第2話

「さぁ! ちゃんと来たわよ!」

 日も傾いてきた夕暮れ時、涼しくなり始めた『祓木神社』の鳥居の前でわたしは桜の花びらの白いシルエット柄の浴衣を着込んだはるかの前に足を揃えた。深い藍の浴衣に映える朱色の帯が彼女の美しさと見事に相まって、一つの絵画みたいになってる。それだけ彼女の元がいいってことなんだろうけど。

 わたしは薄いピンク色の浴衣に黄色い帯の装い。いつもは降ろしている髪をアップに纏めている。この浴衣は白で抜かれたハイビスカス柄がお気に入りなのだ。

「ありがとうございますわ。さ、時間も限られてますし、早速勝負を始めしょう」

 諸々準備を鑑みて、六時に待ち合わせということになったのだ。

 水原君との約束は七時から。余裕がある時間じゃあないけれど、勝負を受けてしまったし、もしそれではるかとの勝負を断ったり、すっぽかしたりしたら、今日の水原君とのデートにどんなちょっかいを出して来るか分からない。ここはもう勝負に勝って水原君との二人だけの時間を勝ち取るしかない!

 わたしはハラを決め、気合を入れてやってきたわけである。

「で、何で勝負しようってのよ?」

 わたしはもう何店も開店している出店を見渡して、はるかに声をかけた。

 鳥居前に来る途中にも幾つもあった色々な出店。一体なんの出店でどんな勝負をするっていうのかしら?

「いいですのひよの? 一回勝負じゃあ詰まりません。これからの勝負、一勝負事にお店を変えて三本勝負二本先取した方が勝ちというのでいかがでしょう?」

「わかったわ」

「では、まず最初の勝負は、あれですわ!」

 はるかがビシッと指差したその先、人影が多くなり始めた『祓木祭』の出店群の中、その暖簾には太く達筆な字でこう書かれていた。

 『金魚』。

「金魚すくい?」

「そうですわ。縁日の定番の一つでしょう? あの金魚すくい屋さんで一つのポイで多く金魚をすくった方の勝ちという単純な勝負ですわ」

 わたしはその勝負内容に心躍らずにはいられなかった。



「主、二枚お願いしますわ」

 はるかは金魚すくいの店主の前に立つと、二回分の料金四百円を渡してポイをもらい受けた。前から思ってたけど、このすくい紙って、なんでポイって名前なのかしら。

 はるかと店主とのかけあいにそんな事を思っていると、はるかが一つのポイをわたしへと差し出した。

「え? いいの?」

「いいんですのよ~。私が勝負を切り出したのですから」

「そう? じゃあお言葉に甘えて」

 わたしは素直にはるかからの申し入れを受けて、ポイを受け取った。

 正直あまりお財布の中身に余裕の無いわたしには嬉しい申し入れだった。

「さぁ、行きますわよ!」

 キリっとしたはるかの顔にわたしも口元を引き締めて、水槽の前に屈みこむ。

 目の前の水槽には赤や黒のいろんな金魚が気持ちよさそうに泳いでいる。まだそんなに獲られていないのか、その数は多くて難易度が上がっている気配。

 わたしは小さい頃からこの祓木祭に遊びに来ていて、金魚すくいは毎回何度もやっている。自慢じゃないけど、金魚すくいの自己最高記録は一枚のポイで二十四匹。おかげで、近所では『金魚姫のひよの』だなんて呼ばれてるんだから。この勝負、負けるはずがないわっ!

 一人分のスペースを空けて隣で同じように屈むはるか。ちらりと見た彼女の瞳もまた自信に満ちた、ううん、勝利を確信しているかのような強い視線で、水槽の中の金魚達を見つめていた。

 なるほどね。はるかも腕に覚え有りってわけね。そりゃそうか、じゃなきゃ勝負に金魚すくいを挙げてくるはずがないわね。

「よーい、スタート! ですわ!」

 隣からの声が耳に届く。

 よし! 初めっから本気でかかるわよ!

 わたしは腕をまくると、静かに呼吸をして、水槽へと集中した。

 緩やかに揺れる水面。そして狙う金魚の動き。この二つが金魚すくいじゃあポイントになってくる。この二つを読み取っていけば、金魚は確実に獲れる。幸い、この勝負は時間制限はないから慎重に行動していける。

 さぁ、すくい獲ってあげるわよ! 金魚も! 水原君とのデートも!!

