第2話

「あおいさん。それじゃあ、後ろに乗ってください。」

 僕が運転席、明日香さんが助手席に、そしてあおいさんが後部座席に座った。

「シートベルトをお願いします。」

「はい。」

 僕は車を発進させた。

「5分くらいで着きますから。」

 僕の運転は、安全第一がモットーだ。

 18歳で免許を取ってから7年間、無事故無違反を続けている。

 これは、僕のちょっとした自慢だ。

 制限速度もきちんと守るし、無理な運転は絶対にしない。

 まあ、そんなこと当たり前と言えば当たり前だが。

 この安全運転で、喫茶店までは約5分くらいだ。

 しかし明日香さんが運転すると、何故だか分からないがもっと早く着く。

 そう、何故だか分からない……

 ちなみに、明日香さんも無事故無違反だ。

 運の良い人だ。

 そんなことを考えながら運転していると(そんなことを考えている時点で、安全運転とは言えないが)、目的地の喫茶店に到着した。

「到着しました。」

 僕たちは車から降りた。

「さあ、入りましょうか。」

 明日香さんを先頭に、僕たちは喫茶店に入った。


「いらっしゃいませ。」

「マスター、こんにちは。」

 明日香さんが、笑顔でマスターに挨拶をした。

 僕にも、あの笑顔で挨拶をしてほしいものだ。

 この喫茶店は、明日香さんのお父さんの不動産屋の物件で、マスターは明日香さんのお父さんの知り合いだ。

「おう。明日香ちゃんか。」

「マスター、いつもの空いてますか?」

「ああ、空いてるよ。そうだ、お父さんは元気かい?」

「私も最近会ってないけど、明日菜が元気だって言ってたわ。」

「明日菜ちゃん、テレビで大活躍じゃないか。いつも見てるよ。」

「ありがとう。明日菜に言っとくわ。」

「坂井さん。いつものって何ですか?」

 あおいさんが僕に聞いてくる。

「この店の一番奥の席ですよ。他の席とは離れてるんで、他人に話を聞かれる心配がないですよ。」

「明宏君、何をしてるの?行くわよ。」

 明日香さんは、一人で行ってしまった。

「じゃあ、行きましょうか。」


「サンドイッチとコーヒーを三つお願いします。」

 僕が注文を済ませると、

「それじゃあ早速ですが、あおいさん。詳しい話を聞かせてください。」

 明日香さんが、あおいさんに話を促した。

「はい。私と翔太は、父親は一緒なんですが母親が違うんです。私が2歳の時に、両親が離婚をしたんです。色々あって、母は離婚後も譜久村の姓を名乗っていました。母はその後、再婚はしませんでした。」

「それじゃあ、母一人子一人で育ったんですね。大変だったんですね。」

 僕はちょっとウルッときてしまった。

「そうですね。だけど母はとても優しく、そして一生懸命に働いて、私を育ててくれました。そして私が高校生になった頃、父が離婚後に再婚をしていて、私より四つ年下の腹違いの翔太という弟がいるということを、母が教えてくれました。その時は特に会いたいとかは思わなかったんですけど、18歳でデビューをして幸いにもすぐに人気が出て、経済的にも余裕ができてきて、弟に会ってみたいと思うようになったんです。」

「お母さんは、反対はされなかったんですか?」と、明日香さんが聞いた。

「反対はされなかったですね。そのつもりだったら、そもそも弟がいることは話さないと言っていました。そこで、改めて母に聞いてみたのですが、今はどこに住んでいるのかは分からないということでした。そこで以前住んでいた所を中心に、色々な場所に行ってみたんです。そして探し始めて数ヶ月の一昨日、とうとう見つけることができたんです。」


