エンカウントする第13話


 ……何の真似だ。

 まだ俺は、貴様に一撃すら入れていないはずだ。


 だのに何故、地に膝を着く?


 ――――!


 …………そうか。

 ……フン……羨ましい、物だな。


 俺も、貴様の様な父がいれば……違ったのかも知れんな。


 良いだろう。


 その『頼み』、確かにこの胸に留めておこう。

 ……『約束』だ。


 安心しろ。確かに俺は道端のクソにも劣る人生を歩んでいた時期もあった。


 だが、……いや、『だからこそ』、この約束は破るまい。


 破れる訳が、無い。




「……夢か」


 らしくないものだ、と中年は欠伸を噛み殺す。


 中年はプライベートでも余り気は抜かない主義なのだが、知り合いのラーメン屋のカウンターでいつの間にか眠ってしまっていた。

 小鳥の囀りが聞こえる。窓から薄い日の光も差し込んでいる。疑い様も無く朝だ。


「……あと数分で読み取れるから……と言う話はどうなったのだ」


 数日前、中年はここの女店主にある依頼をしていた。

 知り合いである女店主は「もう、今日中には絞り込めると思うから、ウチでラーメンでも食いながら待ってなさい」と中年を呼びつけ……この現状である。


 中年が見渡す限り、女店主の姿は無い。

 おそらく奥の部屋で水晶玉とにらめっこでもしているのだろう、と中年は予想を立てる。


 少し喉が渇いた。水を飲もう、そう思いピッチャーへ手を伸ばした時、カウンターの奥から女店主が現れた。


「おまたー! いやぁ、水晶の調子が急に悪くなっちゃってさー! 安物は参っちゃうよね! 私超憤慨!」

「……貴様の稼ぎなら、いくらでも良い水晶が買えるはずだろう」

「正直、あんなんにあんま金かけたくないのよねー」

「あんなん、か……貴様の生命線とも言える商売道具では……」

「道具は所詮道具よ。はい、これ。お依頼の『息子さん』の居場所と、ここ数日分の『行動予知』」


 そう言って、女店主は中年に二枚の折りたたまれたメモ用紙を渡した。


「感謝する」

「……でさ、ぶっちゃけ、『魔王の息子』なんて探して、どうすんの?」

「お前には関係無い」


 軽く言い切って、中年が席から立ち上がる。


「って言うか、探すくらいなら何で逃がした訳?」

「………………」


 逃がした、事については話していないはずだが。

 どうやらついでに『占った』らしい。


 ……なら事情までまとめて見れば良いだろうに、とも思う中年だが、この女店主の効率の悪さが天性の才能なのは知っている。


「……前にも言っただろう。『約束』だ」


 丁度良いから借りるぞ、そう言って中年は壁にかけられていたバー時代の残骸達から、鉄パイプを一本だけ取り上げる。


「『場合によっては始末する』。そういう『約束』だ」







 夕暮れの閑散とした街の中。

 ロマンはサーガを抱き、シングと共に歩いていた。


「へぇ、魔王の息子ねぇ。大したモンじゃねぇか」

「だい!」

「そうよ! サーガ様は大したモノなのよ。よくわかっているわね魔剣」

「…………」


 サーガとシングは「何の違和感もありませんよ」と言う感じで、ロマンのベルトから吊るされた魔剣と会話している。


 この漆黒の魔剣、名をコクトウと言うらしい。


 コクトウには、定期的に「持ち主から大量の魔力を吸収する」習性があるそうだ。

 ロマンは平気だったが、常人に取ってそれは生命に関わる程の吸収量らしい。

 だからあの痴女さんもお怒りだったのだろう。


 結局、ロマンはあの後、武器屋の店主に無理矢理これを押し付けられてしまった。

 せめて他にまともな剣を買って帰りたかったのだが……


 シングが「剣は一本あれば充分でしょ?」とどっかの海賊狩りの人に喧嘩売る様な発言をして、帰宅を提案してきた。


 理由は簡単。そろそろ夕食時。

 サーガが空腹を訴える前に家へ帰りつこうと言う事なのだろう。


 本当、サーガに対しては色々気が回る。


 それにコクトウも「俺っち以外の剣なんぞ買ってみろ! お前ごとその剣ぶった斬るからな!」とか言い出したので、もうロマンは観念する事にした。


「ところで魔剣。魔剣であるからには、何かしら能力があるんでしょ?」

「応よ」

「そうなのか?」

「喋るだけなら奇怪な剣で終わりでしょ。魔剣には魔剣と呼ばれるなりの理由がある物よ」

「へぇ」


 それは良い。うるさいだけの剣を押し付けられたと落胆していたが、もしコクトウが「斬撃を飛ばす」とかバトル漫画に有りがちでも強力かつシンプルな能力を持っていれば、ロマンが冒険に出る際に大きな助けに……


