Chapter...

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蒼「さて、そろそろ出かけるか」


蒼「確か今日は事務処理だったな」


蒼「牧人のやつ、ため込んでなければいいけど」


蒼「また前の夏みたいに積みっきりで俺たちが代わりに日報だのなんだの…」


蒼「いや、家でとやかく言っててもしょうがないだろう」


蒼「まずは出勤からだな…朝食は」


蒼「あ、卵が一つか…ハムエッグでも用意するか」


蒼「すっかり一人暮らしにも慣れてしまったな」


蒼「それもそうか…二人以上でいる時間は一人の時の4分の1しかないからな」


蒼「さて…食事を済ませて」



………



明(おはようございます)


蒼「おう、明乃か。今日も時間通りだな」


明(はい、蒼人さんとの通学路は楽しいので)


蒼「わざとか」


明(それはもう、一度は好きになった人ですから)


蒼「恐ろしい程正直に言ってくれるんだな」


明(気持ちには素直でいようと思います。もちろん分はわきまえて居るつもりですけど)


蒼「それはどうも」


明(そういえば、また夏が来ますね)


蒼「あぁ」


明(どうなるんでしょうね)


蒼「それは誰にも分からんさ」


明(…また、私は笑えるでしょうか?)


蒼「心配するな。どんな夏が来るのであれ、俺たちは知っているし約束もした」


蒼「あとは夏を待つだけだ」


明(そうですね)


蒼「それで、お前は駅に向かわなくていいのか?」


明(おっと、そうでした。それではまた夏に)


蒼「あぁ、夏休みに入って補習受けるような真似はするんじゃないぞ?」


明(善処、しますよ。では、行ってきます。蒼人さん)