 二日前(土曜日)、午後7時30分。

「お疲れ様でした。」

 私たちSAKURAのメンバーは、今日は朝から新曲のプロモーションビデオの撮影を都内のスタジオで行っていた。

 当初の予定では9時くらいまでかかると思っていたけど、撮影がとてもスムーズに進み、なんと予定よりも1時間30分も早く終了したのだった。

「早く終わったから、みんなでカラオケでも行こうよ!」

 元気いっぱいに話しかけてきたのは、ボーカルでメンバー最年少19歳の、AMIこと小田亜美おだあみだ。

 ファンからは、ミーちゃんと呼ばれている。

「亜美は本当に歌うのが好きねぇ。」

 そんな亜美に呆れているのは、ベースでメンバー最年長23歳のリーダー、SAYUMIこと白石しらいしさゆみだ。

 ファンからは、さゆみんと呼ばれている。

「うん。亜美から歌を取ったら、何にも残らないよ。」

 亜美は目をキラキラと輝かせながら、そう言った。

 亜美はもうすぐ20歳だと言うのに、本当に子供っぽい。

 身長も155センチと小柄で、とってもキュートな女の子だ。

 しかし、いざマイクを握ると、まるで別人なんじゃないかと思うほどパワフルな歌声を披露する。

 仮面で分からないから、歌っている時とそれ以外の時は入れ替わっているんじゃないかと、インターネット上では言われたりもしている。

 そんなギャップが良いのか、メンバーの中では一番人気である。

「自分で言ってりゃ、世話ないわ。」

 一方で、さゆみは、クールな大人の女性といった感じだ。

 170センチと身長も高くてスタイルも良く、メンバーで一番セクシーだ。

 そして、いつも落ち着いていて、メンバーをまとめてくれる頼りがいのあるリーダーだ。

 ちなみに私は、身長も年齢もちょうど二人の中間だ。

 そしてファンからは、あおいと呼ばれている。

 私だけニックネームが無い。

 こんな私たち三人が出会ったのは、今から4年前だ。

 私とさゆみは偶然、同じ場所で路上ライブのようなことをやっていて知り合い、私の高校の後輩でとても歌が上手いと評判だった、亜美をボーカルとして誘い結成した。

 それから1年足らずで、今の所属事務所の社長の目に留まりデビューした。

 そして話題作りで、その場のノリで仮面を着けることになった。

 そうしてデビューから1年ちょっと経った頃に、大ブレークした。

「ねぇ。行こうよぉ。明日と明後日はオフなんだから、ちょっとくらい遅くなっても良いじゃん。」

「亜美、ごめん。私は遠慮しとくわ。」

 私は断った。

「えぇー。あおいちゃん、どうして?」

「ちょっと、行きたい所があるの。」

「あおい、また弟さんを探しに行くの?」

「うん。そのつもり。」

「あおいちゃん、いつもそんなこと言って、結局見つからないじゃない。」

「いっそのこと、探偵にでも頼んだら?」

「探偵か……さゆみ、良い探偵知ってる?」

「私が知るわけないでしょう。」

「それもそうね。」

「なになに、さゆみちゃん、探偵の知り合いがいるの?」

「は?ちょっと、亜美。あなた、何を聞いてたのよ。あなたと話してたら、100倍疲れるわ。」

「じゃあ、カラオケでパッとストレスを発散しよう!」

「あおいが行かないなら、私もパスするわ。また今度ね。」

「ちぇっ、つまんないの。じゃあ、私もあおいちゃんに付いて行こうかな。」

「来なくていいわよ。」

 亜美が付いて来たら、集中できないわ。

「それじゃあ、私シャワーを浴びてから行くわ。」

 このスタジオには、個室のシャワールームが複数ある。

「じゃあ、私も。」

 亜美も付いてくる。

「私は帰ってから浴びるわ。二人ともお疲れ様。」

 さゆみは先に帰っていった。

「お疲れ様。」

「バイバイ、さゆみちゃん。」


 私は手早くシャワーを済ませると、急いで駐車場に向かった。

 私たちは駐車場の一番奥に、メンバー三人並べて駐車している。

 さゆみの車がもう無いのは当然として、亜美の車も既に停まっていなかった。

 事務所の社長の方針で運転は20歳になってからと決められていたけど、私たちの功績を社長も評価してくれて、亜美は来月で20歳だけど、一足早く先月から運転を許されている。

 亜美ったらもう帰ったのかしら?

