ぼくらのかなしいげぃむのせつめい

 流し読みではなく、しっかりと読み込んでおけばよかったと思いつつ、思い出せるだけ思い出そうとする。


 『害獣駆除ボランティアキット』は巻き込まれた対象者に害獣駆除を行わせる道具である。対象者は閉鎖空間に閉じ込められる。閉鎖空間から害獣のいる地域に定期的に転移させられる……、とりあえず、この辺りは記述があったはずだ。


 そんな風に思考を巡らせながら、女性に引っ張られていく。


――申し訳ない。


 あの状況で隣にアイテムが出現したのは、彼女の不運としか言いようがないがそれを自分にはまだ、止めれれる可能性があったのだ。止められなかったのは、自分の気が抜けていたからであって、それは彼女のせいではない。


 こんな閉鎖空間に閉じ込められているにも関わらず、年下であるこちらを気遣って引っ張ってくれていることに感謝と慙愧の念があふれる。まぁ、物理的に引っ張るというのは意味が違うと思うのだが。


 少し、自分の無力感をかみしめながら彼女に手を引かれ、たまに彼女の質問に答えていると急に彼女が足を止めた。森が切れて、目の前に明らかに人工的なものが現れたからだ。


「あ、うちだ」


 そう彼女が言った。ニュアンス的には家屋があったという意味ではないと思う。さっき、『田舎』と言っていた、きっと、そこにあるのは彼女の家なのだろう。彼女はこちらを引っ張るために握った手首を離さないまま、その家に向かって歩き出し……しかし、玄関に手をかける前に歩みを止めた。


「なにかしら?」


 そこにあったのはなんというか、第一印象としては石柱。外観は六角柱で上面は真っ平ではなく、鹿威しくらいの角度で断面がある。黒い御影石のような表面だが、よく見るとプレートが貼り付けられて――いや、埋め込まれているようだ。斜断面はコントロールパネルのようなものがある。


 軽く押すと、動く。感触からは高さ百二十センチほどで外周百五十センチくらいあるにも関わらず、重く見積もっても二十キロ後半しかない。やはり、石でできている訳ではないようだ。


「えい」

「!」


 こちらの驚きなど意に介さないという風にえらく軽い声と共にパネルに人差し指を触れさせる彼女。軽く蹴っても何も起こらなかったにもかかわらず、その瞬間にパネルからは光があふれた。


《うぇるかむゆーざー》


 なぜか平仮名で表示された画面からはビット数の低そうな効果音が流れる。


「なに? この、なに?」


 彼女は動揺するが、――まぁ、それに関しては同意見だ。

 どう見てもタッチパネル的な反応なのに出てくる音も何も旧世代的なのだ。


 しかし、その動揺の間に次のシークエンスに入ったのか、パネルの光量が小さく絞られていき――何かが現れた。


 現れたといっても、それをどう表現したらいいのだろうか、パネル表面を水面に見立てるようにして溢れるようにして何かが浮き上がってくる。それは、小さな人影だった。


 小さいと言っても子供のようなサイズではない。妖精の様な――。まぁ、脳内のイメージで最初に出てきたのは今朝食べたバナナだったが――まぁ、そのバナナより少し小さいくらいの人影が現れた。


「ホログラム?」


 彼女は恐れることなくその人影に指で触れる。――触れる、つまり、触れられたのだ。


 それは、ホログラムではなく、非実体ではない、少なくとも半実体か実体の存在であるらしかった。


『踊り子へのおさわりは禁止ですっ!』

 一括と共に、その実体が攻撃挙動に移る。


 攻撃挙動によってはっきりと見えたその実体の姿は、みずらを結い飛鳥時代風の装いを着た少女の物だと思われるが、ところどころに普通とは違う意匠がみられる。


 細かく見れば、帯は蛇を模していることがわかるし裾からさらその下に広がる布地にはイチイの図案が示されている。領巾には黒金の鐸がついている。


 恐らく、どこかの神様の象徴をまとめた様なアバターなのだろう、と適当に想定してこちらの手首をつかんでいる彼女を引っ張る。実体の振り回した領巾――その鐸が女性の鼻先を掠める。


「あ、ありがとう」


 抱き留めて少しいい香りが漂ってきた。――それはともかく、大丈夫ですか、と心配しつつ実体の方を観察する。まだ、敵意が収まりきってはいないようだが、すぐに追撃をしてくる様子もない。


「できれば、話を聞いてほしいんだけど」

『む、そちらの少年はまだまともに話せそうですね。いいことです』


 冷静に話しかければ答えも冷静に返ってくる。会話はできそうだと判断する。


「あなたがここの管理者なのかを知りたいんだけど」

『――。一応、この地の神様の姿を模しているのだから敬意が欲しいところですが……まぁ、いいでしょう。っと、管理者かどうか、ということですが管理するほどの権限はありません、非常にざっくばらんな表現をしてしまえば『説明書』といったところでしょうか』

「説明書――ということはこの状況の説明をしてもらえるのかな?」


 ん、と実体は一瞬、言葉の意味を考えるような沈黙を挟んだ。


『そうですね。見ての通り、この姿もこの地に暮らすものに合わせてあることからも先ほど言ったことからもわかるように私自体はこのシステムとしては上位権限ではありません。私に出来るのは制限範囲内での説明だけ、です』

