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蒼「さて、今日も今日とて仕事の準備か」


蒼「望は大丈夫だろうか?」


蒼「何にせよ降りてみればわかる事だ」


………


蒼「おは…」


望「あっ、おはよう蒼人くん」


蒼「お、今日も元気だな」


望「うん。今日も朝ごはんを一緒に作らせてもらってたんだ」


咲「望ちゃん、呑み込みが早くて助かるわ。これならいつお嫁に行っても恥ずかしくない位よ」


望「わわっ、そんなお嫁さんだなんて…」


蒼「そうだな、料理も、洗濯も、掃除も、冷蔵庫もこなせる人がパートナーになれば幸せに違いない」


望「最後は絶対いい意味じゃないよね!?」


蒼「さて、とりあえず俺は軽く食べてから仕事に行くよ」


望「あ、うん!じゃあ用意するよ!」


望「それと、蒼人くん」


蒼「ん?」


望「…色々と、ありがとう」


蒼「あぁ、かまわんよ」


望「伝えきれてない気もするけど」


蒼「大丈夫さ。何を言いたいのかはわかってるつもりだ」


蒼「クレープとサンデーのおいしさを教えてくれて…」


望「もう、初めて会ったときみたいなことを」


望「でも、ありがとうね」


蒼「あぁ。まだ夏は終わってないんだ。できることは色々やって行こう」


望「わかったよ」


咲「ごはん冷めちゃうわよー?」



………



社「28日までの有給かい?」


蒼「えぇ、まぁ…」


社「幼稚園のテーブルの件はまぁ今日中に終わらせればいいけれど、製作が詰まってるからできれば出勤してほしいんだけど」


蒼「それは…頑張ります」


社「うーん…そこを何とかって言い辛い所だねえ」


部「社長、どうしたんですか?」


社「いやぁ、有給の要請がね」


部「あら、月末で夏休み前に蒼人くん有給を取りたいの?」


蒼「は、はい…」


部「ふーん………」


部「…いいんじゃないでしょうか」


社「厳司くん?」


部「彼が抱えてる製作も組み換えでどうにか出来ますし、8月末までの仕事は全員で出勤してますので、空いた穴を埋めるくらいはできるかと」


蒼「部長…」


社「まぁ、厳司くんならそう言うと思ったよ。ぼくも予定は見てたから、無理がないスケジュールなのは知ってたしね」


蒼「そう、ですか」


社「やんごとなき事情なんだろうし、今回は特別に許可するよ。秋は秋で忙しくなるから、その時はいっぱい働いてね」


蒼「…ありがとうございます!」


社「あぁそうだ、ついででいいんだけど頼み事を聞いてくれるかな?」


蒼「はい、俺にできる事であれば」


社「ぼくもいろんな所に出向いたりして忙しいけどさ、せめてご挨拶はしたかったんだ。だから蒼人くん、もし忍さんの所のお孫さんに会えたら、忍さんによろしくって伝えておいてくれるかな?」


