家族!!

 先日のイログイとの戦闘で予想外のことが起きた。

 初めは問題なかった。二人はまず、取り巻きを片付けると決めて動いた。

 ゲンコツはいつも通りイログイに拳を叩き込む。金が黒を押し潰す。

「おっしゃ! とどめの“増量”だ! 二倍!」

 ゲンコツがそう叫ぶと金の手甲が膨れ上がる。ズシッと重みも増したそれをイログイの脳天めがけて叩き込む。

「おらぁ! “拳骨おしおき二倍”!」

 グシャっと頭の無くなったイログイはすぐに砂になっていった。

 それを見ていたツヨシは興奮して危うくこけるところだった。だが、それも無理もなかった。“メタル色”特有の“増量”は初めて見たからだ。

 一回変化した後に大きさと重さを増して破壊力を上げる“増量”。他に無い能力はその希少さを裏付ける。

 もちろんデメリットもある。“増量”はできるが、“減量”が出来ない。だから元に戻すには一度力を解除する必要がある。当然力を解除すれば、また武装するまで無防備になる。

(でも変だな……今まで使ってこなかったのに何で急に? しかも何で今のタイミングで……ゲンじい焦ってる?)

 “増量”は最後のとどめに使うことが多く、これからまだ戦闘の続く今使うのは変だった。

 それも気にはなったものの、今は目の前の敵に集中することにする。

 ツヨシは瓶の蓋を開け、出てきた四匹の羽虫達に器用に色を塗っていく。

 変化はすぐに始まる。彼等の体は大きく硬く変化して、目で追えないほどのスピードでツヨシの周りを飛び回る。

「よし、じゃあ順番にいくぜ」

 ツヨシがそう言うと、羽虫達は一番近くにいたイログイに向かって突っ込んでいく。目にも留まらぬスピードでイログイをやすやすと貫くと、イログイには四つの風穴が空いていた。

 そんな調子で二人は取り巻きを全滅させると、残った大きいやつに向かっていく。

「おらおら! 一気にいくぞ! さらに五倍で十倍だ!」

 ゲンコツの手甲が異様な大きさとなる。元の十倍はゲンコツが扱える最大のものだった。だが……

 ガキン! と音を立てて弾かれる手甲。バランスを崩してその場に座り込むゲンコツ。

「しゃらくせぇ!」

 立ち上がりまたすぐに腕を振り上げる。そして体勢が整わないうちにまた打ち込むが弾かれる。そんなことを何度も繰り返していた。明らかにおかしい。

「ゲンじいそれじゃダメだ!」

 そもそも“増量”の性質上、上から下に振り下ろすのが一番良く、ちょっと高い位置から一気に“増量”してからの一撃必殺が有効な戦術だ。

 今のゲンコツは手甲を無理矢理振り回し、それに振り回されている。相手に有効な一撃は一つも入っていなかった。

 そしてそれは起きた。

 ゲンコツがなんとか振り上げた腕をイログイめがけて振り下ろしたとき。

 バキン! と妙な音ともに、手甲が砕けてしまったのだ。

「な!?」

 黒に染まると共に崩れ去るメリケンサック。

「っつぅ!」

 鋭い痛みがしたと思ったら手に少し黒が移っていた。

「ゲンじい!? てめえ!」

 ツヨシは腕をまくるとそこに色を塗る。そして変化した腕でイログイに穴を開けると、その穴から虫達を侵入させて中からイログイをグチャグチャにした。

 イログイは何度か痙攣すると、サラサラと砂になっていった。


 なんとか二人で村に戻った後、ツヨシはすぐにイチに色を抜いてもらい、ゲンコツも左手の怪我の具合を診てもらった。

「幸い、この程度の黒なら二、三日で自然と抜けます。痛みは伴いますが、ちゃんと元に戻りますのでご安心ください」

 その診断結果を聞いても、ゲンコツは浮かない顔でただ一言「すまん」とだけ言って去っていった。

 ゲンコツは家に戻ると、椅子に座り時々襲い来る鋭い痛みに耐えながら拳を強く握った。

(砕けた……俺の色が負けた……)

