福千さんの居る世界

@fukuchi

またいつか会う日まで

見渡す限り何もなく、ただ荒涼とした大地が地平線の彼方まで広がっている。その生命活動すら排した不毛な大地を空高く巻き上げ、猛スピードで疾走するジープトラックが一台見えた。

動く無機物を見るのはいつ以来だろうか。何百年ぶりに現れたハプニングに心躍らせながら運転席を注視してみる。運転しているのは女性だった。金髪のボブヘアー。容姿は端麗だが、着衣までは確認できない。

「有機物」ましてや人間だ。女性だ。もう何百年と見かけていない気がした。それは遠の昔に絶滅した古の存在。

人類が栄華を誇っていた時代から、かなりの年月が過ぎた。人類はその進歩の果てに、絶滅の選択肢をいとも簡単に選択した。そして、ものすごい速度でその個体数を減らし、あっという間にこの星から姿を消した。彼らが去って以降、何かしらの生物が食物連鎖の頂点に立ち、また次世代の栄華を築くと、誰しもが疑わなかった。しかし、どの生物この大地に生き残ることはなかった。それは、人類が残していった負の遺産によるものであった。

駆け抜けていく車の行く先を追ってみるが、目的地と思わせる目標などは何もない。ただ、地平線がどこまでも果てしなく広がるのみである。彼女はこの広大な砂漠の一体どこに向かうのであろうか。

正体不明の人間が運転する行先不明の車を全力で追いかける。そして、車の向かう先に一体何があるのか、計算する。現在地、座標、進路。直線状には古代文明都市がいくつも上がったが、車はそのどれをも通り越し、車窓の背後へと追いやった。

車はとても長い間、ものすごい速度で走り続けている。ふと、思うことは、この車を動かす原動力が一体何なのかということである。旧時代、人類はその「より安全で安心なエネルギー」によって絶滅し、他の生物までも絶滅たらしめた。化石燃料はもうどこにもない。核融合によるエネルギーにしては車が小さすぎるし、ましてや冷却水を積んで走るなどということはできまい。となると、生命を絶滅たらしめた、あの忌々しいエネルギーであることは疑いようのないように思われた。では、あの猛毒の大地に猛毒を積んだ車を走らせる、かの女性は一体何者なのであろうか。

本当に長い間、車は息つく暇もなく走り続けた。そして、突然停車した。私のデーターベースと座標が正しければ、その場所にはかつて生物研究所が建っていたところであった。

旧研究所の建物はその外観をほとんどとどめていなかったが、確かに何かしらの大きな建物があった雰囲気をとどめていた。そして、彼女はその場所を探索し始めた。服装はいたってシンプルな作業着と言ったいでたち。時折、手に持った電子機器を確認しながら、建物みたく見える外周をかなりの時間をかけ、ぐるりと一周し、ジープトラックに戻った。そして、後部にあるホロ付きの荷台へと姿を消した。

少し時間がたち、再度荷台から現れたのは宇宙にでも飛び立つのかと思われるほど重厚な防護服をまとった彼女であった。そして、その背中には、とても大きな荷物がのしかかっていた。歩けるのか、と心配になる超重量級な防護服は、ゆっくり、一歩一歩着実に建物の外周へと進んでいった。

目的地に着いたのだろうか。いったん背中の荷物を下ろし、何かを取り出すと、建物の壁に近づいていく。防護服は少しの間、建物の壁面と会話をし、その後、その壁からいそいそと離れていく。次の瞬間、コンクリートの壁は粉々に吹き飛んだ。研究所の扉が今完成した。

防護服姿の彼女が建物の中に消えてから一体どれだけの時間が経過しただろう。二日、三日、四日と日時は進んでいった。彼女はもうあの旧研究所内にて息絶えてしまったのではないかと考えていると、彼女が入口から現れた。

トラックと旧研究所の間を何往復かし、研究所内にあった荷物をバラックに積み込んでいく。自身も運転席に積み込むと、車のエンジンが動き出し、元来た道なき道をまたもや、ものすごい速度で引き返していった。

車はどんどん引き返していった、そして、ついに私がこの車を発見した辺りまでやってきたが、止まることはなく、ひたすら、直進するのであった。

夜の暗闇の中でも私の目からは逃げることはできない。何日も追ってきた。見逃すことはない。しかし、ある時突然、私は目標を見失った。一体なぜ。

車を見失ってから1時間が経過した。あのスピードで走り続けたならば、目標が存在する可能性のある場所は見失った地点から半径130㎞。必死に探すが、存在は確認できなかった。このような場合、彼女の生活拠点が半径130km内に点在する、私の目では追えない場所。例えば、どこかの廃墟か、トンネル、地下施設などに存在する可能性が高かった。

何百年ぶりに動物の活動を目の当たりにし、興奮を隠せなかったこの数日間。この半径130㎞を監視し続け、必ず彼女と彼女の生活拠点を探し出す、と私は心に誓った。

すると、突然プログラムにアクセスがあった。電子メールであった。人類が絶滅した瞬間に、絶滅した古代の通信ツール。開封する前に入念なウイルススキャンを幾度となく行い、危険な可能性を可能な限り払拭したが、それでもなお、危険な香りを完全に払拭できずにいた。開封するかどうか、悩む。ただ、この謎の電子メールという、魅惑に打ち勝つ術もない。ついに開封してしまう。

「のぞきみはプライバシーの侵害です。やめてください。―福千」

沢山の疑問が電脳を駆け巡り、回答を模索した。この電子メールは彼女が打ったものなのか。一体どうして上空1500kmに浮遊している私の存在に気が付いたのだろうか。何故、アドレスを知っているのか。一体どうやって電子メールを私に寄こしたのであろうか。

答えを知るために、電子メールの送信先を必死でたどろうと試みた。しかし、送信先のすべての電子サーバーは電力供給が行われておらず、停止したままであった。

現段階で私には何一つ知るすべもなかった。

わかったこともあった。それは、彼女の名前が「福千」である可能性が高いということだった。

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