第63話さて、食べるか!

 110番の日。

 この日は祖母の誕生日である。

 母がホールケーキを買って、昨日からタレにつけ込んだビーフを煮込んで出してくれる。

 ところがまあ、母にとって「ローストビーフ」(実際はローストじゃなかったけれど)はまだまだ未知の料理で、今日が二回目のチャレンジで二度目の失敗だった。

 スジがガムのようになっていくのをかみしめながら、おいしいおいしいとわたくしは一切れずつのみこみ、祖母は残念ながら二切れ残した。

 いくら彼女が歯の健康に気をつけているといっても、100℃の煮汁で加熱されたビーフは硬い。幼いころ牛の生肉に醤油をつけて食べるのが好きだったわたくしは、そこからきた知識で「牛は手をかけるほど硬くなる肉」ということを知っていた。母にもしょっちゅう言っていたのだが、あんまり注意を払って聞いてはくれなかったようだ。


 祖母がすったすったとスリッパを鳴らして母の後について歩くのを、いつものように目の端に映しながら、わたくしはアップルティーを淹れる。しかし昼間にお茶を飲み、ポットに水を足さなかったのでお湯が足りない。母がとっさにヤカンに水を入れ火にかける。おかげさまでまあ、なんとかなった。

 半球状の、クリームたっぷりのバナナケーキは9本のろうそくを立てられ、ふっと消された。ところが、たった1本だけまた火が灯ったのでわあ! と声を立てて笑う。ちなみに、1本が十歳分で、今年祖母は92歳になる。

 けれどまあ、わたくしにとって誕生日というのは、おおっぴらに甘いものを食べる口実になっている。普段、母が節制に励んでいるせいで、うっかりおやつも食べられないからだ。

 そういう母はクリームのついたナイフを指で拭ってなめている。これは怖い。やめてというのだが、やめない。どうしても、縁についたクリームが気になってなめたいのだという。小学生の頃、カップアイスのふたをなめてしかられたのを思い出す。母だって大差ないじゃないか。思い出すとおかしくてならない。

 二杯目の紅茶は、クリスマス限定で買った「カシュカシュ」だ。フランス語でかくれんぼという意味で、ふわりと立ち上る香りと、ふっと口元に運んだ時の香り、口に含んだ風味が次々と変化して面白いお茶だ。さて、今年はどんなお味が待っているかな?

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