蒼「わかりました。探してでも挨拶してきます」


社「うん。忍さんとあの神社がなければぼくもここに立ってなかったし、お礼は欠かせないからね。それじゃあ今日の作業はよろしく頼むね」


蒼「はい、仕事に戻ります」


………


芙「蒼人さん」


蒼「おう、芙由。もう体調はいいのか?」


芙「はい、おかげさまで」


牧「屋上好きだな、というか暑くないか?」


蒼「まぁ暑いな。けど日がな一日屋根のある作業所か事務所に籠っているよりはいいかと思った」


芙「熱中症には気を付けてくださいね。最近昼の温度はすごく上がっていますから」


蒼「優しさが心に染みるよ」


牧「そういえば、追加で有給を取るんだって?」


蒼「あぁ」


牧「よく許してくれたな。結構追い込みかかってる時期だってのに」


芙「何か出来ることがあれば私もお手伝いしますからね」


蒼「情報が早いな。というか部長経由か…」


蒼「まぁ、色々あってな。母さんがまた仕事に戻るからそれの送り出しとか、色々やることが出来たから、使いあぐねてた有給を使わせてもらった」


芙「色々って、望ちゃんの事とかですか?」


蒼「それもある。まぁ詳しくは言えないけど察してくれ」


牧「オーケー、そういう事なら察してやる。ただ今度飯奢ってくれよな?」


蒼「仕方ない、今回ばかりは何でも言ってくれ」


芙「そういえば、この間、お父さんたちの顔合わせの時に行ったレストラン…」


牧「あぁ、あそこおいしかったよな。リーズナブルで」


芙「うん、リーズナブル…でしたよ?」


蒼「二人して変な目でこっちを見るな、芙由、お前牧人が感染してるな?」


牧「インフルエンザか俺は」



………



社「じゃあ幼稚園のテーブルは、明日納品の確認に行ってくるね。先方にも運搬用の車を出してもらうように頼んでみるよ」


部「それじゃあ今日の仕事はここまで、お疲れ様でした」


「「お疲れさまでした」」


牧「じゃあまた休み明けに会おうな」


芙「また皆さんと一緒に」


蒼「あぁ、またな」


蒼「さて、それじゃあとりあえず…牛乳なかった気がするからそれだけで」


明(えいっ)


蒼「冷たっ!?」


明(どうですか、気配感じ取れなかったでしょう)


蒼「明乃…お前何時からそんな悪い子に」


明(失礼な)


明(あと、これ差し上げますね)


蒼「アイスコーヒー?急にどうした?」


明(気にしないでください、ココアを飲もうとして間違えただけです、そこに丁度コーヒーを飲めそうな人が通りがかったので思いつく限りの事はしてみました)


蒼「首にあてがうのもいたずらの一つと?」


明(差し上げただけですよ。他意はありません)


蒼「すっかり言葉巧みになったな」


明(誰かさんのせいですね)


明(それで、蒼人さんは何をしていたんですか?)


蒼「仕事が終わって買い出しに行こうとしていたんだよ。そういうお前は?」


明(私もお使いを頼まれました。よければ一緒に行きますか?)


蒼「あぁ、それじゃあ行こうか」


………


蒼「あ、そういえば明乃」


明(はい?)


蒼「うちの社長からお前に…というか神社と忍さんにと言うべきか。今後ともよろしくって伝えておいてくれって言われたんだ」


明(ありがとうございます。そういえば製作所の社長さんはおばあちゃんに挨拶に来た人でしたね)


蒼「俺が明日から休みを取るから、休みついでに伝えておいてくれって頼まれたんだよ」


明(お休み、ですか?それってもしかして望ちゃんに関係が?)


蒼「まぁ、な。製作所の人には、神様については話してないけど、それでも何となく察してくれたみたいでさ」


明(そうでしたか。あ、望ちゃんと言えば私も思い出しました)


蒼「どうした?」


明(蒼人さん、私と冷泉さんが望ちゃんの事についてお話した日がありましたよね?)


蒼「あぁ、もう1週間以上ぐらい前だったかな」


明(蒼人さんは、あれから冷泉さんを見かけましたか?)


蒼「………言われてみれば、この間一度も見てないな」


明(そうなんです。私もあの日、蒼人さんが一人で帰って行ったあと、少しだけ冷泉さんとお話をしたのを最後に、一度も見かけていないんですよ)


蒼「ふむ…話って?」


明(その…冷泉さんとおばあちゃんって、知っての通り旧知の友人なんですよね。それで、冷泉さんとおばあちゃんが、当時の冷泉の夏祭りを取り仕切る役目だったのに、結局その年に町を守ることが出来なかった。冷泉さんは、その事を気にしていたみたいです)


蒼「そうか、俺のじいさんとばあさんたちの頃も、冷泉さんと忍さんは見てきたんだもんな」


明(そのあたりの話はおばあちゃんの口から聞いたことはありませんでした。そうですよね、自分が取り仕切っていた時に神様の力が失われたなんて、娘にも孫にも伝えたくない真実だと思います)


明(…おばあちゃんは、伝えなければ後悔するっていう話を何回も教えてくれました。今思えば、それはおばあちゃんと冷泉さんの間に残っている後悔があったからこそなんでしょうね)


蒼「それで今思い出したんだが、忍さんの手記が見つかっただろう?あの手記に何かその辺りの手がかりってなかったのか?」


明(そうであれば嬉しいところですが…少し洒落た横書きの日記帳で、そこには冷泉神社の神様と出会ってからの日々の過ごし方とか、そういうものが色々と書かれていましたが、結局、ある日で日記は完全に終わっていて、書きかけのページ以降、何も残ってはいませんでした)


蒼「ある日って言うのは?」


明(…多分、祭ヶ原たくまさんと、初代の冷泉・望さんが祭を終えた前後だと思います)


明(そのページは、悲痛な筆跡で殴り書いたような文字が散らばっていました。その中で、最後の行にだけ、それまでの暴れた字からは想像もつかない綺麗な一筆で)


明(“冷泉は、もういない。”そう書かれていました)


蒼「聞いてるだけで、胸が痛くなるよ」



―本当に、心と耳が痛すぎる内容よね



明(わぁっ!?)


