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蒼「朝の6時、いつも通りの時間だ」


蒼「仕事じゃない日ぐらいゆっくり起きてゆっくり過ごしたいが、体内時計は厳しいな」


蒼「望は…まぁ隣に寝てるよな」


望「う………ん~……」


蒼「じゃあまずはそっと起きて…」


蒼「とりあえず望はそのまま寝かせておいて、ひとまず降りてみるか」


………


咲「あら、おはよう」


蒼「体内時計に起こされたよ」


咲「いい事じゃない、望ちゃんは?」


蒼「まだ寝てるよ。色々あったし、まだゆっくり寝かせといてもいいだろ」


咲「そうね。あ、今日は何時出かけるの?」


蒼「昼頃には行こうと思うけど、そもそも冷泉さんが行きたいって言ったからその当人が居ない事には行くことはできないな」


咲「案外、こうやって話をしていたらいつの間にか玄関に居て、今すぐにドアベルが鳴ってもおかしくは…」


ピンポーン…


咲「………」


蒼「どうするんだよ母さん、完全にフラグを建てたぞ」


………


冷「あら、そんな話をしていたの?それは嬉しい事だわ」


蒼「夏の朝っぱらから肝試ししてる気分でした」


冷「何もできない神様だけど、涼しさを提供できたのはいい事だわ」


咲「流石にタイミングが良すぎたわ…」


冷「咲希さんのうろたえ顔が見られたのは収穫だったのかもしれないわね」


咲「お恥ずかしい事です」


冷「それで、望ちゃんはまだお休みなのね」


蒼「えぇ、昨日は随分気持ちが乱れてたみたいで…そうだ、冷泉さん」


冷「はいはい?」


蒼「どこから切り込んで聞けばいいのか分からないんですけど、その…神様にも強い欲望ってあるんですか?」


冷「んー?具体的にはどういった欲望?」


蒼「その…何というか、生物的本能とか…何か必要に迫られるような」


冷「もうちょっと具体的には?」


蒼「冷泉さん、もう質問の意味、理解していますよね?」


冷「もう…っていうか、最初から?」


蒼「望だったらつねってるところでした」


冷「ふふっ。その様子だと、望ちゃんにすり寄られたのね。まぁ生物的な…何といったかしら、生存本能?それに近い衝動はあるけれど、私たちは神様だから、少し方向性は違うかしらね」


冷「望ちゃんの情動的な反応は、そもそも冷泉町の奉納演舞があった頃、舞い手に対して必ず起こっていた衝動なのよね。それは、当時舞い手にだけ見えていた頃からずっと変わらない慣例。奉納舞いによって神様として認知されることで、強い信仰心が自分の身体を駆け巡って、いろんな活力を生み出すというのが、私の感じた見解かしら」


蒼「という事は、俺たちのばあさんの望さんも、冷泉さんも?」


冷「恥ずかしげもなく聞くなんて、蒼人くんも物好きね」


蒼「単純な疑問ですよ」


冷「確かに私にも、娘の望にもあったわよ。ただし、私は最初の頃は更月家の決まりで舞いの相手との接触はほぼ禁じられてたし、私自身、女の子相手に食指が動くような性格じゃないから、あまり苦労はしなかったわね。娘の望は、最初はびっくりしてたけど、私が諭して色々教えてみたら、次第にコントロールできるようになってきたわよ」


冷「望ちゃんの場合は…恋の感情なのかもしれないわね?」


蒼「意味深に見つめないでください」


冷「夏の終わりに消えるかもしれない恐怖心しかり、神様としての感情の流れしかり、今の望ちゃんには、心を乱す出来事が多いのは間違いないわね」


冷「大切にしてあげなきゃだめよ?」


蒼「そこは善処します。濁す意味では無くて」


望「ふぁ~あ…おはよう蒼人くん」


蒼「おっ、起きてきたな」


咲「それじゃあ少しだけ朝ごはんを作りましょう、冷泉さんもいかがですか?」


冷「あら、それじゃあ私もお手伝いしていいかしら?私、何もできないみたいに思われているみたいだし」


咲「それじゃあ一緒に作りましょう。パンと目玉焼きとサラダで…」



………



蒼「着いたな」


冷「この佇まいもすごく懐かしいわね。50年は見ていなかったし。仕方がないわよね」


望「明乃ちゃん、もう待ってるかなぁ」


ガラガラ…


明(あ、皆さんようこそいらっしゃいました。冷泉さんも)


冷「お邪魔します。むしろ…ただいま?」


明(ただいまは、おばあちゃんに言ってあげてください。まずは居間にどうぞ。今、蔵の整頓の準備をしていましたので)


浅「お、みんな来たね」


蒼「浅晴さん、また宮司の服ですか?」


浅「着させられちゃって」


明(かっこいいと思いませんか?)


