第7話

 永沢先生が警察に連行され、僕たちは夕方に事務所に戻ってきた。

「明日香さん、いつ頃から先生を疑っていたんですか?」

「そうね……あえて言うなら、先生が翔太君が修学旅行に行けなくなったって、話していた時かしら。」

「どうしてですか?」

「行けなくって、過去形で話していたから。翔太君が帰ってくるはずがないって、分かっていたのかなって。」

「なるほど。」

「まあ、その時は、私もそこまで深くは考えてなかったけどね。」

「あおいさんには、なんて報告します?」

「……」

「明日香さん?」

 明日香さんは、何か考え込んでいる。

「ごめんなさい。何か言った?」

「あおいさんへの報告は?」

「ちょっと待ってくれる?」

「何か気になる事でも?」

「ずっと考えていたんだけど、どうしても納得できないのよ。」

「何がですか?」

「永沢先生の話では、翔太君の首を絞めたのはたった1~2秒よ。そんな短時間で意識を失うかしら?」

「永沢先生は柔道をやっていて、力があるからじゃないですか?それか、本当は1~2秒じゃなくて、もっと長い時間だったんじゃないですか?そんな気がしただけで。」

「うーん……血痕が気になるのよ。」

「流し台のですか?」

「……」

 明日香さんは、また考え込んでしまった。

「明日香さん、電気を点けましょうか?もう室内は暗いですよ。」

 僕は、電気のスイッチに手を伸ばした。

「明宏君、待って!!点けないで!」

 突然、明日香さんが叫んだ。

「は、はい。ごめんなさい。」

 びっくりしたぁ。

 どうしたんだろう?

 暗くなるのに、電気を点けちゃだめって。

 ま、まさか……

 あんな事や、こんな事を……

 僕は、いけない想像をしてしまった。

「明宏君。」

「は、はい。」

 僕は緊張のあまり、声が裏返ってしまった。

「これよ!どうして、すぐに気づかなかったんだろう。」

「えっ?」

「事件の真相が分かったわ!」

「し、真相?電気は?あんな事や、こんな事……」

「明宏君、何を言ってるのよ。」

「い、いえ。何でもありません。」

 僕は、激しい自己嫌悪に陥った。

 そんな事、あるわけがないだろう。

「真相って、何ですか?」

「ちょっと待って。鞘師警部に、確認したい事があるの。」

 明日香さんは、鞘師警部に電話をかけた。

「警部、桜井です。警部にお聞きしたいんですが。永沢先生が、部屋を出る前と戻ってきた時とで、何か変わった事があるような事は言ってませんでしたか?」

 変わった事?

「ええ。はい。そうですか。翔太君の倒れていた場所が違うような気がする。確かですか?そうですか。やっぱり。警部、9時に事務所に来てもらえますか?その時、翔太君の部屋のカギを借りてきてください。お願いします。詳しくは、事務所で話します。では後ほど。」


 9時ちょうどに、鞘師警部がやってきた。

「お待ちしてました。」

「それで、話とは?」

「ええ……」

 明日香さんは、真相を語り始めた。


「なるほど。そういう事か。」

 鞘師警部は、明日香さんの話に大きく頷いた。

「これから行って、確かめてみたいんです。」

「分かった。確かめてみてその通りだったら、逮捕だな。」

「それじゃあ、行きましょうか。」


 僕たちは夜10時に、翔太君のアパートへやってきた。

「渡辺さんは、帰っているようですね。」

 僕は、二階を見上げながら言った。

「それじゃあ、行きましょうか。」

 明日香さんを先頭に、僕たちは階段を上がっていった。

 階段はいつものように、ギシギシと音をたてた。

「ギターの音が聞こえますね。」

 渡辺さんが、ギターの練習をしているようだ。

「それじゃあ、明宏君は先に行ってて。」

「はい。分かりました。」

 僕はカギを受け取ると、先に翔太君の部屋に向かった。

「警部、それじゃあ私たちは渡辺さんの方へ。」

 明日香さんが、渡辺さんの部屋のドアをノックした。

 ギターの音が止み、渡辺さんが顔を出した。

「またか……あんたらも、しつこいな。」

「渡辺さん、すみませんが譜久村さんの事で、ちょっとよろしいでしょうか?」

「なんだよ。話なら、警察にしたぞ。」

「まあ、渡辺さん。そう言わずに、もう一度ご協力ください。」と、鞘師警部が言った。

「なんだよ。まだ女は捕まらないのかよ。警察も無能だな。」

「いや、捕まえましたけど。」

 鞘師警部は、少しムッとしながら言った。

「その女が否認しているのか?」

「いや、認めているが……」

「だったら、もういいだろう。」

「渡辺さん。実は、少し不自然な点があるんです。それでちょっと確かめてみたい事があるので、協力していただけませんか?」と、明日香さんが頼み込んだ。

「なんで俺が……」

「何か、不都合でも?」

「別に、そんな事は……」

「それじゃあ、お願いします。」


 明日香さんたちは、部屋から出てきた。

「おい……何だよ、あれ。」

 渡辺さんは、驚いたように翔太君の部屋の方を見ている。

「どうかしましたか?」

「どうかしましたかって……どうして、ドアが開いてるんだよ。」

「あの日の夜を再現して見ました。」

「再現?」

「渡辺さん、言いましたよね?電気は消えていたけど、ドアが開いてるのが見えたって。」

「……」

「忘れちゃいましたか?ご自分で、おっしゃったんですよ。」

「忘れてなんかねえよ。」

「それでは、渡辺さんの証言通りに進めてみましょうか。」

「あ、ああ。」

「渡辺さんは、階段を駆け下りていく足音を聞いて外に出てきた。そして、譜久村さんの部屋の方を見ると、電気が消えていてドアが開いてるのが見えた。ここまでは間違いないですか?」

