禁を破る者その二
風が砂を巻き上げる。分厚い雲が太陽を隠し辺りは暗闇に包まれる。
暗闇の中でもはっきりと分かる“黒”、特徴的な“角”。
ツヨシの予言通りソイツはまた現れた。
また強い風が吹く。それは雲を散らし、太陽の光を地上へ届けた。
村の前、その光に照らしだされた一団は、その顔に恐れはなく、かといって驕りもない。適度な緊張と絶対的な自信を醸し出していた。
「ツヨシ様、色抜きは任してください」
イチが意気込んでそう伝えるが、ツヨシはそちらを見もせず鳥籠から相棒を取り出した。
「お前の出番は無いかもな。俺とこいつで全部終わらせるさ! な? “ハヤテ”」
そう言って一羽の烏を肩に乗せた。烏はツヨシの肩からその頬めがけてくちばしを突き出す。
「いて! ごめん、ごめんって! これからはちゃんと一緒に戦うから」
なかなか怒りをおさめてくれない相棒をなだめるツヨシを見て、ゲンコツは意外そうな声を上げた。
「まさかお前の相棒が烏だったとはな……まあ、いいんじゃないか? それよりお前達準備はいいだろうな?」
そう彼が振り返ると、マリアはいつもの金の戦槌を振り上げ、ヒメは金の剣を見せる。
「てか何でヒメもいるの? ちょっと心配過ぎて集中できない……」
ケンセイは心配そうにヒメを見るが、彼女は黙って敵を見据えている。
「ゲンじい、ケンセイが何も持ってないけど、本当に大丈夫なのよね? ……怪我させたらグシャグシャにすんぞ」
当然のごとく最後の言葉はケンセイには聞こえないように言って、マリアはゲンコツに確認をとる。
「大丈夫だ! 任せろ! 単なる思い付きだが確信してる! 問題ない!」
それにマリアは今日最高の笑顔をゲンコツに向け、ケンセイは今になって問題しかない祖父の発言に頭を抱える。だが、もう敵は目の前だ。二人とも覚悟を決めて前を向く。
「よし! じゃあ行くぞ!」
戦いが始まろうとしていた。
初めは定石通り、周りの邪魔者から処理していく。
ゲンコツは残ったもう一つのメリケンサックに色を塗りいつもの手甲を用意する。
ツヨシはハヤテを腕にとまらせて声をかけながら丁寧に色を塗っていく。色を塗ったハヤテは人一人くらいの大きさに、刃物のように鋭い翼と何でも貫いてしまいそうな長いくちばしを持っていた。
ゲンコツが拳を振るい、ツヨシがハヤテを操りカバーする。二人が連携して次々にイログイ達を減らしていった。
時折繰り出される片角の攻撃も、二人は落ち着いてかわすことが出来ていた。ゲンコツはすっかり復活したようだ。
残りの四人はというと、マリアとヒメが武器を持たないケンセイとイチを守っていた。だが、まずそちらに敵が行くことはなく、ほぼほぼ観戦状態となっていた。
しばらくすると、片角に付き従っていたイログイ達はほぼいなくなった。これからが本番だ。
「おい! お前の相棒どのくらいの重量持ち上げられる?」
ゲンコツがツヨシに叫ぶ。
「ゲンじいくらい余裕ですよ!」
「ハッ! 話が早くて助かるぜ! 頼んだ! ヤツの頭の上まで!」
足元に来たハヤテに飛び乗り、そのまま急上昇したゲンコツの前に、憎き仇の頭が見えた。そしてそこから飛び降りると高々と拳を振り上げた。
「初っぱな全力! 増量十倍!!」
空中で巨大化した手甲をおもいっきり振り下ろす。
「おらぁぁぁぁ!
