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蒼「…あー」


蒼「7時半か、ちょっと早く起きすぎたな」


蒼「程よく酔いが抜けたような…ちょっと頭が痛いような…」


蒼「何にせよ、もう朝か」


蒼「望は…もう下に行ったかな?」


………


望「蒼人くんおはよう」


蒼「おはよう、今日も早いな」


咲「まぁね。さて、さっさと朝ごはんを食べて、出かけるわよ」


蒼「出かける?」


咲「何をとぼけてるのよ。今日は望ちゃんの買い出しでしょ?」


蒼「望、の…でも」


咲「何よ?」


蒼「望は…その」


咲「それはそれ。これはこれよ」


咲「確かにいつになるのか分からないけど…夏が終われば望ちゃんがいなくなるかもしれない」


咲「だけど、また次の夏に会えるかもしれないんでしょう?」


咲「だったら何も予定は変わらないわ。次に会った時のために服を用意しておくのよ」


蒼「なんとまぁ…安直と言うか」


咲「それでも、何もしないよりは何倍もマシよ。そうは思わないかしら?」


蒼「…そうだな。本当に仰る通りだよ」


望「えっと…」


蒼「つまり、今日の予定は何も変わらない。夏が過ぎても出会えるように、次の夏にも出会えるように、今日はお前の服の買い出しだ」


望「あ」


望「…うん。わかった」


咲「という事で、朝食にするわよ」


望「はーい!」



………



咲「さて、それじゃあちゃっちゃと用意しちゃいましょう」


蒼「もはや明宮のモールも恒例になってきたな」


望「確かに」


咲「望ちゃんだから…私に比べてさわやかな色のコーデがいいわよね?となるとちょっと若者向けの場所にも行ってみようかしら」


望「若者かぁ」


蒼「若者なのかこど」


望「たたくよ?」


蒼「まだ何も言ってない」


咲「ほら、二人ともそんな夫婦漫才はいいから。ちょっと売り場を歩き回ってみましょう?」


蒼「女性ものの服の売り場は全く縁がないからな」


望「言われてみれば…えっと、部長さん?あの人と一緒にお買い物をした時以来なのかな」


咲「あの部長ね。私のじゃない幾つかの服はその部長さんが買ってくれたんだっけ?」


蒼「そうだな」


咲「そういえばあの時も何か望ちゃんに買ってあげないとって言ってた気がするわ」


望「言われてみれば、言われた気がする」


咲「なら答えは一つ、有言実行よ。じゃあ望ちゃん、行くわよ。どうせなら蒼人をぎゃふんと言わせるくらいに素敵な格好にしましょう!蒼人、ちょっと私服を見繕ってくるからどこかで待ってて」


蒼「雑か」


望「あぁー、そっ…それじゃあ蒼人くん、また後でねぇぇぇーーーー………」


蒼「あぁ、望が母さんに連れられた…」


蒼「さて、どこかって言っても変な所で待ってたら”見つけにくい所で待ってるなんで”って言われるんだろうなぁ」


蒼「近くにベンチがあったし、何か飲み物でも飲みながら待つことにするか」


………


蒼「ここにもアイスココアの自販機が…確かに冷えたココアは美味しいが」


蒼「こうしてみると、ココアから始まった奇妙な出会いって面白い話だな」


蒼「知らない人には…夏にホットココアを買ったら付き合ってましたって説明することになるのか」


蒼「それで、風邪をひいてオレが看病をして…どことも知れない場所に帰るのも忍びないから家に置いて…」


蒼「花火を背に告白して、そしたら神様だってわかって」


蒼「夏が終わると…会えない」



―不思議なんだ。私にどんな家族がいるのかとか、どんな家のどんな部屋にいるのかとか、そういうのが私には全くないの。おかしいでしょ



蒼「そうだよ。最初から、俺は分かってたはずなんだ。家に居るのが当たり前になりすぎて、俺が覚えていようとしなかったから、最初から言われていた事を今になって蒸し返されてるんだよな」


