13「繰り返しているの?」

「美咲、どこ!」

 唯は霧の中を走っていた。

 方向は闇雲といってよかったが、なんとなく導かれるものがあった。

 思いついた方に足を進めるごとに霧が薄くなっていっている。それが正解なのだと心で理解していた。

 この先に、美咲がいる。

 唯が足を速めていく。

 大きな交差点のような場所に出た。

 そこに、唯が待ち望んでいた姿があった。

「美咲、美咲なの!?」

 あのときと同じように制服を着た美咲が交差点の中央に立っていた。

 唯の問いかけには何も返さない。

 唯の知っている美咲と違うのは、能面のような無表情をしていたことだった。その顔に、わずかに寒気がするが、それ以上の歓喜が満ちていた。

 走り寄って、唯は風でたなびいている美咲の髪先が触れる位置まで近づく。

「美咲、私、美咲に会いたくて」

 鼓動が高鳴る。

 薄く汗ばんでいく。

 現実ではない、本物ではない、というわずかな違和感は頭の片隅からも消え去ってしまっていた。

 細く白い指で構成された美咲の両手を唯が掴む。

 唯の手に、金属の感触があった。美咲の左手の薬指には、唯が見間違うはずもない、二人のおそろいの指輪が嵌められていた。

 手を掴んでも、美咲は無表情のままだった。

 病人のように瞳に生気はなく、頬の筋肉がないようにピクリとも動かない。

 その美咲が、口を開く。

「あ、あ、あー」

 言葉というよりは、口から息が漏れているようなか細い声だった。

 それでも、ずっと失われていた、あの声と同じだった。

「美咲、なんだね……」

 返事はない。

 唯の手で包まれている自身の手を美咲はゆっくりと、胸の高さまで上げる。

「どうしたの? 私がわかる?」

「ゆ、い……」

「そう! そう! 唯だよ!」

 自分を認識してくれたことが嬉しくて、唯は飛び上がりそうになる。

 パクパクと、なお美咲が言葉を続ける。

「あなたの、わたしを、ちょうだい」

「え?」

 美咲がパン、と勢いよく手を跳ね上げて、唯の手を振りほどいた。

「美咲?」

 突然、美咲が唯の首を左手で締めた。

「み、みさき」

 そのまま、軽々と唯を持ち上げた。

 呼吸ができなくなり、酸素のいかなくなった頭がぼうっとしてくる。

「え、ええ」

 平手で美咲が唯の右胸に触れる。

 過去に何度も経験した、温かい懐かしい想いが唯の中に広がっていく。

 そして、ぬめりとしたものを身体の内部に感じた。

「あ、ああ」

 美咲の右手が、唯の胸に沈み込んでいく。

 唯の身体はそれを拒絶することなく、元々自分の中にあるような感覚を持ちながら、埋まっていく異物を受け入れていた。

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