第5話
「私は、明日はお仕事で来れないんですが、よろしくお願いします。」
「あおいさん、翔太君の事は僕たちに任せて、お仕事がんばってください。」
「はい。ありがとうございます。それでは失礼します。」
「あっ、その前に、あおいさんの連絡先を教えておいてくれますか?」
忘れるところだった。
「それじゃあ、携帯の番号を。」
あおいさんは、携帯電話の番号をメモに書いて僕に渡した。
「それでは、進展が有っても無くても、明日また連絡しますので。」
「よろしくお願いします。」
あおいさんは、帰っていった。
「ちょっと明宏君。もしかして、芸能人の携帯番号ゲットなんて、喜んでるんじゃないでしょうね?」
「明日香さん、分かってますよ。そんな事思ってませんから。」
もちろん事件が解決すれば、ちゃんと番号は消去する。
もったいないけど……
記憶力でも鍛えてみるか。
まあ、そんな冗談はさておき。
「明日香さん、これからどうしますか?」
「ちょっと整理してみましょうか。」
「そうですね。」
「あおいさんの話では、翔太君が最後に確認されたのが、一昨日の夜9時過ぎですね。」
「あおいさんが、嘘をついていなければね。」
「えっ?明日香さん、あおいさんを疑ってるんですか?」
今まで、そんな素振りを見せていなかったのに。
「別に、疑ってるわけじゃないわよ。そういう可能性も、0.1%ぐらいでもあるかもしれないっていうだけよ。もしも、あおいさん自身が関わっているなら、
まあ、探偵としては、少しでも可能性があるなら疑うのは当然だが。
「なるほど。それでは続けます。昨日の夜7時の待ち合わせに現れなかった翔太君。つまり、一昨日の夜9時から昨日の夜7時までの間に、何かがあったという事ですよね?」
「そういう事になるわね。」
「その22時間の間に、何があったかですが。翔太君の部屋の隣の隣の住人の渡辺さんの話によると、一昨日の夜10時頃に女性が階段を駆け下りていったという事です。」
「その女性が翔太君の彼女であるにしろ、ないにしろ、その時に何かがあったのは間違いないわね。」
「でも、明日香さん。渡辺さんの言う事は、本当なんでしょうか?ギターの件から考えても、怪しいですよ。防犯カメラでも有れば、分かるんですけどね。」
残念ながらあのアパートには、防犯カメラは設置されていなかった。
「おそらく、渡辺さんは女性が出ていった後、翔太君の部屋を覗いたんじゃないかしら。その時にギターを見たと考えるのが自然ね。」
「じゃあ、どうして正直にそう言わなかったんでしょうか?」
「言わなかったのか、もしくは……」
もしくは?
「言えなかったのか。」
言えなかったとしたら、その理由は何だろうか?
「明日香さん……」
「何?」
「翔太君、生きてますかね?」
「……」
明日香さんは、僕の問いかけに答えなかった。
今までは、あおいさんが居たから言わなかったが、明日香さんもその可能性は考えていたはずだ。
「渡辺さんは、翔太君が殺されているところを目撃した。しかし何か理由があって、その事を話せなかったんじゃないでしょうか?」
「理由って?」
「例えば、犯人を脅迫しているとか?渡辺さん、お金に困っていたみたいだし。」
「渡辺さんが脅迫しているかどうかはともかくとして、翔太君が殺されたんだとしたら、犯人はその女性である可能性が高いかしら?」
「その女性が犯人じゃなければ、110番に通報しますよね。」
「その女性が犯人だとしたら、その女性が翔太君の彼女なのかどうか。明宏君、どう思う?」
「時間的にも、その可能性が高いんじゃないでしょうか?」
「そうね……」
明日香さんは、何か考え込んでいる。
「違うんですか?」
「亜美さんの電話の話が気になるけど……私の考え過ぎね。」
明日香さんは、僕に聞こえないように呟いた。
「明日香さん、翔太君の彼女って幼なじみの神宮寺さんで間違いないんでしょうか?女子高生が恋人の男子高校生を殺して、二階から遺体を運び出す事なんてできるでしょうか?」
神宮寺さんって、会った事はないけど、とんでもない怪力の持ち主なんだろうか?
