝台は回復魔法的な効果がある魔道具的なアレだと思ったほうがいいかもな。
寝心地はあんま良くないけど。
まあどちらにせよ、まだ眠くないし、眠くなるまでここに至る経緯を整理しとこう。
**********
何度も言うが、俺は引きこもりだ。
バイトすらしたことねぇ。
親に食わせてもらいながら、気楽に生活してた。
引きこもりっつってもちょこちょこ小遣いもらってコンビニぐらいは行ってた。
あの日もコンビニに行ってたんだが、最近小遣いをあんまもらえなくてちょっと
で、コンビニからの帰り道、お袋を見かけた。
道端にあるお稲荷さんの
何となく顔を合わせたくなかったんで、物陰に隠れてやり過ごすことにした。
お袋は手を合わせた後、供えてた油揚げを引き上げて、そのまま家の方に歩いて行った。
最近知ったんだが、お供え物って、供えたあと、すぐに引き上げるんだってな。
この稲荷、お袋だけじゃなく、親父も妹も時々手を合わせてるらしい。
お袋が見えなくなった後、俺も家に向かって歩き出したんだが、ふと祠の前で立ち止まった。
なんつーか、俺の小遣いが減らされてんのに、こいつは俺の家族からお供えもらってるんだなーって思ったらなんか無性に腹が立ってきたんだよな。
とりあえず一発蹴り入れてやろうと思ったんだわ。
いま思えば最低だな、俺。
ところでこういう経験は無いだろうか?
ペットボトルを取ろうとした時、中身が入っていると思って持ち上げたら実は空っぽで、腕をものすごい勢いで振り上げてしまった、みたいな。
あの感じ、わかる?
俺はこの時、祠を軽く蹴飛ばしてやるつもりだったんだよ。
でも、日頃の運動不足のせいか、目測を誤って外してしまったんだ。
俺はヒザ下ぐらいの対象に足が当たるのを前提に振ったんだが、それを外した脚は予想以上に勢い良く振り上がってしまったんだ。
そうなると軸足の方もバランスが崩れるのは必至だよな?
で、そのまま後ろに倒れてしまった。
予想外の動きだったから受け身を取る暇すらねぇ。
後頭部に衝撃を受けた俺は、そのまま意識を失った。
**********
気が付くとそこは真っ白な空間だった。
で、目の前に和服姿の女の子がいたんだ。
なんつーか、見たことは無いけど
おかっぱ頭でちっちゃくて、シンプルなデザインの和服着て、椅子もないのに椅子に座ったような姿勢で足をブラブラさせてた。
ただ顔は見えなかった。
狐のお面かぶってたからな。
「おう、気がついたかの」
声は可愛らしい感じだけど、しゃべり方はおばあちゃんみたいだ。
「えっと……、ここは?」
「ここがどこかは説明が難しいのう」
「はぁ。俺は何でここにいるの?」
「お主はワシを
「死後の世界……的な?」
「死にかけと言うたろうが」
「はぁ……。じゃあもしかして君はお稲荷さん?」
「ふむ、理解の早いことじゃて」
ま、狐のお面かぶってるし、そんな感じじゃねーかなぁとは思ってたけどさ。
「で、俺はなんでここにいるの……?」
「祠を蹴飛ばそうとするようなバチ当たりにはそれ相応の罰を与えねばならんからのう」
「え? それだけのことで俺ってば死にかけてんの?」
「それだけのこととはなんじゃ、それだけのこととは! それにお主が死にかけとるのはワシのせいじゃないわ! 単純にお主がマヌケなだけじゃわい」
「はぁ、そうなんすか」
お面被った和服姿の女の子が「プンスカ!」とジタバタしてる姿はなんか和むねぇ。
いや、和んでる場合じゃねぇか。
「さて、お主はほっとけば死ぬ。それぐらい打ち所が悪い」
「あー、じゃあ死んでもいいっすわ。俺なんて生きてても迷惑なだけだし」
自分から行動を起こすのは無理だけど、不運に巻き込まれて死ねるってんなら正直望むところだわ。
どうせ生きてたって何が出来るわけでもないし、そこまで生に執着はないかな。
ってことで来世に期待しよう。
「まあそう言うな。ワシの祠の前で死にかけとるのも何かの縁じゃ。お主にチャンスをやろう」
「えーっと、それは俺がたまたまお稲荷さんの前で転んだから?」
あー、なんか面倒くさいことになりそう。
「ふむ。それもあるが、お主の家族に免じて、という部分のほうが大きいのう」
「家族?」
「そうじゃ。お主の両親と妹じゃが、週に一度は油揚げを供えてくれるからの」
「はぁ」
「しかもスーパーの安モンじゃのうて、豆腐屋で造られとる旨いお揚げさんじゃ! 3人とも別の店で買ってきておるらしく、それぞれ個性があって非常に美味なのじゃ!!」
「食いもんに釣られたってわけ?」
「それもなくはないがの。ここ数年は皆お主のことばかり祈っておるのよ」
「俺の……?」
「そうじゃ。お主を何とかしてくれ、との。まぁ最近妹だけは祈りではなく呪いに近いものになっておるがの」
う……、心当たりがありすぎる。
つか、お袋だけじゃなく、親父も気にかけてくれてたのか……。
「そこでじゃ。お主には世界を救ってもらおうと思う」
このガキいきなり何いってんの?