 私も早くシャワーを済ませたつもりだったけど、ずいぶん早いわね。

 いつもの亜美だったら、無駄に長く入っていそうだけど。

「まあ、良いか。」

 私はそう呟くと、車に乗り込んだ。

 今日はどの辺りを探してみようか?

 私は車の時計に目をやった。

 8時15分か。

 弟の年齢は17歳。

 高校に通っていれば二年生のはずだ。

 この時間なら帰宅している可能性もあるが、明日は日曜日だし外に出掛けている可能性もなくはないだろう。

 考えていても仕方がない。

 とりあえず出発しよう。


 私は車を走らせながら、今までのことを思い返した。

 電話帳で譜久村という名字を見つけては、電話を掛けてみたりもした。

 譜久村という名字自体がとても少ないので、意外に早く見つかるんじゃないかと淡い希望を持っていたけど、結局見つからなかった。

 その後は、昔住んでいた場所の近くや、若者の集まる場所へ行ってみたりもしたけど、大都市東京で1300万人の中から一人を見つける事など、不可能に近かった。

 それどころか、東京に居るのかさえも分からない。

 もしかしたら、日本にすら居ないかもしれないのだ。

 私のやっていることは、無駄な事なんだろうか……

 さゆみの言う通り、探偵にでも頼んだ方がいいのだろうか?

 そんなことを考えながら運転をしていたら、ちょっと遠くまで来てしまったみたいだ。

 時計に目をやると、もう8時40分だった。

 もう30分近く走っていた。

 私は夕食を食べていない事に気付いた。

 コンビニに寄って、何か買おう。


「ありがとうございました。」

 私はコンビニでおにぎりとお茶を買うと、お店を出た。

「あっ、ごめんなさい。」

 私はお店を出た所で、一人の背の高い(180センチ以上はありそうな)若い男性とぶつかりそうになった。

「いえ、大丈夫です。」

 男性はニコッと笑った。

 私はその男性の顔を見た瞬間、何か不思議な感覚に包まれたような気がした。

「あっ、あの……」

「はい?」

 いや、そんなわけがない。

 そんな偶然、あり得ないだろう。

「譜久村翔太っていう人を知りませんか?」

「えっ?」

「あっ、すみません。何でもないです。」

「どうして僕の名前を知ってるんですか?」

 そんな……

 まさか……

「あ、あの。私は、譜久村あおいです。あなたの姉です。」


 私と翔太は、私の車の中で話し込んでいた。

 どこかへ移動する時間さえも、もったいないと思ったからだ。

「僕が弟だって、よく気付いたね。顔が似ているわけでもないのに。」

「うん。さっき顔を見た時、何か不思議な感覚がしたの。この人が弟に違いないって。ねえ……翔太って、呼んでも良い?」

「もちろんだよ。当たり前じゃないか。お姉さん。」

 お姉さん……

 そうだ。

 私は翔太の姉なんだ。

 こんな日が、本当に来るなんて!

