シーン・1日目・昼食・1

 シーン・1日目・昼食

 

「っとと」


 つないでいるだけとは言っていたものの、ものすごい技術である。

 扉をくぐるだけでいきなり森が目の前に広がっている。


 最初の強制転移は気を失っていたので分らなかったが、結構気持ちの悪い処理感がある。テレポーターは毎回こんな感じの気持ち悪さを感じているのだろうか。


「――ふぅ」


 ともあれ、一秒強と一呼吸あれば消える程度の違和感である。

 違和感を殺して見渡せば、そこにあるのは森だった。土の匂いと木々が分解されていく匂いと緑に染まった水のような匂い。嫌いではないのだけれど、落ち着くかどうかでいうと微妙なところだ、情報量が多すぎて処理できないというのが一番近いか。


――匂いといえば、あの家は結構落ち着く匂いだったな。


 思う。朝の目覚めがよくないのは、深く眠れていないせいだ、とルームメイトに指摘されたことがある。逆に今日は穏やかな気分で目が覚めた。埃っぽくていい匂いとはいいがたい部分もあったはずの家が。


 ……なんでなんだろう?


 不明を思っても仕方がない。

 周囲の状況は風も浅く、木々の葉のこすれ合う音がそんなに激しくもない。


 さて、今回の獲物であるが、燕麦、らしい。

 聞いた覚えはないものの、名前からして麦の一種であるということはわかる。

 ということは植物のはずなのだが――食害という単語が冠されている。

 食害燕麦、と。害獣であるということがわかりやすい名前ではあるが、植物が食害するというのはどういうことなのだろう?


 『お姉ちゃん』に聞いたところでは食害というのは『餌を食べるという当たり前の行為が人間に害をもたらした時にそういわれるんだよ』とのことだ。


 二人で考えた結果、一番ありそうなのは『大地の栄養を根こそぐ地枯らしの麦か何かなのでは』という推測をした。なるほど、森の中に飛ばされたことから考えても、そんな可能性があるのかもしれない。


「じっとしてても、仕方ないか」


 歩く。重力等の物理法則は少なくとも『現世界』とほとんど違いは無いようで体の挙動に違和感はない。木の生え方や、下草、苔のつき方、土の硬さにも異常は感じられない。


 歩き出したからと言って、目的地も何も決められないままに、適当にあるいても仕方がない。――とりあえず、太陽の方に向かって歩くことにした。


 五分ほど歩いたところで視界に緑と茶色以外の色が映った。その色は赤、下草に実がなっている。野イチゴ?


 一つとって適当に拭った後、口に含む。鼻に抜ける苦味はあるものの甘みもある。下処理の仕方次第では、十分に食用になりそうだ――が。


(ルールがなぁ)


 狩りをしたもの以外、持ち帰れないルールになっているらしいのでここで集めても持ち帰れずに腐るだけになる。最悪の事態になればそれもやむなしだが、現時点では素直に狩りをするのが良いだろう。そのルールがどう適応されるかの確認のためにいくつかをバッグに入れる。帆布製のバッグはある程度頑丈で丸洗いも出来るということで『お姉ちゃん』に借りたトートバッグ、これを採集用にしている。


 それはともかく、麦を探すことにする。


 残念ながら燕麦そのものを見た記憶はないが、大麦や小麦ならお酒のパッケージやパン屋の看板で見かけるのでわかると思う。田に茂る稲は見たことがあるので、そちらを参考にすればいいだろう。多分、イネ科の特長位はつかめるはずだ。

 さらに、十分、十五分と歩くが目的のものは無く光景も代わり映えしない。


(んー?)


 少し、考えてみる。イネ科植物というのは広範に広がっているものの、自分が見たことがあるのはイネとかススキとかぐらいで――後は、竹とか猫じゃらしもかな? まぁ、イメージとして森に生えているものではない。竹は竹だけで竹林とかになるし。


……もしかして、森の中で麦を探すこと自体が間違っているのでは――。


 森を出るのが正答だったりすると少々以上に面倒な気がするんですが……。

 と思いながらも、足は止めずにとりあえず進みながら考える。この世界でどこまで実際にそうなのかはわからないが、現世界の麦なら森の中に生えていることはないだろう。ススキの野原にも木の生えているイメージは無い。細かいことはわからないが相性が良くないのでは……。だったら、どういうところに生えるのか、というと、それについてはちょっとわからない。


 しかし、麦畑やススキの原っぱのイメージでいうなら、開けた場所だ。


――つまり、日光が十分にないと育たない?


 そういえば、そんな話を以前にもしたような気がする。生態系の遷移がどうのこうの、とかそんな話だったけど、詳細は覚えていない。いや、でも、どうしてそんな話になったのかというと、『アメリカ開拓史』の話だっただろうか。森の生産サイクルの最終形はあまり光が無くても育つような木が支配的になるとか、そんな話だった。


 単純に言えば、『森の地表は暗いので暗くても育つ植物しか育たない』だから『明るくないとだめな草は育たない』ので『麦なんてあるわけねぇ』ということになるはずだ。


「ん? じゃあ、どうすれば」


 疑問を口にしながら歩いていると、答えに至った。

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