第4話

 翔太君のアパートから車を走らせて30分ほどで、翔太君の通う学校が見えてきた。

「ここですね。」

 僕は、校門を入った所で車を停車させた。

 ちょうど下校時間のようで、部活動のユニフォーム姿やジャージ姿の生徒や、ブレザーの制服にネクタイを締めた男子学生が外に出てきた。

「ちょっと、誰かに話し掛けてみましょうか。」

 明日香さんは車から降りると、制服の二人組の男子学生に話し掛けた。

「そこの君たち、ちょっといいかしら?」

 男子学生は僕たちを怪訝けげんな顔で見ていたが(まあ、こんな所に場違いな僕たちがいれば、そういうふうに見るだろう)、明日香さんがニッコリ微笑むと笑顔になって話し掛けてきた。

 明日香さんのかわいい笑顔は、全ての人を笑顔にしてしまうのだ。

「はい。なんですか?」

「ちょっと聞きたい事があるんだけど、君たち何年生?」

「僕たちは、一年生です。」

「一年生かぁ。それじゃあ、二年生の事は分からないわね。」

「僕のお姉ちゃんが二年生ですけど。」

「お姉ちゃんどこに居る?」

「もうすぐ出てくると思いますけど。お姉ちゃんも帰るの早いんで。あっ来ました。」

 一人の女子高生が、こちらに歩いてきた。

亮介りょうすけ、あなた何やってるの?」

「お姉ちゃん、なんか二年生の人を探してるんだって。」

「私、二年生ですけど。どちら様でしょうか?」

 やっぱり、女子高生も怪訝な顔で見ている。

「それじゃあ、僕たちはこれで。」

 男子学生は帰っていった。

「これは失礼しました。決して怪しい者ではありません。私は、探偵の桜井明日香と言います。」

 明日香さんは名刺を渡した。

「僕は、助手の坂井明宏です。」

「えっ!探偵さんなんですか?」

「はい。」

「凄い!私、推理小説とか大好きなんです!本物の探偵さんに会えるなんて、感激です!」

 明日香さんが探偵だと知ったとたんに、女子高生は僕たちが引くぐらい騒ぎ出した。

「女探偵なんて、憧れちゃいます!私もなりたいです。どうすればなれますか?」

「それはどうも……」

 さすがの明日香さんも、対応に困っているみたいだ。

「それで、探偵さんがどうしてこんな所に?」

「二年生の譜久村翔太君って、知ってるかしら?」

「譜久村君ですか?知ってますよ。私、譜久村君と同じクラスの松川春菜まつかわはるなと言います。」

 僕は明日香さんと顔を見合わせた。

 まさか、こんなに簡単に翔太君のクラスメイトに会えるとは。

「譜久村君は、今日は風邪でお休みでしたけど。」

「風邪で?」

「はい。担任の先生が、譜久村君は風邪でお休みだって言ってましたけど……違うんですか?」

 ここは、本当の事を言うべきかどうか……

 明日香さんも迷っているみたいだ。

「私、譜久村翔太の姉の譜久村あおいと言います。翔太が行方不明なんです!何か心当たりはありませんか?」

 あおいさんが話してしまった。

「ゆ、行方不明!?どういう事ですか?っていうか、譜久村君に、お姉さんがいたんですか?」

 春菜ちゃんは驚きながらも、何か事件が起きたのではないかと少し興奮しているようだ。

「詳しい事は調査中で、まだ分からないんだけど。翔太君の彼女が誰なのか知らない?」

「譜久村君の彼女ですか?私は知らないですけど……あっ、私じゃないですよ。譜久村君の、仲が良い友達に聞けば分かるかもしれません。ちょっと、聞いてみましょうか?」

「お願い。」

 春菜ちゃんはスマホを取り出すと、どこかに電話を掛け始めた。

「井上君、今どこ?ちょっと、校門の所まで来てくれない?はっ、何言ってんの?なんで私が、井上君に告白するのよ。バカじゃないの?そんなことどうでもいいから、早く来てよね!」


