シーン・1日目・昼食・2
「おぉ」
感嘆が口から出る。そこにあったのは池。自分が出て来た側はぎりぎりまで木がせり出しているが、対岸を見れば、そこにはちょっとした草っぱらが広がっている。
日本の植物でいうと、葦かなにかだろうか。今いる側は崖のようになっているが向かい側は泥土状である。だから、木が育つことが出来ず天蓋を閉ざされなかった分、草の領域が広がっているのだろう。
ともあれ、麦はなさそうである。
次に探しに行くのは……。
「つまり、えっと、水のあるところを探せば……」
いや、違う。もう少し広い意味で。
「木々で天井が出来ていない場所を探せばいいのか」
うん、方針的にはそれでよさそうだ。だからと言って、そんな場所がどっちにあるのかなど、知りようもないのだが。それでも、歩くたびに視界全部に注意を払う必要がなくなった。
効率を考えれば意識するべきなのは、空が見える場所だけとなれば、――うん、集中力的に楽になった。
池に背を向けて獣の気配にだけ注意を払いつつ進む、しかし……。
(気配が薄いな)
生き物として何かが違うのかもしれないけれど、少なくとも、僕に感じ取れる気配は薄い。動物が少ないのだろうか、と適当な推量をこね回しつつ道なき道を行く。
――がさ。
音がした。命の気配はさほど濃くないにもかかわらず、何かが動く音。
それが何かはわからない。対人であれば警戒が必要である場面だが……。
その音は定期的な、がさがさという音でこちらの接近に対して変化がなかった。
――ざ。
こちらが最後の一歩を踏み込んだ時に、音が消えた。
「――ん?」
視界の悪い草むらを、開こうとして……。
――ふぅ。
一息ついて。両手ではなく、拾った枝で草むらを開く。
そこにあったのは……。
(茶色の塊?)
よく見れば、茶色というよりも淡黄色。
塊の大きさは僕の身長と変わらないくらい。
「藁人形?」
形としてはまさしくそれ、若干細部の形状――ひもで縛られずに、藁自体で編みこまれているなど――が違うが……。
ざっくり、外観的には等身大の藁人形といってもいいだろう。
「何の音だったのかな」
今はもう、音がしていないが先ほどまでの音源は間違いなく、この人形のあたりだろう。
(……)
調べた方がいいか……。何しろ、情報が全然ないのだ。
手に持っていた枝を藁人形に突き刺す。――ぐっ、と押し込む感触はあるものの、弾力というのか、硬さがすごい。昔、訓練に使っていた藁まきに触れたあの感じだ。ただ、藁まきは中に芯を感じる種類の硬さだったが、この藁人形はそれとは違う気がする。
端から少しずつ解体していく。
――おおぅ。
硬さにも納得である。解せばわかるがものすごい密度で作られている。
「……あ」
単純に密度が高いというだけではなく、ねじって縄のようになっている部分も見られる。
先ほどのガサガサという音はこのねじれがほどけた音らしい。
――つまり自然な物理現象の……。
「いやいやいや」
自分の考えに自分でカットを入れる。そんなはずがない。
最終的な音の原因は確かに、ねじれがほぐれたことによる自然現象かもしれないが、そもそも、この人形の存在自体が自然的とは……。
(特定すべきはこの藁人形が作られたものなのかどうか、か)
普通に考えれば、人工物だろう。しかし、この場所がどこにせよ、自分の世界の常識が通じるとは限らない。推測としてある程度は自分の世界と似ているところがあるのも間違いなさそうだが。
「お、これかな」
端からぎちぎちな藁束をほぐし続けること小一時間程。ほぐれた内側から麦が出て来た。
? 脱穀済み?
完全にではないが、半分ほどが殻から出ているような状況である。
「ほんとに藁人形みたいじゃんか」
呪う相手の体の一部を藁にいれるように脱穀した麦を入れて……。
「いや、意味が解らないけど」
豊作祈願か何かだろうか、これは『お姉ちゃん』への報告案件だな。
とりあえず、心に棚を作って、出来る限り情報を持ち帰るために麦に触れる。
どうせ回収しなければならないからだが。
「!」
思わず、麦に触れた手を引っ込める。――もう一度、こわごわと触れるとさっきの感触は間違いないということが分かった。生ぬるい、という程度の温度で温かい。
外気よりは紛れもなく暖かく、人肌程度よりもさらに少し上ぐらい。
まるで、藁人形が生きていたかのような、感じがして――少しいやだ。
・
その日は遭遇した藁人形の麦を実全部と藁も少し、回収してから歩き回って散発的に藁人形と同じ麦の短い草を見つけたものの実がなるほどの物は無いようだった。
とりあえず、情報を持ち帰ると心に決めて歩いた結果、幾つかの事がわかったので『お姉ちゃん』に報告しよう。
あと、歩き回るには装備が必要だ。
――お弁当もお願いしよう。
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