禁を破る者

 夜が明け活気の戻った村。ゲンコツとケンセイは、マリアの家に来ていた。客人達がそこに泊まったためだ。本当は二人の家の方が広いのだが、家の中があまりにも汚く、マリアの家に泊めることに決まった。

「で、結局お前達は何なんだ? 特にそっちのお嬢さん」

 昨日、治療をすると言ってイチがしたことはゲンコツには信じられないことだった。

 彼女はツヨシの変化した腕を直接触ったのだ。すると腕に付いていた色が全て、吸い寄せられるようにイチに移った。そして色の抜けたツヨシに痛みは無くなり、イチも特に痛がる様子はなかった。

「その制服を見ればお前らが“心絵師協会こころえしきょうかい”のやつだってのは分かるが、明らかに“禁”を破ってるよな?」

 心絵師協会、それは人々の中に現れた心絵師達が自主的に集まり出来た組織だ。主な活動内容は、心絵師のいる場所の把握と心絵師に余裕のある協会本部からの派遣、それに心色しんしょくやイログイの研究等だ。

 ゲンコツも協会には登録だけはしていた。登録すると、調査員が協会との連絡用に伝書鳩をつれてくる。伝書鳩が使われる理由は、イログイが人間以外の生物を積極的に襲うことはないからだ。ケンセイが以前ゲンコツの部屋で見た鳥籠はそれだった。

 協会が心絵師に強制することはほぼ無いが、心絵師が絶対に破ってはならない“三禁”があることを、登録の有無に関わらず彼等の間に広めている。

 その一つに“心絵師は自他を問わず人に色を塗ってはならない”というものがある。ツヨシはそれを破っていた。

「おっしゃる通りです。お、私は禁を一つ破っています……ちなみになぜ禁じられているかご存じで?」

 ゲンコツは頷き答える。

「心色には心の色って意味の他にもう一つ意味がある。それは侵食。イログイの黒と同じように俺達の色も人を蝕む。違うのは心色が蝕むのは人限定だってことと、染まっちまった人は消えることは無いが自我を失うってこと……たとえそれが自分の色でも」

 ゲンコツの言葉に、ツヨシはゆっくりと頷く。

「そうです、だから禁じられていた。ではもう一つ。色を受ける器として人の身は最高であることは知っていますか?」

 その質問に、ゲンコツは少し驚いたように首を横にふった。

「そうですか……では説明します。心色と物には相性があります。相性によって物の変化の度合いから発揮される力の強さまで変わってしまいます。その相性ってのが厄介で、元の色がこれだから同じ色なら相性が良いとは限らない。全く関係性が無いのに相性が良いなんてことはざらにあります。でもそんなことには関係無く人の身は心色の最高の力を引き出してくれるんです! だかゴホッ……失礼」

 そこで一旦ツヨシは水を飲み自分を落ち着かせる。あまり話すのは得意ではない。まして丁寧な言葉なんてほとんど使ったことがなかった。上手く伝える自信は無かったが、いつの間にかその場の全員がじっと彼の話の続きを待っていた。悪くない気分だった。

「だから協会はなんとか人の体に色を塗れるように研究を重ねてきたんです。大型の発見報告は増える一方ですし、それより危険なイログイも出てきかねない。現状、戦力不足は否めないですし、戦力の増強は我々達成のため必要です」

 そこで黙って聞いていたゲンコツが口を開いた。

「なるほどな、その研究成果がお嬢さんなわけか……相手の色を自分に移す……当然リスクはあるんだろうが、俺達とは違い色に耐性でもあるのか……いったいそのお嬢さんに何をしたんだ?」

 その質問にツヨシは黙って首をふる。自分の話なのにイチはきょとんとしている。

「……闇が深そうだな……まあいい、それで結局お前達の目的はあの大型か?」

 ゲンコツは深くは追及しなかった。彼自身、綺麗事を並べる気はなかったし、二人の本当の目的を知る方が先決だと思ったからだ。なんとなく大型が目的だとは思えなかった。

「いえ、大型はたまたまです。実は彼女のように色を引き受けられる人間を“神子みこ”と呼んでいるんですが、試験的に旅に出た神子と私の仲間がこの辺りで消息を絶ちまして探しに来たんです。早く見つけて連れて帰らないと……」

 それを聞くと、今まで黙って聞いていたケンセイとマリアがそわそわしだした。それを見たツヨシは鋭い目を向ける。

「なにかご存じで?」

 別に威圧するつもりではなかったが、ケンセイはひるんだように体を後ろにさげた。

 すると、マリアがケンセイを庇うように前に立ち答える。

「ちょうど昨日女の子を保護したものですから、もしかして……と思ったんです」

 そして顔を近づけてツヨシだけに聞こえるようにボソッと言った。

「……睨んでんじゃねーよ潰すぞ!」

 いきなり目の前に可愛らしい顔が近付いてきて、ドキリとしたツヨシだったが、あまりのことに数秒思考が停止した。

 ハッと我に返って、誤魔化すように笑いながら二人の予想を否定した。

「は、はは、お、女の子なら違うかな。神子は皆成人しているんで……」

 それを聞いたケンセイはホッと胸を撫で下ろす。だがすぐに首をかしげた。

(何でホッとしてるんだ?)

 孫のそんな様子を見ながら、ゲンコツはニヤニヤしながら一つ提案する。

「まあ、なんにせよあの子が目覚めて落ち着いたら話を聞いた方がいいんじゃないか? あの子の入っていた鳥籠、お前らのとそっくりだったしな」

 ケンセイは女の子が入っていた鳥籠を思い出す。そして目の前にある彼等の鳥籠を見る。確かにそっくりだった。だが、彼等の物の方が一回り大きい気がした。

「そうなんですか? じゃあそうさせていただきます」

 ツヨシがそう答えると、今度はマリアが笑顔のまま言った。

「じゃあ、貴方は豚小屋の隣の物置に寝泊まりしてくださいね? いくら鍵があるといっても男性を泊めるのは怖いですから……」

 それを聞いたイチがそこで今日初めて口を開く。

「ツヨシ様がそっちに行くなら私も付いていきます」

 予想だにしていなかった返しに驚いたものの、女性にそんなことは出来ないと、マリアはイチだけ自分の家に泊めると言い張る。

 イチもツヨシと離れるわけにはいかないと譲らない。

 結局、ホコリまみれではあるものの空き家が一軒あったので、そこを使ってもらうことで落ち着いた。

 ツヨシ達はマリアの案内で家の確認と掃除をしに行くことになり、ひとまず解散の流れとなった。だが、ツヨシは出ていくときに一つ予言を言い残していった。

「あの大型また来ますよ。どれくらい先か分からないですけど、そう遠くないと思います。お、私が与えた傷はそこまで深くないですし、備えといた方がいいです」

 かたきがまた来る。息子の仇を討ちたいゲンコツにとってそれは嬉しい。でも犠牲も出るかもしれないと考えると村の守り手としては複雑なことだ。

(……とりあえず来たら潰す!)

 いつも通りの答えを出して、その事は考えない。その時はそのつもりでいた……

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