「俺っちは、『持ち主の身体能力やら肉体強度を数倍に跳ね上げる』能力があるのさ」

「……そっち系はいらないんだよ……」


 肉体強度やら筋力は事足りてる。

 これ以上強化するってなんだ、完全に戦士or剣士ルートじゃないか。


 モンスターとガチンコ肉弾戦で生命を削り合うなんて御免だぞ俺は……とロマンはガッカリ。


 ……まぁ、いざという時の生存率は上がるからいいや、と前向きに捉える事にする。

 どうやら、ロマンはまだまだ魔法について必死に学ばなければならない様だ。


「……ん?」


 急に、シングが立ち止まった。


「おい? どうし…」

「久しぶりだな」


 その声は、前方。


 非常に体格の良い、ハンサムな中年。ラグビーをやれば世界を舞台に第一線で存分に活躍できそうだ。

 その手には一本の鉄パイプ。


「え、あぁ、はぁ……?」


 久しぶりだな、と言われても、ロマンはこんなおっさんと面識など無い。

 と言う事はシングの知り合いだろうか。


 しかし、中年はどう見ても凡庸人種だ。

 つい先日まで凡庸人種を毛嫌いし避けていたシングに、凡庸人種の知り合いがいるとは思えないのだが。


(あれ、と言うかこのおっさん……どっかで見た事ある気がすんな)


 僅かな引っかかりを覚え、ロマンは少し記憶を辿ってみる。

 そして、思い出した。


「ゲオル・J・ギウス……!?」


 そうだ。

 ロマンはその中年の顔を、テレビで見たんだ。


 魔王を討った冒険者チームのリーダー、ゲオル・J・ギウス。間違いない。


「あい?」


 誰あいつ、と言いたげなサーガ。

 どうやらサーガは、ゲオルが自分の父の仇だという事を知らないらしい。


「っ……走るわよ、ロマン!」

「え、えぇえっ!?」


 シングはロマンの手を引き、ゲオルと反対方向に走り出す。


 まぁ、確かに、魔王を討った奴に魔王の息子を抱えて接触、と言うのはヤバそうだ。


(ん? でもあいつってサーガを見逃してくれたって話じゃ……)





