わたしのこんなはずではないきしょう
――夢か!
目を覚ました時に最初に思ったのはそんなありきたりのリアクションの様な言葉だった。電車の中でうとうとして、目が覚めると可愛らしい顔立ちをした男の子に迫られるなど、これは夢としか言いようがない。
――ふう、やれやれ。
若紫の段を読んでいたせいで影響されたのかもしれない、と。全く乙女らしくもない感想を抱いて隣に視線をはわせると、果たしてそこには、先ほど夢で見た男の子がいるではないか。
「えー、と」
周囲を確認しようとしてまず感じたのは振動が無い事。つまりは、電車の中なんかではない。次に感じたのは肌寒さで、それと同時に視界の違いを感じる。
土の地面でまわりには木々が乱立している。風は涼しく、ノースリーブでは二の腕に冷たい風が来る。そして、この風に覚えがある、地元の空気感だ、
「いや、あれー?」
おかしい。この状況はおかしい。説明を無理につけるのなら、自分がこの子をさらって田舎まで連れて帰ってきたとかだろうか。
さすがにそんな、自暴自棄気味になっているからと言って、そんな致命傷を負うようなことはしない……はずなんだけど。そう、自分が致命傷を甘受するとしたらそれは可愛い何かのためであろう。故に、この状況は怪しいと言えなくもなくもない、くらいの危うさではある。勿論、合意がないとこんなことはしないはずなのだが。
「……」
少年は横臥の状態である……いや、少年? 確認はしていないし、もし少女だったとしてもおかしくはない顔つきだ。体つきは直線的で胸板は平たいが、この年代でそれは断定の根拠にはならない。服装は没個性的ではあるものの清潔感のあるズボンと半そでのシャツ、要するに中学生の夏服とそうそうかわりはない。ズボンは多分だが制服ではないのだろう、ある種の野暮ったさがない。
よく観察する。きれいに通った鼻筋からつんと立った鼻、少年的というには少し甘い色の唇を通って、喉には――のどぼとけが無い。
十分以若いということはわかるが、これも性別を断定する根拠にはならない。
「――脱がすか」
いやいやいや、と自分で突っ込みをいれて。もう一度周囲を観察する。
――目撃者がいないか確認しているわけじゃないですよ!
『――犯罪者』
私はそれこそ、今生で一番くらいの勢いで驚いた。
リアクション的には背筋が吊るほどに仰け反りつつ後ろに倒れ込んで、悲鳴を上げた。下品に悲鳴をあげれば、眠っている彼だって目を覚ます。
「う、ううん」
つまり、そのタイミングで少年(とりあえず、少年としておこう)は目を覚ましたらしくこちらと目が合った。引き込まれそうな黒の瞳はほんの少し緑が混じっているらしく、より深さを感じさせる。少年は、少し、戸惑った様なしぐさを見せたが地面に手をついて体を起こした。
わたしも何となくつられて立ち上がる。
だめか、と少年がつぶやいたのが耳に入ったが何がダメなのかは見当もつかない。
ともあれ、確認すべきは――なんだ。
『えぇと、なんだか珍しい組み合わせですね』
この声が最初に確認すべきことでは無いだろうか。
見渡すが自分とこの少年以外はいない。
少年もこの声は聞こえているらしく、きょろきょろと辺りを見回している。
「あなたじゃないのね?」
少年に話しかけると、一瞬、話しかけられたことに戸惑った様な顔をしたがすぐに首を左右に振った。
「――話せる?」
むらっと、心の底に湧いたのはイラつきだろう。そうに違いない。言葉を出すことをためらうような仕草に少しいじめてあげたいだなんてそんなことを思うような人格ではないのだ、わたしは。
「はなせ、ます……大丈夫です」
少年はこちらと真っ直ぐに視線を合わせようとせずに、少し、下向きに視線をそらしながらそう返答した。むらむらと、心に湧くものがある。――当然イラつきであって、半端に満たされた嗜虐心が更なるリアクションを求めているわけではない。
「そう、じゃあ、この不明な声の主を探しに行きましょうか」
わたしはそういうと、戸惑う少年の手を取って引っ張っていく。不思議な声は子供の声のようだったので、少年にも確認する。
「女の子の声だったと思うけど、それ以外に何か聞き取れた?」
別段返答は期待していなかったのだが。
「あの、多分、機械音じゃないかと」
「機械音?」
「えっと、話す前と話した後に若干ノイズっぽいのが走ってるので声を飛ばしているか最初から合成音声かまではわかりませんが、機械を通ってると思います」
――思ったよりも、落ち着いているようだしっかりとした受け答えに好感を持つ。いじめがいが無くて落胆したわけではない。
「つまり、この状況をどっからか見てる可能性も」
「はい、監視――観察されているのでは、と」
一度口を開けば結構しゃべる様だ。
「ちなみに、あなたは、ここがどこかわかる?」
「――」
……沈黙した。それが、『言わないのか』『わからないのか』どちらともつかない、判断するほどの情報は無い。まぁ、それがわかるくらいなら、一緒にあんなところで倒れているはずはない、か。
一瞬、黒幕が最初から最後まで画面に出ていた低予算の映画を思い出す、がさすがにそれは無いだろう。と思うことにする。
「一応、わたしの田舎の近く、だと思う。空気的には多分、木の種類とかも……ただ、何かはっきりわかる目印があるわけじゃないから、どの辺りとかまでは……」
と言っていたところで森が少しひらいた。
ひらけた目の前には、
「あ、うちだ」
場所を特定できる情報があった。
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