なんか懐かれた第9話
「魔王の息子ねぇ…偉いの拾ったなお前ら」
「リアクション軽いな……」
帰宅したゴウトとシルビアは、この赤ん坊、サーガの身の上を知っても大仰なリアクションは一切無い。
んな小事が何だ、と言わんばかりにさっさと買ってきたベビー用品を広げ始める。
「衣類に玩具等々、まぁ必要になるだろう物は大抵買い揃えた。お嬢ちゃんの方は、服は当面シルビアのお下がりで我慢してもらえるか」
「尻尾用の穴、開けなきゃだけど」
「本当に感謝するわ凡庸人種! 助けてもらった上に、ここまで面倒見てもらえるなんて……!」
「放って置いて、どっかで死なれたら後味悪いしな。がははははは!」
本当、良いおっさんだなぁ、とロマンも思う。
「あだぼ」
「お、お前もそう思うか」
気が合うモノだ。
「アタシはあんたらを勘違いしてた……! ロアーズ……ううん、凡庸人種にもこんな人達がいるなんて……!」
「まぁ、誰もかれもギスギスしてる世の中なんて嫌だしな。俺達だけだとしてもふんわり行こうってのが、我が家のルールみたいなモンだ。……あ、ところで、お嬢ちゃんの名前はまだ聞いてなかったな」
「アタシはシング。魔王城でメイドとして雑務をしてたわ。そして、サーガ様のお世話役主任!」
余程その役職に誇りを持っているのだろう。
誰がどこからどう見ても、シングはとても誇らし気だ。
にしても、もう魔王関係の事を隠そうともしていない。
さっき「切り替えが大事」とかいう矜持を発表していただけはある。
ゴウト達を信用しきっている、という見方もできるが。
まぁ何にせよ、シングを名乗るこの少女が目覚めてくれて本当に良かった、とロマンは胸を撫で下ろす。
「良かったな、サーガ…だっけ? ほれ、お前のお世話役が起きたぞ」
世話役、と言うからには、この赤ん坊に取ってもシングは特別な存在なはずだ。
俺よりも彼女に抱かれる方が良いだろう、と言う訳で、ロマンはシングにサーガを引き渡そうとした……が、
「だぼん」
「あ、おい…」
サーガはどう言うつもりか、ロマンの手首にまた尻尾を絡めてきた。
「どうやら、サーガ様はあんたがお気に召した様ね」
「……お前はそれで良いのかよ、世話役さん」
「サーガ様のご意思よ。そこにアタシの何かが介在する余地など微塵も必要無いわ。それに魔王様から『本人の気に入った者に世話を任せる様に』と仰せつかってる」
「あぶし」
信じてるぜ! 的な目でロマンを真っ直ぐ見つめるサーガ。
ああもう撫で回すぞこの野郎、とロマンは溜息。
どうやら、ロマンが昼食にありつけるのはまだまだ先の…
「……あ、ロマン。そろそろ魔法の訓練」
「あ、ヤベ。……あー、悪いサーガ。離してくれ」
「あぶ」
拒否する、というように、サーガはロマンの服を掴み、赤ん坊なりの全力をその手に込める。
ああ、もうずっと抱いていてやりたい……と、ロマンだって思う。
だが、流石にそうも行かない。
「本当に悪い……魔法の修行をないがしろには出来ねぇんだ」
早く魔法を使える様にならねば、ロマンはいつまで経っても冒険になど繰り出せない。
それは「いつまでも元の世界に帰れない」という事だ。
ここは譲る訳には行かない。
「……むぅ」
ロマンの目の色から流石に本気だとわかったのか、サーガは大人しくロマンの服から手を放し、尻尾も解いた。
先程までの拘りが嘘の様に、大人しくシングの元へ渡る。
「あいあ、だぼん!」
「終わったらすぐに抱っこしろよ、と仰られているわよ」
「……あんたはよくわかるな」
「伊達にお世話役をやっていた訳では無いわ」
「関係あんのか、それ……」
「ういう!」
「あと、頑張れ、だってさ」
「おう。そりゃ勿論」
サーガに送り出され、ロマンはシルビアと共に魔法の修行……
「……の前に、やっぱ飯を食わせて」
空腹状態でシルビアに稽古を付けてもらうのは、多分死ぬ。
ロマンはこの家で、空き部屋を自室としてあてがわれている。
自室、とは言うが、家具はタンスしかない実質ただの寝室だ。
手狭だし、埃っぽいが、何もかも世話になりっぱなしのロマンに取っては充分過ぎる厚遇である。
その事に謝辞を述べれば、ゴウト一家は決まって「家族みたいなモンだ、気持ち悪い遠慮はするな」と笑い飛ばす。
「……何の冗談だ?」
「何の話よ?」
「だう?」
すっかり見慣れたはずの室内に、異変が起こっていた。
ロマンの布団の横に、見慣れない布団が敷かれているのだ。
女子向けっぽい花柄ので、枕は成人用二つに挟まれる形でベビー用が一つ。
そして、ここで寝る気満々らしいパジャマ装備のシングとサーガ。
「……ここで寝る気か、あんた」
「ええ。サーガ様の意向だもの」
「あだぶ」
「なぁ、頼む。勘弁してくれ」
「何でよ?」
「睡眠は俺の生命線と言っても過言じゃないからだ」
赤ん坊と言えば、やはり夜泣きのイメージが強い。
いくら異常なスタミナを手に入れたからと言って、ロマンの今の生活サイクルを余裕綽々でこなせている訳では無い。
不眠は生命に関わる。
サーガのオムツを替えたり、風呂に入れたり、飯を食わせてやるくらいの労力はなんて事は無い。
だが、本当にこれだけは駄目だ。
「ふふ…サーガ様は夜泣きなど一切しないわ!」
「え、そうなのか?」
「当然! 何故ならサーガ様だから!」
「あう!」
「意味がわからん」
この魔人二人は一体何の根拠があってこんな自信満々なのだろうか。
「事実は事実。ありのままを受け入れなさい」
「……あー…いや、まぁ、それならそれはそれで良いけど……」
「何? まだ何か問題ある訳?」
「俺の問題と言うより……あんたはそれで良いのかよ?」
「当然。サーガ様の側に居続けるのが、アタシの最大の仕事であり使命であり宿命であり運命よ」
「いや、そうじゃなくて……
「ん? 何心配してるの? 安心しなさい。あんたはアタシの好みじゃないわ」
ああ、成程。とロマンは納得。
シングの中では、男は襲ってくるモノでは無く、襲うモノという認識らしい。
強気だ。流石魔人……と言う事で良いのだろうか?
