短い夏

@neet

第1話

 子供のころから人と話すことが苦手だった僕は、いつも一人で遊んでいた。

 クラスのみんなが新発売のゲームソフトで通信対戦をしながら一喜一憂する姿を横目に、何食わぬ顔で教室をあとにする。隣の教室にも職員室にも、はたまたトイレにさえ立ち寄ることもなく、一直線に昇降口を通過し外へ出る。

 午後三時の天気は最高到達点を経験した昼下がりの太陽に支配されていて、地表に降り注ぐ紫外線が肌に当たるとじりじりと音を立てて焼かれているような気分になる。

 七月二十一日。今日は終業式だ。そして、今日から夏休みが始まる。

 一人ぼっちの夏。冒険の夏。それは、中学二年の僕が大人になるために必要な夏だった。

 

「安西くん」


 感傷に浸っている僕を誰かが呼んだ。振り向く。

 同じクラスの女子、沼津が立っていた。駆け足で僕のほうへ近寄ってくる。


「ああ、沼津か」

「あのさ、今週の土曜日予定ある?」


 いったい何の風の吹き回しだろう。クラスで孤立する僕にこうも友好的に話しかけてくる女子がいるなんて。疑いの気持ちはあったが好奇心が勝手に反応して、


「え、土曜日か。まあ、まだ予定はないけど」

「けど?」

「けど、えっと、うん、まぁ、空いてるけど」

「よかった」


 小さく微笑む沼津の表情は太陽に照らされているせいか、より輝いて見えた。額ににじむ汗が光を反射して頬を伝って顎先に落ちてくる。時間が止まったかと思った。


「どうかしたの?」

「そうそう、今度の土曜、クラスで肝試しやらないかって話になってて。それでどうせならみんなでやろうってことになって。安西くん、まだ転校してきたばっかりだしみんなとなじめてないじゃん? だから、その」

「あ、わりぃ。そういうのパス」

「え! なんで!」


 言うまでもない。他人に同情されるほど僕は落ちぶれてなんていない。普段からクラスメイトと距離を取っているのにはそれなりの理由がある。沼津にいう必要なんてないことだから、あえて言わずにとっておこう。


「実は、怖いの苦手でさ。小学生のころ東京ドームシティの夏限定ホラーハウスってのに参加したんだけど。そこでの経験がトラウマで怖いのが無理になったんだよね。だから、申し訳ないけど今回は不参加ってことで」

「えーそうなんだ。でもほかのみんなも来るって言ってたよ。ほら、安西くんの隣の席の加藤くんだっけ、写真部の。彼もおとなしいタイプだけど幽霊とるぞ~って張り切ってたしさ。こようよ」


 頭の中がお花畑の女子は人の気持ちをが見えないくらい大きな花弁を頭に飼いならしているらしい。きつく言って撃沈させたいところだけど、ここは大人な対応、紳士のふるまいってのを見せてあげましょう。


「加藤には幽霊とったらぜひ見せてくれって伝えといてくれ。んじゃ」


 できるだけ冷静を装って口角をあげる。ちょっとだけ警戒心を解いた沼津を間髪入れずに流し目でスルーして、歩道橋へ移動した。

 沼津の悲しそうな目が背中に突き刺さるのは不快だった。だから、せめてもの償いで顔を見せないまま腕だけを高く上げて手を振ってみる。これで収まりがつくだろう。

 道路わきの針葉樹林の幹から蝉の鳴き声が始まった。僕の夏は忙しいのだ、クラスの友人になど付き合っている暇はない。蝉の命が短くあるように、僕の命もあと一ヶ月しかないのだから。

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