実はすごいのを拾ってた第8話

 生意気で、ふてぶてしい赤ん坊でも、寝顔は可愛い。

 って言うか、ギャップ的なモノで普通の赤ん坊よりも癒される感がある。


 ……角と尻尾が生えている事に違和感が無い辺り、俺も相当この世界に慣れてきてるな。

 腕の中ですっかり安眠状態の赤ん坊を見ながら、ロマンはそんな事を考える。


「寝顔可愛い……こっちはもう大丈夫そうだね」


 シルビアの言う通り、寝顔可愛…じゃなくて、赤ん坊の方はもう心配いらないだろう。

 問題は、赤ん坊と一緒にいた魔人少女の方だ。


 もうかけれるだけの補助魔法はかけたらしいのだが、未だ少女は目覚めない。


 この赤ん坊に比べ、余りにも疲労が溜まり過ぎているらしい。


 それに関して「おそらくこの赤ん坊を優先する余り、自分の事を全く顧みなかったとか、そんな所だろう」とゴウトは推測していた。


「で、どうすんだよ、この赤ん坊とあの子」

「俺の推測通り魔王軍の関係者だとしたら、行く宛は無いだろうし、行き倒れさせる訳にもいかん。ウチで面倒を見るしか無いだろう」

「ですね」

「だねー」


 ロマンをあっさり受け入れた時といい、この家族は本当包容力に満ち溢れている。

 息を吐く様に困ってる人間を助けようとする一家だ。


「とりあえずベビー用品の買い出しに行ってくる。ロマン……はベビーベッド状態だから、シルビア、一緒に来てくれ」

「うん」


 そんな訳でゴウトとシルビアは街へ買い物に行ってしまった。


「……ちなみに、そろそろ腕がキツイんだが」


 ここ最近、ロマンは結構スタミナがついて来たが、今日は既にバカみたいに腕立てをした後だ。

 そんな腕で赤ん坊をしばらく抱いてりゃ限界も来る。

 しかし……


「さっきもそう言って下ろそうとしたら、起きちゃったじゃないですか。我慢してください」

「………………」


 いや、まぁ、ロマンだって悪い気分はしていない。

 そんなに俺の腕の中は安心するのか可愛い奴め、と油断したら口元が緩むくらいには良い気分だ。


 でも、思う。

 何で俺はこんな事になっているんだろう、と。

 ついさっきまで「元の世界に戻るため、魔法をちゃんと学び、冒険に出る」……と言う流れだった気がする。


「まぁ、丁度良いでしょう」

「? 何がだよ?」

「ロマンさん、ここ最近、ずっとクソみたいな表情でしたからね。今は余計な事を考えず、大人しくその子に癒される事に専念した方が良いかと」

「……………………」


 ロマンも、ここ最近色々と思い詰め過ぎていた感が否めない事は自覚している。

 元々少し焦ってはいたが、魔王の死で帰る手段が途絶えてからは特に顕著だったと思う。


「……お前、なんだかんだ俺の事を心配してくれてるんだな」

「そりゃあ、一応家族ですからね」


 不出来な家族が出来るとやれやれが止まりませんよ、とセレナは溜息。


「……家族……」

「同じ家に住んで、同じ卓で食事を取っているんですから、そうでしょう」


 ゴウト譲りの豪快さか、家族の判定がかなり甘い気がする。


 まぁ、有り難い話だ。

 誰かに親愛の念を向けられて喜ばない程、ロマンは弄れちゃいない。

 ただ、ちょっと疑問が。


「……? 何ですその顔。何か不満なんですか?」

「まぁ、不満っつぅか…お前の俺への対応は、家族へのそれとして適切なのか、と」

「お客様を玩具扱いする訳無いでしょう。頭イカれてるんですか?」

「そうか、やっぱりお前に取って俺は玩具か」

「私は昔から決めてたんです。弟が出来たら好き放題してやろうと」


 ロマンの方が歳上のはずだが、どうやらこの家は年功序列では無く先着順で家庭内地位が決まるらしい。


