第2話 あの頃はバカだった
同人誌の制作は遅れていて年末年始も駆り出されることになった。
そして大晦日の夜、僕は生まれて初めて心霊現象を体験した。
まずアカネさんの家に向かう途中、住宅街の小さな交差点で櫛を拾った。
ケース入りで新品らしいお洒落な銀色の男性用の櫛だった。
中学時代体育会系のクラブ活動で丸坊主だった僕は高校に入っても自分の櫛は持っていなくて迷わずゲットしてしまった。
その直後バイクの爆音とライトが僕をはね飛ばした。
一瞬意識が飛んだようだがなんとか起き上がり周囲を見渡す。バイクは影も形もない。
当時の高校生はまだほとんど携帯電話を持っておらず、よたりながらアカネさんの家にたどり着いた。
ひき逃げされたと告げるものの怪我がないとわかるやすぐにペンを握らされた。
「警察に通報しても犯人は捕まらないと思うよ」
ヒトミさんの言葉にナンバーどころかバイクそのものを目撃していないのだから証言のしようがないと勝手に解釈した。
一階では宴会でも始まっているのかガヤガヤとにぎやかだった。
「新年明けましておめでとう」
アカネさんが原稿から顔もあげずつぶやくように言った。
「おめでとう。今年もよろしく」
ヒトミさんと僕がこたえる。知らないうちに年を越してしまったようだ。
アカネさんの両親にも新年の挨拶をしようと僕はトイレに行きがてら階段を降りて行った。
一階はとても冷え込んでいた。
酒盛りをしているらしい居間の引き戸を開け、
「明けましてお…」
そこまで言いかけて凍りついた。
部屋の中は真っ暗で誰もいなかった、さっきまで大勢で騒いでいたはずなのに。
恐ろしさがこみあげ叫び出したいのをこらえて階段を駆け上がった。
漫画部屋に飛び込むとアカネさんが振り向いてポカンと口をあけ、やがて吹き出した。ヒトミさんも俯いて肩を震わせて笑い出した。
訳がわからなかったがとりあえず状況を説明すると、叔父さん夫婦は毎年恒例でお伊勢さんへ年越し詣りに出掛けているとのこと。
「でも下でガヤガヤ騒いでいたんだ」
「そいつらならYくんの後ろにいるよ」
慌てて振り返るとアカネさんとヒトミさんが爆笑した。
笑いがおさまってから二人がしてくれた話を要約すると、
アカネさんには生まれつき霊感があって見える人なんだとか。
ヒトミさんはアカネさんと仲良くなってから霊感がうつったそうだ。
あとになってからこの家に寝泊まりしたのが最大の原因だとわかった。
このあと僕も泊まりこんだため少し霊感がついてしまう。
で、話をもどすと僕の頭の後ろには首なしライダーがしがみついていて、その後ろにはさらにたくさんの霊が数珠つなぎになっているとのことだ。
首なしライダーはこの地域では有名な幽霊だ。
かつて道路をはさんだ工場から倉庫へリフト車がツメをを上げたまま渡っているところにオートバイが突っ込んでしまい、頭がちょん切れた交通事故があった。
バイクに残った胴体はそのまま何百メートルも走ってから倒れたという。
以来自分の頭をさがして夜な夜な走り回っているという怪談話が広まっていたのだが、どうも僕をはねたバイクはこいつで、ぶつかってからずっとついてきたらしい。
僕が振り返ると霊たち振り落とされまいと必死でしがみつくようすがコミカルで笑えるとは二人の弁。
そう、ここまでは笑い話ですんだ。
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