シーン・1日目・夕食・1
「ありがとうございます」
わたしは感謝の言葉と共に頭を垂れる。そして――。
「ごめんなさい」
おもわず口をついてでたのは、わたしが家事作業のあと、家の周りの松の実やらを取りに行こうかとしていた時だった。
(お腹が空いたな……)
そう思ったとき、自分の不出来さを呪った。
『旦那様』にお弁当を渡していなかったのだ。
環境が変わったことも、それによって焦っていたことも言いわけにはならない。
外に仕事に行く人に――代わりの食事も用意できないだろうし――昼食を抜かせるなど、『旦那様』のペアとして、『お姉ちゃん』としてやってはいけないことではないだろうか。
そんな思いつめが行動に出てしまった。
話を聞くと、『旦那様』の今日の仕事先は森の中だったらしい。
いくらかの果実がなっていたので問題なかった、とのことだけれど。
「えぇ、明日からは昼食と飲み物を用意します」
お弁当箱になる様なものは探さないといけないがペットボトルがあるので、飲み物の運搬はとりあえず、支障はないだろう。
「えっと、『お姉ちゃん』……この前の意趣返しじゃないですけど、ぼくが獲物を取ってこれなかった場合、責められるべきだ、と思ってますか?」
『旦那様』が口を開きこちらに問うてくる。あぁ、なるほど、謝るということはそういうことだと、だからこそ、自分の意を晴らすために謝るな、と。
「そ、そうですね……はい。では、明日からばっちり、お弁当を用意しますので、お楽しみにしてください」
「えぇ、生まれてこの方、人にお弁当を作ってもらったことは無いので、本当に楽しみにしています」
――なんだ、そのプレッシャーのかかりつつプレジャーの上がってくる感じの宣言は。
――テンションが上がる。
「お任せください。――さて、そして、本日の獲物はどのような感じでしょうか」
「えっと、今日は大したこと無いです」
そういって『旦那様』が肩から下したのは、わたしがこの世界に持ちこんだトートバッグ。結構シンプル目な帆布のバッグで容量的にはそこそこいける。それなりに頑丈で使いやすく、また、水洗いも簡単そうなのでお預けしたものだ。
そこから取り出したのは、数束分の藁と両手に二掬いくらいの穀物。
見れば半分ぐらい脱穀されている。麦粒は茎から外れていて、籾殻まで外れているものが半分くらいという感じ。
「これが食害燕麦ですかー」
燕麦は実際、押し麦くらいに加工された物しか見たことが無いので断定はできないが、穀物としては普通に見えるくらいに何の変哲もない。
藁はついでに持って帰ってきたのだろう。変にねじれている部分があるが、これは『旦那様』がいじったりしたのだろうか。
「……ふむ」
『旦那様』はトートバッグの中を見ながら何か得心したかのようにつぶやいた。
「どうかしたんですか?」
「あ、うん。その辺に生えてた実を適当に採ってみたけどやっぱり持ち帰れないみたいだと思って」
なるほど、軽くシステム側の実験というわけですね。
――逆に言えば、この麦が食害燕麦であるということは確定なわけである。
その後、麦の採集状況を確認してみたが、麦わらに包まれた状態で、けれど、藁からは外れていたとのこと。藁人形の絵を描いて見せてくれたが、要するに藁束に包まれただけの状態だったらしい。
言われて麦粒の匂いを嗅ぐと――んー、確かに、若干藁の匂いが強い気がするが、それよりも。
「なんか、ちょっとの香ばしさと一緒に納豆っぽい匂いがします」
「え?」
『旦那様』もわたしに倣って匂いを嗅いで、こちらに視線を送った。
そして、首を縦にふる。
「――確か、少し温かかったんでしたっけ」
「はい、人肌程度、くらいでしょうか」
ふむ、温度が高いということでいうと。
「人形に直接日光は」
「当たってなかったです」
「外気温より」
「あったかかったです」
つまり、考えやすい状況としては……。
「湿気は」
「――えと、どうでしょう。あったと思います」
なるほど、それなら。
「若干発酵している状態、なのでしょう。わたし自身は農業をしていないので詳しく知りませんが、発酵すると温度があがるらしいので」
自然発火の遠因にもなると聞いたことがある。人間の体温よりも高くなるのは余裕だろう。藁が発酵の材料になるかどうかでいえば、牧草のサイロなどもあるので、発酵基質になるには十分な植物資源であると思われる。
「えっと……その麦は腐ってるってことですか?」
「いや、多分、匂いが移ってきてるだけでそんな致命的な状況じゃないと思うよ、匂いさえ飛ばせればなんとかなると思う」
じゃあ、ちょっと、調理してきますので、と断って『旦那様』が風呂場・洗面所に行くのを見送る。
・
さて、早速調理をしてみよう。
今日の調理器具の見回りの時に脱穀機・精白機も見た様な気がする。燕麦もいけるはずだ。
・
組み立てる、自分の知っている燕麦の使い方は基本的に何かの補助である。
小麦のパンに燕麦を混ぜる、とか、全粒粉の状態で別の麦類に混ぜて使う方法が多い。
「それ以外となると……」
あるにはある。
喫茶店で試作をした程度だが、『麦粥』と『麦コーヒー』はまぁ、メインと言えなくもない。……『麦コーヒー』は飲み物だけど。
作ったことは無いけど、『オートミール』と『グラノーラ』は燕麦メインだったかな。
――固形で食べるレシピならグラノーラかな?
でも、グラノーラは他に思いつかなければ、明日のお弁当に使う携帯食料にしたいところだ。
んー、麦粥もオートミールもタイプが似てるし、どっちも朝食向きって感じなんだよなぁ、となると粒を残した感じのオートミールが……。
――決めた。
調理器具が揃っているのは幸いである。自分がどう使えばいいかわからないものまでそろっているが、やりたいことが出来ないということはなさそうだ。――というか、部屋の端の方に液体窒素生成装置まであるのだが、これは一体?
ともあれ、蒸すのと圧延するのに必要な器具と機械はすぐにわかった。
圧延できなければ、それこそ、麦粥にでもするしかなかった。
半量を蒸しながら、次の確認作業を行う圧延用の機械はワンタッチで起動できるようになっている。恐らく、普通の機械ではなく、あの説ちゃんを作っているのと同レベルの科学技術が使われているのであろうと、適当に推測しておく。
もう一つ、何か、探してみると――大砲があった。
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