わたしたちのたのしいきめごと
転移、という言葉のようにわからないものもあるが、幾つかのわかったことをまとめてみる。まず重要なのは、説ちゃんは週に一回、現世界――元の世界をこう呼称することにした――の暦で日曜日の九時から十五時にしか起動できないということ。
それ以外では自分たちでルールや仕組みを解釈してやっていくしかない。あと、説ちゃんはどんなことでも説明できる、というような高位の権限ではないということらしい。
システム自体は動くとのことだがエネルギー需給の問題とのことで現時点の改善は困難であると、説明を受けている。――もしも、改善の方法がおぼろげでも見えればまた説明する、とのことだ。
ざっくり言えば、文明的な部分もあるが極小規模の狩猟採集生活の再現、ということになる。駆除担当は九時に狩猟に出かけ、十七時に強制帰還。八時間制限の部分的裁量労働。調理担当は駆除担当の成果を調理することで可食状態に持ち込む。これが基本だ。
そして、暦の土日は狩猟が禁止。なのでざっくり、五日で七日分を取ってこないといけないし、ぎりぎりの量であれば調理に失敗も許されない。――と、まぁ、やってみなければわからない部分があるなりに何をしたらいいのかはわかってきた。
ついでに、駆除担当は駆除を介して、あるいは、交流を介して現地民に干渉できるし、調理担当の作った調理方法については天啓のような形で現地民に共有されるらしい――とはいえ、焚火を囲んで魚を焼いている技術レベルの相手に圧力なべでの調理はすぐには理解できないということのようだが、まぁ、むべなるかな。
さて、次に役割分担を行った。
わたしは調理担当になった。というよりも、『旦那様』が駆除担当を先に取ってしまったのだ、いや、それ自体に文句があるわけではないのだが、むしろ、男らしくていいのではないか、とか、こちらを守るべきものとして扱ってくれているのではないかとかいろいろなことが脳裏をよぎってしまうわけですが……ですが、しかし、彼の方が何となくわたしにたいして負い目を持っている様な感じがする感は否めませんし、いいことではありませんよ!
「というわけで『旦那様』」
「……えっと、ほんとにそれで行くんですか?」
何が気に入らないというのか、ダイスの神様が選んだお互いに向けての二人称だというのに。ちなみに、うちにあった漫画から適当に引っ張ってきた二人称ばかりだ。
男と女とで分けはしたが、他意も偏りもないはずだ。
それでわたしから彼へが『旦那様』、彼からわたしへは……。
「さぁ、『旦那様』も」
「う、うぅ、『お姉……ちゃん』」
「はい、よくできました」
――もう一度言っておくが他意はない。
「とりあえず――自分の家ですが――家探しは終了しました。食べ物が意外とあったのが救いですね」
缶詰とか、乾物とかだが――十年間使っていなかったこの家に新鮮な生鮮食品があったらそれこそホラーだ。乾物はともかく、缶詰はなかなか使えない気がする、貧乏性というか開けてしまうと使い切らなければならないものを、こんなところで開けるのが怖いというのもある。調味料も多少あったので少しはもつだろう。
「そうですね、あの説ちゃんとやらは、そっちに頼ってはだめだとかそんな感じの事を言っていましたが、食べられる植物もあるんですよね、たぶん」
「んー、だね。私たちが倒れていた場所からここまでの間に五葉松、クルミ、椎、栃、栗はあったね、あと、ちょっと利用しにくいけど、クヌギかな。そのあたりは食べられるね、時期はもうちょっとあとだと思うけど、ここは涼しいから、マツとクルミはいける実もあるかも」
電波はとんでいないからスタンドアロンになるが日本地図を携帯から示せたのでおおよその位置を『旦那様』に教えておいた。気を失う前にいた場所からは二百キロメートル以上は余裕で離れていた。そのついでに『旦那様』の事情も軽くは聞いていたのだが、
「ええと、あまり萎縮されても困ります」
「でも」
「でもはよくないです。いいですか、『旦那様』は止めることが出来たかもしれないけど、止められなかった。わたしはそんなことがあるとも知らなかったけど要らんことをしてひどいことになった。ぶっちゃけ、『旦那様』が抱えているものが罪悪感だとするなら見当違いも良いところです」
「僕のせいで……」
どうしようか。うん。
「はい、そうですね。『旦那様』のせいで私はこんなことになってしまいましたが、わたしのせいで『旦那様』はこんなことになってしまっています。――『旦那様』が罪悪感を抱いているということは拡大解釈すれば、わたしに罪悪感を抱けと言っている様なものですよ」
「そんな……」
「そんなでは、ありません。『旦那様』がもしも、わたしに対して罪悪感を抱いて、損害と賠償を行うべきであると、慄然たる決意をもって、そのようにされているのであれば、わたしは許しを乞うて『色々』することにしましょう。けれど、もしも、あなたがわたしを巻き込んだということに、耽溺するためだけに罪悪感を抱いているのならそれは、持っていても荷物になるだけのものです。そうであるなら、わたしのために、それを捨ててください」
いいですか、ともう一度重ねる。
「わたしのために、です。わたしのために、その罪悪感を捨ててください」
「えっと、……あ、うん」
何か言いたそうな『旦那様』。しかし、その気配は謝罪ではないようなので、少し待つことにする。何を言おうとしているのかも気になるし……。
「あ、ありがとう、『お姉ちゃん』」
「……はい」
――しゃー! きたこれ、ですよ。ダイスの神様には後で香木でもくべておきましょうか。
この、なんだ、このこれはなかなかにあれですよ。破壊力というのか、あの、脇腹の辺りを内側からくすぐるような、この『もえたつような』感情よ。
いや、いや、いやいやいや、落ち着け、この起伏はよくない、よくないですよー。頬が思わず上がる。隠しきれなくにやけてしまいそうになる、何だ、これは、つまり、あれか。
穏当な表現をするなら、気に入ったのか。
――あぁ、もう。楽しい。
「では、『旦那様』が駆除に出かけられるのは明日からなので、夕食にしましょう。手荷物にパンとおにぎりがあったので、今日はとりあえず、これで。それで、さっき決めた幾つかのルール、覚えていますか?」
「えっと、十か条で『お互いにわがままをいう』『すべてのわがままを聞いてあげる必要はない』『意見は率直に』『呼び名は毎週ダイスで決める』『朝食前と夕食後にそれぞれが交換日記を書いて交換』『新しい情報は出来るだけ共有する』『朝食と夕食は一緒に取る』『難しいことは一緒に考える』『新しい決め事は一緒に作る』『互いに与え合う』だったかな……」
「よくできました、『旦那様』」
頭を撫でてあげたいところだが、それはやられることに好き嫌いがありそうだ。
ということで、コンビニおにぎりと少し有名なベーカリーのパン、ミルクティを分け合って二人でつつましく夕食を取った後、寝ました。
あ、もちろん、まだ、別々の寝床です。
『旦那様』は明日から転移でハンティング。わたしこと『お姉ちゃん』はその間に付近の探索と調理案を考えておくことになりました。
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