魔剣を買わされる第12話


 常識を捨て、本能に身を任せる。


 そのコツを掴んだロマンの成長は、目を見張る物があった。


「これが、魔法……」


 ロマンの掌で躍る小さな炎。

 炎と言うのもおこがましい小さな灯火だが、火である事には違いない。


「やっと、魔力の具現化…属性付加の基礎、出来たね」

「ああ……本当に長かった……」

「あだい」

「その程度で、何を泣く程に感動してるの?」

「シング……お前にはわかんねぇよ」


 シルビアに魔法を習い始め苦節約一ヶ月、ロマンはようやく魔法を使えたのだ。


 この小さな灯火をひり出すまでにロマンの意識が何回飛んだ事か。

 まぁ、修行と関係無い要因で気絶した事も多かった気がするが、記憶に残ってないから無かった事にしておこう。


 無理に思い出す事はないさ、とロマンの記憶を管理する脳内の小さいロマンも言っている。


「何事も、基本は気合」

「そうみたいだな」

「サーガ様のお世話役が魔法の一つも使えないんじゃ話にならないしね。精進しなさいよ」

「だう!」

「…………」


 相変わらず、この魔人達の中でロマンは世話役というポジションらしい。

 一応サーガの世話は慣れてきたし、たまに癒される事もあるのでロマンはきちんとやってはいるが、世話役になったとは絶対に認めたくない。


「よし、何はともあれ魔法の方も一歩前し…」


 喜びかけた時、ロマンの意識は一瞬だけ、灯火から離れた。


「どわっ!?」


 途端に掌の灯火は制御が乱れ、一瞬アホみたいな豪炎と化し、虚空へ霧散。


 油断したせいで、ロマンの魔力が炎へと流れ込み過ぎたのだ。風船に空気を入れ過ぎると内側から弾けるのと同じ事。


「…………」

「やっぱり、魔力が多いと、維持するのに集中力必要みたい」

「ちょっと。今のは軽かったからいいけど、下手に暴発すると危ないんじゃない?」

「あだい!」

「……気をつけます」


 ……半歩前進、という事にしておこう。


「あ、そうだ…ロマン、ちょっとお使い頼んでいい?」

「ん? ああ、うす」


 ロマンがシルビアの個人的なお使いを引き受けるのは、初めてでは無い。

 ……世間一般でいうお使いよりも、いわゆるパシリに近い物だが。


 シルビアはチラシを取り出すと、


「このマンドレイク粉薬を」

「また怪しげな物を……」


 渡された黒地のチラシには、人型の大根みたいな植物が描かれている。

 その傍に並ぶ煽り文は「新製法により、従来の五倍の催淫効果が!?」とか書かれていた。

 ……何に使う気だ。

 まぁ良い。人の趣味趣向に口出しするのは野暮な事だと、ロマンは理解している。


「あう」

「あぁ?」


 何やら、サーガが「出かけるなら連れてけ」的な事を言っている気がする。

 行きたいというのなら、ロマンとしては連れってってやりたいのは山々、なのだが……


「なっ、サーガ様、町は危険ですよ!?」


 そう、シングの言う通り。

 サーガは一応魔王の息子。

 生命を狙われる理由はごまんと在るのだ。


「あいあ」

「……そうですか、ならば、当然アタシも付いていきます!」

「説得諦めんの早ぇよ」


 もうちょい頑張れよお世話役。


「サーガ様はあんたとお出かけする事を切望している……危機が迫れば、アタシが生きた盾となれば良いのよ!」

「その決死の覚悟を説得に活かす気はないのか……」

「まぁ、大丈夫じゃない? サーガちゃんの事、公にはなってないみたいだし……」


 確かに、不思議な事にサーガの存在は未だ世間には知られていない。

 でも、だからと言ってそんな気軽に連れて歩いていいものか……? とロマンとしては……


「あぶぅお!」

「連れてかないと久々に夜泣きしちゃうぞ。今夜は寝かさないぜ☆……と仰られているわよ」

「この野郎……」


 本当、困った奴だ。





「準備オッケーだな」

「あぶぉ!」

「完璧よ! どんと来なさい!」


 外出用に帽子で角を隠し、尻尾も服の内に収めたシングとサーガ。


 町には普通に魔人もいるそうなので、尻尾や角を気にする必要は無い、とシルビアは言っていた。

 が、どうしても念には念を入れておきたい、そうだ。


 まぁ、本人が望むなら好きにさせよう。

 と言う訳でロマンはサーガを抱き、買い物袋をシングに預け、家の戸を開けた。


「ん?」