「明宏君、その事なんだけど、一つ気になる事があるの。」
「気になる事?」
「翔太君が友達に、絶対に言えない相手って言っていた事よ。」
「そういえば、そんな事を言ってましたね。」
「絶対に言えない相手って、本当に幼なじみの事なのかしら?」
「うーん。そう言われてみると……」
「やっぱり、神宮寺さんに会いたいわね。こんな事なら、住所だけじゃなくて電話番号も聞いておくべきだったわね。私としたことが不覚だったわ。」
「どうします?今から行きますか?」
「こんな時間から病人の所に行って、会わせてくれる親はいないわよ。明日になれば、登校してくるかもしれないわ。明日、永沢先生に聞いてみましょう。」
「それじゃあ、明日香さん。お疲れ様でした。」
「お疲れ様。」
そして、翌日。
僕がいつものように7時50分に事務所に着くと、今日は明日香さんの方が先に来ていた。
「明宏君、おはよう。」
「明日香さん、おはようございます。今日は早いですね。」
早いとはいっても、明日香さんの部屋からは徒歩数秒だ。
来ようと思ったら、いつでも来れるわけだが。
「明宏君、すぐに出るわよ。急いで!」
明日香さんはそう言うと、事務所を出ていった。
「えっ!?今からですか?」
いったい、どこに行くつもりだろう?
僕は慌てて事務所のカギをかけると、明日香さんの後を追って階段を駆け下りた。
僕は、明日香さんが運転する車の助手席に座っていた。
「明日香さん、いったいどこに行くんですか?」
「そんな事決まってるでしょう。翔太君の学校よ。他にどこに行くのよ。」
いやいや、決まってないだろう。
「今からですか?」
突然どうしたんだろう?
まさか、翔太君が登校してきたのだろうか?
それなら、万々歳だが。
「今からだから、こうして急いでるんじゃない。」
「いったい、何があったんですか?」
「明宏君が事務所に来る5分くらい前に、永沢先生から電話があったのよ。」
「永沢先生からですか?」
「ええ。神宮寺さんが、風邪が治ってもう登校してきてるみたいなのよ。」
「ずいぶん早い時間に登校するんですね。」
僕が事務所に来る5分前というと、7時45分だ。
「神宮寺さんは、いつもそれくらいの時間に登校して、予習とかしているような子だそうよ。」
「真面目な子なんですね。」
僕の学生時代とは、大違いだ。
僕はギリギリまで、寝ていたいタイプだった。
「それで、すぐに行けば、授業が始まる前に会わせてくれるそうよ。」
事務所からまっすぐ学校まで行けば、20分ぐらいで着くだろう。
「急ぐわよ。」
明日香さんはそう言うと、アクセルを踏み込んだ。
「明日香さん、安全運転でお願いします。」
明日香さんの運転なら、15分くらいで着くだろう。
事務所を出て15分後、学校に到着した。
校門を入った所に、永沢先生が待っていた。
「永沢先生、おはようございます。先ほどは、お電話ありがとうございました。」
「おはようございます。昨日の部屋で、神宮寺さんを待たせています。10分くらいしか時間を取れませんので、急ぎましょう。」
「こちらが、神宮寺環菜さんです。」
「おはようございます。神宮寺環菜です。」
「おはようございます。探偵の桜井明日香です。」
「おはようございます。探偵助手の坂井明宏です。」
翔太君の幼なじみの神宮寺環菜さんは、身長も低くとても
「神宮寺さん、風邪はもういいの?」
明日香さんが、神宮寺さんに聞いた。
「はい。永沢先生のお父さんの病院で診てもらったので。」
「先生のお父様は、お医者さんなんですか?」
「ええ。父は、大学病院で内科医をやっていたんですけど、10年ほど前から自分の病院を開業したんです。」
「そうなんですか。」
「明日香さん、時間が無くなりますよ。」
「神宮寺さん、譜久村翔太君の事を聞きたいんだけど。神宮寺さんは、翔太君の幼なじみなのよね?」
「はい、そうです。」
神宮寺さんは、明日香さんの問いかけにか細い声で答えた。
神宮寺さんは、とてもおとなしい子のようだ。
「翔太君の彼女を探しているんだけど、神宮寺さんは心当たりはない?」
「えっと……その……」
神宮寺さんは、永沢先生の顔色を窺っているみたいだ。
「神宮寺さん。はっきり答えていいのよ。」
永沢先生が、促した。
「私は……分からないです。」
「そう。何か噂を聞いたとかいう事もない?」
「すみません……ありません。」
神宮寺さんはそう言うと、顔を伏せてしまった。
「謝らなくてもいいのよ。」
明日香さんが、優しく声をかけた。
「申し訳ありませんが、そろそろ時間ですので、よろしいでしょうか?」
「永沢先生、どうもありがとうございました。神宮寺さんも、ありがとうね。」
「お役に立てず、すみませんでした。」
神宮寺さんは、顔を伏せたまま言った。
僕たちは部屋を出た。
「神宮寺さん、早く教室に戻りなさい。先生は、一度職員室に戻るから。」
「はい。分かりました。」
神宮寺さんが、何か言いたげにこちらを見たような気がしたのは、気のせいだろうか?
