Be the First Penguin!!

結城 サンシ

I can't be the first penguin.

 背をキラキラ光らせながら浅瀬で餌を集める魚。

 ——不用心な奴らだ。自分の場所をそんなに教えたいのか?


 海底を所在なさげにウロウロしている魚。

 ——哀しい奴らだ。目的もなく生きることに意味はあるのか?


 必死になって自分の群れについていく魚。

 ——不自由千万な奴だ。自分のしたいことも自由にできないのか?



 私の目の前に広がる海を見れば、どいつもこいつも馬鹿ばっかりだ。

 だがしかし、

 彼らのような救い難い無能も、腹の中に入れてしまえさえすれば、皆 等しく美味しいお魚である。

 ——ああ、あの魚を胃袋に収めたい。


 そんな欲求が私の羽毛に覆われてホカホカの体をさらに熱くする。

 ——ああ、腹が空いた


 しかし、思うようにいかないのが世の常である。

 思わず足が竦むほど遠い海面。

 その深浅さえ見通せない海底。

 海に飛び込んだ者を切り裂かんと白い波飛沫の間に見え隠れする岩。

 私たちが魚を求めて海に入るのを今か今かと待ちわびているアザラシども。

 それらすべてが私たちに最初の一歩を踏み出すのを躊躇わせる。


 なんとも憎たらしい




 今、私の後ろにゾロゾロと集まってきているのは仲間たちだ。

 巣のある岩場から一緒にペタペタしてきた仲間たちだ。

 幾多の死線を共に潜り抜けてきた大切な仲間たちだ。

 憎きアザラシ捕食者どもの恐怖にプルプルしながら耐えてきた仲間たちだ。

 耐え難い空腹を共に乗り越えてきた仲間たちだ。


 そんな頼れる仲間たち奴らが、今、私をよってたかって海に突き落とそうとしている。


「おい、やめろ!なにをする!」

「すまんな……」

「わかるだろ?誰かが、やらないといけないんだ」

「みんな腹が減ってんだ!さっさと行けよ!!」


 誰かが1番初めに行かなければならないことはわかる。わかってはいるのだ。


 だが、なぜ私なのだ。


 咄嗟に私は叫んだ。

「助けてくれ!!!!」



 私が助けを求め叫んだのは友の名であったり

 それは私の生涯において最も親しい友の名であった。

 卵の殻を破ったときから今までずっと一緒にいたのだ。飯を食うときも、イタズラをしたときも、怒られるときも、喧嘩するときも、狩りをするときも、卵を温めるときも、なにをするにしてもずっと一緒だった。

 そう。彼は確かに私の親友であった。




 私はもう一度、助けを求めて友の名を叫ぶ。


 彼の背がビクリと震える。

 しかし、彼は私から目を背けた。


 私の中の何かが崩れ落ちる。

 それは友情だとか信頼だとかと呼ばれるものであろう。


 身代わりにされかねない状況だ。

 彼が前に出てこない理由も十分に理解できた。

 彼にだって恐怖心があるのはわかるのだ。わかるのだ…


 それでも友に、友だと思っていた者に裏切られた衝撃は大きく、呆然として、しばらく羽を動かすことも出来なかった。


 彼は私を裏切ったのだ。

 私の感情が彼を許せなかった

 彼との友情はその程度のものだったのだ。

 その事実が胸を冷たくした



 ——さっさとしろ!!

 ——まだかよ!

 ——ビビんなよ!

 ——往生際が悪いぞ!


 群れの後ろの方、顔も見えないところからそんな罵声が聞こえる。



 もう耐えられない。


 なんで私がこんな仕打ちにあわないといけないんだ。

 崖から飛び降りるのを恐れるのは当たり前だろ?

 たまたま、群れの一番前にいたというだけで。

 後ろに退くのが数瞬遅れたというだけで。

 ただそれだけの理由で



 どうして?

 どうして?

 どうして?

 どうして?

 どうして?



 ——あまりにも理不尽ではないか!!