蒼「れ…冷泉………さん?」


冷「お久しぶりね。みんな元気していたかしら?」


蒼「いや、冷泉さんこそ…どうして急に」


冷「私もね、ここ数日結構忙しくなっちゃって、色々やってたり、赤穂さんの執務室のソファでお昼寝したりしていたら、いつの間にか1週間も経ってたのよね」


蒼「それを世間ではサボりというのでは」


冷「細かい事は気にしないのよ。それより今のお話、少し詳しく聞こうかなって思ったんだけれど…私、お邪魔だったかしら?」


明(そんなことはないですよ。むしろ冷泉さんにとってはおばあちゃんの事は聞きたい筈でしょうし)


冷「んー…そうね。生きてる内なら色々言ったり色々勝手に覗いたりして怒られてたけど、今なら、古い生活の盗み見するくらいなら大目に見てもらいたいから、よければ話を聞きたいわね」


蒼「動機の倫理観が迷子ですね」


冷「まぁそれだけ、たくまくん達の残した衝撃は大きかったのよ。こと人間にとっては気候が真反対になるほどの大事件なんですから。当時は神様信仰も厚かったし、あの時に人と対話をしていた忍の苦労はおして知りようもないわね」


明(おばあちゃん)


冷「蒼人くん、あなた明日から数日お休みをもらったんでしょう?」


蒼「どうして今までいなかった冷泉さんが俺の休み事情を知ってるんですか」


冷「まぁまぁ、それで今の話で思いついたんだけど、望と私と蒼人くんで一緒に、冷泉神社の色んな資料を見まわしてみないかしら?」


明(うちの資料…ですか?)


冷「冷泉町史に、まだ解読できていない文章があったり、忍の持っていた手記や、蔵に眠っている色んな物の事、知りたくはない?」


明(それは、非常に興味深いですが、蒼人さんと望ちゃんは…?)


冷「蒼人くんは力仕事が出来そうだから蔵の荷物の出し入れとかして欲しいし、望ちゃんには、私が見てきたものを資料を使って知ってもらおうと思ってね」


蒼「つまり荷物運び役が欲しいと?」


冷「そうとも言うわね」


明(そうですね、夏祭りの時はタンスの浴衣や着物ぐらいで終わりましたが、蔵の中身を整理できるのなら、それもいいかもしれませんね)


冷「だそうよ、蒼人くん。いかが?」


蒼「まぁ、確かに望の事も色々わかるかもしれないし」


蒼「もしかしたら、望の今後について何か新しい道も見えるかもしれません」


明(蒼人さん…)


冷「そうね、私も神様として見聞きした事しか知らないから、私が居なくなった後、更月家が何か残すことが出来たのかも気になるし」


蒼「望の事で何かわかれば、もしかしたら新しい道も開けるかもしれない…ですかね」


冷「それは本当に分からないわね。私も私以前の神様の話は知りようもないから」


冷「でも、試す価値は大いにあるんじゃないかしら」


蒼「わかりました。それじゃあ明日望を誘ってみますね」


冷「ありがとう。ごめんなさいね、先代の神様のお願い事に付き合ってもらっちゃって」


蒼「俺たちの為でもあります」


明(私も、かねがね冷泉さんに今の神社を見てもらいたかったので)


冷「嬉しいセリフをありがとう。それじゃあ、私は今日はこれで帰るわね」


蒼「いつも思うんですけど、冷泉さんはどこに帰ってるんですか?」


冷「人のお家事情は千差万別だから、あまり気にしない方が吉よ?」


蒼「もしかして、市長さんのデスクに帰って行って、そのままそこで寝て過ごしているなんてことないでしょうね?」





冷「あははっ、赤穂さんが聞いたらお腹抱えて笑うでしょうね。まぁ………ちゃんとお家はあるから心配しないで」


蒼「そう、で…すよね。杞憂でした」


冷「それじゃあまた明日」


………


明(今、否定するまでに間がありましたね)


