女神様はそんなに甘くなかった第3話


「願いを……叶える?」

「はい。一人につき、一回きり、ですが」

「えーと……クリア、クリアって、あれだよな……何か達成した的な……」

「それがどうかしたんですか?」

「いや、あの……」


 先程、このゼンノウと名乗る女性は言っていた。

 何とかバルトとか言うのを踏破クリアし、自分の元に辿り着いた者の願いを叶える、的な事を。


 文脈から察するに、何とかバルトとは先程の馬鹿デカい木々で構成された森の固有名称だと思われる。

 つまり、あの森を切り抜けた者に対し、ゼンノウはご褒美として願いを叶えてくれる、と。


 あの森はゲームでいうダンジョンの様な物で、この光の空間はその最深部。そしてゼンノウが願いを叶えてくれる、と言うのがクリアボーナス……と言う事だろうか。

 ゼンノウの声で落ち着きを取り戻したロマンは、冷静に状況を整理する。むしろ普段より頭の回転が早い。これもゼンノウの声の恩恵だろう。

 と言う感じで、現代っ子なりに多少のゲーム知識を総動員して考えた結果、多分そういう事だという結論に達した。


 何でそんなRPGみたいな話になっているのかよくわからない。

 と言うか、もう「何がどうして?」と考えるのは今更過ぎる。

 とにかく、だ。今、ロマンが欲する事は一つ。


「この現状をどうにかしてくれ!」

「……あの、もう少し、具体的な感じでお願いできますか?」

「具体的……」

「この現状、とはどう言う状況を指し、どうして欲しいのか。そこは最低限、オーダーが欲しいですね」


 そこをハッキリさせてくれ、と言われてもだ。

 そこがイマイチよくわからないから、ロマンは非常に困っている訳で。


「えーと……あー……んー……」

「……?」


 異様に悩むロマン。それを訝しむ様にゼンノウが眉をひそめる。


「……すんません、ここは一体どこですか」


 いくら冷静に考えてもわからないので、ロマンはもう率直に聞いてみる事にした。


「さっき説明したでしょう。と言うか、わかっていて来たのでは無いのですか?」

「いや、あの、俺、気付いたらここにいたと言いますか……」

「気付いたら……? あ、もしかして……」


 何かに気付いたらしいゼンノウが、ロマンの額に手をかざす。 


「……やっぱり、異世界から来ちゃった系の方ですか」

「来ちゃった系って……」


 そんな軽い表現で良いのだろうか。


「って言うか、異世界……?」


 何やら唐突にファンタジーな単語が飛び出して来たモノだ。


 いや、冷静に思い返すと、謎の森やら馬鹿デカい虎やら不思議空間やらとファンタジーな前フリはいっぱいあったが。

 それでも、言葉にされると何か唐突感が凄い。


「いやぁー、たまにいるんですよね。そういう人。どういう訳かは私にもわかんないんですけどね」

「そこはわかんないのか……」

「はい。まぁゼンノウなんて言われちゃいますが、そこまで全知全能では無いので。誇大広告ってやつです。ぶっちゃけ、女神っていうか『ちょっとすごい精霊』なんで」


 良い笑顔で中々のぶっちゃけ話をする女神様である。


「まぁ、でも、あなたが『元の世界に戻りたい』と願えば、それを叶える事はできますよ」

「マジで!?」

「マジですよ。全知ではありませんが、そこそこ全能ではあるので」


 理屈は知らんができる事はできる、という事らしい。


 ライターが火を起こす原理を知らなくても、ライターの使い方さえわかれば火は起こせる。

 それと同じなのだろう。


「じゃあ、是非お願いします!」

「了承しました」


 そう言ってゼンノウが取り出したのは、?マークが描かれた大きな箱。

 箱の天辺には丁度腕一本突っ込めるくらいの穴が空いている。

 どこからどうみても、くじ引きの箱だ。コンビニとかデパートでたまに見る奴だ。


「……?」


 それで一体何を? とロマンの頭上で?が飛び交う中。


「では」


 何がでるかな♪、とゼンノウは小声で歌いながら、箱から小さく畳まれた一枚の紙を取り出した。

 その紙を、ゼンノウは何やらワクワク感溢れる表情で広げていく。


「はい、『試練』決定です!」

「し、試練?」

「はい。……あ、そういえば異世界の方ですから、私の事は当然知らないんですよね」

「は、はぁ……」

「私は、ここに辿り着いた人の願いを叶えます。ただし、『それに見合った試練』をクリアしていただきます」


 世の中そんなに甘くないですよ、とゼンノウは笑う。


「……試練、って言われてもなぁ……」


 ロマンはそこそこ喧嘩が強いのと、あとは早食いくらいしか特技が無い。

 そしてここは異世界らしい。知人や友人のツテを頼る事もできない。


 現状、試練どころかこの世界でまともにやっていく事すら厳しい。


「大丈夫ですよ。あなたは何も無い訳ではありません。この森はA級ダンジョンに指定されてるので、それをクリアしたあなたには『A級冒険者手形』が発行されます」

「冒険者手形?」

「はい。異世界人だろうと、この手形さえ持っていれば街で色々融通してもらえるはずです」


 これです、と手渡されたのは、パスポートによく似た赤い冊子。

 その表紙には『A』と大きく刻印されている。


「この世界では『冒険者』という職業がとても優遇されています。私にはよくわかりませんが、冒険者の出す『伝記』や『写真集』が人気らしいですね。人気さが有り余ってテレビなんかにもよく出るみたいですよ」