蒼「望が風邪を引いた日、俺が声をかけてなかったら…」


冷「その時は、神様がそろって蒼人くんの事を恨んでいたでしょうねー」


蒼「うわっ」


冷「もう、こんな所で出くわすとは思ってなかったみたいな顔してどうしたの?」


蒼「わざわざ全部わかっていることを言わないでください。それ以上俺が説明することないですよ」


冷「はいはいごめんなさいね。私は赤穂さんが公用でこの近くに来ているから、暇つぶしよ」


蒼「いつも思うんですけど、冷泉さんって俺たちの事どこかで見ています?」


冷「さぁ、どうでしょうね。まぁ望ちゃんがどんなふうに動いているか…だったらうっすらと知ることは出来るけれど」


蒼「それは神様的なつながりですか?」


冷「多分ね。何か、意識みたいなものが時々ふと感じられて、気付いたら望ちゃんや蒼人くんを見つけてる」


冷「神様って便利よね」


蒼「もしそれで俺たちの動向が知れているんだとしたら怖いんですけど」


冷「興味はあるけれど心配しないで。私は蒼人くんの事はすごく信頼しているから」


蒼「それは喜ぶべきものなんですかね」


冷「私も色々とわだかまりも解けて、純粋に蒼人くんと望ちゃんを応援できるようになったから、私が出来ることは色々としていくつもりよ」


冷「それこそ、もしも娘の望と同じことが起きても、私がそれを支えてあげるから」


冷「それが、ずっと投げ出してきた私の責任だと思うし」


蒼「冷泉さん…」


冷「さて、赤穂さんの公用とやらもその内終わるかしらね。じゃあ蒼人くん。望ちゃんによろしく言っておいてね」


蒼「あ、望ならもうすぐ戻る…行ってしまった」


蒼「なんか、あえて望を避けるみたいな感じだったな」


蒼「神様の勘ねぇ…」


咲「こんな所にいたのね」


蒼「ん?あぁ…遠くに行ったら文句言われそうだったから…な」


咲「さて、とりあえず着飾ってみたけどどうかしら?」


望「う………その、ど…どうかな?」


蒼「………綺麗だ」


望「そ、そんな真っすぐ感想を言われると…こそばゆい」


蒼「と言うか、少しメイクもして…る?」


咲「おっ、朴念仁だと思ってたけど気が付いたのね。私がリップとかを選んでるお店がこっちにもあったから、そこに行って見繕ったのよ。で、ついでに店員に”この子に合うメイクはどうでしょう?”ってちょっとはっぱかけたら、店員さんがやる気になったみたいでね」