「なるほど」


 実体は光っているパネルから数センチ上をふわふわと漂いながら浮かんでいる。


「じゃあ……」


 最初に聞こうとしたのは『害獣駆除ボランティアキット』なのかどうか、だったのだが、あれ自体は人の側が勝手につけた名称のはずだ。聞いたところで有効な返答が来るとも思えない。


「ここは、どこなの?」


 紋切型とはいえ、確認できるならそれに越したことはない。


『ふむ、――どこ、か』


 言葉の意味を考えているようで時間が空く。

 そんなに難しい質問だっただろうか。


「元の場所から遠いの?」

『あぁ、なるほど、そういう質問ですか――ふむ、遠いと言えば遠く近いと言えば近いです。あなた方の頭の中にある手段で行けば普通の交通手段で五時間ほどですかね』


 少なくとも日本国内の様である、しかし、実体は付け加えた。


『けれど、ここから五時間で元の場所に帰れるわけではないです――なぜなら、ここは『少しずれて重なった場所』だからですね。ふむ、そっちの無礼な女がいま頭に浮かべたイメージが近いです『神域』『霊域』『魔境』『妖精郷』……、あなた方のいたところを『現世界』というなら、そこから少しずれて重なった場所です。座標的にはそちらの女性の知っている場所なので後で確認するといいでしょう』


 平静な態度で、そう告げるとまた黙った。一から説明するよりも、こちらの質問に応答した方が楽だと判断したのかもしれない。


「――元の場所に帰るには?」

『一定の善行を積めば帰れます。具体的には『害獣の駆除』と『現地民を助ける』のが手っ取り早いです』


 害獣、というキーワードはある程度わかる。現地民とは?


「害獣を駆除?」

『そうですね。確認は大事ですね。私たちは害獣について他の何らかの生物に対して致命的な打撃を与える種であると、定義している。あなた方のイメージでいうなら、ヤンバルクイナに対するイエネコ、フクロオオカミに対するディンゴといったところでしょう、むろん、それとて自然発生によるものであれば生態系の循環の一つでしかないということは承知していますが。その上で駆除をするということです』

「つまり……」

『自分の定めた正義で天秤のどちらかだけに手を貸す行為である、それを自覚しつつ行うのでなくてはならない、ということですね』


 自然のルールが唯一絶対に正しいとするならば、逆らうことの一切が悪となる。


 均衡する天秤への干渉、全てを悪と断じるのであれば、その悪逆には別のルールに基づく価値観が必要となる。それは一つには宗教であるし、個人のレベルに落とし込むなら正義という名の行動規範となる。ある意味ではそれだけの話でもあるのだが。


「現地民っていうのは、っと、つまり、害獣にとって被害を受けている人々ってこと?」

『そうですね、あなた方の行く場所ではわかりやすく『人々』である土地に絞っておきます。被害を受けているという表現は妥当であるが精細を欠くものでもあります、確認のために述べるなら、直接的に命の危機に晒される人々もあれば、間接的に土地や食べ物を失う人々もいる。――害とは命を失うことだけに限られない故に』


 ふむ、と実体――説明書は言った。


『そういった、沿革や『はじめに』みたいな部分を熱心に読み込むのもいいのですが、内容の方を説明できないと、死んでしまうので、もうちょっと中身の方の説明をしてもいいですか?』

「死ぬって、君が?」

『いえ、むしろ、あなた方が』


――わからないが、聞いておかなければ死ぬというならきちんと聞いておくべきだろう。説明書の提案を受ける形で話を進める旨を返答する。


『賢明ですね。では、まずあなた方にやってもらうことを説明しましょう。先ほど説明したことも含むのですが、まぁいい、でしょう。――基本は『害獣駆除』になります。そして、害獣を駆除することにより得たものは持ち帰れます。そして、害獣を駆除することが唯一の食糧確保の方法でもあります』

「それは、すごくざっくり言うと対象を限定した狩猟をして食いつなげってこと?」

『はぁ、まぁ、ざっくり言うと、そんな感じですね』


 食べられるものの種類が限られるというのは――厳しいのでは。

 食事の楽しみという意味でも、栄養的な偏りという意味でも。

 しかし、ここで質問をしたのは彼女であった。


「害獣って、食べれる生き物なの?」

『――さて、調理法によるのではと思います。少なくとも毒のあるものはそれと示すことが可能ですのでー。まぁ、最初は毒のないものにしておきましょう』

「うーん」


 彼女は険しそうな表情をした。


「どうしたんですか?」

「いや、例えばの聞いた話だけど、コウガイって聞いたことある?」

「――産業革命時期のイギリスで発生したエクストリームな民族自爆でしたっけ」

「えっと、音は一緒だけどそうじゃなくて……」


 言って彼女はそのあたりの枝を拾い、地面に漢字を書く『蝗害』と。


「……わからない、です」

「そっか……えっと、漢字が不適当とかのトリビアは置いといて、必要な部分だけ言うと、大量繁殖したバッタによる生物災害なんだけど――こういうのも害獣の範囲に入るの?」