「ああ。」

「そして部屋の中を覗くと、ピンクのギターとネクタイで首を絞められて倒れている譜久村さんを見た。そうですね?」

 渡辺さんは、無言で頷いた。

「でも私ずっと考えていたんですけど、部屋が真っ暗だったのに、そこまで分かるものでしょうか?それを確認してみようと思うんです。渡辺さんも、立ち会ってください。」

「あ、ああ……」

「それじゃあ、行きましょう。」

 明日香さんは、すたすたと翔太君の部屋の方へ歩いていった。

 渡辺さんは後ろを振り向いたが、鞘師警部が睨みを利かせているため、諦めて明日香さんに続いて翔太君の部屋の前にやってきた。

「渡辺さんが覗きますか?それとも、私が覗いた方がいいですか?」

「……」

「それじゃあ、せーので同時に覗きましょうか。せーの!」

 明日香さんと渡辺さんは、同時に部屋の中を覗いた。

 部屋の中にはちゃぶ台の上にギターが置かれ、部屋の奥に人が倒れている。

「ちなみに、倒れているのは遺体ではなく、助手の坂井ですから。とりあえず、そちらは置いておいて、先にギターの方からいきましょうか。ギターは見えますけど、色までは分からないですね。渡辺さん、どうですか?」

「……」

「あれ?渡辺さん、しゃべり方忘れちゃいました?それじゃあ警部、お願いします。」

「ああ。月明かりである程度は分かるが、はっきりとピンクとは断言できないな。」

「それでは次に倒れている人の方ですが、人が倒れているのは分かりますが、ネクタイまでは確認できないですね。」

「そうだな。全く分からないな。」

 鞘師警部は、大きく頷いた。

「それじゃあ、部屋の中に入りましょうか。」

 明日香さんたちは部屋に入ると、電気を点けた。

「明宏君、ご苦労様。もういいわよ。」

 僕は立ち上がると、首に巻いたネクタイを取り鞘師警部に返した。

「渡辺さん。あなたは、本当は部屋に入ったんじゃないですか?」

「ああ、入ったよ。だけど入っただけで、何もしてねえよ。」

 渡辺さんは否定したが、声が震えている。

「真相はこうです。あの日、渡辺さんは部屋のドアが開いてるのを見て、中を覗いた。そして、部屋に入ると電気を点けた。その時、譜久村さんが倒れているのを見た。そうですね?」

「ああ、そうだ。あいつが、ネクタイで首を絞められて倒れていた。あの女が殺したんだ!」

「それは、どうでしょうか。確かに譜久村さんは、ネクタイで首を絞められて倒れていました。しかし譜久村さんは、気を失っていただけで生きていたんです。譜久村さんは首を絞められた直後、足を滑らせて倒れたんです。その時、流し台に頭をぶつけて気を失ったんです。流し台に血痕が付いていたのは、その時のものです。渡辺さん、あなたはその光景を見て、何があったか察しました。渡辺さん、不謹慎ですが、あなたは嫌いだった譜久村さんが死んでいると思って喜んだでしょう。ところが、譜久村さんは生きていた。渡辺さんが入った時点で、譜久村さんの意識が戻っていたのか、入ってから戻ったのかは分かりませんが、渡辺さん、あなたはこう思った。今、殺してしまえば、女性のせいにできると。そして、あなたはネクタイを掴むと、首を絞めたんです。」

 明日香さんは、渡辺さんを鋭く睨み付けた。

「証拠は……俺がやったという証拠はあるのかよ!」

「証拠ですか……」

「証拠が無いなら、認めないからな。」

「もちろん証拠は有ります。ネクタイです。」

「ネクタイ?有るのか?」

 渡辺さんは、驚いた表情を見せた。

「ネクタイなら、我々警察が彼女の部屋から発見した。渡辺さん、あなたは犯人がネクタイを処分するだろうと思っていたんだろうが、ネクタイはしまってありました。おそらく彼女は、いずれは自首するつもりだったんだろう。」と、鞘師警部が言った。

「突発的な犯行だった事から、渡辺さんが手袋をしていたとは思えません。きっと、指紋が付いているはずです。警部そうですよね?」

「ああ。本人と彼女の指紋以外に、もう一人の指紋が見つかっている。渡辺さん、あなたの指紋と照合させてください。」

 渡辺さんは、その場に崩れ落ちた。

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