再来

 今、ある心絵師こころえしの前に行動不能のイログイが二匹。

 そこは、やっと見つけた村のそばにある廃墟で、意外にも順調に進んでいた旅路に安心した彼がなんとなく立ち寄った。中に入ると、ちょうど村の心絵師とイログイとの戦闘に出くわし、彼は気配を消して観戦していた。

 戦闘が終わり、村の心絵師は意識の無い子供を、一緒に戦っていた村人は何か見たことのある大きな物を背負って廃墟を出ていった。

 人の気配が完全に無くなると観戦していた心絵師は、まだ息のあるイログイ達に駆け寄る。

 イログイは絶命すると、彼等の犠牲者と同じように砂になるのだ。だからまだ形のある二匹はかろうじて生きているといえた。

 村の心絵師の力で与えた傷を見ようと近寄ったのだが、彼が目の前に立ったところで、ぺしゃんこになっていた小型種は砂となった。

 そこでもう片方に近寄る。その中型種は体の四ヶ所にクレーターができていた。体の横に三つ、上から叩きつけられたかのように一つ。そしてこちらもまたサラサラと砂になりつつあった。

「すごいな……これが金……希少な“メタル色”の力か……」

 つい声に出してツヨシがそう感心している間に、目の前の中型種は全て砂になってしまった。

「“メタル色”? ……何ですかそれは? 特殊な心色しんしょくなのですか?」

 今までツヨシにぴったりとついてきていたイチはあまり期待せずに聞く。彼に聞いて質問の答えが返ってくることは、十度に一度くらいだった。

「端的に言うと金属光沢を持つ色らしい。まあ、光を反射して輝きのある色って言った方が分かりやすいか?」

 イチは彼女にしては珍しく驚いた顔をしていた。それもそのはず、ツヨシが分かりやすく説明してくれることなんて今まで皆無だったからだ。だから彼女は余計な口を挟むこと無く話の続きを促した。

「それでな、金属系の輝きは人を魅了するもので、まだ色のあった頃は、人はそういう輝きを持つ色々な色を作って……すまん、脱線した」

 ツヨシはそこで一旦言葉を切る。

 イチとしては、珍しく長々と話そうとするツヨシの話なら、たとえ脱線していようが聞いていたいのだが、残念ながら話は戻ってきた。

「俺達心絵師は心にある色、心色を使って戦うけどな、心色には物との相性がある。色を塗った物との相性が良いと、より強く大きな変化をもたらす。で、メタル色は塗る対象が金属なら何でも相性抜群! だから強力な戦力として期待される……と言いたいが、そもそもメタル色を持っている心絵師が“協会”では二人しか確認されていないんだ……だから今回の仕事はそのうちの一人に会えることもあって楽しみで……」

 そこで納得したようにイチが呟く。

「あ、それもあって遅れたくなかったと……」

 ツヨシは聞き逃さなかった。ばつの悪そうな顔をして、口を閉じそっぽを向いてしまった。そして黙って歩き出す。

「あ、置いてかないで下さいよー」

 二人は廃墟を出て村へと向かった。だが、村の入り口が見えたところで思わぬ状況に出くわした。

 村の入り口には金色の持ち主と、いつ目覚めたのか彼におぶられていた子供が立っていたのだ。彼等は同じ方向を向いていた。

 とっくに村に戻っていると思っていただけに、彼等の視線を釘付けにしているものに興味が湧いた。

 ツヨシ達二人も同じ方を見る。

「……っな! イチ! 準備しとけ!」

 それだけ言うとツヨシは走り出した。その目線の先には巨大な黒い塊がいた。


 ケンセイが目覚めたのは祖父の背中だった。意識を失ってからそこまで時間が経っていないと分かったのは、マリアと背負われた鳥籠が村の門をくぐったのを確認したからだった。

「ゲンじい、もう大丈夫だよ下ろして」

 そう言って自分で立つと、目をつむって祖父のカミナリを待った。当然来ると思っていたのだが……

(……あれ? どうしたのかな?)

 そこでおそるおそる目を開けると、祖父はじっと同じ所を見つめている。

 ケンセイもそっちに目を向けた。

 特に変わった所はない。いつも通りの一面の砂……そう思っていた。だが、ずっと見ていると一ヶ所だけ何かおかしい。

(何か黒いものが近付いてきているような……!!)

