シーン・1日目・夕食・2

 鼻を突く酸っぱさ、勿論、その酸っぱさの裏側にいくつもの匂いが混じっているがそれを嗅ぎ分けられるほどの嗅覚をしていない。温かいことで酸味だけが飛んでいるのだろう。


 ほのかに香るのは、果実臭の様だが、詳細はわからない。


 疲れを洗い流した風呂上がりに香ってきたのは、その酸味。


 テーブルについて、配膳されてきたのはなんだか、正体のわからない黒い液体。

 それが、白い椀の中に入っているさまは――えと。


「前衛的ですね」

「……そうかな」


 『お姉ちゃん』は疑問符を頭に浮かべている。女性は酸っぱいものが好きだと聞いたことがあるが、えと、目の前にある、これはなんだろうか。


 ざ、材料がまずわからない。――しかし、期待する様な目で見られている。


 スプーンを突っ込むととぷんと音がしそうな粘度を感じる。粘り気があるが、水飴というほどではない、せいぜいがオイスターソースぐらいだろうか。


 水面からさらに深く差し込むとスプーンの先に何かが当たる。大きさから麦の粒か何かだろうと推測する。少し大きい気がするが。それ以外に、何かが入っているようだが、メインは麦。


「あ、ん」


 こわごわと、麦粒ごと一口を含むとまず、ふんわりと鼻に届いたのは葡萄の匂い。

 なるほど、この酸味は果実酢のもの。


 しかし、それにしても強い甘みを感じる。砂糖か何かを加えて甘みを増しているのだとわかる。卑近な舌に頼っていうなら、酢豚のあんにも近い感じの甘さと酸味。

 とろみは多分、糖によるものだとおもう。

 麦粒を歯で押しつぶすと、返ってきたのは意外な食感。茹でるなりして『くにゅ』っとした感じの食感かと思ったが、『さくり』としたクリスプ感。


(一旦、蒸すか茹でるかした麦を揚げて……揚げて?)


 備蓄食品に油は無かったはずだ。正確にはあったが使えないものとして、別所に保存したはず。この油は一体――?


 思った疑問は次の一口で氷解した。麦と別に入っていたのは松の実。


 昨日、眠る前に松の実を食べたことがないというぼくに説明してくれたことだ。木の実というのは基本的に油を多く含んでいると、クルミやナッツはよく知られているけど、松の実なんかも大量に油を持ってるとか。


 ぼくの表情から美味しいと思っていることを理解してくれたのだろう。


 『お姉ちゃん』はぼくに説明を始めた。


「ご堪能していただけているようで何よりです。ちょっと、調理の自慢をさせていただきますね」

 そう前置きして話し始める。


「まず、『旦那様』に採ってきていただいた麦、燕麦ですが、これは挽いたところで小麦みたいに使える物じゃないはずです……あ、もちろん、この世界の品種じゃないので出来るかもしれませんが、そういった賭けは今の段階では必要ないと思いましたので……ちょっと脱線しましたが、今回はこの麦を主役にしないといけないということで、蒸してそのままでも食べれる状況にしてから揚げました」

――ふうん、麦って使い方が結構違うのか……。

――小麦も大麦もビールがあるんだから何やかんやで同じようなものかと思っていた。


 ともあれ、なるほどである。蒸して食べられるものをさらに揚げて食べられなくなるはずがない。そして、その油は、


「ですね、そして、わたしが今日の昼にちょっとずつ集めていた松の実です。採っていないものがまだまだあるので、今日集めた分はほとんど使っちゃいました」


 笑みで言っているので、まぁ、無軌道に使ったわけではないのだろう。

 十分に行けると判断しての行動だと思う。そんなことを思っている間にも『お姉ちゃん』は説明を続ける。


「調理法的には二つの鍋を使いまして、一つには蒸した麦を炒って水分を飛ばしていきました、もう一つで松の実を弱火にかけて少しずつ油が染み出すのを見ていました。で、麦の水分が飛んだ辺りで、松の実の鍋に合わせて、後は、松の実の油でどちらもを炒め揚げにする感じですね、これで松の実は『くしゅ』っと麦は『さくっ』と別々のクリスピーな感じに揚がったのではないか、と」


 にしても、このソースは、


「『旦那様』がこわごわとしていたのは、このソースのせいだと思いますが、まぁ、単純に言えばハチミツを加えたバルサミコ酢を煮詰めたものですね。参考にしたのは、バニラアイスにかけるとおしゃれになる、例のアレですが」


 あぁ、なるほど、と、その説明を受けることで腑に落ちた。


 具体的にはこちらの心構えがずれているのだ。


 夕食として出てきてはいるが、組み立て的にはデザートの一品に近い。

 手元にあるものでエネルギーの高い食べ物をと考えてくれた結果なのだろう。


 甘みがあって、美味しい。


 酸味があるので若干のおかずっぽさもあるが、やはり、基本的にはデザート感覚の味だ。


「うん、甘くておいしい」

「ですね、甘みはおいしさの基本だと思ってますので……まぁ、素材が増えてくれば、塩味の効いたのやらもおいおい」


 『お姉ちゃん』は慌てて言い訳するようにいった。

 責めてるわけじゃないんだけどなぁ。



 素材か……。ごはんの後で、麦の育ち方について相談してみよう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る