白昼にドンパチ始める行間


 陽光の差し込む広い空間。

 荘厳な装飾が施されたその広間の最奥には、その他の装飾が霞んでしまう程の豪壮に包まれた玉座が設置されている。


 その玉座に座すのは、一人の老人。

 老人とは言うが、貴品ある衣類の上からでもわかる骨太な体格に、褐色の肌が相まって、とても逞しく見える。

 年季を感じさせる白髪のこめかみの辺りからは、渦を巻く突起物…羊の角の様なモノが生えていた。

 いわゆる『魔人』と呼ばれる人種である証だ。腰を上げれば、そこには尻尾も生えているだろう。


「………………」


 陽光を浴びながら、老人は静かに瞼を閉ざし、微睡みに身を任せていた。


「…………!」


 不意に、老人は瞼を開けた。


「……来た、か」


 開放された紅い瞳が、暖かな光に包まれた広間を映す。

 見慣れた光景。……しかし、それも今日で最後になるのだろう。


「……意外と、早かったな」


 少し寂し気に、老人はつぶやいた。


「どうなされました? 腰の具合が、好ましくないのですかな」


 老人の側近を務める、これまた歳老いた魔人が心配そうに問う。


「それもあるが、……来てしまった様だ。予言されていた『報いを受ける時』がな」

「…………! ……左様でございますか」


 全てを悟った様に、側近が頷いた。


「では……」

「ああ。若い衆に伝えてくれ。敵が城に到達する前に、早急に城を放棄し避難せよ、とな……」


 この日のために、脱出ルートは用意している。

 避難先にも、目星は付けた。


「ここで報いを受けるのは『連鎖を生み出してしまった世代』だけでいい」

「ふっ……お供しましょう。我らが王よ」

「……すまないな」


 老人は、また静かに瞼を閉じた。

 そして、待つ。


 その時を。




 ヴァルダスという青年は、いわゆる『魔人』と呼ばれる人種である。

 日焼け染み付いた様な褐色の肌。こめかみの辺りから生えた小さな角は、羊のそれの様に渦を巻いている。そして臀部には、虚空を撫でる黒い尻尾。

 実に魔人らしい魔人だ。魔人と言えばこんな感じ、と言うイメージのど真ん中である。

 そんな平凡な魔人であるヴァルダスは、とある城の衛兵として働き始め、今年で三年目となる。


「き、緊急招集……!?」


 通信魔法による伝令を介し、衛兵団員全員に緊急招集がかかった。

 三年目にして初めての出来事に、ヴァルダスは困惑を隠せない。


 ヴァルダスは緊急招集なんて初めて、と言うか、そんなシステムがある事を今日初めて知った。

 よくわからないが、とにかく慌てて招集場所である城門前の広場へと向かった。


「な、何の騒ぎっすかこれ……」


 真上からの日差しに照らされた広場には、既に多くの衛兵が集合しており、何やら非常にザワついている。 


「よう、ヴァル。遅かったな」

「カイナさん!」


 ヴァルダスに声を掛けてきたのは、ヴァルダスより一年先輩の魔人、カイナ。

 ちょっと軽薄な感じが目立つチャラ男系衛兵だ。


「ちょっと、これ何があったんすか!?」

「おうおう騒ぐなって。詳しい情報はまだだが…俺が小耳に挟んだ話じゃ、どうも南の方で『警備魔導巨兵ガードマン・ゴーレム』が作動したらしい」

「!」


 警備魔導巨兵ガードマン・ゴーレム。魔力で動く警備用戦闘兵器達の名称だ。

 この城の周囲に広がる広大な森の中に、無数に設置されている。


 それが作動しているという事は……


「敵襲っすか……!? こんな真昼間っから!?」

「まぁ、慌てる事は無いだろ。作動したのはここからウン十キロと離れた地点だって話だ」

「え、そうなんすか?」

「ああ。まぁ、今は『一体何が起きてるのか、詳細な情報待ち』って感じだな」

「み、皆様! 王からの伝令でございます!」


 と、ここで衛兵達の元へ、一人の若い執事が駆けてきた。非常に慌てている。まるで火事にでも追われているかの様だ。

 一体どうした、とその場にいた全員が耳を傾ける。


「あ、あの……なんと言えば良いか……その……王が……全員この城を放…」


 その時だった。


 城門が、開いた。正確に言えば、外側から掛けられた多大な圧力により、門戸が丸ごと吹き飛ばされた。


「なっ……」

「……『斬った』、つもりだったのだがな……」


 大型車両が全速力で突っ込んだ様な破壊跡を眺め、その男は溜息を吐いた。


「剣を新調したせいか、加減が効かん」


 角や尻尾は無い、肌の色も魔人のそれとは違う。

 普通の人間、いわゆる『凡庸人種』の中年。顔立ちはハンサム系で、ゴリゴリのマッチョと言う程では無いが「素手で熊を狩れそう」とヴァルダスがビビるくらいには良い体格をしている。

 その手には、自身の身の丈程もある大剣。


「て、敵襲だ!」

「えぇぇ!? ウン十キロ先とか言う話は!?」

「んな事言ってる場合じゃねぇだろヴァル! 戦闘準備だ!」

「……わかりきっていた事だが、やはり数は多いな。手早く済ませたい余り単騎で乗り込んだのは、少々判断ミスだったか……」


 辟易した様に独り言をつぶやく中年。

 衛兵達が次々に臨戦態勢を取る中、中年はまるでそれが見えていないかの様な平静ぶりを見せる。


 ……敵が数十キロ先の地点にいた、という衛兵達にもたらされていた情報には、何も間違いは無い。

 ただ、その敵である中年の足が異常に疾かった、というだけ。

 数十キロの距離を、三分もあれば移動できる程の人外染みた瞬足。

 シンプルな事だ。ただただ、中年が常軌を逸しているという、それだけの事なのだ。


「……まぁいい。チームメイトが来る前に、『頭』を討って終わらせよう」


 人外染みた瞬足。怪物の様な腕力。超常物質で造られた大剣。


 不可解な魔法すら叩き潰す、理不尽な物理が振るわれる。


 中年の狙いは、ただ一つ。


 この城の、王の首だ。



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