 気付いてしまった。それは三年前、ケンセイの父親が亡くなった戦い。

 ソレはあまりに大きく、あまりに強く、父だけでなく多数の犠牲を出したのにも関わらず退けることがやっとだった存在。

 また、災厄が近付いてきていた。

 ……イログイの大型種が……


 ゲンコツは長く考えるのが苦手だ。

 だから初めてソレを見たときも即決だった。ぶっ潰す! そう思って戦った。

 イログイは全長三メートルを超えると大型と呼ばれる。だが、ソレの全長は六メートルはあった。全身が無機質で四本足と伸縮自在の手のようなものがあり、長い首に頭に生えた二本の長い角が特徴的で、大きさのわりに素早く手強かった。

 それでも当時の相棒の息子(正確には娘婿)と共に確実に追い詰め、倒せる! と思ったとき、異変が起きた。

 様々な種類の小型と中型がいきなり大量に現れ、大型討伐を見ようと村の外にいた村人達を襲い始めたのだ。

 ゲンコツは村人の救出に向かい、息子はとどめを刺すはずだった。……だが、ソレは弱ったフリをしていただけだった。

 村人を村に押し込み、群がっていたイログイ達を蹴散らし戻ったゲンコツの目に映ったのは、不意の一撃をくらい沈む息子の姿だった。

 逆上したゲンコツは我を忘れてソレに怒りを叩き込んだ。

 結果として、ゲンコツの怒りはソレの角を一本折り、たまらずソレは小中のイログイ達を引き連れ逃げていった。

 今、目の前にソレがいる。大型種で“片角”のイログイがまた現れた。

(……ぶっ潰す!)

 胸に手を当てるゲンコツの顔には、うっすらと笑みが浮かんでいた。

 ……ところが、その笑みはすぐに驚愕のものとなる。

 今まさに走り出そうとしたゲンコツの目に、雄叫びを上げながら“片角”に向かっていく男が映ったからだ。

(なんだあいつは?)

 その男を見ていると、心絵師が心色のにじみ出る心筆しんぴつを取り出すときの独特の光が放たれた。

(あいつも心絵師か?)

 男の心筆ににじみ出てきた色それは……

「な! あり得ない! 黒だと!? ……いや違う……うっすらと青が……“濃紺”ってやつか?」

 つい考えが言葉に出るほどの驚き。

 だが、驚きはそれだけにはとどまらなかった。

 男はあろうことか色を自分の腕に塗ったのだ。たちまち男の腕が変化する。それは獣のような異形の腕。

 腕の変化と同時に、男はその腕を“片角”の横っ腹へと突き入れた。恐ろしく硬いはずの“片角”の体は易々と穴が開き、それはまるで悲鳴のようにキーンという不快な音を上げる。

 そして、そのまま方向を変えると、どこかへと消えていってしまった。

「……は?」

 三年ぶりに現れた息子のかたきが、いきなり現れた変な男のせいで目の前から消えた。ゲンコツはその事実を認めていくうちに、ふつふつと怒りが込み上げてきた。

 気付いたときには走り出していた。そして男の胸ぐらを掴んでいた。

「てめぇ何してやがる!」

 こちらを向かせた男の顔は苦痛に歪んでいた。しかし彼はゲンコツの顔を見ると顔を輝かせた。そして口を開く。

「はじめまして、田中ツヨシと申します。どうかお見知りおきを……」

「……は?」

 ゲンコツはさっきと全く同じ反応をしていた。だがさっきと違ったのは、すぐに口許が緩み笑い出したことだった。

「いきなり胸ぐらを掴むような相手に自己紹介とか……くくく、お前馬鹿か?」

 笑いながらふと男の腕が目に入る。

 その視線を感じてか、男は思い出したように痛みに顔を歪めた。

「これはまずい、最悪腕を切り落とすことになるな。……そもそも何でこんな無茶を?」

 彼は答えられそうになかった。その代わりに別のところから声が聞こえた。

「あの、治療したいので村に入る許可を下さいませんか?」

 女の声にゲンコツは振り返る。そして月明かりの下、彼女の顔を直視したゲンコツは、年甲斐もなく顔色が濃くなっていた。

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