「翔太は今、高校生よね?」

「そうだよ。二年生。」

「翔太に姉がいるっていう事は、知ってたの?」

「うん。お父さんから聞いてたよ、僕には四つ上の姉がいるって。」

「今、お父さんはどうしてるの?」

 父が今も元気なのかどうか、それも気になっていた。

「……」

「どうしたの?まさか……亡くなったの?」

「うん。お父さんもお母さんも、交通事故で亡くなったんだ。」

「いつ亡くなったの?」

「去年の4月だよ。」

 去年の4月という事は、翔太が高校に入学してすぐの頃か。

「翔太は今どうしてるの?」

「ここの近くの安いアパートに、一人で住んでる。幸い、お父さんの生命保険で、高校卒業まではなんとかなりそうだから。」

「それでも、一人だと色々と大変でしょう。」

「そうでもないよ。彼女が洗濯の仕方とかゴミの分別とか、色々教えてくれるし。」

 彼女がいるんだ。

「翔太、うちに来ない?学校も、うちから通えば良いわ。私のお母さんも、きっと歓迎してくれるわ。」

「嬉しいけど、ちょっと考えさせて。」

「分かったわ。」

「それよりも、お姉さん。」

「何?」

「この後ろにある、ピンクのギターなんだけど。なんか、テレビで見たことがあるような気がするんだけど?」

「ああ、これ?これは、テレビやライブで使ってるのじゃなくて、練習で使ってるギターよ。」

「どういう意味?」

「話してなかったわね。私、仮面を着けてギターを弾いてるの。」

「えっ?それってもしかして……」

「初めまして。SAKURAのギター、AOIです。」

 私は左手で目を隠し、右手でギターを弾くふりをした。

「マジで!?凄い!」

「マジよ。ふふっ。」

 私は翔太の反応がかわいくて、笑ってしまった。

「そうだ。翔太、ギターに興味がある?」

「うん。」

「じゃあ、このギター、プレゼントするわ。バンドの名前に合わせてピンク色だから、男の子向きじゃないけど。」

「良いの?」

「ええ、良いわよ。そこに、ギターケースもあるから。ケースは黒だけどね。」

「やったぁ!お姉さん、ありがとう。」

 ここまで喜んでもらえると、私も嬉しいわ。

「そうだ、お姉さん。一緒に写真を撮ろうよ。」

「えっ?ここで?暗いわよ。」

「じゃあ、コンビニの中で。」

「お店の人の迷惑になるわよ。」

「一枚だけ、サッと撮れば大丈夫だよ。」


 私も写真は撮りたかったので、コンビニの店内で、翔太のスマホで一枚だけ写真を撮り、その写真を二枚プリントして一枚ずつ持つ事にした。


「私がSAKURAのAOIだっていうことは、秘密にしておいてね。」

「分かった。僕、そろそろ帰らないと。これから彼女が来るんだ。」

「こんな時間から?」

 時刻はもう、9時を過ぎている。

「うん。今日は部活の練習があるみたいだから。」

「どんな人?写真は無いの?」

「……同じ学校の人だよ。」

 翔太は、何故か一瞬考え込んでから答えた。

「同級生?」

「……同じクラスの人だよ。」

 また、一瞬間があった。

「その間は何よ?こういう話が恥ずかしいの?」

「そ、そうなんだよ。お姉さんとこういう話をするのは、恥ずかしいんだよ。」

 自分から彼女の話をしといて、何を急に恥ずかしがっているのかしら?

「ふーん。まあ、良いわ。帰るなら、送って行こうか?彼女に会わせてよ。」

「うーん……明日にしない?」

「明日?」

「うん。彼女にこれから相談してみるから。」

 相談なんて、大げさな。

「翔太がそう言うんだったら、そうするわ。明日は私もお休みだから。」

「あそこにファミレスがあるから、明日の夜7時に来て。」

 翔太が指差す方に、ファミリーレストランがあった。

 そして私と翔太は、お互いの住所と電話番号を交換した。


 そして翌日。

 翔太は、ファミリーレストランに来なかった。

 1時間くらい待ってみたけれど、翔太は来なかった。

 電話をかけてみても、電源が入っていないみたいだった。

 教えられた住所のアパートに行ってみても、部屋の灯りは消えていて、カギもかかっていた。

 入れ違いになったかもしれないと思い、もう一度ファミリーレストランに行って、店員に昨日の写真を見せて聞いてみたけれど、来ていないという返事だった。


「なるほど、お話は分かりました。」

 明日香さんは、コーヒーを一口飲みながら言った。

「その後、あおいさんはどうしたんですか?」

 僕は、サンドイッチを食べながら聞いた。

「心配ではあったんですけど、10時くらいまで待って帰宅しました。そして今朝、もう一度アパートに行って留守なのを確認して、警察に行って今に至ります。」

「それじゃあ、とりあえずアパートに行ってみましょうか。」

 明日香さんはそう言うと、コーヒーを飲み干し立ち上がった。

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