単細胞なりに色々悩む第6話


 三日月が笑っている。

 きっとアタシを馬鹿にしているんだ。


 主君も仲間も失って、それでも醜く生きながらえるアタシを。


 それでも、負けてたまるものか。

 生き恥なんぞ、いくらでも掻き捨ててやる。


 アタシの使命は、最早ただ一つ。

 あのお方の残したモノを、守り抜く事。


「あぶ?」

「……大丈夫ですよ。不安がる事はありませんから……!」


 でも、アタシ一人の手じゃ守り切れない。


 この事が知られるのは時間の問題だ。


 そうなれば、きっと―――


「『あの野郎』の真意はわかりません……でもアタシは絶対、あなたをお守ります」


 そのためには、まず匿ってくれる者を探さなければならない。


 あのお方が用意してくれていたルートは、もう使えない。

 アタシが鈍間だったせいで、既に連中の手が回ってしまっていた。


 ッ……いや、悔やんでる場合じゃない。時間は戻らない。

 アタシが今成すべき事は、この致命的なミスをなんとしても絶対に補填してみせる事。


 幸い、アタシの『目』なら、『強い魔力』を持った奴を探せる。

 凡庸人種離れした魔力を探せば『同族』を見つけられるはず。


 そいつを頼ろう。


 この頭が擦れて消え去るまで、土下座でも何でもしてやる。

 体でも生命でも、何でも好きにさせてやる。


 あのお方の残したモノを守るためなら、アタシはどうなっても、構わない。





「あーあー……」


 キッチンでサラダをこしらえながら、セレナはテレビに視線をやって呆れ顔。


 テレビに映っているのは朝の報道番組。

 画面いっぱいに撮されたハンサムな中年が、「魔王城での戦いは熾烈を極め~」などと淡々語っている。


 魔王を討った最強の冒険者チーム『レッド・ガーヴェラ』。

 そのリーダーであり『世界最強』の異名を取る冒険者、ゲオル・J・ギウスの独占インタビュー映像……だそうだ。


「まぁ何と言いますか……あなたがノロノロしてるからです」

「お前……それは無いだろうよ……」


 もうちょっと元気よく反論したい所だが、今のロマンにそんな元気など無い。

 食卓に突っ伏し、ゲオルさんとやらのやたら無愛想な面を眺めているだけでも、ゴリゴリと精神的HPが減っていく。

 もう、この世の何よりゲオルさんとやらの面が嫌いだ。


「せっかく、今日から本格的に魔法……教えるはずだったのにね」

「え、姉さん、もう拡張は良いんですか?」

「良い、と言うより……残念だけど、もう無理。ロマンの魔力上限値、もう私の数倍だから。これ以上やっても、多分効果薄い」


 彼女の言う効果とは、魔力上限の上昇の事か、それともロマンのリアクションの事か。

 まぁとにかく、だ。要するに今のロマンの魔力の器は大き過ぎて、シルビアの魔力量ではその器の天井を押し上げるに到れなくなった、という事。

 昨日の拡張が割と平気だったのは、それの兆候だったのだろう。

 ……まぁ、結局『何か』を『何処か』に全開でブチ込まれ、気絶させられたが。


「昨日のは、ついカッとなってやっちゃったけど……ロマンの体の負荷を考えると、流石にそう頻繁にする訳には……だし」


 シルビアが何を思い出して残念がっているのかロマンは知らないが、とにかくもう拡張作業という名の地獄は訪れない。