 わたしは自分で、金魚すくいモードに入ったのが分かった。

「見切ったっ!! いくわよ! 必殺っっ!!!」

 ポイを持った右腕を前から背中に回して、腰を捻ると、わたしは水槽のある一点にのみ集中力を注いだ!


一条の月光いちじょうのひかりっ!!!】


 声をあげた刹那、わたしの体は線のように伸びて、しぶきを上げることなく三匹の赤い金魚が中空に打ち上げられていた。ちなみにわたしのポイは湿ってさえいない。

 わたしはそれらを水の入った器で受け取ると、はるかに視線を送った。

「どう? はるか。このわたしに金魚すくいで勝負を仕掛けた時点であなたの負けは決定してたのよ。無駄なあがきは止めたら?」

 わたしの言葉にしかし彼女はその瞳の強さを弱めてはいない。むしろその強さは強大になってきている気さえする。

「さすが私の心を射止めたお方ですわ、ひよの。ですが、私諦めは悪いんですのよ! 私の力、見せて差し上げますわ! 奥義っ!!」

 そういうや否や、はるかはポイを空高く投げ上げ、振り上げた右腕を掲げたままで強く拳を作ると、それを勢い良く振り下ろした。


反重力地帯トラクタービームっ!!!〗


 彼女が腕を落とした先はなんと水槽の中。そして、その勢いで水槽の中の水が全て空中に吹き飛ばされてしまった。当然、その中を泳いでいた金魚も一緒に打ち上げられている。

「な、なんて技なの………」

 水がわたし達の頭を越えるくらいの高さまで上がると、そこから重力に引かれ始めた。その時、はるかが器を持った腕を目で捉えきれない程の動きで瞬かせた。

 刹那、水が大きな音を立てて、水槽に戻った。そして、わたしの目に入ってきたのは、はるかの器に金魚が山盛りになっていた光景だった。

「この勝負、私の勝ちですわね」

 その言葉にわたしは何も反論出来なかった。

 く、悔しい………! このわたしが金魚すくいで負けるなんて………! ううん、何よりここで貴重な一勝が失われちゃった。水原君とのデートおぉぉぉ………。

 意気消沈してしまったわたし。しかしその時、意外なところから声が上がった。

「ちょっと待ったお嬢ちゃん。成り行きを見させてもらったが、あんた達勝負をしているね。しかも、互いに背負うものは大きいと見える」

 声があがったのはわたし達の目の前。そう、金魚すくいの店主だった。

「主、なんですの? 私達の勝負に何か文句がおありでして?」

 はるかがきつい視線をおじさんに送る。

 しかし、おじさんはニヤリと笑った。

「いや、文句なんかないよ。しかしね、お嬢ちゃん、あんたが勝ちだっていうのはいかがなもんかね」

「どういうことですの? 私の方が多くの金魚を獲てますわ。このまま続ければ確実に私の勝ちじゃありませんこと?」

「たしかに、金魚の数じゃああんたの方が断然に勝っている。だけどな、これは金魚すくい。今のあんたの獲り方は金魚すくいの精神に反する!」

「なっ!?」

 おじさんの言葉に今度ははるかが反論出来ない様子だった。

 そのおじさんは、はるかの獲った金魚に目をやると少し悲しげな視線を送りながら言葉を続けた。

「それに見てみなよ、お嬢ちゃん。そっちのお嬢ちゃんのすくった金魚は生き生きしてるだろ。それに比べてお嬢ちゃんの金魚はどうよ? 苦しそうじゃぁねぇか」

 確かにはるかのすくった金魚はギッシリ積まれている上、水に浸かっていない金魚も多数いて、苦しそう。

 刹那、はるかがその場にひざまずいた。

「………私の………負けですわ………!」

 がっくりと肩を落としてポツリと呟いた。

 その光景におじさんは、ウンウンと強く頷いていた。

 ………これは? わたしの勝ちでいいのかな……?

 第一勝負、金魚すくいはわたしの勝利で幕を閉じたようである。

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