蒼「気にするな、気にしすぎると冷泉さんのペースに呑まれるぞ」


明(それはさておき、忍さんの親友のお話は興味があります。なんだか、ようやく自分が知りたいことを知る機会を得られた気がして)


蒼「忍さんの友人で、神社に住んでいた神様で、冷泉町の神話を一番長く知っている人だからな、明乃にとっては全てを備えた人だ」


明(それに…)


蒼「それに?」


明(いえ、何でもありません。それより蒼人さん、お買い物を済ませないと夜が来てしまいます。晩御飯が夜食になる前に買い出しを急ぎましょう)


蒼「まだ6時になったばかりだから夕飯は逃げないだろう」



………



明(それじゃあまた明日)


蒼「あぁ、また連絡するよ」


蒼「さて、明乃の余計な気遣いによって無駄に買ってしまったかもしれん」


蒼「1個でいいといった玉ねぎを2袋も詰めるやつがあるか」


望「あっ、蒼人くんおかえりー」


蒼「ただいま、悪いが小さい袋を一つ持ってはくれないか?」


望「わかったー、所で今明乃ちゃんの声がした?」


蒼「あぁ、同じ時間に買い出しに来てたんだ」


望「そっか、また晩御飯とか一緒に食べたかったなぁ」


蒼「それなら、明日予定が出来て、俺と望と、後冷泉さんで神社に行くようにしてるんだが」


望「ほんとっ!?私も行っていいのっ!?」


蒼「嫌じゃなければ…っていう必要もないな」


望「キラキラ」


蒼「そうと決まれば言うことはない、明日行くぞ、望」


望「わぁい!」


蒼「さて、今日の夕飯タイムだ」


望「私も作るよ!」


蒼「わかった、せっかくだから俺も何か手伝わせてくれ、母さんが帰って来てから自炊の腕が鈍ってるんだ」


咲「ほう、言うじゃないの。じゃあ今日の夕飯は蒼人に任せるわね」


蒼「母さんまで玄関に出てくる必要はないだろうに」


咲「面白そうな予定の話をしてたんですもの、私もお手伝いに行っていいかしら?」


蒼「あぁ、助かるよ」


………


望「蒼人くん」


蒼「何だ望、8時になってまだ寝るには早いんだが」


望「あ、あの……ね」


望「こっ、こういう事聞くのはなんというか…ちょっと気が引けるんだけど」


蒼「どうした?俺で叶えられることなら言ってみてもいいぞ」


望「む、むしろ…蒼人くんだから聞いてほしい…いや、そうじゃなくて」


蒼「どうしたそんなにもじもじと?」


望「あ、あのっ!い…一緒に、おふろっ!入りません…かっ!」


蒼「そんなことだろうと思ってた」


望「わかってたのっ!?」


蒼「自分の恰好を見てみろ。胸元にバスタオルと着替えを抱えて、自分の身体を見られてないか気にして、付き合っている俺に気まずそうに聞くやつが、風呂じゃなかったらどうしようかと思ってたよ」


望「知られてたら知られてたで、これはすごく気まずいよ…」


蒼「で、一緒にふろに入りたいと?」


望「う、うん…何というか、同じベッドで寝たり、デートに行ったり、付き合ってるからしてることはいっぱいしてきたけど、一緒にお風呂に入ったりはしてなかったなぁって…」