 牧場には、大量の羊達に散歩をさせているゴウトとセレナがいた。

 セレナは羊を椅子にして読書しているだけ、にも見えるが。


「お前ら出かけるのか?」

「うす。ちょっとシルビアさんのお使いに」

「……あ、そうだ、丁度良い。ロマン、ちょっとUターンして、俺の財布から金取ってけ」

「……? 何かお使いっすか?」

「お前も、そろそろモノホンの剣…欲しくないか?」

「え…良いんすか!?」


 真剣が与えられるのは、もうちょい実力が付いてから、とばかり思っていた。


「木刀と真剣は勝手が違う。早い内に買っといて、振り慣れとくのも良いだろう?」

「お、おう、あざっす! で、いくら持ってけば良いんすか?」


 ロマンが元いた世界では剣は身近で流通しているモノでは無かった。

 故に、大体いくらくらいなモノか予想が付かない。


「お前のA級冒険者手形の割引があれば、1000コルトで充分良いのが買えるはずだ」

「安っ!?」


 Cと言うのはこの世界の通貨だ。


 日本円に例えるのは難しいが、ロマンが前に市場で見たりんご一個の相場は大体一〇〇C前後だった。

 つまり、A級冒険者はりんご一〇個分のお値段で剣一本買えると言う事だ。


 おそるべし、冒険者への優遇措置……と言った所か。





 小さく、古臭い。そんな一軒の武器屋。

 店の名は『アメイジング・ミーツ』。


 ロマン達がシルビアのお使いで向かった薬局の店員にオススメの武器屋を聞いた所、ここを紹介された。


「なんつぅか……レトロだな……」

「掘り出し物というのは大抵こういう所にあるものよ」

「だう」

「いや、別に逸品を掘り出しに来た訳じゃないんだが」


 それなりに良い剣であればそれで良い。

 ロマンは「職業:戦士」だの「剣士」だのになるつもりは毛頭無い。

 だって、そんなの危険では無いか。

 剣術は万が一の護身用。ロマンは主に魔法を使ってそこそこ安全に立ち回るスタイルで行きたいのだ。


 ……今の所、カナヅチが水泳選手になりたいと言っている様な状態だが。


 とにかく、そういう訳なので、「一〇〇人斬っても大丈夫」とかいうイナバチックな凄まじい良品は要らない。

 こう「それなりに手入れしていれば、無茶しない限り何年も使い古せます」とか、そういう控えめな売りの奴で良いのだ。


「さてと…お邪魔しまーす……」


 片手抱きでサーガを抱えながら、ロマンが店のドアを開け…


「ふざけないでよ!」


 何だ、俺達は入店しただけだぞ……とロマンは思ったが、どうやらロマン達に向けられた言葉では無い様だ。


 店内は、外観を裏切らない古臭さ。二〇畳分も無いかな、くらいの空間。

 その壁にはまばらに斧や剣の類が飾られているが……


「あ、懐かしい! 魔王城の近くでも売られてた奴!」

「だぶ」

「魔王城とかうっかり口にしてんじゃねぇよ……」

「はうあっ」


 シングが手に取っていたのは、簡素な包装のキャンディ。何か明らかに「ポイズンですよ」と主張するドクロマークがプリントされているのは気のせいか。


 ……そう、この店、壁にかけられた武器よりも、棚に並ぶ駄菓子類の方がラインナップが充実しているのだ。


 で、さっきの物騒な大声の原因は何だろうか……と、ロマンは声のした方へ視線を向ける。そこにあるのは、レジカウンター。

 声の主と思われる人物は、やたら露出の多い服……というか、胸部と腰から太腿にかけてしか隠せていないナイスなコーデの女性。


 その女性とカウンターを挟んで向かい合うのは、この店の店主らしい魔人の男。

 白髪と白い髭から見て絶対に若くはない。角も片方折れてしまっている。


「なんじゃい。大声出さんでも聞こえるぞい、痴女のねーちゃん」

「私は痴女じゃない! この格好は、露出してると野郎どもの視線が集まるから、それが楽しいだけよ!」


 痴女じゃねぇか。なんだあの心躍る素敵なお姉さんは……とロマンは思う。


「って、話はそこじゃないのよ! なんなのよこの剣! こんな気味悪いの、いらないわ! 返品よ返品!」

「ねーちゃんよ、これ昨日買ってったばかりじゃないか。即日破局ってのは、いくら武器相手とは言え可哀想じゃあないかい?」

「冗談じゃない! もうこんな店来ないから!」


 女性はプンスカ怒りながら、ロマン達の横をさっさとすり抜け出て行ってしまった。


「何なんだ、今のは」

