第5話 意思疎通
灰色の少女が、険しい目で少しずつ、こちらに近づいてくる。
「あの、怪我してるみたいだけど、大丈夫?」
俺は声をかけた。
灰色の少女は足を止める。
彼女の髪は濃い灰色。髪の毛の色としては変わった色だ。
「俺は怪しいものじゃない、戦う意思もないよ」
俺はもう一度話しかけた。
今になって気がついたが、日本語は通じているのだろうか。
どうも通じていないっぽい。
灰色の少女の表情は変わらない。
そのときだった。
「何を鳴いているの」
頭の中に、声が届いた。
目の前の、灰色の少女の問いかけだと、直感的に分かった。
「な、鳴いてる?」
俺は聞き返す。
「それのこと。何を発声しているの」
灰色の少女は口を開かず、俺の脳内に直接語りかけてくる。
「ああ、俺の国の言葉、なんだけど」
灰色の少女の目はひややかだ。
「もしかして、頭に思い浮かべるだけで、意思の疎通、できるのかな」
俺は声に出して聞いた。
「できているでしょう」
彼女の意思が伝わってくる。
「怪我は大丈夫? 俺はさっきから君の怪我が気になってるんだけど」
そう、頭の中で念じた。
「治療できます」
すぐに返事が返ってくる。
「じゃあ、治療しなよ。なぜしないの」
「その間に、あなたに襲われると困るからです」
「襲わないよ!」
僕は思わず脳裏に思い浮かべるだけじゃなくて、声に出して喋った。
「ルクナセレルテにかけて誓えますか」
ルクナ……?
知らない単語が出てきた。
固有名詞なのだろう。神様の名前か?
と言うか、日本で日常生活を送ってきた俺にとって、「何かにかけて誓う」と言う行為はあまりなじみがない。
だから一瞬だけ戸惑った、が。
「俺が誓える全てのものにかけて誓う。襲わない」
そう念じて答えた。
「……分かりました。」
灰色の少女がそう答え、頷いた。
灰色の少女は何か呪文のようなものをつぶやく。
彼女の指先から煙のようなものが立ち上る。
一体何なんだろう。
この子は魔法使いか何かなのだろうか。
すると、あの煙を傷口にかざすと、傷が治ったりするのだろうか。
そう思ってみていると。
彼女は煙の出る指で頬の傷口に触った。
ジューッという身の毛のよだつような音が聞こえ、ひときわ煙の量が増えた。
これは、あれか!?
傷口を焼いているのか!?
殺菌のために!?
治療ってそれ!?
「ちょっちょっちょっ、ちょっと待って!」
俺は慌てて駆け寄る。
「何ですか」
少女はあきれたような目でこちらを見ている。
「傷! どうなった!?」
こんな幼い女の子の顔の傷に、そんな治療をするなんて、一体どんな痕が残るか……。
僕は彼女の左頬を凝視した。
すると、そこに傷跡はなくなっていた。
やけどのあとも無ければ、あったはずの切り傷もない。
俺はため息を突いた。
「きれいになってるね」
俺は間抜けな言葉をかけた。
「よかったです。でもなぜ駆け寄ってきたのですか」
「いやそれは、治療がすごく痛そうに見えたから」
「痛いですよ」
「え、痛いの?」
「痛いに決まってるじゃないですか」
「痛くない治療はないの?」
少女は一瞬答えよどんだが、
「ありません」
そう返事を返して、彼女の足の治療に取り掛かった。
先ほどのように煙の出る指先を傷口に近づけているのを見て、僕は思わず目をそらした。
ジューッという音が聞こえる。
これ、焼肉のときの音そのものだよな。
高熱で生き物の組織が焼かれる時の音。
とんでもなく熱そうで痛そうだよな。
「治療は終わりました」
顔をそらしたままの僕に彼女の意思が語りかけてきた。
「それで、あなたはどなたですか。なにか用がありますか」
そう語りかけられて、俺はここまで運んできた女の子のことを思い出した。
「ああ、おれ、人を助けたくて、ここまで運んできたんだ。こっち」
俺は近くに寝かせてある少女の方に向かった。
警戒した様子でついて来ていた灰色の少女は、倒れている少女を見るなり駆け寄った。
「巫女様! 巫女様をどこで?」
灰色の少女は倒れている少女を抱きかかえ、緊迫した表情でこちらに問いかけてきた。
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