蒼「その意見には同意と同情が並んで湧いてくるよ」


冷「あら、久しぶりに神主さんの服装をお目にかけられたわね」


浅「蒼人君、その方は?」


蒼「あー…どう説明していいものか」


冷「初めまして、私は冷泉・フリージィ。忍の旧友です」


浅「忍さんの…きゅうゆ…旧友!?」


冷「あと、ついでに冷泉神社の神様でした。ふふっ」


浅「えっ!?あ…えぇっ!?」


蒼「考えてみれば、明乃以外の人はみんなこの辺の話知らないんだったな」


明(そういえば、私も伝えるのを忘れていました。でも今わかったので良しとしましょう)


蒼「自分を棚にあげるんじゃない」


………


夜「先ほどは主人が取り乱して失礼いたしました」


浅「改めまして、よくよくお帰りになられました」


冷「もう…そんなに畏まられると私が委縮しちゃうわ。神様と言っても私は古い神様、今は忍の友人として、あくまで普通にここに遊びに来ただけですから」


浅「は…はい。左様ですか…」


冷「それに、本当に敬うべきは私よりこの望ちゃんだもの、当代の冷泉町の神様は、彼女よ?」


夜「まぁ!あの望ちゃんが神様ですって!?」


浅「そそ、それは失礼を………」


望「あ、わ…私もそんなに敬われると困るから、今まで通りでいいよぉっ!」


明(えっと…これは私が謝るべきなんでしょうか)


蒼「そう思うなら、そうなんだろうな…」


………


浅「さて、では蔵の整理を始めましょう。とりあえず風を通してホコリ取りはしていますが、いかんせん荷物も多いので行き届かないところもあります。くれぐれも気を付けて作業しましょう」


望「はーい」


蒼「じゃあ俺は…持てるものを外に出す作業をするか」


明(書類なら私もお供します)


望「じゃあ私も明乃ちゃんのお手伝い!」


夜「咲希さん。私たちは掃除とお昼の用意をしましょう」


咲「そうしますか。冷たいものか…力の付くものか…」


冷「私も書類運びのお手伝いしようかしら」


浅「蒼人君、タンスとかも運び出したいから小物が片付いたら僕と一緒に運んでもらってもいいかな?」


蒼「はい、じゃあササっと済ませますね」



―へぇ、なんだか賑わってるね



蒼「えっ!?」


咲「その声は…」


部「人も集まっているみたいだし、アタシ達の出る幕はないかしら?」


牧「よう蒼人!製作所チーム勢ぞろいだ!」


芙「冷泉神社って始めてきましたけど、きれいな場所ですね」


蒼「社長にみんなも…でもなんで」


社「やんごとない感じで蒼人君が休暇を取ったから、忍さんに関係ある何かがあるかなと思ってさ。それでちょっと調べてみてたの、そしたら…」


冷「実は、私が社長さんとお話をして、ちょっとお手伝いを頼んじゃったのよ」


社「この方も忍さんと仲が良かったっていう話を聞いてね、それで一つ、製作所として挨拶をしたくてやってきたけれど…」


部「こんな大掛かりな整備なら初めから呼んでくれればよかったのに」


蒼「俺もまさかこんな大掛かりになるとは思ってなかったが…」


社「どうも、更月さん方々。木工と金属の製作をしている小林製作所の小林です。縁あって忍さんとは古くからお世話になっていましたので、恩返しをと思ってご挨拶にまいりました」


夜「ご丁寧にありがとうございます。母も喜ぶと思います」


部「それで蒼人君、どういう分担になってるのかしら?」


蒼「あ、えっと俺たちが大荷物を…」


牧「芙由、俺たちで速攻でジュース買って来ようぜ!」


芙「うん、あとアイスもいいかも」


社「それじゃあ厳司くん、一時作業を任せていいかな?ぼくは忍さんに手を合わせてすぐに戻るよ」


部「わかりました。それじゃあアタシ達の人頭指揮は蒼人君、任せるわよ」


蒼「部長を顎で使うなんて出来ませんが、わかりました」



………



蒼「なんか、もはや一つのイベントだな」


牧「そうだな、こんだけの人数で神社の整備」


明(まるで、神社だけでお祭りでもやってるような賑やかさです)


