第136話動揺している。

 週末はいつも、母が妹宅へ家事手伝いおよび子守に行っている。

 前日の夕方になると、打ち合わせの電話がリンリン鳴る。

「労災……R君は……九時ね。いける。じゃあ明日は午前中ってことで」

 電話は二回あったのだ。

「え? 明日はラボの日だったでしょ? 午後はいいの? ああ、午後から? 明日はねえ、【真守】がららぽーと横浜へ行って紀伊国屋で買い物をと……え? R君連れていく? じゃあ明日は、午後からいくわ」


 と、いうなにげない日常を書いてしまったが、そういうのが横で聞こえてきたから、「労災なんとかって?」と尋ねた。聞きなれないワードだった。

「それがね、【妹】ちゃん、子宮頸がんの兆候があって、明日経過を調べに行くんですって」

 一瞬、なにを言っているのかがわからないので聞き返した。

「労災がなんなのかわかんないんだけど」

「子宮頸がんの兆候が見つかったの。明日、経過を看てもらいに……」

 と、母はくり返した。

 ショックは徐々に押し寄せてきた。

 頭の中がわあんとして、なにも心に響かない。

 ガン……? 妹が?

 授かり婚して子供を三人産んで、いまさら……ガン!?

 ――へっざまあ!

 斜めに育った脳内キャラがうそぶく。

 ――しょせん、幸せには限りがあるんだ。

 ――ばかやろう、そんなこと言ってる場合か! 命にかかわるんだぞ! 命に……。

 心に響かない言葉が浮かんでは消えた。

 ――え? じゃあ、三人の子供は? 旦那さんは知ってるの?

 昔、父にハクチと言われたわたくしは、なんの考えもなしに言ってしまう。

「子宮頸がんって、ウイルス性って書いてあったよ(がん検診のカードに)。継続的に(子宮が)精液を浴び続けることでなるガンだって。精液にウイルスがあるんだって。じゃあ、【妹のダンナさん】も病院に行ったほうがいいんじゃない?」

 心配事が隠せないんである。もう、ほとんど強迫的に口をきいている。母はというと、

「え、そうなの? じゃあ……」

 ぶつくさ言っている。わたくしの記憶はそこまでだ。今、『兎神 入鹿』さんに命名された【なずな】というキャラを育てている。集中せねばならない。いや……現実逃避だ。わたくしが妹にしてやれることなどたかが知れている。だから意識の奥へと追いやった。母がいる。母が何とかしてくれるはずだ。

 ――だいたい、兆候が見られたからって、即死に至るわけじゃない。最悪子宮を取っちゃっても、かえって長生きするもとになるかもしれないし。おばあちゃんを見てみなさいよ。十二指腸ガンで胃を摘出してからというもの、食べ物に気を遣って、薬や健康に気を遣って、90何年も生きている。ひ孫にも逢えた。だから、そう心配することでもない。

 ――若いから、症状が進むのが早いかもしれない。

 妹よ! ――死ぬな!!

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