第15話 金沢~大宮~川口 3
翌朝、僕とトキワカさんは深町プロに連れられて、川口市に電車で移動した。大宮駅から川口駅までは近距離だったので青春18きっぷは使わなかった。
川口駅から南に歩くこと数分、深町プロは自身の実家に立ち寄り、なにやら大荷物を抱えて出てきた。
「天気いいからさ、外で麻雀打とうよ」
「……何を持ってきたんです?」
深町プロが実家から持ち出した荷物は、彼の実家から更に南の、荒川運動公園の片隅で広げられた。レジャーシートに折りたたみ式の座卓、麻雀用のマットと麻雀牌一式だった。
確かに一月三日のその日は、上着が暑く感じられるくらいに、とても天気がよかった。遠くに東京スカイツリーが見えた。三が日に〈行楽日和〉という表現は不適当かもしれないが、公園では凧揚げやサッカーで遊んでいる子供がちらほらと見られた。
トキワカさんは、準備万端に麻雀のために整った環境を見て、すごーいと、手を叩きながらはしゃいでいた。
「外で麻雀打つなんて、初めてです!」
「ときどき友達誘ってやるんだー。いつも仕事とかリーグ戦とかで煙草まみれの生活送ってるから、たまにはきれいな空気を吸わないとねー」
僕の主観だが、麻雀の競技者は喫煙者が多い気がする。そうなるとどうしても、深町プロのような雀荘で勤める非喫煙者は我慢を強いられることだろう。
年齢の問題で雀荘に入れない僕としては、深町プロと打てるのであればどこだって構わない。
ただ、
「俺たち、目立ちませんか?」
僕は公園を見渡してみた。平時を知らないので、荒川の土手の公園に、普段どれほどの人が集まるのかがわからないが、なんにせよ目立ちそうだった。
それがいいんじゃない、と深町プロは語る。
「向こうにある釣堀の常連さんとかがときどき声かけてくるよ。『こんなところで麻雀かよ』って笑いながら」
「普及の一環ですか?」
「そんな堅苦しいものじゃないけどー、確かに興味を持ってくれた人に教えたこともあるよ。打てる人には飛び入りで参加してもらったりね。楽しいよ?」
「じゃあ今回も、挑戦者が来たら三麻から四麻にシフトするんですか?」
今のところ、ここには僕たち三人しかいない。昨晩の深町プロは誰もこの場に誘っていない。
深町プロは、公園をちらりと振り返った。
「……いや、今日は最初から、四人だよ」
「はい?」
「はい! ここで本日のゲストに登場していただきます! カモーン!」
深町プロが、公園のとある一角に向けて叫んだ。
何事かと僕とトキワカさんが成り行きを見守っていると、深町プロが呼びかけた方角から、ひとりの男性がすたすたと歩み寄ってきていた。
まっすぐに迷いなくこちらに向かって歩を進めてくる人物、そのシルエットに、僕は見覚えがあった。
大柄で、小太りで、髪の毛をきちんとセットしていて、清潔感のある―――
―――なぜここに、彼がいる?
目の前までその人物が来たところで、僕の口から驚きと興奮が、加工されないままの感情となって飛び出した。
「黄さん!」
「よう、松やん」
「なんでここにっ?」
「『休み取って遊びに行く』って一昨日言ったろ?」
黄さんは驚く僕を見て愉快そうだった。
「松やんのその顔が見たかった。……もちろんトキワカちゃんの驚く顔もな」
トキワカさんもまた驚いていたが、すぐに彼女は深町プロに視線を送った。
「こういう趣向のサプライズだったんですね?」
「半分は、そうだね」
「半分?」
僕が聞き返すと、深町プロと黄さんは、真剣な無邪気さをむき出しにして、笑っていた。
「銀ちゃんが、わざわざ大切な冬休みを使って俺たちに会いにきてくれることが嬉しくて、俺たち……俺と黄さんと周防さんで、何かお礼をしたかったんだ」
「お礼?」
深町プロは頷く。
そこから続いた深町プロの言葉―――彼らが用意してくれたプレゼントが、僕にとっては、クリスマスプレゼントやお年玉よりも嬉しかった。
それが、もう叶わないと思っていた願いだったから。
深町プロはこう言ったのだ。
「明日、みんなで名古屋に行こう。そして、周防さんと四人で……もう一度、金龍杯決勝の四人で、戦おう」
できることなら、せめてもう一度。
それを願っていたひとりだったのだから、嬉しくないはずがなかった。
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