第6話 百合

「この人は、滝に打たれていたみたいなんだ」

 どこから説明したらいいのか迷いながら、そう言った。

「こんなに手が冷たく……」

 こちらの説明を聞いているのかいないのか、灰色の少女は巫女様と呼んだ少女の手を取りながらそう言った。

「言った」と言っても、俺も灰色の少女も発声はしていない。思念だけだ。

 灰色の少女は「巫女様」の胸に耳を当て、

「生きておられます……けど……」

 そう言った後、少しぎこちない手つきで「巫女様」に着せられていたブレザーを脱がせた。

「巫女様」と呼ばれた少女の胸があらわになる。

 ちょっ、すでに一度見たとはいえ純情な男子高校生には刺激が強いんですけど。

 その、ミルクティーの色の乳首とか、すらっとしたお腹のラインとか、いろいろ。

「何か思いましたか」

 灰色の少女の思念にびくっとした。

 情欲が読まれてしまったかと思ったが、そうでもなかったようだ。

 思ったことがすべて筒抜けになるわけではないようだ。幸いなことに。

「何をするのかと思って」

 俺は思念で答えたが、灰色の少女は気が気ではないように、「巫女様」の裸の胸に抱きついた。

「やはり冷えておられます……温めて差し上げなくては……」

 ああ、なるほどね。

 うん、温めるのは良いんだけど、純情な男子高校生にとっての目に毒指数が倍ぐらいに跳ねあがってるんだけど。

 男性用のズボンだけを身に着けている亜麻色の髪の「巫女様」。

 それを抱きしめる、露出度の高い水着みたいな服を着た、幼い少女。

 恥ずかしながら股間に血液が集まってるのが分かった。 

 灰色の少女はしばらくじっとしていたが、やがて「巫女様」のズボンに手をかけた。脱がせようとしているようだ。

「そこまでする必要が!?」

 思わず思念で問いかけた。

「全身を使って温めて差し上げなくては!」

 灰色の少女の、いたって真面目な思念が返ってきた。

「どうやって脱がすのですか、この衣服は!」

 少女はズボンのベルトが外せなくて苛立っているようだ。

「あなたが着せたのですか」

「ああ、そう、だけど」

「脱がせてください!」

 それを俺にやれと!?

 俺、本当にかなり純情な方の男子高校生なんだけど!?

 今の時点でエロス摂取量が危険領域なんだけど!?

「お願いします、もしここで巫女様が命を落とされでもしたら、わたしは……わたし達は……」

 必死な思いが伝わってきた。

「ベルトは解くけど、あとは自分でやって!」

 そう答えて、そろそろと中腰で二人に近づいた。

 俺今、衣服は上はシャツ一枚、下はトランクス一丁なのだ。

 あまり見られたくない状態の下半身を隠すため、中腰の姿勢は必須だったのだ。

 手を伸ばして、震える手でベルトを外した。

 少女はてきぱきと、「巫女様」のズボンを脱がせて、それから改めて「巫女様」の体を抱きしめた。

 横になり、4本の脚が絡むのを横目で認識して、俺は二人に背中を向けた。

 これは見ちゃいけないやつだ。

 アウトなやつだ。

 凝視してたらエロ死ぬ。

 致死量のエロス。

「俺に何かできること、ある?」

「あなたも、巫女様の体を温めてくれませんか」

「無理です!」

 見ているだけで致死量だから背を向けているというのに!

「なぜですか!」

 その思念は本当になぜなのか分かってないように、真っ直ぐだった。

「俺の肉体の限界の問題です!」

「そうなのですか」

「ああ、悪いけどそうなんだ」

「では、悪い虫が来ないか、見張っていてください」

「ああ」

 俺は灰色の少女が戦っていた巨大な羽虫を思い出した。

「分かった、見張ってる」

 見張りに集中していれば、背後に展開している百合エロスな風景をこれ以上想像せずに済むだろう。

 そうだ、百合を頭から追い払うんだ。

 しばらくそのまま時間が過ぎた。

「ええと、君は」

 ふと思いついて、思念で声をかけた。

「わたしですか」

 灰色の少女の思念が返ってくる。

「うん、名前なんて言うの。よかったら聞かせて。ちなみに俺は勇気って言う名前」

「わたしの名前ですか。すずめです」

「すずめ?」

 念のため俺は声に出して言った。

「違います、すずめです」

 そう答えられて、俺は理解した。

 彼女の名前は「スズメ」と言う発音ではない。

 この国の言葉で、「雀」を意味する言葉が、この子の名前なのだ。

 思念で会話していると、その辺りは自動的に翻訳されて伝わるらしい。

 俺の「勇気」と言う名前も翻訳されて伝わったのだろうか。

 そんな事を考えていると気分は落ち着いてきた。

 どうやらエロ死にせずに済みそうだ。

「もう一つ聞いていいかな。その巫女様の名前はなんていうの」

「巫女様のお名前は百合でございます」

 一瞬のち、俺の脳裏はなぜか背後に展開しているであろう二人の少女の裸体で埋め尽くされた。



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