 それだけは非常に喜ばしい事だ。笑う気力が無いのが残念で仕方無い。


「と言うか、姉さんの数倍って……そ、そこまで拡張しなくても良かったんじゃ……」

「え、何? そんなドン引く事なのか?」

「姉さんは元々魔力量が異常に多い人なんです」


 セレナはロマンにも見える様にプチトマトを掌で転がす。


「これが、『一般人の魔力の器』だとします」


 そして、もう片方の手で、プチトマトの一〇倍近い体積があるトマトを持ち上げ、


「姉さんのはこれです」

「俺そこまで魔力増やす必要あったの!?」


 一般人の一〇倍近い魔力総量を持つシルビア、その更に数倍。

 どう考えても多過ぎるだろう。


 と言うか、当人の気付かない間に体を開発され過ぎた。ガバガバである。

 ロマンは開いた口が塞がらない。


「楽しくて、つい……」


 ドSと言うか、もう人でなしの域だ。


「……しかし、ある程度拡張したら普通は拡張限界ってモンが訪れるはずなんですが……身も心もアホですね」

「お前はもうちょっと傷心中の俺を労ろうか」


 ロマンはロマンで異常体質、と言う事なのだろうが、今はそんな事どうでもいい。

 魔力がどれだけあろうと、魔法が使えなきゃ何の意味も無い。

 銃弾を山の様に所有していようと『銃』が無いのでは使い道が無いのだ。

 そして、もう『銃』を手に入れる必要……『魔法』を学ぶ必要は、無くなった。


 何故なら、その魔法で倒そうとしていた魔王様は、もうこの世にいないのだから。


「で、今後の身の振り方、決めたんですか?」

「……ゼンノウに土下座でもしてみようかな……」


 半分冗談、半分本気でつぶやいてみる。


「多分無理。魔法には、絶対に改変できない『原則』が必ずある」

「!」


 ゼンノウの『試練をクリアした者の願いを叶える魔法』の『原則』は、『一度発行した試練を変更できない』という事、か。

 確かに、ゼンノウは絶対にこの条件は譲れないと言っていた。それは彼女の意味不明な意地とかでは無く、魔法の性質上仕方なかった事、だった訳だ。


「…………」


 一瞬、ロマンは別の案を思いついたが、すぐに自分で没にした。


 それは、シルビアかセレナに頼み、どちらかに「異世界を行き来する能力をください」とかゼンノウにお願いしてもらう、という案。

 そしてその試練をクリアしてもらえば、ロマンを元の世界へ戻してくれる異世界間タクシーの完成である。


 しかし、それは彼女らが了承したとしても、絶対にやってはいけない事だと思う。


 ゼンノウは言っていた。

 願いを叶えてあげるのは、一人に付き、一度きりだと。

 彼女らの『願いを叶えるたった一度のチャンス』を、自分のために潰させて良いはずが無い。


 そのチャンスは、彼女達が自分なりの望みを見つけた時に、活かすべき物なのだから。


 綺麗事を並べてる場合か? と自分でも思うが、納得できない物は仕方無い。

 自分が納得できない事はしない。例えどんな不利益を被る事になっても、だ。

 それが、ロマンの貫いてきた生き方なのだから。


「ま、元々偶然の様な形でこちらに来てしまったのでしょう? もう偶然帰れる事を祈るしか無いのでは?」

「それしかねぇのかなぁ……」

「一応、訓練も続ける?」

「そうですね、もしかしたらひょっこり第二の魔王とか出てくるかも知れませんし。可能性としては限り無くゼロに近いですが、それでもゼロではありません」

