第6話

 僕たちは事務所に帰ってきた。

「明日香さん。渡辺さんの話が事実なら、翔太君はもう……」

「亡くなっている可能性が高いわね。」

「あおいさんには、伝えますか?」

「はっきりと分かるまで、もう少し待ちましょう。」

 そこへ、一人の女の子がやってきた。

「お姉ちゃん居る?」

「あっ、明日菜ちゃん。」

 やってきたのは、明日香さんの妹の明日菜ちゃんだった。

「明宏さん、こんにちは。」

「こんにちは。この前のクイズ番組見たよ。」

「ありがとう。また出るから、見てね。」

「明日菜、何か用?今、忙しいのよ。」

「お姉ちゃん、冷たいなぁ。用がなきゃ、来ちゃいけないの?」

「明日菜ちゃん、そんな事ないよ。明日香さんも口では、ああ言ってるけど、本当は喜んでるから。」

「明宏さんも喜んでる?」

「当たり前じゃないか。」

「嬉しい!」

「二人とも、イチャイチャするなら、他でやってちょうだい。」

「あれ?お姉ちゃん、妬いてるの?」

 えっ?

 明日香さんが?

「ど、どうして私が。そんなわけ……ないでしょ。」

 ですよね。

「素直じゃないなぁ。」

「そんな事より、何をしにきたのよ?」

「今日は、見せたい写真があるの。」

「写真?」

「昨日、凄い人と写真を撮ってもらったの。」

 明日菜ちゃんはそう言うと、スマートフォンを取り出した。

「じゃーん。」

 写真には明日菜ちゃんを中心に、左右に一人ずつ60代くらいの男性が並んでいる。

「誰よこれ?」

「お姉ちゃん、知らないの!?デザイナーのはやし先生よ。」

「どっちが?」

 明日菜ちゃんは、信じられないといった顔で明日香さんを見ている。

「僕にも見せてください。ああ、これは、左が林先生ですよ。」

「正解!さすが明宏さん。」

「明宏君、どうして知ってるのよ?」

「いえ、僕も知らなかったですけど、消去法です。」

「消去法?」

「右の人は、弁護士さんですよね?テレビで見た事があります。だから消去法で、左が林先生です。」

「消去法か……」

「明日香さん、どうかしましたか?」

「待って……どういう事?確かに、あの時……まさか……」

 明日香さんは、なにやらぶつぶつ言っている。

「そうよ!だから、私が探偵だって分かったんだわ。」

 明日香さんは、何か分かったらしい。

「明宏さん。何の話?」

「今、事件の調査中なんだ。」

 その時、明日香さんのスマートフォンが鳴った。

「もしもし。鞘師警部、何か分かりましたか?はい。はい。分かりました。ありがとうございます。」

「警部からですか?」

「ええ。詳しい事は、もう少し調べないと分からないそうだけど、渡辺さんが言うには、女性が翔太君を抱き抱えて車に乗せて連れていったそうよ。それと、流し台にほんの少し血痕が見つかったそうよ。」

「車に?どういう事ですか?翔太君の彼女は、クラスメイトのはずじゃあ。」

 高校二年生が車を運転?

 無免許運転という事か?

 その時、事務所の電話が鳴った。

 僕は、受話器を取った。

「もしもし。明日香探偵事務所です。」

「あ、あの……」

「神宮寺さんですか?」

「はい。そうです。」

「明宏君、私に代わって。」

 僕は、明日香さんに受話器を渡した。

「神宮寺さん?桜井です。」

「あの……翔太君の彼女の事なんですけど。たぶん、大人の人だと思います。」

「やっぱり、大人の人だったのね。具体的に誰かは分からない?」

「……分かりません。でも、翔太君が言ってました。僕が若い子に乗り替えて、自分を捨てるんじゃないかって心配してるって。」

「神宮寺さん、ありがとう。」

 明日香さんは、電話を切った。

「明日香さん。どういう事ですか?やっぱり、大人の人って。」

「あおいさんに翔太君の話を聞いた時から、ちょっと違和感はあったのよ。」

「違和感ですか?」

 なんだろう?