………


蒼「明乃も今年で3年生だったか…」


蒼「補修なんてしている間もなく、もう受験生じゃないか」


蒼「さすがにあいつもゆっくりしていられないよな」


蒼「さて、仕事に行くか」



………



牧「おっす、もう暑くなってきたなぁ」


蒼「よう、全くだ。梅雨もそろそろ終わってくるな」


牧「今年も夏祭りが来るぜ」


蒼「全くだ、今年は部長が屋台受注100%って息巻いてたからな」


牧「今年の夏も忙しくなりそうだな」


蒼「あぁ、俺も部長たちみたいに分身の術を覚えた方がいいかもしれん」


社「それが出来るようになったら蒼人くんに社長を譲ってもいいかもね」


蒼「そんな気軽なものではないんでしょう?社長、おはようございます」


牧「おはようございます」


社「うん、おはよう。厳司くんは今日も商談だから、それぞれ書類作業をしていこうね」


蒼「はい」


社「あと川上さんの方はどうだい?」


牧「芙由なら、実家の方で安静にしてます。産まれるのは…まだ少し先ですけどね」


社「それなら今年は一人減った状態で作業か…誰か手伝いがいるとありがたいけどねぇ」


蒼「そういえば、うちの父は今年は夏に帰ってくるみたいです。母さんも一緒にやかましく帰ってくるとかで」


社「けど、外から帰ってくる人に手伝ってもらうのは気が引けるけれど…咲希さんはさておいて」


蒼「大丈夫です。父さんだったら家にくすぶるのもじれったいって言って無理やり手伝いに来るかもしれません」


社「それじゃあその時になったらお願い出来るようにしてみるよ」


社「さて、じゃあ事務処理を済ませようか」


「「はい」」


………


蒼「晴れ間も見えてきたな」


牧「夏って感じの空だな」


蒼「夏は訪れるもんだからな」


牧「………そういえば、さ」


蒼「ん?」


牧「その………あれだ、夏って言ったら」


蒼「あぁ、その事か」


牧「寂しくはないのか?」


蒼「まぁ、夏の間中一緒だったから寂しくないと言ったら噓になるが」


牧「でも、あれだろ?例え今年戻ってきても、それは」


蒼「まぁな、冷泉さんや明乃が言うにはそういう事らしい」


牧「9月に入って望ちゃんが顔出さなくなったからどうなったのかって聞いてみたら…最初は何のオカルトかと思ってたよ」


蒼「けど、牧人と芙由は受け入れてくれた」


牧「お前の真剣な表情で、何となく感じたよ」


蒼「まぁ、全く姿が変わっているとかでなければ、俺はまた一からあいつを見つけてみるだけだ」


牧「期待してるぜ蒼人」


蒼「何を期待してるんだ?」


牧「去年の夏は退屈しなかったからだよ。もしまたそんな機会が来るんなら、それに越したことはないだろう?」


蒼「確かに、急に夏祭りも始まったしな」


牧「気軽に言うかもしれんが、奇跡がそこらへんに転がってる事を祈るよ」


蒼「海外のすれ違いの挨拶みたいだな、その言い回し」


牧「さて、夏ももうすぐだ。昼終わったら書類済ませようぜ!」


蒼「お前午前中、自分の分の3割も終わってないだろうに」


………


社「じゃあ、今日はここまでね。幼稚園の修繕の件、蒼人くん、明日また計画を立てよっか」


蒼「はい。図面今日引っ張り出してきたので」


牧「じゃあおつかれさまでした」


社「うん、お疲れ」


蒼「じゃあお疲れさまでした」


蒼「さて、買い出しからだな」


蒼「とりあえず一人前…いや、少し多めに買っておくか」


蒼「そういえば…あれから冷泉さんに会ってないな」


蒼「市長さんにも…いや、おいそれと市長の職に就いてる人に会えるのも日常ではないんだが」


蒼「冷泉さんは秋も冬もどこかに居るって言ってたけど、結局この夏になるまで一度も会わなかった」


蒼「突然飄々と現れるあの人の事だから、ある時フッと現れてもおかしくはない」


蒼「逆に、今もどこかで…望の事について何かしてくれているかもしれない」


蒼「何か出来ることがあるのか分からないが」


明(蒼人さん)


蒼「おう、お帰りだな」


明(ただいまです。お一人ですか?)


蒼「当然、お一人だ。買い出しにスーパーに出かけるが、明乃はもう帰るのか?」


明(では、特に理由はないですが付いていきます)


明(万が一蒼人さんがアイスを余計に買ったときにそれを処理できる人がいる方がいいでしょう?)


蒼「清々しいくらい。その清々しさに免じて余らせてやろう」


………


蒼「えっと…卵に…野菜か」


蒼「そろそろ夏の準備もしないとな」


明(夏ももうすぐやってきますね)


蒼「そうだな」


蒼「あ…ところで明乃」


明(はい?)


蒼「ここ最近で冷泉さんって見かけたりしたか?」


明(いいえ、言われてみれば見かけてませんね)


蒼「だよなぁ。あの人曰く、望と違って夏も冬も存在できるって言ってたけど、俺もも結局一度も見てないんだよ」


明(神社に来ることもありませんでした。お父さんやお母さんからもそんな話は聞きませんでしたね)


蒼「なんと言うか、本当に冷泉さんって神出鬼没だな」


明(おばあちゃんの話とか、もっと聞いておけばよかったかもしれません。知りたいことは多かったので)


蒼「確かに、俺もうちの家族の事についてもっと聞ければよかったのにな」


明(もしも、冷泉さんが…)


蒼「ん?」


明(冷泉さんも神様です。もしも、望ちゃんの事が解決して、誰かと結ばれでもしたら…)


蒼「どうだろうな…冷泉さんも、望の事が解決したら次は恋をするのも…とは言ってたけど」


明(冷泉さんにとって、何が解決なんでしょうね)


蒼「さぁな。少なくとも望は冷泉さんの孫娘だから、望が神様の役割を果たすことが解決になるんだろうが…」


明(それまで、冷泉さんも待ってくれるんですかね…?)