「うん。続けるべき」

「そうですね。実にそうです」

「……お前ら、んな事を言いつつ俺をシゴキたいだけだろ」

「バレてるなら建前いらない。訓練続ける」

「だそうです」

「悪魔共がッ!」





 魔王の訃報から数日後。

 すっかり春真っ盛りな牧場。時刻は正午より少し前。

 ロマンは読書するセレナを肩車しながら、ウサギ跳びで草原を跳ね回っていた。


「しかしまぁ、続く様になりましたね」

「……ああ、我ながらびっくりだ」


 この数日で、ロマンの体力保持力スタミナは飛躍的に上昇していた。

 前にシルビアやゴウトが言っていた通り、魔力が多いと身体的にもそれなりに影響が出る。

 それは身体能力だったり感覚機能だったり、個人差によってその内容は異なってくるらしいが……ロマンの場合、ここ数日でそれが発現。スタミナ面で顕著に現れている様だ。


 いつも通り体をぶっ壊すためだけの様な無茶苦茶な訓練を早朝からぶっ通しているのだが、ロマンはあまり疲労を感じていない。

 セレナを乗っけた腕立てなんて、開始二時間程でセレナの方が「飽きました」と先に音を上げたくらいだ。


 その域まで魔力上限値を底上げできるなんて、異世界人の体はどうなってんだ、とゴウトはやや舌を巻いていた。


 ロマンが特別なのか、それともロマンの世界の住人は皆そういう物なのか。

 そこの所はわからないが、まぁ悪い事では無いので素直に喜んでおこう、とロマンは適当に結論付けた。

 あんまり、余計な事を深く考えられる気分じゃない。ここの所、ずっと。


「シゴき甲斐がありません」

「……本当、この訓練の目的を忘れてるよなお前ら姉妹」

「それはそうと、魔法の方はてんでダメらしいですね」

「ああ、シルビアさんがマジで黙り込むくらいにな」


 まぁ、何事も上手く行っている訳では無い。


 魔王が討たれた事は言わずもがな、

 残念な事に、ロマンは魔力を溜め込む事には長けているが、魔法の才能は微塵も無かったらしい。


 もう何日も魔法の基礎訓練である、『魔力の具現化』とやらに挑戦しているが、全く上手くいかない。

 魔力を放出する事自体はできているそうだが、それだけ。魔法かたちになっていない。


 魔法には、魔法を使おうと認識できる知性と、魔力を操作する技術が必要になると言う。

 いくらロマンでも、人間として最低ラインの知性はある。問題は、魔力を操る技術とやらが欠片も習得できていない事だ。

 もう全くと言って良い程ピンと来てない。


 基本的に、魔法は『イメージ』だとシルビアは言っていた。

 例えば炎魔法なら「暗闇に自分の掌を描く。掌に赤い点を一つ落す。赤い点は徐々に掌を侵食していく。掌が真っ赤に染まる。掌の外縁部が揺らめき始める。掌が…」みたいなイメージを段階的に描きながら、魔力を具現化するらしい。

 すると、具現化された魔力は炎の魔法になってくれるのだと言う。

 それで『魔法を出す感覚』を掴んだら、後はひたすら反復練習でイメージを省略化していくんだそうだ。


 ……残念ながら、ロマンはどれだけイメージを重ねても、灯火一つ出せないが。


 絶望的にイメージ力が貧弱、魔法に必要な才能が著しく欠如している……もしくは、魔力が多すぎて細かい操作が効かず魔力の具現化で躓いているのでは、と言うのがシルビアの見解。