蒼「なんと言うか、焚きつけるのが上手すぎるんだよなぁ」


望「メイクって全然初めてで、女の人がすごい集中して私の事見てた…」


蒼「その甲斐は十二分にあると思うぞ」


望「ほんとう?」


蒼「あぁ、見違えたよ。綺麗になった」


望「…へへ」


咲「望ちゃんにちょっと短めの丈の物も着せてみたけど、イマイチしっくりこなかっらから、ロングスカートを選んでみたわ」


蒼「なるほど…確かにいいコーディネートだ。桜色なあたりが春っぽい…と言うべきなのか?」


望「二人して分析されるとどういう風に立ってていいのか分かりません」


蒼「何にせよ。白のワンピースで無邪気に過ごしていた時よりはるかに大人に見えるよ。綺麗になったな、望」


望「………うん、ありがとう」


咲「さて、新たな魅力に気付けたところお昼ご飯にしましょう。そして後半戦ももう少し見繕うわよ!!」


望「まだ服を買うつもり!?」


蒼「あきらめろ、この流れは部長の時と同じやつだ」



………



咲「いやぁ、短めのスカートもそれはそれでカジュアルで可愛らしかったわね」


望「うーん…改めて足が見えすぎるのも困っちゃうね」


蒼「組み合わせとかは似合ってるなと思った…が、ワンピースを見慣れ過ぎてると俺も違和感しかなかったな」


望「ほんとだね、ふふ…」


咲「よし、これで私も憂いなく仕事に戻ることができるわね」


望「咲希さんは、明日帰るんですよね」


咲「そうよ。また今度…ってお別れできないのは寂しいけど、また来年の夏には出会う事が出来るみたいだし、その時にはまた私がいっぱいお世話してあげるから」


望「…はい、ありがとう」


咲「もう、せっかくだからこの際ママって呼んでくれてもいいのよ?」


望「ママは…ちょっと、ふふっ」


咲「なら、何でもいいから遠慮なしに呼んでちょうだい」


望「………うん、ありがとう。蒼人くんのお母さん」


望「私にとっても………お母さんだよ」


咲「冷泉さんには申し訳ないけれど、娘が増えたみたいでとても楽しかったわよ」


咲「また、来年も再来年も…何度でも家にいらっしゃいな。蒼人も私も歓迎するから」


望「…ありがとう、お母さん」



………



咲「さて、3時とかいうちょっと半端な時間になっちゃったわね」


蒼「確かに」


望「蒼人くん、荷物大丈夫?」


蒼「この間も部長の買い出しで持たされてるし、今更だよ」


咲「おやつって言っても、昼も食べたばかりですぐにおやつはちょっとねぇ」


蒼「…そうだ」


咲「どうしたの蒼人?」


蒼「母さん、この間の約束覚えてる?」


咲「約束?…あぁ、そういえばいつぞやそんな約束をしたわね」


蒼「………海」


咲「そう、海。確かに車を飛ばせば30分くらいで着けるけわね」


望「あっ、でも今から!?」


蒼「当然だ、何か問題があるか?」


咲「私も、何の問題もないわね。そうと決まれば二人とも車に乗りなさい。山あいに居る私たちでも、やっぱり海を楽しむくらいの権利は必要よね」


蒼「という事だ。今日でもなければ見ることもないだろうし、ここは思い切って見に行こう」


望「あ…うん!」



………



咲「さて、もうすぐ見えてくるわね、あのトンネルから先が海になるわよ」


望「すごい…本物の海…なんだかドキドキする」


蒼「俺も何年ぶりだろうな…訳もなく緊張す………る」


望「空が見えて………あっ!」


咲「さて、見えてきたわね、一番近い場所を選んだけど…うん、いい感じに人がいないわね」


望「わぁ………」


蒼「すご」


望「ねぇ蒼人くん、すごく広いよ!どこまでも続いてるみたい!」


蒼「あぁ、久しぶりに見たけど、なんかすごいな」


咲「一応電車でもこの辺まで来られるんだけどね。乗り換えやらで高くつくからあまり行くことも無かったわよね」


蒼「………どうだ望、これが本物の海だ」


望「蒼人くんも驚いてるー」


蒼「そりゃ、驚くさ」


望「うん。すごく広い。それに青くてきれい」


咲「じゃあ下に降りてみましょうか、車を止める場所があるかしら…?」


………


咲「さて、海水浴客もいないし、程よいプライベートビーチね」


蒼「見晴らしはいいのに人はいないんだな」


咲「この辺って漁港に近いからね。砂浜はきれいだけどあまり活用する人は少ないかもしれないわね」


望「すごいね蒼人くん!向こう側が見えないくらい広いよ!」


蒼「砂浜ではしゃぐと転ぶぞー」


咲「望ちゃんも楽しそうね、蒼人も混ざってくればいいのに」