 しばらく走り、ロマンとシングは予定していた道とは別の道から森へと入った。

 この森をしばらく歩けば、牧場に帰れる。


「っ……何で、奴がこんな所に……!」

「つぅか、あのおっさんって……サーガの事見逃してくれたんじゃねぇの……?」


 なら、何故逃げる必要があるんだ。

 偶然に出会してしまっただけで、別にこっちに戦意があると決まった訳では無いだろう。


 ……鉄パイプ持ってたけど。

 でも、一流の冒険者が鉄パイプを武器にするなんて考えにくい。あれは別の事情で所持していただけ、では無いのか? とロマンは思う。


「あいつがアタシとサーガ様を逃がしたのは、あの場の気まぐれだった可能性がある。避けて損は無いわ」

「避けて損は無いって……」


 少し可哀想な気もする。

 まぁ、でもシングに取ってゲオルは敬愛すべき君主の仇。そして、殴りかかる事すら許されない実力差がある。避けたくなる気持ちもわからないでは無い。


「……おいクソガキ共。どうやら向こうさん、殺る気みたいだぞ」

「え?」


 唐突に口を挟んできたコクトウの声の直後、ロマンは信じられない光景を見た。


 ロマン達の目の前に、いつの間にか、立っていたのだ。


 あの、鉄パイプを持った中年、ゲオルが。


「は……!?」

「残念だが、俺は足が疾い。逃げきれるなどと思うな」


 反射的に、ロマンは後方へと跳ね退いてゲオルから距離を取った。


「人気の無い所まで誘導する手間が省けて、助かったぞ。……さて、そちらから聞かれる前に、用件を伝えておこう」


 言いながらゲオルが鉄パイプを構える。

 まるで、剣か何かを扱う様な構えだ。


「その魔王の息子、始末させてもらう」

「……なっ……!?」

「嫌なら、守ってみろ」

「当然!」


 シングが振り上げた両手が光る。魔法だ。

 しかし、


「言ったはずだ。俺は疾いと」


 シングが、吹っ飛ばされた。

 比喩抜きの一瞬で間合いを詰めた、ゲオルの肘鉄で。


「……え?」


 シングは大木に背を打ち付け、動かない。気を失ってしまったらしい。


「さて、貴様は随分と悠長だが、いいのか?」


 声は、ロマンのすぐ後ろから聞こえた。

 気付けば、そこにゲオルが立っていた。


「っ……!?」


 何なんだこいつは、さっきから消えたり現れたり。本当に人間か。

 ロマンはとにかく距離を取ろうとしたが、間に合わなかった。


 衝撃が、胸を貫く。


「かっ……」


 ただのパンチだ。

 だのに、ロマンは心臓が一瞬止まる程にダメージを受けた。


 胸筋の繊維が千切れる様な音。胸骨が砕け散ったのではないかと思える程の衝撃。


 そのまま、ロマンの体が後方へと薙ぎ払われる。


「…ぁがっ……ぁっ…!?」

「あぶい!?」

「うおぉう!? 大丈夫かクソガキ、チビっ子!?」


 大丈夫な訳あるか。そうコクトウに言い返してやりたかったが、ダメだ。声が出ない。

 胸が痛い。いや、正直痛みそのものは大した事ない。

 常人なら即ショック死クラスの痛みかも知れないが、ロマンはそう言うのには慣れてる。……どっかのお姉さんの『拡張』のおかげで。

 それに、今日の昼、ゴウトの全力の突きが鳩尾にクリーンヒットした時の方が痛かった。


 ただ、呼吸がおかしい。心臓の動き方が普段と違うのが自分でもわかる。

 入り所が非常に悪かった様だ。


(……いや、そういう急所ツボを、狙ったのか)


 何はともあれ、シャレになってない。


 よくもまぁ意識が残っている物だ。ロマンは我ながら感心してしまう。

 しかし、ギリギリ保てているだけで、朦朧としている。

 サーガを抱く手から力が抜け、ころん、とサーガが転がり落ちてしまった。


「だぶっ!? ……だぼん!」


 痛ぇな! 何しやがる! と訴えている様だが、マジごめん、無理。

 今だって、ロマンは必死に立ち上がろうとしてる。

 まぁ、決してそうは見えないだろう。

 だって、傍から見れば今のロマンは、もぞもぞと小さく足を動かしているだけなのだから。


 ダメだ。立てない。全身に力が入らない。呼吸すらまともにできない。酸素が足りない。赤血球が働きたくても働き様が無い。

 ……もう無理。

 パンチ一発で、こんなダメージ受けるなんて聞いてない。


「……っぅ……」


 ロマンの耳にゲオルの足音が入ってくる。

 徐々に大きくなるそれは、接近の証。


 ヤバい、殺される。このままだと、多分全員殺される。


 でも、どうすればいい?


 薄れる意識の中で、ロマンは考える。


「!」


 急に、四肢に力が戻った。

 意識も、安定する。胸の痛みも引いた。


「……世話が焼けるクソガキだぜ」


 聞こえる、魔剣の声。


「『イビルブースト』……俺っちの能力だ」

「……そういや、そんなんあるって…言ってたな!」


 ありがとう、と心の中でつぶやき、ロマンは跳ねる様に立ち上がった。


 そして、コクトウを鞘から引き抜く。


「ほう、立てるか。元々の鍛え方も良い様だが……その剣の『力』が大きい様だな」

「おぉう。俺っちの価値がわかりやがるか。良い見立てしてるじゃねぇか、クソジジィ」

「俺はまだ三一だ。ジジィでは無い」


 気にしているのか、コクトウの発言に対し、ゲオルは即座に訂正を入れた。


「さて……良いかクソガキ。今のお前は、ロクに動かねぇ体を無理矢理動かしてる状態。活動限界は一〇分ってとこだ。それ以上やると、全身の筋肉がブッ千切れるぞ」

「制限時間付きかよ……!」


 相手は魔王を倒す様な化物人間。魔法もロクに使えないロマンが、魔剣一本でそいつに挑む。

 しかも制限時間は一〇分弱。


 無理ゲーなんてモンじゃない。


「足掻くか。……なら、とことん足掻いてみせろ」

「っ……待てよ! あんた、サーガの事見逃したんだろ!? 何で今になって殺しにくんだよ!?」

「答える必要がないな。さっきも言っただろう。嫌なら守ってみろ、と」


 鉄パイプを構えたゲオルが、消え… !


「うらぁっ!」

「!」


 右から殴り掛かってきたゲオルに向け、ロマンはコクトウを振るう。


 両腕を使った全力のスイング。

 真剣を容赦無く振るって大丈夫か、とか、そんな事も考える余裕は無かった。

 相手の生死にまで気が回らない、とにかく身を護るための全力攻撃。


 しかし、ゲオルはそれを片手で構えた鉄パイプで受け止めてみせた。


「……ほう、見えたか」


 どうやら、コクトウの能力は神経系にも作用するらしい。

 かろうじてだが、ロマンはゲオルの動きを追う事ができた。


 これならば、一方的にタコ殴りにされるという事は無い。

 そう安堵すると同時に、ロマンは戦慄する。


(……このおっさん、マジだ……マジで足が疾いだけだ……!)


 瞬間移動魔法とか、そういうのを使ってんじゃねぇか、と思っていたが、違った。

 本当に、ただ走って移動しているだけ。


 先程のパンチの威力といい……


「あんた、マジで人間かよ……!」

「さぁな。断言はできん。親を知らないからな」


 ゲオルが人間かどうか。もうこの際それすらどうでもいい。


 ロマンは、どうにかしてこいつに勝たなければいけない。


 夕焼け空が藍色へと移りゆく中。

 ロマンはこの世界に来て初めて、『戦闘』に挑む。


 相手は、ゲームで言えばラスボス級。


(……これ、流石にヤバくね?)


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