 才能が無い場合、それを補うために気が遠くなる努力と、そのための時間が必要。

 魔力が多過ぎて魔力の操作が上手く行かない場合、一度増えた魔力は減らせないので、これまた気が遠くなる努力と時間で解決するしか無い。


 どちらにせよ、早期解決は難しい。


「……で、何かしら、答えは出ましたか?」


 ページをめくる音と共に聞こえた質問。


 答え、というと、やはり今後の身の振り方について、だろう。

 ここ最近何度も聞かれている事だ。


「……ゴウトさんに、『冒険』に出てみれば、って言われたな」

「冒険、ですか」


 ロマン自身、それが最善の様な気がする。


 ロマンが元の世界に帰れる希望は、最早『奇跡』以外ありえない。

 ここでスローライフ&トレーニングをしているだけでは、起こせる奇跡も起こせないだろう。


 この世界を周り、奇跡のきっかけになりそうな物を探す。

 とりあえず手当たり次第に川に飛び込む、とか。


 ……それに、もうそろそろ、本当にロマンの心は保たないと思う。

 色んな場所を冒険して、心に新鮮な刺激を与え続け、誤魔化し続けないと不味い。

 きっと、ゴウトはその辺まで加味して提案してくれている。


「魔法も使えないくせに……」

「だから、魔法も使える様になってからだよ」


 ロマンは体力と筋力だけは一級品になってきたが、それだけで冒険に出るのは自殺行為だろう。


 ここを出るなら、ゼンノウが言っていた『冒険家』として生計を立てる事になる。

 それはつまり、危険地域ダンジョンへ身を投じる、という事だ。

 あの森にいた様な怪物がウヨウヨいる場所に、自慢の肉体+多少の武器と防具だけで挑むなど正気じゃない。


「ま、まだまだ先の話だわな」


 ああ、気が遠くなる。


 今まで、ずっと自分目線の心配しかしていなかったが……きっと家族や友人も、ロマンの事を心配してくれているはずだ。

 自分のためのみならず、自分の大切な人達のためにも、いち早く元の世界に帰りたい。

 しかし、だからと言って、事を急いでこの世界で八つ裂きになっては元も子も無い。


 人生とは何故こうも煩わしい事が多いのだろうか。


 そんな事を考えながら跳ね回っている時だった。


 ロマンは不意に、視界の隅に何か動くモノを捉えた。


「ん?」


 牧場を囲む様に広がる森、そこから現れた、一つの人影。

 フラフラと、今にも倒れそうな足取りだ。全身をマントで覆い隠したその人物は、胸に何かを大事そうに抱えていた。

 ……遠目で少しわかり辛いが、赤ん坊を抱いている、様に見える。

「誰だろう」と俺とセレナが視線を向ける中、その人物は……倒れた。


「なっ……」

「っ、訓練中止です! 行きますよロマンさん!」

「お、おう」


 ロマンの上から飛び降り、セレナは倒れた人物の元へ駆ける。

 伊達にロマンの身体トレーニングをコーチングしていた訳では無いらしく、セレナはとてつも無い瞬足だ。

 まぁ今となってはロマンもそれに並走できる域に達しているが。


 ロマンとセレナが駆け寄ると、倒れた人物は力無い動作でこちらを見上げた。

 顔まで隠していたマントが落ち、その顔が露わになる。

 黒髪に褐色の肌をした少女だ。ロマンと同い年か、それ以下だろう。


「角……?」


 その少女の頭部には、小さいが、二本の角が生えていた。まるで羊のそれの様に、渦を描いている。


「魔人ですね」


 魔王の説明の際、そういう人種がいるという事は聞いていたが、実際に見るのは初めてだ。

 角の有無以外は俺ら人間と大差無い……と思ったが、よく見るとマントの裾から尻尾らしきモノの先端が溢れていた。


 漫画とかだっと亜人の尻尾って大抵弱点や性感帯だったりするが、魔人はどうなんだろう。

 そんなどうでもいい疑問が浮かんだが、そんな場合じゃない事を思い出し、脳内からその疑問を振り払う。


「大丈夫ですか?」


 セレナが問うと、魔人の少女は口を動かした。

 しかし、声が出ていない。相当、衰弱している様だ。


 そんな状態にも関わらず、彼女は全精力を振り絞り、声を捻り出した。


「……アタシは…いいから……」


 そう言って、大事そうに抱えていたモノを、セレナの方へ。


 それは、やはり赤ん坊だった。生まれて一年経ったかも怪しい。

 髪色は輝かしいブロンドだが、少女と同じ褐色の肌、そして角が確認できる。


 その赤ん坊も、かなり衰弱している様子だ。


 いや、衰弱とか言う次元じゃない。


「おい……これって死にかけじゃねぇか……!?」

「…………ッ!」

「サ……ガ様……を……助けて……!」


 死に物狂いで懇願する様な、そんな必死な声だった。


「急いでウチに運びましょう! ロマンさん!」

「わかってる!」


 言われるまでも無い。


 赤ん坊はセレナに任せ、ロマンは少女の方を担ぎ上げる。

 そして、急いで家へと向かった。

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