「それに、人の風呂を覗く様な愚弟に優しくして付け上がらせては、世間様に迷惑をかけてしまう危険もありますしね」

「その件に関しては誠に申し訳ありませんでした」


 この話を出されては、もうロマンは何も言えない。


 ここは大人しく赤ん坊から癒しパワーをもらう事に専念しよう、とロマンが赤ん坊に視線を戻した、その時、


「……ん、こ、ここは……どこ…?」


 聞き覚えの無い少女の声が、ロマンの耳に届いた。


「お」


 ソファーで寝ていた魔人の少女が、目を覚ました様だ。


「…ッ、そんな事より、サーガ様は!?」


 少女は唐突にガバっと飛び起きた。

 すぐにソファーから降り立つ……が、足取りが不安定過ぎる。

 フラフラっとすぐに転びそうになり、気合らしき物で持ちこたえていた。


「ッ……何てザマ……!」

「……サーガって、こいつか?」

「!」


 ロマンの声に反応し、少女は勢い良く顔をロマン達の方へ向ける。


「さ、サーガ様……!」


 そしてロマンの腕の中で健やかに眠る赤ん坊を見つけ、安心した様にその場で膝を着…と思いきや、何かが引っかかったらしい。

 突然、その瞳に攻撃色が宿った。


「待って……なんで、『ロアーズ』がサーガ様を抱いてるの!?」

「ろあーず?」

「亜人族の一部が使う凡庸人種の呼び名、蔑称ですね。確か意味的には『下等生物』に近いモノだったかと」


 要するに「何で凡庸人種がその赤ん坊を抱いているんだ」と少女は言いたい訳か。


「そら、あんたが俺達に託したからだろ?」

「そんな訳無いでしょ!?」

「はぁぁぁ?」


 ……もしかしてあの時の記憶が無いのか。

 まぁ、確かに気絶する寸前だったようだし、無理もないだろう。


「いや、でもその魔力量……あれ? えーと、ロアーズ……?」

「魔力量って、わかんのか?」


 確かにロマンの魔力はアホ程あるらしい。

 だが、セレナが言われるまでロマンがそれを知らなかった様に、外的要素で魔力量は測れない物だと思っていた。


「あ、いや、アタシは特別だからわかる感じ……ってそうじゃない! やっぱロアーズ! だって角も尻尾も無い!」

「まぁそりゃ無いけど……」


 当然、ロマンには角も尻尾も無い。それがどうかしたのだろうか。


「えぇい! とにかくサーガ様を放しなさい、この外道!」

「よくわからんが、ふざけんなこの野郎」


 元はと言えば、このサーガと言う赤ん坊の方がロマンに抱っこを要求したのだ。

 外道呼ばわりは無いだろう。


「やはり魔王軍関係者という線は正解だった様ですね」

「ん? そうなのか?」

「魔王軍には、凡庸人種を毛嫌いしている者が多いと聞きます」

「ああ、そういう……」


 だから、大事に大事にしていた赤ん坊を凡庸人種ロマンが抱いているのが気に入らない、という事だ。


「ごちゃごちゃと何を言ってるの! 早く放しなさいよ外道!」

「別に、俺も抱っこしたくてしてる訳じゃ……」

「御託は良いっての! さっさと……って、んん?」


 ふと、少女が何かを考える。


「……と言うかアレ? 何この状況……まるであんた達外道が、アタシとサーガ様を助けてくれたみたいじゃない」


 どうやら、ようやくこの状況を正常に整理し始めたらしい。


 草原でブッ倒れて気付いたら民家の中で、それなりに手当もされているんだ。

 どう考えても、気絶中悪い様にされていた状況では無いだろう。


「まるでじゃなくて、そうだぞ」

「そうですよ」

「………………え? …………そうなの?」


 この状況で疑う余地があるのか。

 どれだけ凡庸人種に悪いイメージ持っているのだろうか。