蒼「明乃?」


明(神社の事を一番よく知っている神様である冷泉さんがいなくなるのは…率直に言って寂しいです。望ちゃんが今の冷泉町の神様だってことは分かっているんですが、おばあちゃんと直接かかわってきた冷泉さんがどこかに行ってしまうのは、やはり)


蒼「そうだよな。望もそうだけど、明乃としては何より冷泉さんの方が重要な人物だからな」


明(望ちゃんが、どんな形であれこの夏も戻ってくるなら、その時に冷泉さんも戻ってくると信じたいです。そして、もっとおばあちゃんの話を聞かせてもらいたいです)


蒼「明乃にとっては、もう一人のおばあちゃんなんだよな」


明(はい。大切なおばあちゃんで、大事な神様です)


蒼「さて、それじゃあ必要なものは買った、と」


明(蒼人さん、まだ買いそびれているものがありますよ)


蒼「ん?」


明(余らせる予定のアイスです)


蒼「難しい日本語を使うんじゃない、仕方ないから欲しいものを一つ取ってこい」


明(では、甘えさせていただきます)


………


蒼「そういえば」


明(ふぁい?)


蒼「去年の夏も、こうしてスーパーの傍らでアイスを食べてたよ」


明(それは、望ちゃんとですか?)


蒼「あぁ、初めて出会って…その次の日くらいだったか」


蒼「にわか雨に振られながら買い出しに行った時、ちょうど望と出くわして、その時にアイスをおごったなぁって思い出したんだよ」


明(アイスで釣るなんて非道な)


蒼「じゃあお前はなんだ」


明(私は釣られようとして釣られていますから)


蒼「確信犯め」


明(じゃあそれが望ちゃんとの出会いですか?)


蒼「そうなるな」


蒼「…もう1年が経ってるのか」


明(また、望ちゃんが帰ってきます………かね?)


蒼「帰ってくるだろう。どういう形であれ望は帰ってくると思うぞ」


明(やっぱり、記憶は…)


蒼「それは会ってみるまで判らないさ、けど望と約束はした」


蒼「次に会う時に記憶が無くても、また見つけるってな」


明(格好つけたことを)


蒼「やかましい」


明(わかりました。それなら私も、また会える望ちゃんを楽しみにしています)


蒼「あぁ、楽しみにしておいてくれ」


明(蒼人さん)


蒼「ん?」


明(望ちゃんの事、お願いしますよ)


蒼「あぁ、任せておけ」


………


明(それじゃあ私は帰ります。アイス、ごちそうさまでした)


蒼「あぁ、また夏に」


明(また今度、夕飯のおすそ分けをしに来ますね)


蒼「あぁ、待ってるよ」



蒼「さて、とりあえず買い出しの荷物を冷蔵庫に…」


蒼「…あぁ、セミも鳴き始めたな」


蒼「全く暑い事だ、こういう日に望が側にいればどれだけ涼しい事か」


蒼「本格的に暑くなれば、アイツの体質も羨ましくなるんだろうな」


蒼「っと、まずは帰らねば」


蒼「…ん、父さんからのメッセージ」


蒼「…まじか、明後日帰ってくると?」


蒼「そうか…じゃあ明日にでも追加の買い出しだな」


蒼「あとは…」






もうすぐ、明日が来る



蒼「あとは」



もうすぐ、7月が来る



蒼「…あれ、は」



もうすぐ、また夏が来る



「………」



温かいココアと、夜に佇むベンチに



蒼「…そうか、今年も」



そして、大切な人の前に



蒼「ちゃんと、夏は始まったんだな」



しかし、それでも



蒼「あとは…」



「………ん?」



これがまた始まりなら



蒼「バスの止まったバス停で、何を待ってるんだ?」



「………」



また、奇跡が起きるのなら



「………きみ、は」



蒼「いきなり悪かったな、俺は」



「………まって」



神様ですら、一つの奇跡の上にあるのなら



「きみは………」



「きみのこと………」



「私、何を…覚えて」



「あなたはっ………!」



一人の小さな神様すら、奇跡の中にあるというのなら



蒼「あぁ、そういえば、一つ飲み物を余計に買ってしまってな」



蒼「困ったことに、冷えていないココアをここに持っているんだ」



蒼「お前は、そんなココアを飲むかい?」



「わたしは………」



この町が、また奇跡の町になるのも、そう遠くない話でしょうね



蒼「1年ぶりだ、おかえり、望」



望「………あぁ」



望「………うん」



………



……





望「ただいま、蒼人くん」




Date-07/04

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