第109話普通ってなんなのさ!?
うちは共働きであった。
今もだが。
よって、ほとんど親無しのように育ってきた。
保育園に行けば、「母出張」ということで迎えは7:30PM過ぎてたり、同じように親を待つ子供たちは「本当に」親がいなかったりするので、仲良くできなかった。
わたくしの孤独癖を知って仲良くしてくれる子もいたのだが、母親のない子がほとんどで、わたくしが「おかあさんがむかえに来てくれるから」などとこぼそうものなら悲憤物で絶交されたりした。
保育園もおかしなもので、わたくしが仲良くしている子の真似をすると「よくない影響を受けている」とこっそり連絡したりして、つきあわせないようにしてきた。
わたくしは親がないわけではない。
だが親の機能を果たしているかと言えば、宙ぶらりんで、ときたま悪意すら感じた。
無事高校へ上がって友人ができた、家にお招きしよう。
ああ、うん。うち共働きで接待とかできないから、自分たちで好きなように過ごそうね、というスタイル。
ごはんも、おやつも、飲み物も自分たちで用意する。
しかしある日、冷蔵庫に虎屋のようかんが二袋、お歳暮かなにかで届いているのを見つけてしまったわたくしは、これで友情に報いることができると思い、いそいそと切って出した。
すると……帰ってきた父母がにたにたとキッチンでようかんを見ている。
「あ、それ届いていたからおやつにもらったよ」
というと鬼面のような顔をして、父は部屋へひっこみ、母はというと
「もらいものを開けるときは一言「食べていい?」って聞かなきゃだめでしょう!」
と難じた。
わたくしのマナーが悪いわけではない。証拠に幼少期は彼女の勤務先まで電話をかけて「戸棚のおやつ、食べていい?」と他にきょうだいもいないのに聞いていた。そのおやつはわたくし以外、食べる予定のないものだった。
母はろくに家にいない人だ、高校生にもなって、いつどうやって聞いたらいいのか。ちなみにケータイはもってない。
それに、漫画なんかで出てくるおうちの母親って、子供の友人が来たらおやつを出してくれるものなんじゃないのか?
うちってそんなに世間とかけ離れているのか?
父も母も、わたくしに友人ができるのを嫌がった。
部活でうまくやっている、となると「退部しろ!」と無理やり退部させられた。
図書館通いをして偏差値20上がったよ、と報告したらば「遊んでるのに頭がいいんですねえ」と近所に言いふらされた。なぜわかったかというと、そうやって挨拶するご近所のおばさんがいたのである。そのひとは父と仲が良かった。
そして父の教えは過酷だった「嫌いな人とつきあいなさい」。つきあってるうちに好きになってしまうから、それも長くは続かない付き合いとなった。
それでわたくしは「好きな人も嫌いな人もいない」と言うようになった。
わたくしは小学生のころ、上級生に首にひもをまかれ、殺されそうになったのだが、父が一生懸命聞き込みをし、付近にいた女子生徒から「二重にまかれてました」という証言をとった。それからどうしたかというと、音沙汰がない。
小学校からも学童保育所からもその上級生は姿を消した。妹さんの方は学校にも学童保育所にもいたのに、その子だけ「引越しした」「転校した」と聞かされた。
変なことに、それいらい父が「いじめにあったら、お父さんにいいなさい」とうさんくさい笑顔で言うのである。
今になって思うに。相手の親と話して示談金をぶんどってたのではないかと思う。
父を動かすのは情ではない。現金だ。
わたくしが父に対していだくものも情ではない。仏心というやつだ。
父はサラリーマン生活で、労働者の立場がよくなるようにと活動して、報われなかった。だから今は労働者が嫌い。頭が悪いから、という。
自分はインフラを作って(つまり農業基盤をこしらえて、人を雇って)経営者になるのだと頑張っている。
ようやく父は、会社から解放され自由に生きられるようになったんである。放っておいてあげようと思う。
「おまえは生きたい! と思いながら死んでいく人間の気持ちがわからないのか!」としかられたことがあるが、わたくしに幼いころからひどい仕打ちをしてきた相手の言うことなど、どうでもいい。
そう、どうでもいい人なんである。
言っていることはいつもご立派。しかしやっているのは家庭内暴力。子供が聞く耳を持たなくなるのも当然のこと。
わたくしは頭がよくてかわいくない子供だったが、そう育てたのは親だから。わたくしは自分の今の顔に責任を持っているし、親のせいにはしていない。いくら美貌といわれようと、それはわたくしがまっすぐ生きてきたあかしなのだ。
幼少期、桜の木に登って蝉を捕まえていたわたくしは、風に吹かれているうちに体がかたくなってしまい、降りられなくなった。ちょうど仔猫が勢いで木に登ったはいいが降りられなくなったあの状態。
父は言った。
「飛び降りなさい。下でお父さんが受け止めてあげるから」
しかしわたくしは信用しなかった。
わたくしが飛び降りれば、靴で彼の服が汚れる。体重で負荷もかかる。そんなリスクをおかして、かわいがらない子供を受け止める父であるはずがない。
そしてわたくしはこわごわと、慎重に木の枝と幹を伝って降りたのだ。
かわいがられない子供は頭がいいのである。
「おまえは石橋をたたいてわたらない子だ」
と評された。後には大学の先輩に「石橋をたたいて割ってるんや」と言われた。
だからなんだ。
あんたは親の暴力を受けてなんにも感じない子供だったのか?
わたくしはその先輩も信用しなかった。
世の中でわたくしが信じようとしないで信じたのは、たったひとりだった。
信じても信じても裏切られるのは期待するからなのだ、と悟ったわたくしは彼女にも期待はしなかった。しかし彼女はやさしく、人に気を遣う性質だった。そのやさしさに支えられ、楽しく学校生活を送ったが、親がまた彼女を排斥しようとする。いずれ彼女に危害が加えられるのであろう、とわたくしは彼女とは距離をとった。
それでも、道で顔を合わせれば挨拶するし、今の話も昔の話もする。
彼女という存在だけだ。わたくしをあの時代において「生かして」くれたのは。
だから、わたくしは彼女を大切に思うし、その気持ちを文章に起こしたら物語ができるなあと夢想するし。だけど本名を出したら……。
わたくしの周囲はなにかと物騒なのだ。だから、わたくしは彼女から遠く離れたところから、そっとこの想いを抱えていることにしている。
世界でたった一人、人間はそんな人に出逢えるだけで、生きてゆけるのだ。
だけど……本当のところ、わたくしの周囲はどこかおかしいと思ってる。
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