第38話息の根止められた

 尚 月地作:金色騎士(短編集)に収められた『鐘守かなもり姫』。

 ワンシーンでやられた。呼吸も止まって、その場に突っ伏した。魂が泣いた。

 歴史を動かすのはバトルではなく、愛なのだ。


 かつての歴戦の戦士が、70年前に敵に幼い娘を殺された。そのおじいさんが。

 人質にとらえられた敵族の少女に、誤って槍で刺されてしまう。

 少女はあんまりなことに、泣いてるんだけど。

 おじいさん、

「……お嬢ちゃん。ああ、かわいそうに。かわいそうに。こんなもの持っちゃいかんよ」

 って言って、少女の手から槍をそっと引き抜く。そして、

「こんなもの……一生……持っちゃ……いかんよ……」

 言い終わって前のめりに倒れるのだ。

 もう、その一ページで作者の言いたいことが明確だ。何度読んでも胸がつまる。


 テーマは民族間の争いなのだ。作者がそう解説している。


 歴戦の戦士だったおじいさんは、少女を許しているし、その手が悪意ある戦いの血に染まることを望んではいない。

 わたくしは戦争は悪だと信じてきたけれど、この作品は……「悪を行うことはかわいそうなこと」なんだと言っている。「かなしいこと」なんだと言っている。

 なんと徳の高い方よ。読んで本当に良かった。今も思う。作者に対する尊敬の念が、限りなく高い天空の輝きとなってきらめいている。

 このような話を読めるだけで、わたくしは幸せ者だと思う。

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