蒼「どう混ざると?」


咲「ほら、浅瀬で水を掛け合って“しょっぱい”って言って笑えば…」


蒼「あまりに具体的過ぎてびっくりする」


望「蒼人くん!海の水冷たいよ!気持ちがいい…わっ、しょっぱい!」


蒼「望が先にやってくれましたとさ」


咲「という事であんたも…行ってきなさい!」


蒼「そんな急…いってっ!背中を叩くなって」


望「はい、蒼人くんも来て来て!」


蒼「あぁ引っ張るなってすぐ行くから」


………


望「水が気持ちいいよ」


蒼「夏の海の温度ってお前より高いんじゃないか?」


望「でも、ひんやりしてるように感じる」


蒼「お前の身体も空気を読んでるみたいだな」


望「うん、とっても心地がいい」


蒼「しゃがんでこけて服を濡らすなよ」


望「うん、気を付けておくよ」


望「………覚えててくれたんだね、海の事」


蒼「お前に消える事を伝えた時に、真っ先に思いついたんだ」


蒼「アートミュージアムで、海の事について興味津々だったから」


望「そうだね」


蒼「実際の海はどうだ?あの時の雰囲気とはちょっと違うけれど」


望「確かに、あの時は夜の海って言ってたもんね」


望「でも、素敵な場所」


望「いろんな色があった夜の海とは違うけれど、ずっと続いてて、そして透き通るくらいに青い場所」


望「冷泉町では絶対に見ることが出来ない場所だね」


蒼「………」


望「………」


蒼「また…あっ」望「また…あっ」


望「…ふふっ、タイミングばっちり」


蒼「まったくだ。夫婦漫才みたいだよ。それで何を言いかけたんだ?」


望「多分、蒼人くんと同じことだよ。また、二人でこの海を見たいなって、合ってる?」


蒼「あぁ、合ってるよ」


望「今じゃなくても、もしかしたら“私じゃない”私だとしても、また蒼人くんとこうして海を見ていたい」


望「もし、何もかも忘れちゃっても…そんな気持ちだけはずっと持っていたい」


蒼「…そうか」


望「蒼人くんは、辛い?」


蒼「何だ急に」


望「もしも、私が何もかも忘れて、次の夏に蒼人くんと会ったら…私はきっと大切な人に名前を聞くと思う。それって、なんだか寂しいから」


蒼「そうだな。祭に仕事に告白に…色んなイベントを重ねてきた相手に“誰?”なんて聞かれたら、心が裂けてしまいそうになる…程でもないさ」


望「そうなの?」


蒼「確かに衝撃だろうよ。だけど今の俺はそんな結末を知ってる。俺のじいさんが、そんな運命を何十回と辿ってきたことを知ってるから、たかだか一回くらいそんな事があったくらいじゃ、心は簡単には壊れない…と、思う」


望「自信ないんだ」


蒼「経験もないからな。そんなインスタントな記憶喪失に」


望「そうだね。私は…覚えてない事はないけど知らない事は多かったからなぁ」


望「知らない事のアドバイスなら、私にも出来るよ?」


蒼「それは俺が求めるアドバイスではない」


望「えー」


蒼「とにかく、結末のわかってる不幸ならちょっとはマシだ。明乃が言ってた。知らない結末を突き付けられる方が何倍も辛い…って。冷泉さんに毅然として言ってた」


望「冷泉さん…」


蒼「あればっかりは明乃の言う通りだったな。冷泉さんもそれ以上何も言わなかったし」


望「そっか」


蒼「…また、いつか海を見に行こうじゃないか」


望「…うん。また、いつか」


蒼「指切りでもするか?」


望「うん。大事な約束だね」



………



咲「さて、これで外出も堪能したし。私は心置きなく仕事に戻れるわね。あと東也さんには1週間以内に実家に顔出せって言っておくわね」


蒼「もはや脅迫だな」


望「蒼人くんのお父さん?」


蒼「あぁ、出来れば冬に帰って来てくれると寒くなくて済むんだが」


咲「結局あの人仕事ばっかりして…まぁ東也さんの事だから、稼ぎがどうとか色々理由をつけて無駄に仕事をしてるんでしょうけど」


望「結局蒼人くんのお父さんに会わなかったね」


蒼「いずれ会える日が来るさ。その時はぜひ紹介してやるよ」


望「うん!楽しみにしてるね」


咲「さて、夕飯も済んだことだし、私は朝市で出る準備をして、汗を流して寝ることにするわね」


望「さき…ううん、お母さん。本当に色々ありがとうございました」


咲「やぁねぇ、一つ屋根の下に住んでる娘だもの。そのくらいは当然よ」


咲「まぁ、蒼人もこんなんだけど、望ちゃんの事は大事にしてくれると思うから、またいつでも…何度でもここに帰ってきなさいな。いつだって、私はあなたを娘として迎えてあげるから」