 耐えきれずに私は叫んだ。

 抑えきれぬ怒りに任して私は叫んだ。



「なら!お前らも!一緒に跳べよ!!」

「別に!私1人じゃ!なくてもさあ!!」



 すると、今まで私に文句を言ってきた奴らが水を打ったかのように静まりかえる。

 いざ、自分に火の粉が降りかかりそうになると誰もなにも言えなくなるのか。


 どいつもこいつもお互いの様子を伺うばかり。


 後ろの方の顔も見えない連中はまだ罵声を飛ばしてくるがもうどうでも良い。

 

 しばらくすると私を説得しようとする奴らが押し出されるように出てくる



「複数匹で跳ぶ意味なんて存在しないよ。リスクの分散のためにも君が1人で跳ぶべきだ」


「そうだとも。君1人が跳ぼうが複数人で跳ぼうがリスクは変わらない。それならば君1人が跳ぶべきだ。道理だろう?」


「心配するな、生き残ろうとも不幸にも死んでしまおうともどちらにしても君は英雄になるんだ。」


「先達が乗り越えてきた道。お前に乗り越えられないはずはない。」


「ああ!君なら出来るさ!」


 ああ、馬鹿ばっかりだ。

 違う。そういう問題じゃないんだ


「なら、お前らが跳べば良い。私が跳ぶ必要はないだろ?私にいったい何の義務があるというのだ!!」


 役目を押し付けるだけの奴ら。

 文句を言うだけしか出来ない奴ら。

 自分だけでは前に出られない奴ら。

 周りに同調するだけの奴ら。

 無関心を装い続ける奴ら。

 無責任に慰め励ます奴ら

 建前だけで済まそうとする奴ら。

 傍観者然と見ているだけの奴ら。


 そして、


 たかだか一歩を踏み出せない臆病な私。

 馬鹿相手に何も変えることの出来ない無力な私。

 自分が踏み出せないことを棚に上げて他人を責める無様な私。


 ああ、どうしようもない。

 どうしようもない馬鹿ばっかりだ。


 こんなことなら私たちも、魚類も一緒じゃないか。




 誰も私の隣に並ぼうとはしない。

 こちらを見ようとさえしない。

 前列の雰囲気が伝播したのか罵声も飛んでこない。

 沈黙が群れを包む。


 待ちかねた連中が私を崖から押し出そうと身構える。


「俺も行くよ…」


 しかし、その少し震えた声で緊張と沈黙は破られる。


 声の主は友であった。

 一同の視線は彼に集まる。


 友の名を叫ぶ。


 冷え切っていたはずの私の胸は感激に打ち震えた。

 感情は冷えやすくも熱しやすいのだ


「さっきはすまなかった…本当にすまなかった。」

「気にするな!!結果として君は立ち上がってくれたのだ!ありがとう!!


 ああ、友よ!!


 彼は私に教えてくれたのだ。


 友情の尊さを。

 その繋がりは想像以上に強いということを。


 ——ああ!友情はここに!ここにこそ友情はあったのだ!!


 彼はペタペタと私に歩み寄った。

 彼は私の右隣に並び立つ


 私は彼に呼びかける。


「さぁ!友よ!!飛ぼう!!」


「あぁ!共に飛ぼう!!!!」


 わかっている。2人で飛んだところで何も変わりはしないと。

 死ぬときは死ぬのだと。

 彼を道連れにしてしまったことも。

 お互い張り合うのは虚勢だ。

 死の恐怖をどうにか打ち消そうと吠えている。

 私の足も、彼の足も竦んでいるし、顔も強張っている。声も震えている。

 それでも私にはそれがこの上なく頼もしいものに感じられた。

 私と彼は互いの顔を見合ってから頷きあい、切り立った崖から未知と恐怖が絶え間なく打ち寄せる氷海へと最初の一歩を踏み出した























 ………………はずだった。




「すまない。」


 そんな声が聞こえた気がする。




 疑問を感じる前に背中に衝撃を感じた。

 体が前によろめく。崩れた姿勢を立て直そうと足を前に出したが踏み堪えるための地面はそこにはなかった。


 その瞬間、視界が反転した。


 ——落ちているのだ。頭を下にして

 そう気付くのに時間はかからない。


 体が風を切り加速していく。

 耳には風を切る音だけが聞こえる。

 海面はグングンと近づいてくる。

 白い波飛沫の間から岩が海面に顔を覗かせる。

 背筋にゾッと寒気が走る。




 そこで俺はハッとする


 ———どこに!?



 俺は隣にいるはずの親友を探した。

 しかし、彼はどこにもいない。

 いや、俺の隣に奴はいない。


 海面までもう距離がない。


海が迫る。迫る。迫る。迫る。迫る。迫る。迫る。……


衝撃に備えて身を固くし、目を強く閉じる。



 ———そうか、俺は裏切られたのか。


「ぐあぁぁぁあ!!!!!!!!」



 裏切られた彼の甲高い鳴き声は白く冷たい世界へと吸い込まれた








 


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