 理由は分かっていた。

 老いを感じて、自信を無くして、人の力に嫉妬して、揺らぎに揺らいで焦って自滅した。自分が不甲斐ないせいで起きたこと。

「こんなことで、かたきがとれるわけがねぇ……」

 ふと向けた視線の先には残ったもう一つのメリケンサック。

 ゲンコツがやんちゃしていた頃、両手にそれらを着けて、色んな得物で襲ってきた奴等を返り討ちにしてきた。懐かしくも輝いていた過去。

 当時は負け無しで、ぶちのめした奴に必ず拳骨を一発。だから“拳骨ゲンジ”なんて呼ばれていた。世界がこうなってからも、負けない決意表明として“ゲンコツ”と改名までした。

「でも、負けた……」

 情けなさで一杯になってうなだれる。

 そんなゲンコツの背に近寄る人影があった。その背は隙だらけでなんなく後ろに立つと、その人物は上から強烈な拳骨を叩き込んだ。

「いって! な、なんだ?」

 頭を押さえて振り返ると、そこにはケンセイがいた。涙目で自分の右手を抱えている。

「ゲンじい石頭過ぎ……いたた」

 ケンセイはビシッとゲンコツを指差すと怒鳴った。

「仇、仇って! ゲンじいだけの仇じゃないだろ? 父さんがやられたんだ、僕だってマリ姉だって関係あるのに! 一人で悩むな! ……僕ら家族じゃん……」

 衝撃が走った。いくら弱っていたとはいえケンセイに後ろを取られたことも、彼をのけ者にして叱られたこともそうなのだが、一つの閃きがゲンコツの目を覚ました。

「そうだよ、俺はまだ生きてる! まだ負けてねぇ! ケンセイ! 次はお前もついてこい! 俺達で仇をとるぞ!」

 いつもの祖父に戻った。ケンセイはそれが嬉しくて何度も頷きながら泣き笑っていた。


 少し遠くから二人の様子をうかがっていたマリアは、ちょっと不機嫌そうに彼等を見ていた。自分がのけ者にされたままだったからだ。でもすぐに、諦めたようにため息をついた。

「マリアはケンセイの母じゃないの?」

 そう質問したのはヒメだった。

「本当の母親じゃないのよ。今まで代わりをしてきたんだけど……」

 そう思ってたのは自分だけだったのかもしれない。そんな考えが浮かぶ。

「そう……ケンセイの本当の母はどんな人だったの?」

 そう聞かれて、マリアはケンセイの母を思い出す。その優しい眼差しを、輝く笑顔を、力強さを。

「強い人だったの……強すぎて、無理をして、早くに亡くなってしまったけど、私の憧れの人だった……」

 そう憧れて真似をして、危ない目に遭って助けられた。そしてそれが原因でケンセイは母を失った。

(罪滅ぼしってわけじゃなくて……本当に代わりに育てたいと……でもやっぱりダメだったのかな……)

 マリアは二人から視線をそらしうつむく。

「マリア……どうしたのマリア?」

 心配そうに覗き込むヒメ。マリアは顔を上げられない。

「ごめんね、一人にして欲しいかな……」

 ヒメは何も悪くない。それなのに追いやるようなことを言いたくはなかった。それでもマリアは今一人になりたかった。

「……無理」

 少し驚く、まさか拒否されるとは思っていなかった。苦笑いしながら顔を上げようとして気付く。自分に大きな影がかかっている。

「マリ姉どうしたの? 下向いてるなんてらしくないよ」

「マリ! 俺達家族みんなの力で仇をとりたいんだ。作戦会議すっから早く来いよ!」

 顔を上げると二人の笑顔。その隣でヒメがこっちを見ている。一見して無表情だが、口許が少し笑っている。

 思わずマリアはヒメを抱きしめ、男二人に拳骨を落とす。それが挨拶かのように。

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