「い、いや、でも……ロアーズじゃん、あんたら」

「だから何だと言うんですか」

「だ、だってロアーズって……」

「世間一般全ての凡庸人種がそうだとは言いませんが、少なくとも私達はあなた方魔人に嫌われる様な事はしてません」


 まぁ、ゴウト一家に関して言えば、即行でこいつらの面倒みるかとか判断しちゃってたし。

 少なくともこの魔人少女に嫌われる謂れは持ち合わせちゃいないだろう。


「…………確かに、そう……みたい、だけど…うーん……」


 ロマン達に敵意が無い事は理解してくれたのだろう、少女の瞳から攻撃色が抜け落ちた。

 だが、少女の視線にはまだ、やや疑いの色が含まれている。


「……むー……」


 色々と悩み、少女が唸っていると、突然、その唸りと同調する様に少女の腹が豪快な鳴き声を上げた。

 まるで地鳴りの様な、すさまじい腹の音だ。


「……恥ずッ……!」

「点滴ではお腹は膨れませんからね。それに私もやや空腹です。丁度良いので御飯にしましょう」

「あ、あのー、俺は?」


 ロマンも良い感じに腹が減っているのだが、ただいまその両腕はベビーベッドと化している。


「我慢しててください」


 ですよねー……まぁセレナが「あーんしてあげますよ☆」とか言い出したらそれはそれで恐いので遠慮するが。


「で、でもアタシは……」

「外道呼ばわりした事は気にしていません。そういう環境で生きてきた以上、多少の偏見は仕方無いでしょう。これからは改めてください」

「て、天使! 有り難……はっ、まさか毒とか入れる気じゃないでしょうね!?」

「……この期に及んで……んなもんこの家にありませんよ。……まぁ、ご所望なら毒草の類を摘んできますが」

「ひぇっ、所望しません! 断じてしません! 変な疑い持ってごめんなさい!」

「そうですか」

「そうです! そしてご馳走になります! 外道とか言ってごめんなさい!」


 何か温度差のある会話だなぁ、とロマンが思っていた所、赤ん坊が目を覚ました。


「やう」


 おはよう、と言っているつもりだろうか。

 ……ああ、やはりこの赤ん坊のヤケに大人びた落ち着きのあるジト目は、赤ん坊らしい可愛さを半減させている。

 それでもやはり可愛いが。


「あ、サーガ様! お目覚めですか」

「あぼう」


 よ! という感じで赤ん坊は少女に挨拶。


「うっぷす」

「ああ、サーガ様……すっかりお元気になられて……感謝するわ、ロアーズ……いえ、凡庸人種の方々」

「さっきまで散々外道呼ばわりしてたくせに……」

「過去は気にしない。切り替えはすごく大事なのよ。これアタシの矜持ね」


 にしても切り替え早過ぎだろう、とロマンは思うが、まぁ悪い切り替えでは無いのでこれ以上追求はしない。


「……って言うか、何でさっきからこんな赤ん坊に様付けしてんの?」

「なっ、こんな赤ん坊とは何事よ!? サーガ様は魔王様のご子息なのよ!」

「へぇ魔王の………………」


 ………………は?


「はうあっ」


 しくじった、そんな感じの声を上げ、少女の顔から一気に血の気が引いていく。

 そして滝のようなえらい勢いで冷や汗を放出し始めた。

 脱水症状を起こすんじゃないかと心配になるくらい汗をかいている。


「……が、ガチ?」

「そ、そそそそそそそそ、そにゃっ……そ、ソンナ訳ナイデスヨ~アタシナニモイテナイヨ~」


 ああ、すごい。

 ここまでわかりやすい嘘は初めてだ。


「ま、魔王の……子供……?」

「あぶ」


 ロマンの言葉の意味をわかっているのか、赤ん坊は肯定する様にうなづいた。


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