望「夏のお祭りも、今日の作業も楽しいね」


蒼「楽しい…のか?」



冷「でも、みんなちょっと汚れが付いちゃってるわね」


芙「炎天下だから汗もかいてますし、きちんと休憩を取らないと倒れちゃいそうで心配になります」



社「厳司くん、業務用の送風機乗せてきたよね?」


部「もちろんです。空気を回せばここも過ごしやすくなりますね」



浅「少し整頓のつもりだったけど、なんだか大掛かりになっちゃったね」


夜「冷泉さんに製作所の社長さんも…お母さんの人望がこんなに人を呼ぶとは思ってなかったわ」


明(私は、おばあちゃんの事を信じてたから、こんなに人が集まって嬉しいよ)


浅「神社の事、結果はどうあれ大切にしてあげられなくてごめんな、明乃」


夜「そうね、最初は催事もやめたのに神社だけ残ってもって考えてたけど、こうしてみると神社とお母さんがいたから色んな出会いがあるのよね」


明(気にしなくていいよ。私はこうして今を過ごしているのが、一番楽しいから)


蒼「あきのー、なんか古い日記帳みたいなのが出てきたぞー!」


明(ほほう、それはぜひ私に運ばせてください)


浅「ははは…ほんと、嬉しそうにしてるなぁ」


夜「お母さんもそうだけど、蒼人さんにも感謝しないとね」


浅「あぁ、こんなに楽しそうな明乃は久しぶりだ」


………


望「はい、蒼人くん」


蒼「冷たっ!?」


望「首元を冷やすといいんだって」


蒼「あぁ、天からの恵みの様に涼しいよ」


望「本当に、いっぱい人が集まったね」


蒼「こんなに居るのは、夏祭り以来だな」


望「そういえば、あの夏まつりもみんな一緒に居たんだね」


蒼「社長はいなかったから、今日は本当に全員集合だな」


望「みんな…楽しそう」


蒼「望?」


望「みんながこんなに楽しそうにしてると、今考えてることが少し小さく感じる」


望「怖いけど、みんながこうしてこの町で笑ってくれてるって考えると、もし私が消えても、また楽しく夏を迎えられるかもしれないって考えられる」


蒼「そうだな、確かにそうかもしれん」


望「もし近いうちに居なくなったとしても…忘れちゃったりしても、次の夏の私もこうして楽しく暮らせる気がする」


冷「そうね…そういう意味では望ちゃんはすごく幸せかもね」


望「冷泉さん…」


冷「娘の望とたくまくんの話」


冷「たくまくんは、結局町を追われるように引っ越して、娘の望は神子が生まれるまで消えたり現れたりを繰り返していた。ただ、望自身はただひたすらに神様として人と出会うことはなくて、たくまくんは誰にその話をできるわけでもなく、毎年毎年望に自己紹介を繰り返していた」


冷「二人は、二人だけでなんとかしてきた。だから人一倍つらかったと思うわ」


望「二人だけ…」


冷「比較はできない。どっちが悪いなんてこともない。ただ言えるのは、今の望ちゃんは一人でもないし二人きりでもない。だから、あまり怖がらないで」


望「…うん」


蒼「みんなもいるし、俺だってもっと何か方法がないか考えてみるさ。だからそんな感傷的にならずに、もっと遊ぼうじゃないか」


望「まだ、クレープを食べるチャンスもあるかな?」


蒼「よし…おーい!誰か一緒に買い出し行かないかー!!」


望「うえっ!?」


牧「おういいぜ、どうした?」


望「望がクレープをご所望だ。これだけいるしせっかくだから作るぞ」


牧「いや決定事項かよ!」


望「あわわ…そんな急に…」


芙「でも楽しそうですね」


部「あら、クレープならアタシもバイトで作ったことあるわよ~」


社「うちの担当屋台でクレープ屋さんあったよね」


部「という事は…そこに連絡を取れば…?」


蒼「ちょっ…ちょっと待ってください…そこまでは求めてない」


咲「クレープづくりなんて楽しそうじゃない」


夜「これは、一日仕事になりそうね」


社「クレープかぁ…でもクレープ一つの為に屋台を運ぶのは…」


蒼「ですよね。そりゃあそう考え」


社「いっそ業務用調理器とか用意したり借りて回る?」


蒼「ちょっと待ってそれはよくわからない」


部「そうですねぇ、ここも元お祭り会場ですし…」


蒼「あの、一応よその神社で…」


夜「あら、それならお夕飯もこちらでいただきますか?」


浅「おやおや、これはさらに賑やかになる予感だね」


蒼「そんな気軽に受け入れていいんですか!?」


明(冷泉神社が…またお祭りを…)