蒼「お前、昼間に何かテレビで見てそう思ったのか?」


望「あまり見透かさないでよ、お風呂入ってないのに蒼人くんの顔が見られない位恥ずかしい……から」


蒼「まぁ、俺も恥ずかしくないわけじゃないが…望が言うなら一緒に入るか」


望「あっ、えと…ふつつかもの?ですが」


蒼「聞きかじりの知識に流されるんじゃありません」


………


蒼「ふぅ、夏に湯船に入るのも、悪くないな」


望「横向きなら二人とも入れる広さで良かったよ」


蒼「そういえば、お前がこうして湯船につかってると、この風呂ってその内水風呂になるのか?」


望「言われてみれば、そんなこと考えもしなかった」


ぴと


望「ひゃいっ!?」


蒼「手を掴んだだけだろうに…」


望「おおおおふろのなななかでつかまれたらびっくりするよっ!」


蒼「あれ、湯船の中の手は普通の温度だ」


望「そうなの?」


蒼「ちょっと手、上げてみ?」


ザバァ


望「はい」


蒼「あ、冷蔵庫みたいな温度に」


望「お風呂に入ってるときはこの体質は通じないのかな」


蒼「流石神様、能力がご都合主義だ」


望「それ褒めてないよね?」


蒼「どうだかな」


望「でも、夏にお風呂でゆったりするのが気持ちいいのは賛成だねぇ」


蒼「…望」


望「なに?」


蒼「あの日…やっぱり怖いと思ったよな」


望「…聞こえちゃってたよね」


望「すごく怖い、夏の終わりがいつなのか分からないのも怖いし、いつか自分が消えるのも怖い、次に出会う時に蒼人くんの事を覚えてないのも怖いし、次はもう蒼人くんが居ないかもしれないのも」


望「今でも…涙が止まらない位、すごく怖いよ」


望「けど、それは蒼人くんだけじゃない、私も選んでここまで来たから、これだけ失うことが怖いんだと思う」


望「だから、怖いままずっと泣いてても嬉しくない。だったらせめて、怖い気持ちは抱えたまま、好きな人や大事な人と楽しく過ごしていたい」


望「泣いて疲れたあの日、私は最後にそう思ったんだ」


蒼「………これ以上ないくらいに、立派だな」


望「だから、いつ終わるか分からないこの夏に、私は色んなことを楽しみたい」


望「蒼人くんと、もっと楽しく過ごしたい」


蒼「…あぁ、頑張るよ」


望「蒼人くん、私の身体って、変なところはない?」


蒼「唐突な質問だな。変なところなんてないさ、俺にはもったいないくらいに綺麗だよ」


望「そっか…ふふっ」


………


蒼「さて、明日は出かける日だ。風呂も入ったし、そろそろ寝るぞ」


望「あ、うん、わかったよ」


蒼「で、いそいそと俺の部屋までついてくると」


望「えへへ」


蒼「あとは察してくれと?」


望「その…何というか」


蒼「はいはい甘えん坊さん、一緒に寝ましょうか」


望「その言い方は子ども扱いみたいだよ」


蒼「狭くはないか?」


望「うん、蒼人くんが感じられてちょうどいいです」


蒼「そうか」


望「蒼人くんは」


蒼「ん?」


望「蒼人くんは、私が隣に寝ててドキドキする?」


蒼「…最初はびっくりしたな。そもそも異性の赤の他人と一つ屋根の下、って時点で大分戸惑ってたよ。付き合いだして最初の頃も、思えば緊張してたな」


望「今は?」


蒼「………望?」


望「私、今はすごくドキドキしてる。呼吸が早い気がして、たぶん、今までで一番緊張してる気がする」


望「蒼人くん…どうなっちゃったのかな」


蒼「落ち着け、不安が押し寄せてるだけだ。怖かったんだろ?」


望「うん…でも」


蒼「ほら、こっち向いて」


望「う、うん」


蒼「今は落ち着いて、他人の心音を聞いてれば落ち着けるらしいから、それで我慢してくれ」


望「…やってみる」


蒼「少し窮屈になるな、どうだ?」


望「………蒼人くんの心音、聞こえる」


望「穏やかな、しっかりした音…」


蒼「少しは落ち着いたか?」


望「…少しだけ、ほんの少しドキドキは収まった、かな」


蒼「ならよかった」


望「うん………うん………」


望「………すぅ」


蒼(眠ったか)


蒼(そういえば、大学の時に生存本能と生殖行為って話があったな。変な教授だったけど、講義は真面目に聞いてた)


蒼(もしかして、これもそんな生存本能なのか?)


蒼(もしも、これが他の神様にも存在してたとしたら、なるほどそりゃ抑えられない人もいただろうな)


蒼(でも………)


蒼(それだけどの神様も、怖かったんだろうな)


蒼(俺のじいさんとばあさんも、次の神子まで20年位だっけ)


蒼(毎年記憶を忘れて、それを新しい記憶で埋めなおして)


蒼(だけど、別れるしかなくて。そして別れる時にはこんな生存本能が働くのかもしれない)


蒼(こんな推測が本当だとしたら、俺のじいさんも、冷泉さんが言ったようにあながち悪じゃなかったのかもしれないな)


蒼(考えるのはもう終わりにするか、明日が待ってる。何かが判るかもしれない明日が)


Date-8/25

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