望「うん………ありが……うっ」


咲「…またね、望ちゃん」


望「…はい」


蒼「さて、望は次に汗を流すか?」


望「ぐすっ…うん、そうするよ」


蒼「それじゃあ俺はそのあとに入らせてもらうよ」


望「一緒に…」


蒼「あー…まぁ、お前が言うのなら」


望「やったー」


咲「何だか、すっかり甘えられてるわね。蒼人も」


蒼「うっせ」


………


咲「お風呂あがったわよ。さて、今日は控えめに…」


蒼「飲むのかよ」


咲「とりあえず、明日の6時には出ないといけないから、今日は飲まないわ。今日は節制するつもりよ。明日は分からないけれど」


蒼「それを節制と呼んでいいのかは疑問だ」


咲「それよりあんた、望ちゃんと一緒に入るんでしょう?望ちゃん、もう先に行ってるわよ」


蒼「あぁ、わかったよ」


………


蒼「のぞみー、入るぞ」


ガチャ


望「………え」


蒼「望?」


望「…あ、蒼人くんか」


蒼「どうしたんだよ。下着でそんなぼんやりして」


望「へっ!あっ!そ、そうだったね、あはは…」


蒼「何だ、海疲れでもしたか?随分はしゃいでたからな」


望「そうかなぁ…?」


蒼「とりあえず、一緒に風呂に入るんだよな?」


望「うん!」


………


望「二人で入るお風呂もいいものだね」


蒼「一般家庭だから浴槽は狭い」


望「狭いけど、一緒に入ってる感じがして嬉しい」


蒼「それはどうも」


望「海も、クレープも、お祭りに神社…短かったけど、すごくたくさんの事があった気がする」


蒼「夏って言うのは、こういう季節だ。お前が今までどんな夏を過ごしてきたかは知らんが、人間の夏って言うのはこれだけ楽しいんだよ」


望「すごく楽しいね」


蒼「秋だって祭の季節だ。少し肌寒いが、死ぬほど暑い夏より過ごしやすい。それに祭もある」


望「そっか、いつか見てみたいなぁ」


蒼「冬も春も…あぁ冬は季節の冬な。会社の女の子じゃなくて」


望「冬って言う季節もあるの?」


蒼「あぁ、お前以上に寒い季節だ」


望「ふふっ、それは私はどう反応したらいいの?」


蒼「雪が降る」


望「ゆき?」


蒼「白い粒が雨の代わりに空から降ってくる。積もったら歩きにくいぞ」


望「楽しそうだね」


蒼「そして、雪が解けたら冬が終わって、春が来る。夏より涼しくて、何より花が無限に咲く」


望「海よりも?」


蒼「多分な。桜なんてきれいだぞ」


望「ふふっ、私がいない季節の話ばっかり。蒼人くん相変わらず意地悪だね」


蒼「けど、それをいつかお前と一緒に見てみたいんだ」


蒼「いずれ、お前がじいさん達の時と同じように、人として生きる可能性が生まれたなら、俺はお前を何としてでも迎えに行くからな」


望「…うん。ありがとう」


蒼「だから」


蒼「どんなお前でもいいから、待っててくれ」


望「待つよ」


望「きっと何かを手掛かりにして、私は蒼人くんを待つ」


望「だから、私を好きな気持ち…手放さないでね」


蒼「あぁ」


………


望「一緒のベッドももう慣れっこだね」


蒼「クーラーが要らないのも、もう常套句だな」


望「そうだね」


蒼「じゃあな、望。おやすみ」


望「うん、おやすみなさい」


蒼「………」



………



望「………眠った、よね」


望「…怖かった、気づかれるの」


望「もう、記憶は欠け始めてるのに」


望「言えるわけ、ないよね」


望「さっきも、蒼人くんを認識できなかった」


望「…冷泉さんの言った事」


望「………後、二日くらいだったかな」


望「最後はどんな風に居なくなるのかな、あの時に冷泉さんに聞いておけばよかったな」



―冷泉の神様の夏が終わるのは、私が知っている限り30日を待たない。娘の望も、そうやってフッと町から姿を消す。兆候みたいなものは外からは見えないけれど、もしかしたらその間に何か異常は起きるかもしれない。だから望ちゃん、それまでを悔いなく過ごしてね。



望「明宮のお買い物で、私の前に現れた冷泉さんが伝えてくれた事…もしそのままだったら、私はこの抜け落ちた記憶で、蒼人くん達に何ができるのかな」


望「…あの時とは違う。いっそ蒼人くんと結ばれようとする気持ち」


望「ドキドキして、頭の中がぐちゃぐちゃになりそうな気持ち」


望「だけど、それをしてしまったら、本当に取り返しがつかなくなる」


望「何もかもが、無駄になっちゃう」


望「………今は、蒼人くんの隣で寝る事しかできないよね」


望「おやすみ蒼人くん」



―明日の私が、蒼人くんを覚えてますように。



Date-8/27

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