蒼「明乃は頼むからそんなに目を輝かせないでくれ」


社「そういう事で、蒼人くんの提案があるのですが、更月さん方はいかがでしょう?」


浅「そうですねぇ…ここ数年…それ以上、この場所も静かになって久しいですからね」


蒼「社長、今さらっと俺を言い出しっぺに挿げ替えましたよね」


咲「これは、帰り際に腕がなるわね」


望「もしかしてお祭り?」


牧「なんか楽しそうになってきたぜ!」


芙「じゃぁ私たちはまた飲み物の買い出しに行く?」


部「という事で、これは丸一日のイベントになりそうね。良かったわね蒼人くん」


蒼「はぁ…こうなれば好きにしてください。俺はもう身体ごと流れに乗りますよ」



………



浅「それじゃあ、皆さんも丸一日ありがとうございました。蔵の所蔵品もすっかり整頓されて、これから新しくこの場所を大事にできるようになりました、ほら、蒼人君」


蒼「え、俺も…?」


牧「蒼人―、いっそ乾杯しちゃえよー」


蒼「責任重っ」


望「蒼人くん、ふぁいとー」


社「ほら、彼女さんも応援してるよ」


蒼「はぁ…それじゃあ、こうして立たせてもらって感謝しかありません。作業の終了を祝して………乾杯!」



―――かんぱーい!!―――



蒼「ここまでくると、本当にお祭りだな」


浅「すごいね、蒼人君のところの製作所、車が引き返したかと思ったら、一丁前のお祭り用の資材が入ってくるなんて」


蒼「なんか、うちの会社がすみません」


夜「とんでもない。昔はここが夏祭りの会場だったんですから、古き良き時代の活気が戻ってきたみたいで楽しいですよ」


冷「すごいわね、私が見てた頃に負けず劣らず楽しい場所になっちゃったわ、ふふっ」


浅「…ねぇ蒼人君、その…冷泉さんって結局おいくつなのかな?」


蒼「それは、勇気を出して本人に聞いてみてください。俺は聞いたことありません」


冷「聞こえていますよ更月のお父さん?一応忍が生まれるより前から神様をしている身なので、後は想像にお任せしますね~」



明(望ちゃん、クレープ食べますか?)


望「うん!」


明(イチゴクリームとバナナミックス、半分ずつにしましょう)


望「それじゃあ食べ合いっこだね、はいっ!」


明(じゃあこちらも、どうぞ)


