page.32 バックログ


蒼 「29日か」


蒼 「望…は?」


………


蒼 「望?」


望「…………」


蒼 「どうした、リビングでぼーっとして」


望「………あ」


蒼「ん?」


望「あっ!蒼人くん!?お、おはよう………!」


蒼「どうした?寝坊助は治ったか?」


望「う、うん…もう大丈夫だよ」


蒼「というか…気温も少し下がってきたな、夏もそろそろ終わりか?」


望「あはは…私の体質も、そろそろ寒すぎる頃なのかな?」


蒼「真夏はあんなに重宝してたのにな」


望「もっと夏の間に抱き着いてもらってもよかったんだよ?」


蒼「その頃は初対面だろうに…」


望「それもそっか」


蒼「望」


望「なに?」


蒼「まずは、おはよう」


望「………うん、おはよう蒼人くん」 


………


蒼「父さんから連絡がきたよ。 9月になったら三週間は帰って来るってな」


望「そっか、お父さんもちゃんと帰って来てくれるんだね」


蒼「真夏じゃないだけましだよ。心底ちょうどよかったって思ってる」


望「そういえば、 蒼人くんって元気なお母さんと元気なお父さんにしてはすごく落ち着いてるよね」


蒼「育ってきた環境ってものだ。自分の見てきた人がずっとハイテンションだったら、最終的に俺はそれを冷静な目で見つめる事になる。ある意味二人のおかげで今の性格だよ」


望「家族3人で一緒に騒いでる蒼人くんも見てみたいかも」


蒼「それはブレーキが無いって言うんだよ」


望「·········くふっ」


蒼「何だよ急に笑い出して」


望「ぷっ!あははっ!だめっ…蒼人くんがハイテンションで騒いでるの…想像したらなんかおかしい!」


蒼「勝手に想像して一人でツボに入るんじゃない。全く…今までで一番笑ってるじゃないか」


望「だって…ずっと見てきた蒼人くんがそんななかなか見せない所思い浮かべたら………いひひっ!」


蒼「笑いをこらえきれてねぇじゃねぇか。いっそ思い切り笑い飛ばせ」


蒼「まぁ、血は争えないって言うからな。俺もその内そうなるのかもしれん」


望「そうなったら………いよいよお祭り男だね」


蒼「それは俺にだけ適用されてるわけじゃないからな?全祭ヶ原に謝れ」


望「はぁー…面白かった。 朝ごはん中なのに泣くほど笑っちゃったよ」


蒼「まったく…人を種に幸せそうなやつだよ、ほんと」


望「でも、やっぱりお母さんがいなくなったらお家も静かになっちゃってるね」


蒼「まあな。なんだかんだで家が元気だったのは母さんのおかげでもあったからな」


望「楽しい人だけど、とても優しかった」


蒼「今頃仕事に戻って色々やってるんだろうなぁ」


望「想像できちゃうのが怖いね」


蒼「全くだ。安直と言うかなんというか」


蒼「だけど俺の母さんだよ」


望「そうだね」


蒼「望」


望「なあに?」


蒼「改めて俺からデートに誘ってもいいか?」


望「もちろん」


蒼「行きたいところが、いくつかあるんだ」


望「うん。私も行きたいところあるよ」


蒼「じゃあ食べ終わったら行くか」


望 「うん!新しい服も着てみたいし!」



………



蒼「まずは明宮」


望「定番だね。それでどこに?」


蒼「モールはさんざん行ったからな。あと行く場所とと言ったら」


望「図書館とか?」


蒼「あと、映画だな」


望「不思議な組み合わせだねー」


蒼「じゃあ行くか。ほら、手を離すなよ、まずは映画だ、ホラーやってたら真っ先に………」


望「それは却下だよー」



………



蒼「なぜ女の子向けヒロイン戦隊モノを見たんだ俺は」


望「何だか分からないけどわくわくだったよ!」


蒼「鑑賞特典のタンバリンみたいなやつを2人分振っていたお前は心底楽しそうだったな。 話題作が軒並み満席だったから入ってみたが…」


望「私は楽しめたよ!」


蒼「さいですか」


望「映画って楽しいね」


蒼「こういう機会でもなけりゃ、あんな作品に立ち入ることはなかったよ」


望「私のおかげ?」


蒼「あぁ、間違いない」


望「もっと褒めてもいいよ」


蒼「おう、次は度お前にガチガチのホラーを見せてやりたい気分になったよ」


望「その時は蒼人くんの顔で判断して、嫌な予感がしたらすぐに逃げるようにするよ」


蒼「あーそうかい。全く、侮れんやつだ」



………



蒼「久しぶりの本の香りだ」


望 「ここで明乃ちゃんのしゅくだい?をお手伝いしたんだよね」


蒼「なぜか市長もやってきて大事にもなったよ」


望 「そういえば、向こうの方なんだか薄いカーテンが下がってるね」


「そうなんです。すみません、図書館改装の手続きで書庫を整理しているもので…」


蒼「そういえば、市長さんも改装がどうのとか言ってたな」


望 「ヘー…」


蒼「あの重すぎた町史もいい思い出だな」


望「私が一瞬で手紙を読んじゃったりね」


蒼「驚きの連続だったよ、ページには“長年調査されているが、未だに解読が成されていない”って書いてたのにな」


望「あの資料と明乃ちゃんのおかげで、色々わかったこともあったよね」


蒼「確かにな。どれ、せっかくだから本でも読んでみるか」


望「うわぁ、文字がいっぱい…」



………



望「ここは………そっか!」


蒼「あの日は夜だったからな、花火大会でやってきた高台だ」


望「昼間のこの場所は見晴らしがいいね!」


蒼「はしゃぐとこけるぞ」


望「そんな子どもじゃあるまいし」


蒼「なんというか、曰くがついてそうな場所で告白をすることになるとは思ってなかったよ。 実際には曰くが付いていた風に吹聴しただけで、そもそもここは数十年来の空き地だったんだから」