「俺に聞かれてもな……」

「お、珍しいのう、一日に二組も客が来るなんて」


 店主らしい老魔人がロマン達に気付き、店の不況っぷりが伺える発言をする。

 ……薬局の店員さん、何でこんな店を勧めて来たんだろうか。


「ところでお客さん、武器をお探しなら、この剣とかどうじゃ」

「……今のやり取り見てて、買う訳ねぇだろ」


 老魔人が手に取ったのは、先程の痴女さんが返品してったらしい、カウンターに置かれていた剣だ。

 漆黒の柄と鞘を包む様に、植物の蔓をイメージした様な金色の装飾が走っている。


「カッコイイぞ、これは」


 店主は見せつける様にその刀身を抜く。

 すると、中二病を刺激する漆黒の刀身の両刃の剣が現れた。

 暗黒騎士とか、魔王とかが好んで使いそうな印象を受ける。


 その印象は間違いでは無かったらしく、「あぶっし!」とサーガのテンションが爆上がりである。


「……いや、でもあれ問題あるっぽいぞ」


 だってさっきの痴女、相当頭にキテたっぽいし。


「サーガ様がお気に召した! あれで決まりね!」

「ふざけんな」

「何でよ?」

「そうじゃぞ。今なら一〇万Cの所を五Cで売ってやるわい」

「過去類を見ない凄まじい値下げッ! 買うしか無いんじゃない!?」

「だう!」

「その値下げ幅がものすごく不安を駆り立てるんだよ……」


 一気に値段が二万分の一になるとか、曰くつきどころか確実に何人か死んだレベルの呪いが掛かってるだろう。


「絶対にあれだけは買わん」

「でう! あやう!」

「お前があれで颯爽と闘う姿が見たい、と仰られてるわ」

「って言われてもな……」


 確かにデザインはカッコイイっちゃカッコイイのだが……


「じゃあもういい。タダでやるからもってけ」

「本当に良いのご主人!?」

「いやいやいや! 今ので確信した! それ持ってるだけで危ない系の代物だ!」


 じゃなきゃ、武器商人がタダで人に剣をやるなんてあり得るか。


「大丈夫じゃて。たまにちょっと奇声を発するくらいで、害は無いぞ」

「奇声を発する時点で害の匂いがプンプンするんですが!?」


 とか何とか言ってたら、件の黒い剣から「クキキキキキ……」という不快な笑い声が……


「夜は寝室に持ち込まない様にな、寝首を……いや何でも無い。ほれ」

「いらねぇぇぇぇぇ!」

「だから何でよ? タダでくれるって言ってるんだし、もらっといて損はないでしょ? ほら」

「いや、絶対そいつ災厄とか運んでくる系だって! っていうかサラッと言いかけてたが持ち主の寝首をかく可能性あるっぽいぞ!?」

「いいからいいから」


 剣を鞘に収め、店主はなんと、それをポイッと放った。


「なっ!?」


 手元に飛んできたそれを、ロマンは思わず空いている片手でキャッチしてしまう。


 次の瞬間。


「……ん?」


 一瞬の違和感。

 こう、この剣の接触部分から、何かを吸い上げられた様な……


「……ほう、俺っち全開の魔力ドレインを受けても、平然としてるたぁ大したタマだ」

「……!?」


 どこからか聞こえた、不思議な声。


「………………」


 ……気のせいだろうか、今、ロマンの手に握られている剣が、喋った様な……


「気に入ったぜ。俺っちを持っていけ、クソガキ」


 気のせいじゃ、無いっぽい。


「おお、喋る剣。魔剣の類ね。珍しい」

「あう」

「なっ! おいチビっ子! 俺っちに気安く触んな! おいクソガキ! こいつどうにかしろ!」

「……いや、待て、色々理解が追いつかない。魔剣……魔剣って、あれか? 妖刀、的な……」

「おお、『コクトウ』がそれだけ元気になるとは……お前さん、相当の魔力を持ってる様じゃの」

「お、おい…これ、一体なんなんだよ……?」

「『これ』たぁ何だクソガキ! 俺っちは泣く子もショック死する天下の魔剣『コクトウ』さ…やめろってばチビっ子! あ、そこ触っちゃや…あっ――」

「あいー、あう!」


 右手には魔王の息子、左手には喋る魔剣。

 ……何だろう、自分は今、一体どういう状況に置かれているのか。ロマンは結構激しめに混乱する。


(落ち着け……とりあえず、一回冷静に考えてみよう)


「………………」


 冷静に考えてみても、よくわからなかった。

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