牧「これはこれで青春だなぁ」


芙「二人とも可愛らしいよね。こうしてみると子どもみたい」


牧「この神社で夏祭りがあったら、こんな感じになるんだろうな」


芙「もしかした、今日をきっかけに復活したりして」


牧「そうなったら、俺たちも頑張らないとな」


芙「そうだね。それに…」


牧「ん?」


芙「私たち二人も、これから頑張っていかないとね、将来とか」


牧「芙由………」


牧「あぁ…もちろんだ!」



咲「いやぁ、部長さんもこんなにお酒がいけるとは…いや見た目に違わずというか」


部「あらぁ咲希さんこそ、しっかり飲んでらっしゃるじゃない。アタシの前任は伊達じゃありません事」


咲「うちの旦那程じゃないけどいいガタイしてるし、もしまた実家にこっちに帰ることがあれば今度はとことん飲み合いましょうね」


部「嬉しい事言ってくれるわねぇ。こんな人がすぐにこの町を離れるなんてもったいないわ」


蒼「母さん、いい飲み友達を持ったんだな…」


望「あぁっ蒼人君が死んだ魚のような目を」



冷「社長さん、一献いかがですか?」


社「おや、冷泉さん。それじゃあ若輩の身として、ありがたく…」


冷「一国一城の主が若輩だなんて謙遜なさらなくてよろしいんですよ」


社「この場所に来れば、ボクもあの日の若者の一人ですよ。ましてや忍さんの友人の前で誇るなんてとてもとても」


冷「学友ほどの間柄です。忍が残したこの町の事を私は多くは知らないですし」


冷「…社長さん、あなたが見た忍は、どんな人でした?」


社「厳格な人でした。だけど常に人を重んじる人でした」


社「ぼくも、忍さんの優しさをおすそ分けしてもらって、こうして頑張ることが出来ました」


冷「そうですか…立派だったんですね」


社「もう少し、表情が柔らかければ、美人な人だったなというのが、ぼくの勝手な印象ですよ」


冷「ふふっ、そうですね。私が見ていた忍も、いつも真面目な顔をしていました」


社「ここに忍さんが居たら…どんな顔をしているでしょうね」


冷「流石に、もう少し笑顔になってると信じたいですね」


社「では、そんな忍さんの笑顔を思って、冷泉さんも一献」


冷「それじゃあありがたく」



………



浅「今日は本当にありがとうございました、急場で少ないのですが…」


社「それは困りますよ。我々も趣味でやっただけの事ですから。それにお礼はぼくらより蒼人君個人の方がいいかもしれません」


蒼「と言っても、俺もそんな謝礼なんてもらっても申し訳ありませんけどね」


浅「そうですか…でしたら、これは一つの希望なのですが、来年は冷泉神社として皆さんをご招待させてください。この謝礼はその時の為に」


明(それって…)


望「それって、神社で来年もお祭りをするってこと?」


夜「内々だけどね、でもこうして小さな町の寄り合いが作れれば、きっと冷泉町の人も、そして祭を辞めてしまった母も、何か思うんじゃないかって考えていますので」


社「わかりました。それなら、来年に期待して、今日はお開きにしますね」


部「社長、積み終わりました」


社「それじゃあ長々と失礼しました。楽しい時間をありがとうございます」


浅「こちらこそ、色々お手伝いいただいてありがとうございました」


社「冷泉さんも、ボクたちに声をかけてくれてありがとうございました。また思い出話でもいたしましょう」


牧「芙由も乗ったな、それじゃあ俺たちはそのまま直帰しますね」


部「えぇ、明日も忙しいから気を付けてね」


………


望「終わっちゃったね」


明(ゴミも残らない位すっきりですね)


浅「蔵掃除のごみも、お祭りの分も、全部回収していったね。その分くらいは渡してもよかったかなぁ…蒼人君、お使いで悪いけど良かったら渡しておいてくれないかな?」


蒼「社長に手渡ししておきます」


冷「あの賑わいが、また続いたら素敵ね」


蒼「祭って、ああやってできるんでしょうね」


咲「さて、台所の片付けも終わったし、これですべて終了ね」


夜「本当に何から何までお手伝いしてもらって、ありがとうございました」


蒼「母さんは祭の時は飲み役でしたけどね」


咲「あーおーとー?」


蒼「それじゃ、俺たちはこれで…冷泉さんは?」


冷「私もそろそろお暇させてもらおうかしら、色々見たい物はあるけれど、夜も遅くなっちゃったし」


明(あ、あのっ…冷泉さん!)


冷「あら、どうしたの明乃ちゃん?」


明(…実は、その)


冷「なぁに?私から離れたくないの?私は望ちゃんみたいに涼しくは…」




明(…実は、おばあちゃんから。手紙を預かっていたんです、私が)




冷「えっ」


浅「明乃?」


夜「それは初耳だわ」


明(冷泉さんを知っていたわけじゃないんです。だけど、おばあちゃんは昔話の時に、必ず自分の友人っていう話をしてて)


明(おばあちゃんが亡くなる1週間ほど前に、おばあちゃんが私に1通の手紙をくれました。その時おばあちゃんは、これを大事に預かっててほしいとだけ言ってて…)


明(でも、私は気づきました。その手紙は、いつも口にしていた友人への手紙)


明(そしてその友人は………)


冷「明乃ちゃん…」


明(私の勝手な思い込みですが、私は冷泉さんならこの手紙を読んでもいい人だって、信じます)


冷「………うん、ありがとう。大切に読ませてもらうわね」


蒼「それじゃあ、帰ります。また遊びに来ようと思います」


望「また遊ぼうね、明乃ちゃん!」


浅「うん、明乃の為にも待っているよ」


明(はい、また)