 しばらく待っていると、一人の男子生徒がやって来た。

「松川、なんだよ。こんな人目に付く所で告白か?」

「まだ言ってる。誰が、井上君みたいなチャラい奴に告白するのよ。」

「その人たちは?」

「探偵さんと譜久村君のお姉さんだって。」

「探偵の桜井明日香と言います。」

「翔太の姉の譜久村あおいです。」

「探偵助手の坂井明宏です。」

 僕たちは自己紹介をした。

「探偵?なんだって探偵が?それに、譜久村に姉がいるなんて初めて聞いたけど。」

 翔太君は、お姉さんがいる事をみんなには黙っていたみたいだ。

「井上君って、譜久村君と仲が良いでしょ?」

「まあ、中学校から一緒だけど。」

「譜久村君の彼女って知ってる?」

「譜久村の彼女?なんで、そんな事聞くんだよ。譜久村に告白するのか?」

「違ってば。」

「私が説明するわ。実は、翔太君の行方が分からないんだけど、翔太君の彼女が知ってる可能性があるの。」と、明日香さんが説明をした。

「えっ?譜久村って、風邪で休んでるんじゃないの?」

「まだ調査中で詳しくは分からないんだけど、昨日、お姉さんとの約束の場所に来なかったし、自宅にも居ないの。」

「そうなんだ。譜久村の彼女って、俺もはっきりとは知らないんですよ。」

「誰か、心当たりはない?」

「うーん、そうだなぁ。多分、譜久村の幼なじみの、神宮寺じんぐうじじゃないかなって思うんだけど。」

「神宮寺さん?」

「俺たちと同じクラスの神宮寺環菜じんぐうじかんなっていう、譜久村の幼なじみです。そういえば、神宮寺も風邪で休んでるなぁ。」

 翔太君の幼なじみが、風邪で休んでいる……

 これは偶然だろうか?