「明日香さん、帰りましょうか。明日香さん?」
明日香さんは後ろを向いて、なにやらごそごそしている。
何をやっているんだろう?
「永沢先生、それでは失礼します。」
僕は、永沢先生に頭を下げた。
「神宮寺さん、今日は本当にありがとう。」と、明日香さんが神宮寺さんに握手を求めた。
神宮寺さんは、握手を求められて戸惑っていたが、握手を交わして教室に戻っていった。
「明宏君、行くわよ。」
「明日香さん、さっき神宮寺さんに、何を渡したんですか?」
僕は外に出ると、明日香さんに聞いた。
「あら、明宏君、気づいてたの?」
「僕だって、それくらい気づきますよ。これでも、明日香さんの助手ですから。」
「ふーん。それは頼もしいわね。」
あおいさんに、助手の座を渡すわけにはいかないのだ。
「明宏君、神宮寺さんの様子を見て、どう思った?」
「そうですね……何か言いたい事がありそうだけど、永沢先生が居るから言えないんじゃないかと。」
「私も、そう思ったわ。だから、名刺の裏に『先生が居て言いにくいなら、休憩時間にでも電話をして。』って、書いて渡したの。」
「それまでは、どうしますか?」
「渡辺さんに、もう一度話を聞きたいわね。」
「それじゃあ、行ってみますか。」
今度は僕が運転席に座ると、渡辺さんに会いに翔太君のアパートへ向かった。
9時過ぎに、僕たちはアパートにやってきた。
僕たちは、階段を上がって二階へ向かった。
階段を歩くたびに、相変わらずギシギシと大きな音がする。
階段を上がると、渡辺さんが小さくドアを開けてこちらを覗いている。
「なんだ、また探偵かよ。今度は何の用だよ。」
「渡辺さん、どうして覗いてるんですか?」と、明日香さんが聞いた。
「いや、階段を上がる音が聞こえたから、誰が訪ねて来たのかと思っただけさ。」
「どうして渡辺さんの所に、来たと思ったんですか?」
「どうしてって、二階には俺しか住んでないから、当たり前だろう?」
「譜久村さんが帰ってきたとは、思わなかったんですか?」
「えっ?いや、だって……あいつは、もう……」
しどろもどろになる渡辺さんに、明日香さんがたたみかける。
「もう?もう何ですか?」
「……」
「渡辺さん。あなたは、譜久村さんのギターの色を知っていましたよね?どうして知ってるんですか?あのギターは土曜日の夜に、お姉さんがプレゼントした物です。渡辺さん。本当は、部屋を覗いたんじゃないですか?」
渡辺さんは明日香さんの追及に観念したのか、あの夜の事を語り出した。
「ああ、そうだよ。覗いたよ。あの時、女が駆け下りていった後、あいつの部屋の方を見たら、電気は消えてたんだけどドアが少し開いているのが見えたんだ。これは何かあったなと思って、隙間から覗いて見たんだ。ギターは、その時に見たんだ。」
「他にも何か見たんじゃないですか?」
「あいつが倒れてるのを見た。」
「倒れて?」
「ああ、ネクタイで首を絞められてな。」
ネクタイ?
そういえば、タンスの中には制服一式があったが、ネクタイだけなかったような。
「渡辺さん。どうして黙ってたんですか?」
「それは……関わり合いたくなかったからだよ。」
「そうですか。それで、その後どうしたんですか?中には入ったんですか?」
「入るわけないだろう。あの女が戻ってくるのが見えたから、慌てて自分の部屋に戻ったよ。」
「分かりました。今から、警察を呼びます。渡辺さんは、警察にも証言してください。」
「めんどくせえな。」
「人が一人亡くなったかもしれないんですよ!!」
明日香さんが、渡辺さんを怒鳴りつけた。
「わ、分かったよ。」
明日香さんはスマートフォンを取り出すと、鞘師警部に電話をかけた。
すぐにパトカーで、鞘師警部たちがやってきた。
「警部、そういう事なので、後はお願いします。」
「分かった。明日香ちゃん、ありがとう。」
「明宏君、私たちは、一度事務所に戻りましょう。」
「何か分かったら、連絡するよ。」
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