望「いわくって?」


蒼「気にするな。俺たちにとってここは思い出の場所だ」


望「ふふっ、そうだね」


望「ここで、最初にキスしてもらった」


蒼「告白が先だったろうに…そんな明け透けに言われても反応に困る」


望「だって、告白もキスも本当にうれしかったんだもん。 告白って、すっごく嬉しい事なんだよ?」


蒼「そうだな。俺も身につまされたからな」


望「それって?」


蒼「まぁ…直前に明乃に告白された事とか」


望「へぇー…蒼人くん、随分鮮明に覚えてるんだね?」


蒼「その笑顔は怖い」


望「冗談だよ。でも明乃ちゃんも、蒼人くんの事は気に入ってたからね。好きみたいだなってずっと思ってたよ」


蒼「そうだな。今考えてみれば、明乃は明乃で大人と言うか、見た目以上にしっかりしてきたな」


望「蒼人くんのおかげかもよ?」


蒼「俺?」


望「やっぱり蒼人くんの事好きなんだと思う。だから蒼人くんに見てもらえるように立派になろうとしてたんじゃないかな?」


蒼「んなバカな。最初にあったときから明乃は神社の話ばっかりだったイメージしかないんだが」


望「でも、告白はされた」


蒼「それは言い返せない」


望「きっとどこかにあると思うよ、蒼人くんの事を好きな心」


蒼「そうかい。またいつか言い寄られない事を祈るよ」


望「私は明乃ちゃんだけはいいかなって思うけど…あまり浮気したら怒るからね?」


蒼「そうだな、そこは裏切らないように努めるよ」



………



蒼「西泉駅だな」


望「夏祭りも、ずいぶん前の事みたいだね」


蒼「西泉駅も人が減ったなあ、夏祭り人だかりは見る影もない」


望「町の人たちも、やっぱりお祭りは好きなんだね」


蒼「日本人、みんな祭とあらば飛び出してくるからな」


望「この間の冷泉神社も楽しかった」


蒼「そうだな。あれが今度冷泉の神様のお祭りになったら、それこそ冷泉さんもお前も、先代の神様も大喜びだろう」


望「他の冷泉町の神様たちかぁ…私が夏を過ぎたら、その人たちに会えたりしないかな?」


蒼「先代の神様たちか…けどみんな人間として死んでいった…んだよな?」


望「それはどうなんだろう?今度、冷泉さんに聞いてみたら分かるのかも」


蒼「冷泉さんかぁ…含むだけ含んで何も話してくれなさそうだなぁ」


望「蒼人くんの中の冷泉さんのイメージってそんな感じなの?」


蒼「そういうお前のイメージはどうなんだ?」


望「うーん…優しいお母さん?」


蒼「おかあ…いや、もういい、これ以上はあまり言うまい」


望「あおとくん?今何を考えてたのかな?」


蒼「こいつ…いい笑顔をしやがる」



………



望「神社の前だね」


蒼「ここも何度も言ったな」


望「お祭りも、神様もいっぱいあったね」


蒼「行ってみるか?」


望「うーん………」


望「…でも、今行くと寂しくなっちゃうかな」


望「…明乃ちゃんが」


蒼「…そう、かも知れないな」


望「うん」


蒼「………」


望「…行こっか」


蒼「そうだな」


蒼「ほら、手を」


望「………うん」



………



望「結局、此処に来るんだね」


蒼「あのバス停、だな」


望「ここから、私の夏は始まったんだよね」


蒼「俺の夏も、一緒に始まったんだな」


望「体調を崩したから会えた」


蒼「できればもっと健康に出会いたかったところだがな」


望「ふふっ、意地悪だね」


蒼「もちろん最初はここじゃなかったがな」


望「あの日のイタズラが、私の世界を広げてくれたんだね」


………


望「そう、ここ」


蒼「町の境の自販機だな」


望「やっぱり、私と蒼人くんの思い出の場所はここだよね」