………



冷「ねぇ、咲希さん、蒼人くん」


咲「はい?」


蒼「何ですか?」


冷「少しわがままを言いたいの。一度お家に寄ってもいいかしら?」


咲「もちろん。日頃から遠慮なく来てくださっていますし」


蒼「今更声をかけなくても、ご自由にどうぞ」


冷「うん。ありがとう」


………


蒼「あー、とりあえず、俺は汗流してくるよ」


咲「あ、私は部屋の荷物片づけなきゃ…」


望「じゃあ私、蒼人くんの後に入るー」


蒼「覗くなよ?」


望「しないよ」


………


冷「………」


望「その手紙」


冷「えっ」


望「読まなくてもいいんですか?」


冷「そう、ね………」


望「手紙をちゃんと読むために、ここに来たんですよね」


冷「望ちゃんも成長したわね、その通りよ」


望「だったら…」


冷「うん………」


冷「うん…」


ぺらっ


冷「間違いない、本当に忍の手紙ね。綺麗な字になった…」






―  あなたがこれを読む時、私はこの世には居ませんでしょう。私は、これが未来の私の子らに読まれる事を思い、出来る限りの事を記しておきたいと願い、手の動く限り私は手記を書き留めました。私がこの手紙を書くに当たり、出来るだけ多くの記憶を呼び起こして、預けられるだけの荷物を此処に預けて旅立とうと強く思いました。


 また、この手紙を次に手に取る筈の、かけがえの無い私の友人は、今この文を読んでいるでしょうか。もし、あなたが何かの理由で此を読むことがなかったのなら、私は彼方から彼女を待ち続けましょう。そして、今読んでいるのなら、私はあなたに謝らなければなりません。私が、これ以上無いほど心を苦しめていた時、私はあなたの不在を恨みました。その深さは、私に多くの決断をさせ、そして恐らく、この町の脈々と続く歴史を、修復不可能になるまで壊しました。恐らく今後、冷泉町と言う町は全てを忘却して、多くを失い続ける事でしょう。


 しかし、あなたは私の元を離れている間に、自分の娘の心に寄り添い、彼ら彼女らを見つめ続け、そして全てにおいて正解である答えを探して休みなく糸を解き続けていた。私に何も告げなかったのは、あなたが自分の償いをしていたから。あなたがあなたの間違いを、自分で正そうとしていたから。だから私には関係の無い事と割り切って何も告げなかった。



 これを読む私の友人"夏野 小折"へ。本当に、ごめんなさい。



 私はあなたを信じてあげられずに、ここまで辿り着いてしまった。あなたがずっと私の事を思い続けて、この町の事を思い続けて、私たちが恨まれていることも、あなたは風の便りで知りつつ、それを何時もの飄々とした態度で受け流していたのに、それも慮ることもなく、ただ更月の家の者の責務として、神様の不在という重い鎖を履き続けてしまった。今でもあなたは、すべてをひた隠しにして、私と接していた時のように誰かをからかったり、少し悪戯をして見せたりしているのでしょう。それを思うと、私は自分の選択を悔やんでなりません。その背中に、私がしてしまったことが乗りかかっていると思うと、私はあなたに顔を向けられる勇気が生まれません。


 だから、せめてもの償いとして、あなたにはこの拙文を書き残します。数年でも、数十年でも、あるいはあなたでなかったとしても、私はこの手紙を残さなければなりません。それが、私とあなたとの大切な会話だと信じています。 ―






冷「………ぅ」


冷「しのぶ………」


冷「忍………しのぶ……うぅ」


望「冷泉………さん…?」


冷「わかってた……!…でも、やっぱり怖くって…ずっと…だから私が……私も…自分の責任に逃げていただけなの…」


冷「言いたかった…私も謝りたかったっ!…のに………あなたより私に勇気がなかったの………ごめんなさい……ごめん…なさ…!」


冷「うぅっ………あぁ…」


望「冷泉…さん…」


蒼「冷泉さん…大丈夫…ですか?」


咲「その手紙、やっぱり忍さんから…」


望「咲希さん、蒼人くん…今は」


蒼「…あぁ」


咲「そうね」


冷「ごめんなさいしのぶ…ごめん…なさい」



………



蒼「もう、大丈夫ですか、冷泉さん?」


冷「えぇ。一番の年長者が、みっともない所を見せちゃったわね」


蒼「仕方ありませんよ」


咲「暗いから私が送りましょうか?」


冷「まだ夜の8時だし、これでも明るいから大丈夫。」


冷「望ちゃんも、寄り添ってくれててありがとう」


望「私も、同じことしたので」


冷「その辺はさすが親子ね、それじゃあ長くお邪魔しました」


蒼「はい、またどこかで」


冷「えぇ、近々ね」



Date-8/26

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