「その神宮寺さんが彼女で、間違いないのかしら?」

「二人とも仲が良いから、そうじゃないかなって俺は思ってるんだけど。でも、譜久村は否定していたけど。絶対に言えない相手だって。」

「絶対に言えない?どういう意味かしら?」

「多分、みんなにからかわれるから、言えないって事かなって思ったけど。」

「その神宮寺さんも、風邪で休んでるのね?」

「そうです。」

「神宮寺さんの住所って、どこか分かるかしら?」

「あっ、私、分かります。」

 春菜ちゃんはそう言うと、手帳を取り出した。

 僕は自分の手帳に、神宮寺さんの住所をメモした。

「明日香さん、どうしますか?行ってみますか?」

「そうね……」

 僕たちが相談をしていると、

「あなたたち何をしてるの!」

 教師と思われる、20代後半ぐらいの女性がやって来た。

「あっ、先生。」

「僕たちのクラスの担任の、永沢栞ながさわしおり先生です。」

「永沢先生、譜久村君のお姉さんと探偵さんが二人来られてるんですけど。」

 永沢先生は、明日香さんの目の前まで真っ直ぐに歩いて来ると、

「探偵さんが、我が校の生徒にいったい何のご用でしょうか?」と、明日香さんをにらみつけるように聞いた。

 永沢先生は女性にしては体も大きく、凄い迫力だ。

「申し遅れました。私、探偵の桜井明日香と言います。」

 明日香さんは、永沢先生に名刺を渡した。

「私は、この子たちのクラスの担任で、女子柔道部顧問の永沢です。」

 柔道部か、これは納得の迫力だ。

 でも、よく見ると、顔はかわいらしい。

 きっと、生徒にも人気があるのだろう。

「校内に勝手に入って来られて、生徒たちに話し掛けるような事はやめてください。松川さんも井上君も、用がないのなら早く帰りなさい。」

「はい。失礼します。」

 二人は、帰っていった。

「永沢先生、大変失礼しました。こちらは先生のクラスの、譜久村翔太君のお姉さんの、譜久村あおいさんです。」

「あなたが譜久村君のお姉さん?」

「はい、そうです。初めまして。翔太の姉の、譜久村あおいです。」

「それで、譜久村君のお姉さんと探偵さんが、どういったご用件でしょうか?」

「その前に一つお聞きしたいのですが、先生は翔太君にお姉さんがいる事を知っていたんでしょうか?」

「どうしてそんな事を?」

「先ほどの生徒さんたちは知らなくて驚いていましたけど、先生は驚いているように見えなかったので。」

「ええ、知っていました。以前、譜久村君から聞いた事があります。腹違いのお姉さんがいると。」

「そうですか。今日は、翔太君はお休みなんですよね?」

「そうですけど。それが何か?」

「風邪で休んでるそうですけど、誰から連絡があったんですか?」

「連絡はありませんでした。」

「それでは、どうして風邪だと?」

「無断欠席だなんて言うと、クラスのみんなが不安になると思ったからです。それで、これから様子を見に行こうかと思っていたところです。」

「それでしたら、その必要はありません。私たちもついさっき行ってきたところです。翔太君は、自宅には居ませんでした。」

「居ない?どういう事ですか?」

「実は、翔太君の行方が分からないんです。」

「行方が分からない?ちょっとここでは人目に付くので、場所を変えましょう。」


「こちらへどうぞ。」

 永沢先生に連れられて、僕たちは少し狭い応接室のような場所に通された。

 部屋は綺麗に整理整頓されている。

 壁には賞状が飾られ、棚には優勝カップがいくつか並んでいる。

「少し狭くて大変申し訳ないですが、ここなら人に聞かれる心配がありません。」

「この賞状やトロフィーは、柔道部の物ですか?」

 僕は興味津々に、永沢先生に聞いた。

「ええ、そうです。」

「強いんですね。」

「これらは全部、私が顧問になる前の物で、10年くらい前の物ばかりです。昔は強かったんですけど、今は弱くて、こんな狭い所に追いやられているんですよ。それでもなんとか私の力で、もう一度優勝させたいんです。」

 永沢先生は力強く語った。

「もしかして、永沢先生はこの学校の卒業生ですか?」と、明日香さんが聞いた。

「ええ、そうです。」

「明日香さん、どうして分かったんですか?」

 僕は、不思議そうに明日香さんに聞いた。

「あの賞状よ。永沢栞って、書いてあるじゃない。」

 明日香さんが指差した先の賞状には、確かに永沢先生の名前が書いてあった。

「もう、10年も前の事です。私が優勝して以降、優勝どころか上位に入った事すらありません。」

「そうなんですね。」

「今年こそは優勝とは言わないまでも、ある程度の所までは行けるといいのですが。」

 永沢先生の口振りでは、今年も厳しい戦いのようだ。

「それじゃあ、練習も夜遅くまでされてるんですか?」と、明日香さんが聞いた。

「そうですね。昨日は夕方5時くらいまででしたが、土曜日は夜9時近くまではやっていましたね。」

「そうですか。それは大変ですね。」

「そんな事よりも譜久村君の事ですが、行方が分からないというのはどういう事でしょうか?」

 明日香さんとあおいさんが、今までの経緯を話した。

「なるほど。そうですか、そんな事が……」

「先生は、翔太君がお付き合いしている相手に心当たりはないでしょうか?」

「そうですね……私も担任ではありますけど、生徒たち一人一人のプライベートまでは分かりかねますね。譜久村君の付き合っていた人が誰かまでは……」

 永沢先生は、明日香さんの問いかけに少し考え込みながら答えた。

「翔太君の幼なじみの神宮寺さんの事なんですが、今日は風邪で休んでるそうですね?」

「神宮寺環菜さんですか?確かに、風邪で休んでいますけど。」

「風邪というのは、確かですか?」

「はい。神宮寺さんの母親からの電話でしたから、間違いないとは思いますが、私も本人の声を聞いたわけではないので。神宮寺さんが譜久村君の彼女だったと?」

「それはまだ分かりません。」

「ちなみに、譜久村君が自分からどこかに行ってしまったという事はあり得ないでしょうか?」

 僕は、そんな事はまったく考えてもみなかったが、そんな事はあり得るんだろうか?