バゴォン! という強烈な音とともに片角の巨体が揺らいだ。だが、揺らいだだけで、その頭を砕くことは出来なかった。
空中に投げ出されたゲンコツをハヤテが回収して戻ってくると、彼は悔しげに地面を殴った。そして無言で何かを考える。
「……ふぅ、よし! ちょっと任せる」
そう言ってゲンコツはケンセイ達の方へと走っていく。
「え? ……一人で? 無茶だよゲンじい!」
まさに無茶ぶり、だがゲンコツはもう行ってしまった。
(しかたない、なんとかやってみるか)
そう思って片角を改めてみると、周りにイログイが湧いていた。
「……え?」
まるで片角を守るように大量のイログイが湧き出ていた。そしてツヨシには、ゲンコツに潰されひしゃげた片角の頭が笑っているように見えた。
その時、ツヨシの脳内にある言葉が浮かぶ。それはいつかのケンセイの言葉。
「イログイの塗ったらどうなるんだろうね?」
腕に色を塗れば切り抜けられるだろう。でも長い時間はもたないのに今使うと、その後の戦闘には参加できない。それだけではない、もしゲンコツ達が討伐に失敗したら、ツヨシが片角を倒さなくてはならない。それにはその力はどうしても必要だった、
(それに、試してみたい! ダメなら逃げに徹するさ)
ツヨシは
結果はすぐに出た。二匹のうち小さい方一匹が“濃紺”に変化したのだ。
「すげぇ! でもなんだ? 弱いやつしか乗っ取れないのか? ……それに俺の自由には動かない、勝手に動いてるな」
それでも“濃紺”に変化したイログイは“黒”を襲い始めた。
「同士討ち……でいいのかな? 一応俺の色になったから……ってそんなこと考えてる場合じゃないな!」
何が起きたにせよ突破口を見付けた。ツヨシは染まりそうなイログイにどんどん色をつけていった。
片角を守るために現れたのかは分からないが、その周りは大混戦状態となっていた。
これで時間稼ぎは完璧だと、ツヨシがゲンコツ達の方を見ると、信じられない光景がそこにはあった。
「ちょっ! ダメだ! 止めろケンセイ!」
ケンセイは目の前に差し出された物に戸惑っていた。それはゲンコツの心筆だった。
「ほら、大丈夫だから受け取れって」
彼の祖父は、先程からそう言っているのだが、他の者達は猛反対していた。
「ゲンじい! あんた“秘策”ってこの事か!」
「大丈夫なわけないです!
ゲンコツをぶん殴ってでも目を覚まさせようとしたマリアも、イチのあまりに激しい物言いに怯む。
「ああ、知ってるぜ! 心筆を触ったやつは黒く染まり、ほどなくイログイになっただろ? だが俺には確信がある! ケンセイなら上手くいく!」
どこから来る自信なのか、ゲンコツは自分の考えを信じて疑っていないようだ。そしてケンセイもそんな彼を信じたいと思っていた。
ケンセイは祖父の目を見る。彼は黙って頷く。
イチを見る。彼女は激しく首を横に振る。
マリアを見る。彼女は大きくため息をつくと、軽く
最後にヒメを見た。すると彼女はおもむろに口を開く。
「ケンセイの好きにしたら良い。……でもイログイになるのは許さないから」
ケンセイはとりあえず異常なほど顔が熱かった。そして、おもいっきり背中を押されていると感じた。
手が前に出る。自分の意思なのか、心筆に引き寄せられているのか分からないような感覚。
気付いた時には、手の中に心筆があった。
そして、心筆は一度宙に浮かぶと、そのままケンセイの胸へ吸い込まれていった。
「よし、継承完了! ほらな何も問題なかっただろ?」
何でもないというようにそう言うゲンコツの前で、ケンセイだけでなくヒメを除くみんながキョトンとしていた。
心配されていたように黒く染まる素振りは一切無く、急に苦しみ出すような様子もない。
本当にあっさりと禁断の儀式は成功した。
ゲンコツとケンセイの無謀を止めようと、駆け寄ってきたツヨシは、予想外の結果に呆気に取られていた。
だが、背後からの不快な音に振り返ると、片角が周りのイログイ達を踏み潰しながら迫ってきていることに気付いた。
「おい! いつまでもボーッとしてられないぞ!」
その声にいち早く反応したのはゲンコツだった。
「お嬢ちゃん! その剣はケンセイに渡してやってくれ、そいつの親父の形見なんだ。あとマリ! アイツから受け取ったやつを一つ譲ってやれ、どうせ今も持ってるんだろ?」
ヒメは握っていた変化の解けた短剣をケンセイに手渡す。
マリアも腰に下げていた袋から取り出した物を彼に渡した。それはゲンコツの物と少し違うが、紛れもないメリケンサックだった。
「こっちはちゃんと俺が守ってるから、親父と母ちゃんの力も借りてあのデカブツをぶっ倒してこい!」
ゲンコツはそう言うと、自分の心筆を出していつも通り武装した。
「は? え? 何で?」
「ん? 何でって継承だからな? 譲渡じゃねえから」
当たり前だろ? と言ってゲンコツは混乱しているマリアを派手に笑う。
なんにせよこれで後顧の憂いは無くなった。
ケンセイが胸に手を当てると、輝きながら彼の心筆が現れた。そしてそれを手に取ると、にじみ出てきた色は……
「ほう、そうなったか! 面白い!」
「な!? あれは……“青”? いやでもあの光沢に輝きは……まさか“メタルブルー”だってのか!?」
ケンセイは右手にはめた母の形見に色を塗る。それは青く輝く手甲となった。そして右手で握った父の形見に色を塗る。それは青く輝く剣となった。
戦法は祖父と同じ。ツヨシのハヤテに乗り空へと舞い上がる。違うのは高さ、祖父よりも遥か高く。
そして、恐れること無く飛び降りる。
「一撃で終わらせる! “増量”十倍と十倍ィィィ!!!」
叫ぶと同時に膨れ上がる手甲! そして剣! 二つの十倍を片角へと振り下ろす!
「お仕置き二十倍だぁぁぁぁ!!」
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