「へぇ……」


 ロマンは今でこそ余り読書家では無いが、昔はそれなりにファンタジーな絵本で童心を満たした身だ。

 ファンタジー世界の冒険譚、しかも実話ともなると、大層読み応えがあるだろうと容易に予想はできる。

 写真集と言うのも、なんとなく人気が出るのはわかる気がする。


 冒険した先で見聞きした物、感じた物、得た物。それらを様々な媒体で発信する。

 それがこの世界でいう冒険者という職業の役割。


 人々にワクワクを提供する代わりに優遇される。

 プロスポーツ選手の様なモノだろう。


「……って言うかテレビあるんだ異世界……」


 すごく勝手なイメージだが、ファンタジーな世界って科学文明が遅れてる印象があったので意外である。


「まぁ、そんな訳で、偽物冒険者が現れない様にダンジョンの管理者側でこういう手形を発行してくれと、人間の行政の方から依頼されてまして」

「生々しいな……」


 本物の冒険者であると言う証明書。それが冒険者手形と言うモノらしい。

 ファンタジーな世界とはいえ、ロマンがイメージする程、何もかもフワッとしている訳では無い様だ。


「A級手形を持っていれば、下宿やホームスティ先には困りませんし、一見の店でもツケが効きます。武器や防具も破格で提供してもらえますよ。魔導学校や武術教習所で特待制度を利用できますし、申請すれば国から援助金も……」

「本当に手厚いなおい……」


 何か、ほとんど冒険してないのにそんな厚遇を受けてもいい物か、ロマンはちょっと不安になる。


「あ、お名前教えてください。手形に記載するので」

「……浪男ロマン

「はい、ロマンさんですね。登録完了です」


 流石は異世界。ロマンのキラキラネームぶりにも一切動じない。


「……で、その試練ってのは?」


 手形をポケットにしまい込みながら、ロマンはゼンノウに問う。

 元の世界に帰るため、一体ロマンは何をすれば良いのだろうか。

 できれば軽いモノであって欲しい、とロマンは心の底から願う。


「はい、では、発表しちゃいます」


 ゼンノウは自分の口で「どぅるるるるるるる」とドラムロール。


 演出してくれる心遣いには感謝しよう。でもそういうの要らないなぁ、とロマンはぶっちゃけ思う。

 ………………と言うか、おい、いつまで続ける気だ。長い、長いぞ。まだか。あ、止まった。やっと…………息継ぎしてやがる。

 と言う感じでゼンノウの自前ドラムロールを聴き始める事一分。ついにゼンノウの口から待望の「じゃん!」が発せられた。


「『あなた自身の手で、魔王を倒す事』!」


 ……………………………………。


「……魔王?」

「あ、ご安心を。私だってちゃんとある程度のサービスはしますよ。世の中には時に甘さも必要です」

「ちょ、待って、魔王って……何?」

「そりゃあ、魔人の王様ですよ」

「ま、魔人……?」

「尻尾と角が生えてて、基本的に褐色系の肌をしています。あと天性的に『凡庸人種』とは比にならない魔力量と魔法の適正を持っています」

「ちょっと質問連打ですんません、凡庸人種って?」

「あなた方の様なありふれた一般的な人間の事です。要するに『亜人族じゃない、この世界で最もポピュラースタイルな人間』ですね」


 亜人族、とくくるからには、魔人以外にも亜人に属する者達がいるのだろう。

 流石は異世界……色んな人種がいる様だ。


「ちなみに魔王は、山を崩し海を割り天を堕とす程の大魔法を気軽に連打してくるアホです。ここ最近はぎっくり腰のために派手な事は控えている様ですが」

「…………それを、俺が倒すの?」

「はい。大変でしょうが頑張ってください」


 大変というか、世間はそれを無理難題と言うのではないだろうか。


「ぎっくり腰の期間中が狙い目です。あのアホ、割と歳食ってるので長引くでしょう。あと二・三週間は修行しても問題ないと思います」

「二・三週間で山やら海をどうこうできる奴に勝てる様になれと……?」

「大変ですね」

「笑い事じゃないよな!? 試練って変更とかできないの!?」

「すみません。そこは譲れません。例えこの身を八つに裂かれようとも」


 妙な所で異様に頑固だ。


「それに、試練はあくまで『倒す』とあります。『殺す』でも『斃す』でも無く、『倒す』。つまり息の根を止めるまでは無理でも、負かすだけでいいんです」

「それでもキツいだろ……」


 ロマンは所詮、ちょっと喧嘩が強いだけの高校生だ。

 山を登り、海を泳ぎ、天を仰ぐくらいなら出来るが……もう魔王様とやらとは次元が違い過ぎて泣けてくる。


「まぁ、そうですね。流石にキツいと思うので、さっきも言った通りちょっぴりサービスしますよ」

「サービス?」

「転送先で最初に会うであろう人物に、これを渡してください。紹介状です」

「紹介? って言うか転送ってな…うぉおう!?」


 突如、ロマンの足元に、光の渦が出現した。

 渦の流れに足を取られ、ロマンは徐々にその中へと引きずり込まれていく。


「ちょのぁ!? え、うぉぉおぉぉお!?」


 どれだけ抵抗しても、凄まじい力で引かれ、ロマンの体はズブズブと沈んでいく。

 蟻地獄にハマった気分だ。吸引力がエグい。


「ちょ、ちょちょ、うぉい! ちょっと待、待ってくれ! 俺マジで魔王を倒さなきゃいけないの!? え? 嘘だろ!? なぁ!?」

「頑張ってくださいね」


 優しい笑顔、突き放す様な言葉。

 ロマンの視界が、やかましい程に神々しい光で満たされていく。


「う、嘘だぁああぁぁぁぁあああぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁああぁああああ!!」




 こうして、ロマンの異世界奮闘記が始まってしまった。



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