蒼「2か月くらい前のあの日だな」


望「長いようで」


蒼「短い日だよ」


望「お互いに言う事がちぐはぐだね」


望「私にとってはほんの一瞬かもしれない時間」


蒼「俺にとっては、夏っていう長い時間のほとんどか」


望「どうだった?私と出会って」


蒼「そりゃ楽しかったよ。何気ない会話の相手がいるだけでも面白いのに、大事な人が出来て、それを実感できた日々は何物にも代えられない」


望「すごく褒めてくれる。今までのちょっとした意地悪分全部褒めてくれてる感じがするね」


蒼「今度から変な意地悪は少し抑えることにするよ」


望「でも、そんなちょっとした意地悪も、褒めてくれることも、私は心地よかったし楽しかったよ」


望「そんな蒼人くんだから、好きになったし、好きでいられた」


蒼「過分な評価をありがとう」







望「蒼人くん」


蒼「なんだ」


望「本当に、色々とありがとう」


蒼「望?」


望「素敵で、大切な時間を過ごさせてもらいました」


望「万が一…私が次の夏に覚えていたら、私はすぐに蒼人くんの所に駆けこんで、飛び込んで、思いっきりただいまって言いたいよ」


蒼「急に何を………」




蒼「…もしかして」


蒼「望…お前、分かるのか?」


蒼「自分がいなくなるって………気が付いて…」


望「うっすらと、私がいなくなりそうな感じがするよ」


望「絶対とは言えないけど、たぶん今日…そしてもうすぐ」


望「あくまで、予想だけどね」


蒼「…そう、か」


望「陽が落ちていくね」


蒼「そうだな。もうすぐ夕方だ」


望「蒼人くんと最初に出会った日、夜が変わった日から、今日まで来れた」


望「完全には言えないけど、たぶん私は、この陽が落ちるのと一緒に、いなくなるんだと思う」


望「帰って、行くように…」


蒼「俺が買ったココアを冷やした…その次の日、お前が日常を移し替えた日か」


望「そうだね。戻れなくなったあの日から、随分長い時間はかかったけど、戻れるんだね」


望「戻れる………違うね、戻っちゃうんだね」


望「戻るの…いつの間にか嫌になっちゃってたや」


蒼「望、泣いて…」


望「そう、だね…」


望「やっぱり、お別れは辛いもん」


望「蒼人くん、一緒にベンチに座ろっか?」


蒼「あぁ、そうだな」


***


望「一日って、短いんだね」


蒼「そうだな」


望「一日の事をこんなに短く感じたのは…久しぶりかも」


蒼「お前の一日は、あの日以来長くなったのかもな」


望「ねぇ、蒼人くん」


望「みんな、覚えててくれるのかな」


蒼「当たり前だろう」


蒼「他の誰でもない望だぞ。神様にゆかりのある明乃は言わずもがなだ」


蒼「忍さんから神様の事を知ったうちの社長も、お前をよく見ててくれた」


蒼「冷泉さんと一緒に居て、忍さんと懇意にしていた市長だって…市長が知ってるってすごい事だ」


蒼「お前に最初に会った時、迷いなくお前に服を買ってくれた厳ついうちの部長だって」


蒼「お前の事を自分の娘のように大切にしてくれたうちの母さんだってそうだ」


蒼「なんだかんだで、一緒に仕事をした牧人や芙由も、お前の事は忘れないだろう」


蒼「お前に関わりのある人が、きっとお前の事を忘れない」


望「私の事、いろんな人が知ってるね」


蒼「だから、お前はいつだって帰ってきていいんだ」


蒼「誰かが迎え入れてくれるし、誰もが歓迎する」


蒼「何より、俺が会いに行ってやる」


望「素敵な事だね」


蒼「またいつだって夏の製作所に立ち寄って来てもいい、冷泉神社に涼みに行きたいって言えば、いつだって連れて行ってやる。明宮でも、海でも、山でも、どんなところだって連れて行ってやる」