「は? エリートとはいえニートの俺に何が出来んだよ」
「世界と言ってもな、お主が住んでおる世界ではない。別の世界じゃ」
……え?
「もしかして異世界転移ってやつ?」
「ふむ、最近はその手の話が流行っとるのか、説明の手間が省けて助かるわい」
「うおおおぉぉぉ! マジかー!!」
世にも奇妙なアレ的なものを予想してたら、俺の好きなラノベ展開キター!!
おう、さっきまで生きる気力が欠片もなかったのに、なんか俄然やる気が出てきたぜ!!
「喜んどるところ悪いが、これは罰じゃからな」
「罰?」
「そうじゃ。ただ異世界に行って異世界生活を満喫するだけではダメじゃ。さっきも言ったが、世界を救うのじゃ。」
「世界を救う?」
「それがお主に科せられた罰なのじゃ」
「罰ねぇ……」
「とにくじゃ、お主が世界を救うまで、それは終わらんよ」
「なんかよくわからんけどさ、やっぱチート能力とかもらえんの?」
「チート? 最近よう耳にするが、そらなんじゃ?」
「チートってのは、まあズルとか反則とかいう意味でだな。例えばゲームとかだと最初から高レベルとか、所持金MAXとか、アイテム全部持ちとかそんな感じで、楽に攻略進められる裏ワザ的なアレだよ」
「お主のう……。何度もいうがこれは罰じゃぞ? 楽にことを運べれば罰にならんじゃろうが」
「え? じゃあなんの特典も無しで世界救えっての? そりゃ無茶だろうがよ!!」
言っちゃ悪いが俺の能力は学力以外平均以下なんだぞ?
学力だって、平均よりちょい上ってぐらいだ。
そんな俺がチートもなしじゃあ、世界を救うどころか生きていくことすらままならねぇよ。
実際今だって親に頼らなきゃ生活が成り立たねぇんだからさぁ。
「文句言うな。まぁチートかどうかはしらんが、異世界生活基本パックというのは用意しておる」
「”異世界生活基本パック”ぅ? それがあればだいぶ楽になるんだな?」
「全部あれば相当楽じゃろうな。異世界で生活するだけならすぐに不自由はなくなるじゃろ。ただし、お主に全部はやらん」
「なんでだよ!!」
むしろ余分にクレよ!!
「祠を蹴ろうとしたバチ当たり行為で減点1。妹の呪いでさらに減点1。まあ言葉は通じるようにしといてやる。そうじゃな、両親の祈りに免じて基本パックとは別にワシの加護もつけておいてやろう。それがあればなんとかなるじゃろ」
「そんなんで大丈夫かよ……」
「神の加護を侮るなよ? まあ両親への感謝と妹への贖罪を忘れんことじゃ」
「ところで、その基本パックとか加護って具体的に--」
「おっと、もう時間じゃ。もう一度言うが、世界を救うまでそれは終わらんからな」
「いやいや、まだ訊きたいこといっぱいあるんだって!! そもそも世界を救うって、何すりゃいいんだよ!!」
そこで意識が途切れた。
で、気がついたら森の中ってね。
異世界生活基本パックってのは、俺が持ってる<言語理解>さんと、たぶんだけどヘルプ機能的な<鑑定>、大量に物を持ってもかさばらない<アイテムボックス>だと思う。
どっちも習得に1,000万ポイントもいるんだけどな……。
くそう、妹への贖罪どうこういわれたけど、恨みしか出てこないぜ。
んで、加護ってのが死に戻りとステータス機能だな。
ステータス機能は正直すげーありがたいわ。
死に戻りもいつかは慣れると信じたい。
慣れれば役立つ能力だと思う。
まあお稲荷さんの目論見通りっつーかなんつーか、俺はなんとか生活はしていけそうだしな。
ただ、重大な問題がひとつ……。
結局俺は何すりゃいいわけ?
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