旅人二人

 砂に覆われた大地に、別領域のように舗装された道が一本。不自然なほど真っ直ぐにのびたその道は、南北どちらに進もうにも行き先が見えないくらいに長かった。

 そんな道を北へ向かう人影が二つ。

 二人とも同じデザインの服を着ていて、同じ手袋に同じフード付きのマントを身にまとっている。肌の露出を極力避けているようだ。

 身長はほぼ同じくらいなのだが、片方はその豊かな胸の膨らみからして女性。もう片方は、広い肩幅とがっしりとした体つきからして男性ようだ。女性の方はなぜか背に鳥籠を背負い、男性はおそらく二人分と思われる荷物を背負っていた。

 先程から女性が男性に向かって他愛もない話題を振っているのだが、男性は聞こえていないかのように無視を続けていた。

「……ツヨシ様聞いてますか? 日差しも強いですし水分補給はこまめに……」

「うるせえ」

 ツヨシと呼ばれた男は、自分を心配する女の言葉をバッサリと切り捨て歩き続ける。そんな冷たい対応に女は、小さく「……はい」と言うと、うっとりとした熱い視線を彼に向けていた。

(ああ、そうだった、何しても喜ぶ変態だったなこいつ……)

 女の様子をチラリと覗き見ていたツヨシはあきれたようにため息をついた。

(息は荒いし、顔は赤みを帯びてる。さっきから足取りもふらついて……ふらついて?)

 ツヨシはサッと振り返ると女の額に手を当てる。

(熱は……無さそうだな……)

 すると今度は背中から器用に折り畳みの椅子を取り出すと、半ば強引に女をそれに座らせる。そして古い懐中時計を取り出して言った。

「三十分休憩だ」

 有無を言わせぬその言葉に、女は諦めたように笑って、脇に下げていた水筒の水を一杯飲む。そしてうなだれ目をつむると、いくらもしないうちに寝息が聞こえ始めた。

(……便利なやつだ)

 ツヨシは女を見下ろしながらその身で日陰を作り、その怖いくらいに綺麗な顔を黒で隠す。

 彼女の名前はイチ。ツヨシの仕事のパートナーで、そのことがなければお近づきになれないくらいの美人だ。ツヨシは一緒にいるだけで他の男共から浴びせられる羨望の眼差しに悪い気はしていない。ただ遠慮をしすぎるというか、意思表示が苦手で今回のように疲労を溜め込みすぎることがしばしばある。また、誉めようがけなそうが喜ぶおかしなやつでもある。

 今回の仕事上この年中灼熱の道を使うことは必須で、それにあたってイチに髪を切った方がいいと助言したのだが、彼女はその腰に届くロングヘアーを切ることはなかった。

(少しでも涼しくしておけば良かったものを……)

 ツヨシは座りながら器用に眠るイチの様子を見ながらため息をつく。そして手をかざしながら、じりじりと照りつける白い太陽の位置を見た。

(今日中には着きそうにないな……)

 日はまだ高く、沈むのはまだまだ先だと予想できた。だが彼の懐中時計はピクリとも動いていなかった。故障していて、三年ほど前から動きを完全に止めていた。ツヨシはそれを承知で、あえてその時計で三十分と言っていた。正直自分も疲れを感じていた。

 荷を下ろして休もうとしたときだった。ザクッと砂を踏みしめるような音がした。

 ツヨシが警戒しながら周囲を見ると、灰色の砂の上にいつの間にか黒い物体が三つ現れていた。大きさは小型犬ほどで、見つめていると不安になるほどの漆黒。じわりじわりとゆっくり距離をつめてきている。

「三匹おでましか……まあ雑魚だし、これでいいだろ」

 そう言ってツヨシが取り出したのは、すりこぎのような短い木の棒だった。そして彼は胸に手を当てながら黒い三匹に向かって走り出す。

 走りながら彼は、こんなことになった日を思い出していた。


 それは十三年前の大災厄の日。

 本当に一瞬。まばたきの間に世界から色が消えていた。白黒テレビのように、白と黒それからあらゆる濃淡のグレーで人々の視界は染まってしまった。

 色の喪失による混乱と被害が収まらぬうちに、また新たな災厄が現れる。

 全てを飲み込む黒。それは獣。それは虫。それは人。あらゆる姿形の黒い異形の襲撃者達は混乱する世界を襲った。

 もちろん人は抵抗した。だが、人々にとって絶望的だったのは、今まで作り出してきた武器や兵器が黒い異形には一切通用しなかったことだった。

 共通の強敵が現れたことで国々は協力体制をとろうとした。ところが、そこである問題に気付いた。陸路を行く以外の連絡手段がなくなっていたのだ。

 狭い範囲のものから海を越えての通信機器、陸海空を行く乗り物全般、星の外に打ち上げられた人工物に至るまで、それらのことごとくはいつの間にか破壊されていた。

 そうして、ツヨシの住む島国は孤立してしまった。

 海も空も越えることはできず、助けを求めることもできず、敵も倒せない。ただただ襲われないことを祈る日々。その時、人々には絶望しかなかった。

 ……彼等が現れるまでは……


 イチが目を覚ましたのは、すっかり暗くなってしまってからだった。目を覚ました彼女はすぐに異変に気付く。

 近くで休んでいるツヨシの服が砂に汚れ、袖の一部が破けていたのだ。

 そんな彼に向けて、彼女はたった一言だけ口にした。

「私は必要ですか?」

 何かが抜けていて違和感を感じる意味深な言葉。だが、ツヨシはそれにあたりまえのように返す。

「いや、必要ない。当たったのは服だけだしな」

 そんな奇妙な会話を終えると、二人はどちらともなく食事の準備を始める。とはいっても携帯できる固形の栄養食だ。大した準備なんか必要ない。

 二人は布に包んであった細長い塊を取り出し、そのまま噛み砕き咀嚼する。味はまあまあだが、食感はあまり良くない。粉っぽくて口の中が乾く。水筒の水を飲みながらそれを無理矢理胃袋に流し込んでいく。

 モソモソとした食事を終えると、ツヨシは直ぐに身支度を整える。もう出発するつもりなのだ。

「夜の移動はあまりおすすめ出来ませんが……」

 イチの遠慮がちな言葉に、ツヨシはなにかを吐き出すように深いため息をついた。

「分かっているとは思うが、今日は明るいうちに距離が稼げなかったからな。今少しでも先に進んでおかないと到着が遅れる。遅れたら面倒だしな……」

 それはほとんど自分に向けた言葉だった。

 今回の旅のあらゆる判断は全て彼が下してきた。たとえパートナーが疲れやすくて何度も休憩をしていたとはいえ、遅れの責任は自分にあると考えるようにしていた。

「……行くぞ」

 ツヨシは今、この道のどの辺りにいるのか正確には分かっていなかった。それでも予定よりは遅れていると感じていた。

「分かりました。ですが今日は満月でとても明るいですし、そうなると“黒”が出ます。油断なきように……」

 ツヨシはイチの忠告に黙って頷くと、そのまま彼女を待たずに出発する。

 どんどん先に行く彼の後ろを、イチは慌てて追いかけた。嬉しそうな笑顔で……

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