蒼「例え全てを忘れていても、それは変わらない」


望「うん」


望「そんなに色々言われると、次の夏が楽しみになっちゃうね」


望「この記憶のまま、戻ってこられたら…すごく楽しいはずなのにね」


蒼「記憶が無かろうと、俺は望を好きになる。お前がこの町に来るたびに、俺が思い出を重ねてやる。もしも、全部の記憶がどこかで戻った時、あらゆる楽しい記憶でお前が思い返しきれないくらいに嬉しくなるように、楽しませてやる」


蒼「お前の事を、心から好きだから」


望「うん………うん…」


望「蒼人くん」


蒼「なんだ?」


望「私は充分楽しんだ、私は充分に教えてもらった」


望「お母さんが言ってたように、私は充分に甘えさせてもらった。本当にありがとう」


望「だから、今度は私の番」


望「蒼人くん…本当に、私がいなくなっても大丈夫?」


蒼「………」





蒼「………な、わけ」


蒼「そんな訳………ないだろっ………!」


望「うん」


蒼「せっかく…ずっと大事に出来ると思って告白してっ…短い間でも思い出を作ってっ………ようやく落ち着いて暮らせるって思ってたのに…神様だって…夏の間だって…全部忘れるだなんて」


蒼「そんなの………全部耐えられるわけない…だろ………」


蒼「お前に…最後まで笑っていてほしかったのに…お前がそれを言ったら…俺は、我慢できなくなる………わがままを言う子どもみたいな事を………吐き出したく、なるだけ……だ」


蒼「また会えるとか、そんな確証はない」


蒼「次には、何も覚えてない相手に何を言えばいいかなんて分かるわけがない」


蒼「気丈に振る舞って、覚えてることを話したって次の望はそれを何も知らないんだぞ」


蒼「それを優しく待ってることは…俺にはできない」


蒼「俺は、じいさんとは違う………」


望「うん」


望「そうだよね…私が辛いのに、蒼人くんが辛くない訳はないと思ってたけど、それが分かって少し安心したよ」


蒼「望………のぞみ………」


望「わぷっ……そんな強く抱きしめたら…ふふっ、苦しいよ~」


蒼「そうだよ、俺だって人並に怖くて、不安でいっぱいだったさ」


望「そうだよね。私はそれを聞かせてもらってよかったよ」


望「待ってくれる人が一人じゃないのも嬉しいけど…私だけが怖がってたらどうしようって思ってた」


望「怯えているのが一人だけって言うのも、それはそれで辛いから」


蒼「俺は…次の俺はお前に優しくできると思うか?」


望「蒼人くんは大丈夫だよ…そこは私の方が心配だよ」


望「来年の私も、蒼人くんを好きになれるかな………って」


蒼「それは…俺一人ではどうしようもないな」


望「だよね」


蒼「悪かったな望、結局最後まで笑って見送れなかった」


望「大丈夫だよ。私は大丈夫」


望「蒼人くん、いっぱいの思い出をありがとう」


望「今の私は、祭ヶ原蒼人くんと出会えて、とても幸せでした」


望「だから、次の私が蒼人くんと出会えても、私はきっと幸せでいられるから」


望「だから」


望「きっと私の事を見つけてね」


蒼「あぁ、約束してやる。神様に誓ってもいい」


望「じゃあ私に誓ってね。私は冷泉町の神様なんだから」


蒼「あぁ、破ったらその時は容赦なく頼むぞ」


望「そうだね。よい………しょっと」


蒼「のぞ………み?」



………



……





もう、昼が終わるね



もう、今日が終わるね



もう、夏が、終わるね



蒼「のぞみっ…!」



いつか次の夏が来たら



蒼「望っ!どこにっ………!」



いつか次の季節が来たら



蒼「どこに行ったんだよのぞみっ!」



いつか、次の神様が来たら



蒼「のぞみっ…!!」



その時は、



蒼「望っ!どこにいるんだ…望っ!のぞみっ!!」













またね、蒼人くん

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る