「彼女が、洗濯の仕方やゴミの分別を教えてくれるって言ってたでしょう。高校生が教えてくれるというよりは、大人が教えてくれるような事だと思うの。」

「なるほど。言われてみれば。」

「私は21だけど、分からないよ。」

「明日菜は、まだまだ子供よ。」

「しかし、明日香さん。大人って、誰でしょう?」

「同じクラスの大人って言ったら分かるでしょう?」

「まさか……」

「学校に行くわよ。」


 僕たちは、昼休みになるのを待って学校を訪れた。

「永沢先生、お忙しいところ申し訳ありません。」

 明日香さんは、永沢先生に頭を下げた。

「いえ。ちょうどこの時間は空いていましたから。」

「先生、ちょっと外に行きませんか?」

「外ですか?」

「はい。校内ではちょっと。」

「分かりました。」


 僕たちは、学校の外に出た。

「こちらの方たちは?」

 永沢先生の視線の先には、三人の男性がいた。

「我々は、警察の者です。」

 学校に行く途中で鞘師警部に電話をして、部下の方たちと来てもらっていた。

「警察の方が、私にどういったご用件でしょうか?」

「永沢先生。翔太君がネクタイで首を絞められて、倒れているのを目撃した人がいるんです。」

 明日香さんが、永沢先生にそう告げた。

「そんなっ……」

 永沢先生は驚きのあまり、それ以上言葉が出てこないようだ。

「……先生がやったんですよね?」

「探偵さん。急に何を言い出すんですか?私が、そんな事をするわけないじゃないですか。やったのは、譜久村君の彼女じゃないんですか?」

 永沢先生は、顔色一つ変えずに言った。

「ええ、そうです。」

「だったら、その彼女を捕まえてください。」

「もちろん捕まえますよ。彼女は永沢先生、あなたですよね?」

「何を根拠に、そんな事を?」

「先生は、私たちに初めて会った時に、翔太君のお姉さんの事を既に知っていましたよね?」

「それは……生徒たちが、譜久村君のお姉さんと探偵さんが来てるって言っていたからです。」

「ええ、確かに言っていました。しかし生徒さんは、どちらがお姉さんで、どちらが探偵かは言いませんでした。」

「そ、そうだったかしら?」

 永沢先生に、少し動揺が見える。

「それなのに先生は、真っ直ぐに私の前までやってきて『探偵さん』と、言いました。どうして私が探偵だと分かったんですか?」

「そ、それは……以前、譜久村君に聞いたんです。お姉さんは芸能人だって。それでテレビで見た顔だと思ったので、消去法であなたの方が探偵だと分かったんです。」

「消去法ですか……翔太君は、芸能人としか言わなかったんですね。先生がテレビで見ていたとしても、お姉さんの顔が分かるわけがないんです。そうよね、明宏君。」

「そうです。だって、あおいさんは、テレビに出る時もライブの時も仮面で顔を隠していて、素顔を公開していませんから。」

「翔太君自身も、お姉さんが芸能人だと知ったのは、お姉さんと再会した時に初めて知ったんです。先生が翔太君に聞いたのは、その後しかあり得ないんです。そして、お姉さんの顔を知ったのは、翔太君の部屋で写真を見たからです。先生、翔太君の部屋に行きましたよね?」

「……」

 永沢先生は、その場に膝から崩れ落ちた。

「永沢先生の部活の終了時間が、土曜日に彼女が来る時間と、日曜日にファミレスで待ち合わせした時間と、移動時間を考えるとちょうど合うんですよ。先生が彼女じゃないとしたら、どうしてあんな時間に生徒の家を訪ねる必要があるんですか?」

 永沢先生はしばらく無言だったが、やがて観念したのか静かに口を開いた。

「探偵さんのおっしゃる通りです。私が、譜久村君の彼女です。そして……彼の首を絞めました。」


 永沢先生は、今までの事を涙ながらに語り始めた。

「私が彼と付き合うようになったきっかけは、彼のご両親が亡くなった事がきっかけでした。当時、私は副担任でした。彼には頼れる親戚もいないという事で、住む所の手配等を、私がかってでました。その後、心配で彼の部屋を何度か訪れるようになり、どちらからともなくこういう関係になりました。生徒と付き合うなんていけない事だと、頭では分かっていました……でも、優しい彼を好きな気持ちを抑える事はできませんでした。しかし時が経つにつれ、私はだんだん不安になってきました。私は彼よりも10歳も年上です。彼が私を捨てて、若い子の方に行ってしまうんじゃないかと……そしてあの日、私は勘違いから彼の首を絞めてしまったんです……」

 勘違いから?