「ほら、さっさとあんたも寝る準備しなさいよ」
「うぃー!」
「へいへい……」
サーガは夜泣きはしない、そしてシングは別に気にしない。
ならもういいや、とロマンは溜息を吐いてすませ、就寝準備に取り掛かる事にした。
「いでっ!?」
夜中、突如眼球を襲った衝撃により、ロマンは目を覚ました。
「…………っの野郎」
衝撃の正体は、サーガの小さな拳。
寝返りの際、これがロマンの眼球にクリーンヒットした、と言う事らしい。
「…………はぁ」
文句を言ってやろうと思ったが、シングもサーガもぐっすり寝入っている。
それにサーガの寝顔可愛い。
「……ったく、卑怯だ……」
溜息混じりにつぶやき、ロマンはなんとなく周囲を見回す。
窓から差し込む月明かりは薄く、室内は黒に近い藍色に包まれていた。
「…………」
……深夜な時間もあってか、あどけないシングの寝顔に一瞬いけない想像を働かせてしまう。
布団の隙間から除く健康的な小麦色の太腿に、ロマンは思わず生唾を飲む。
(……落ち着け俺。流石にそれは漢として超えてはいけない一線だ)
一度は覗き魔に堕ちた身ではあるが、流石にそこまで堕ちてはいない。
そう、それに相手は魔王に仕える様な魔人。
きっとすごい魔法とか使えるに決まっている。
返り討ち必至だ。最悪殺される。
生存本能を用いて、ゲスい本能をねじ伏せる。
「……あぁ……トイレでも行くか……」
少し喉も乾いたし、水も飲もう。心と体を落ち着かせる意味も込めて。
そう思い、シングとサーガを起こさぬ様、ロマンは静かに部屋を出る。
「ん?」
ふと、リビングの方に明かりが点いている事に気が付いた。
「……誰かまだ起きてんのか……?」
気になったので、リビングへ向かってみる事に。
すると、ゴウトが一人、コーヒーを飲みながら新聞を読みあさっていた。
「ゴウトさん?」
「……ん? ロマンか? どうした、女の子が隣にいちゃ眠れないか?」
ニヤニヤと下世話な笑顔全開で、ゴウトはコーヒーを呷る。
「そんな初心じゃないっての……そっちこそ、何してんすか?」
「……少し、気になった事があってな。サーガの事で」
「?」
おかしいだろう、とゴウトは読みあさっていた新聞を指す。
「国は魔王軍残党に大規模な殲滅作戦を展開する程の徹底ぶりだ。だのに、魔王の子供が逃げ延びている事が、全く公にされていないなんて、有り得るか?」
「……!」
ゴウトは魔王が討たれてからの新聞を事細かに読み返していた様だが、そんな記述は一切無かったらしい。
「確かに……妙っすね、それ」
魔王軍残党を排除する事に精力を注ぐのなら、魔王の息子なんてモノを放置するはずが無い。
この世界の情勢には全く以て知識の無いロマンでも、それくらいはわかる。
普通なら、指名手配なり注意喚起なり呼びかけるはずだ。
「シングが嘘吐いてるって事か……?」
「まぁ、その線も有り得なくは無いが……何のメリットがある?」
魔王の息子であると言う事実は、今となっては最早「生命を狙われる」と言うデメリットしか持っていない。
だから彼女も、口を滑らせるまでは、それを隠すスタンスを取っていたのだろう。
「じゃあ、一体……」
「……可能性としては……」
いや、まぁ有り得ないが……とつぶやきながら、ゴウトはその推測を口にする。
「魔王を討った者が、サーガを見逃し、その存在を無かった事にした……とかな」
「はぁ……? 魔王を殺す様な奴が、何でそんな事を?」
「ああ。まず有り得ない事だ。……謎、だな」
「……………………」
完全に、謎だ。
ゴウトとロマンが二人揃って考えても、納得の行きそうな仮説は組みあがりそうにない。
これは明日あたり、シングにそれとなく事情を聞いてみるのが一番だろう。
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