「そんな事は絶対にありません!翔太は、私に会えてとても喜んでいました。昨日、彼女を連れて会う事だって、翔太が言い出したんです。それなのに自分から居なくなるなんて、そんな事は絶対にありません!」

「あおいさん、落ち着いてください。」

 僕は、興奮するあおいさんをなだめた。

「すみません……」

「いえ、私の方こそ軽率な発言でした。お姉さんのお気持ちも考えずに、申し訳ありませんでした。」


 僕たちはその後、翔太君の普段の学生生活の話を聞いて帰る事にした。

「永沢先生、今日はお忙しいところをありがとうございました。」

「私も、譜久村君が早く見つかるように祈っています。松川さんと井上君には、この事は黙っておくように言っておきます。でも来月には修学旅行もあるのに、譜久村君が行けなくなったのは本当に残念です。」

「それでは、これで失礼します。」


 車に乗って時計を見ると、もう5時を過ぎていた。

「明日香さん、これからどうしますか?翔太君の幼なじみの神宮寺さんの家に行ってみますか?」

「そうね……話は聞きたいけれど、風邪で休んでる所に押し掛けて行くのは、人としてどうかと思うけど。」

「それもそうですね。」

「とりあえず、一度事務所に戻りましょうか。」

「あおいさん、申し訳ないんですけど、一度事務所に戻りましょう。」

「はい。分かりました。」


「桜井さん、坂井さん、今日は一日どうもありがとうございました。」

「あおいさん、まだ翔太君が見つかったわけではないので、お礼はまだ早いですよ。」と、明日香さんが言った。

「そうですね。桜井さん、どうか翔太の事よろしくお願いします。」

 あおいさんはそう言うと、目を閉じて車のシートに深く体を沈めた(沈めたとは言っても、そんなにふかふかのシートではないが)。

「あおいさん、お疲れでしょう。眠ってもいいですよ。着いたら起こしますから。」

 僕は、ミラーで後ろに座るあおいさんをチラッと見ながら言った。

「いえ、大丈夫です。」

 その時、あおいさんのスマートフォンに電話が掛かってきた。

 あおいさんは、自分たちの曲を着信音にしているみたいだ。

「誰かしら?あら、亜美からだわ。もしもし?亜美、どうしたの?」

 ボーカルのAMIちゃんからか。

「うん。土曜日の夜に、翔太を見つけたわ。ええ、ありがとう。でも、日曜日に会う約束をしていたのに、来なかったの。アパートに行っても居なかったし、学校にも来ていないの。うん。それで探偵さんに頼んで探してもらってるの。えっ?何をバカな事を言ってるのよ。まあ、亜美らしい発想ね。分かってるわよ。明日はちゃんと行くわよ。亜美の方こそ、遅刻しないでね。それじゃあね。」

 あおいさんは、電話を切った。

「はぁ。」

 あおいさんは、大きくため息をついた。

「あおいさん、どうかしましたか?」

 ちょうど赤信号で停車したので、僕は後ろを振り向いて聞いた。

「メンバーの亜美からだったんですけど、翔太に会えたけど行方不明になった事を話したんです。そうしたら、なんて言ったと思います?」

「いや、分かりませんが……」

 テレビで見るAMIちゃんのキャラクターから考えると、突拍子もない事を言いそうだが。

「翔太君みたいに背が高い人、目立つからすぐに分かるんじゃない?ですって。」

 なんだそりゃ。

 それで見つかるなら、苦労はしないが。

「亜美って、いつもそうなんです。本人はいたって真面目で、悪気はないんですけどね。」

「明宏君、青よ。」

 明日香さんに促されて、僕は車を発進させた。

「あおいさん、翔太君の事、誰にも話してないんですか?」と、明日香さんが聞いた。

「はい。今、初めて亜美に話しました。」

「そうですか……」

 明日香さんはそう言うと、目を閉じて何か考え込んでいるみたいだった。

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