 どういう事だろう?


 土曜日午後10時過ぎ。


 私は、いつものように少し離れた駐車場に車を停めると、帽子とサングラスで顔を隠し歩いて彼のアパートへ向かった。

 余計に目立つかもしれないけど、万が一でも知り合いに顔を見られるような事があってはならない。

 来る途中で、彼から大事な話があるとメールがあったが、いったいなんだろう?

 若い子を好きになったから、別れてくれと言われたらどうしよう。

 アパートへ着くと、私は階段をゆっくりと上がった。

 ゆっくり上がっても、この階段はギシギシと音をたてるのだが、他の部屋の人にうるさいと外に出てこられて、顔を見られるのは避けたかった。

 私は彼の部屋のドアを3回ノックして、少し間を開けて4回ノックした。

 これが、私が来たという合図である。

 しばらくしてドアが開くと、私は辺りを見渡して素早く入り込んだ。

「先生、気にしすぎだよ。逆に怪しいよ。」

 彼は、ちょっと呆れたように言った。

「念のためよ。もし知ってる人に見られたら、私たちおしまいよ。」

「大丈夫だよ。先生が学校に居られなくなっても、別れたりしないから。」

「ちょっと、不吉な事を言わないでよ。それと二人の時は、栞って呼んでって言ったでしょう。」

 私はそう言うと、彼を後ろから抱きしめた。

「分かったよ、栞。」

「翔太、好きよ。」

「僕もだよ。」

「あら、このギターは何?」

 私は、ちゃぶ台の上にピンクのギターが置いてあるのが目についた。

「ああ、それは貰ったんだ。」

「誰に?」

「うん。その事で、大事な話があるんだ。」

 まさか……

 本当に別れてくれと?

「実は、さっき僕のお姉さんに会ったんだ。お姉さん、芸能人なんだ。それでギターをくれたんだ。」

「お姉さん?」

「あなたにお姉さんがいるなんて、聞いた事がないけど。」

「うん。黙ってたから。」

「……どうして?」

 そうか、そういう事か……

「黙っていたのは……」

「嘘なんでしょう……」

「えっ?」

「本当は、若い彼女ができたんでしょう!」

「何を言ってるんだよ。違うって。」

「正直に言えばいいじゃない!私みたいなおばさんには飽きたって!」

「これ、さっき撮った写真。これが、お姉さんだよ。」

 彼はそう言うと、私に写真を渡した。

 これが姉?

 全然、似てないじゃない。

「今お茶を入れるから、ちょっと落ち着こう。」

 彼が、お茶を入れる為に後ろを向いた。

 その時タンスが開いていて、ネクタイが引っ掛けてあるのが目についた。

 その時、私の中で何かが弾けた。

 彼は、誰にも渡さない……

 私はネクタイを手に取ると流し台の前に立つ彼に近づき、後ろからネクタイを首に掛け一気に絞めた。

 彼は首を絞められて、1~2秒で倒れた。

 本当に一瞬で倒れたのだ。

 彼は、まったく動かなかった。

「はぁ、はぁ……」

 殺した……

 私が、殺したんだ……

 私はパニックになり、何故か電気を消して部屋を飛び出した。


「永沢先生、部屋を出た後どうしたんですか?」と、明日香さんが聞いた。

「車でアパートの前に戻り部屋を片付けてギターもケースにしまって、それから彼を運び出しました。」

「運び出して、どこに連れていったんですか?」

「それは……」

 永沢先生は、黙ってしまった。

「先生のお父さんの病院に、連れていったんじゃないですか?」

「ど、どうしてそれを……」

「もしかしたらそうかもしれないと思って、警察に頼んで調べてもらったんです。鞘師警部、どうでしたか?」

「たった今、連絡があったよ。永沢さんのお父さんが、全部話してくれたそうだ。永沢さんが病院に連れて来た時には、奇跡的にまだ息があったらしい。そこで、お父さんが以前勤めていた大学病院の当時の院長に頼んで、極秘にとある病院に入院させたそうだ。もちろん警察に通報するべきなんだろうが、娘が逮捕されるかもしれないと思うと、通報できなかったそうだ。」

「警部、翔太君の容態は?」

「意識不明だそうだ。助かるかは分からないらしい。」

「私がいけないんです……どうして……どうしてあんな事をしたのか……」

 永沢先生は泣き崩れた。

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