『間接的な例の一つですね。仮定としてですが、分類上は害獣でしょう。周期範囲が長いので貴様らが立ち向かうことはないでしょうが』

「――そのものは無いだろうけど、蝗害の原因になるバッタは食べられないらしいから……」

「食べるものがなくなるかもしれない、と」

「そういうこと……あ、説ちゃん」

『――それは私の呼び名ですか?』


 わかってるじゃない、と言わんばかりに頷いて、それから問いかけを始めた。


「この場所って、わたしの知ってる場所、そのままなの?」


 彼女の問いに対して、――説ちゃんはあきらめたように一度かぶりをふるアクションをしてから説明を続ける。


『……あぁ、人間はいないし入ってこれないです。それ以外はあなたの知っている環境のままと思ってくれていいです。そして、聞きたいことも何となくわかります』

「じゃあ、この辺りの森から食料を取るっていうのは」

『この閉鎖空間はそこまでの広さを保っていないです。要するに、この建物を中心に閉塞感を与えない程度の広さはありますが、採集生活だと自給自足に必要な面積の三割程度しかないです。まぁ、食料採集自体は構わないです、森に生えたキノコを採ろうが、そこの針葉樹の実を取ろうが、別に問題は無いです』

「畑……農耕は?」

『どうして、抜け道から探そうとするのか……まぁ、農耕自体は良いですが、そればっかりだと結局ここからは出られないし、余りやりすぎるのはよくないかと。最悪、『徴税システム』があるようですね。勝手にやってもこちらにはわかるみたいです……あ、これ自分の意志とかじゃなくて、ルールなので、自分を懐柔しようが潰そうが無駄ですので』

「つまり?」

『つまりもなにも――結論でいうなら。害獣駆除をしなければ生きていけないようにセッティングされているってことですね。まぁ、葉緑体でも持っているなら別かもしれませんが』

「……それ、ジョーク?」

『――』


 説明書は沈黙した。


「ふむ。では気を取り直して――水については、どうなの? きれいな水の確保は実際非常に大事だと思うけど」

『大事でしょうね、うん。あなたが続いて出しそうな質問にも応えるなら、電気、ガス、水道といういわゆるインフラはこちらで問題ないよう確保しています。外部との通信等は許可できないですが』

「インフラの料金は?」

「電気代、ガス代、とかですか?」

『そのあたりは、害獣駆除をやっている限りは必要経費として、負担はなしですね』


 そこまで行って、説明書は視線を下に向けて、料金、料金か、とつぶやいた。


『そちらから質問が出ないであろう点について説明しておくなら。害獣駆除については、直接金銭的報酬をこちらから貴様らに渡すことは無いです。ただし、駆除と住民への貢献に応じてポイントを提供いたします』

「ポイントっていうと?」

『このモニターに表示されることになります。一定ポイントをためると、様々な特典を得ることができるかんじですね。前任者の施設投資の一部が引き継がれていますが、確認されますか?』

「――強くてニューゲーム?」

『俗っぽい言い方ですね。――まぁ、いいか。前任の『谷喜六』の残したものは調理器具一式ですね。一応、この家屋の調理室と接続したので後で実物を見ておくといいかもしれません。個人的な意見ですが、壮観ですよ』


 しかし、彼女は別のところに興味をそそられたらしい。


「説ちゃんって、個人の意見とかもってたの?」

『……その質問は、馬鹿にする意図ではなく、純粋な疑問として出てきたと解釈しておきますね。その上で回答するなら、一応は、というところです。知識はあるものの、意識として発生したのがつい先ほどで、初めて接触したのがあなた方ですので』


 僕はさらに別のところに気を取られていた。谷喜六という名に聞き覚えがあったからだ。


「谷喜六って」

「お、君も聞き覚えがあるかい」


 彼女は少し驚いたような表情をした。


「確か、『谷六』の会長……」

「そうだね、ついこの間お亡くなりになった時にニュースになってたね」


 一企業人でありながら訃報が大々的にニュースになったのは人当たりのよさそうな彼の人柄もあるだろうが、谷六の企業的な価値にもある。


 谷六は戦後に作られた調理器具メーカーだが、家庭用調理器具、専門店用調理器具、食品工場で使うような大型の調理機械まで日本の調理器具――というよりも調理機械のパイオニアとして様々な新しい調理法の提案を……え?


 自分の脳裏に浮かんだ、突拍子もない推測をしかし、一言たがわず彼女は肯定する。


「つまり、ここで思いついたアイディアを外で具現化していったんだろうね」


 仕事柄調べたことがある程度だが、真空調理機、低温調理器、近年の介護食用の食品軟化や減圧フライ、超臨界抽出等々。特に、新技術と言われる部分でのシェアはほぼ一極集中と言っていい。


 料理畑から出てきた創始者・谷喜六が思考は完全に科学者のそれだと言われている。『必要十分のさらに先を』というモットーもその端的なあらわれだろう。


「谷会長の頭の中を覗けるチャンスだね」


 彼女が茶化したりするなか『説明書』による説明は続いた。

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