Chapter.5

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―望ちゃんが記憶ごと消えて、居なくなるかもしれないのにっ…!それを伝えない事の何が幸せなんですかっっ!!


―でも…今の望ちゃんについては、それは事実。望ちゃんは夏の間にこの町に表れて、夏が終わるとこの町から姿を消す。


―夏が来るたびに、次の神様が生まれるまで、暫定的に神様として残り続ける望と、記憶がリセットされた望と出会い続けるたくまくん。望は、毎年毎年、何度もたくまくんに問い続けたわ。


―あなたは誰?って



………



あなた、誰?

ぼく?ぼくは祭ヶ原たくま、この町の人だよ。


あなたは誰?

ぼく?ぼくは祭ヶ原たくまって言うんだ。初めまして


あなたは………



………



蒼「そうか、あの日の夢は…そういう」


蒼「望は…いない」


蒼「下から声が聞こえる、朝食を作ってるのか」


蒼「何日経ったっけ、あんな話を聞かされてから」


蒼「夏が終わるのに…」


蒼「俺はいつまで何もせずに生きてたんだ?」


蒼「俺は………」


………


咲「おはよう蒼人」


望「おはよう蒼人くん。もう朝ごはんも出来てるよ」


蒼「あ、あぁ」


望「どしたの、なんかぼーっとしてるよ?」


蒼「いやぁ、なんか寝足りないような感じがしてな」


望「大丈夫?」


蒼「心配ないさ。それに今日は休みの日だ。デートと言われればデートにだって行ってやろう」


望「ほんとっ!?」


咲「二言はない」


咲「あんたもすっかり慣れてきたわね。最初の頃は青いと言ったらなかったんですもの」


蒼「完全に面白いものを見る目で見ていたというわけだな?」


咲「さぁね。あ、そうだ蒼人」


蒼「ん?」


咲「私はそろそろ夏休みも終わるから、28日ぐらいにはまた仕事に戻るわよ」


蒼「あぁそうか、今回は力業で休みを取って帰ってきたんだっけ」


咲「失礼な」


蒼「結局父さんは帰らずじまいだったなぁ」


咲「まぁ、年末には帰ってくるでしょう。それくらいの方が私も暑苦しくなくていいわ」


蒼「本当に父さんの事なんだと思ってるんだよ」


咲「まぁそれはさておき、蒼人。望ちゃんとこのまま一緒に過ごすつもりでいいのかしら?」


蒼「ん?」


咲「私はもうすぐ帰るけど、望ちゃんはこの町の人だし、それに神様だってことだから、元々のお家もないに等しいんでしょ?だから神様以前に人として、望ちゃんをこのままここに置くって事でいいのかって言う意味よ」


蒼「…そうだな。俺はそうしたいとは思ってる。他に家という家もないし、肝心の冷泉さんもそれはそれで家知れずだからな」


望「私、ずっとここに居ていいの?」


蒼「………あぁ、そのつもりだ。あとは望の希望一つだけどな」


望「蒼人くんと一緒に居られるなら、私はもっと一緒に居たいよ。私からお願いするのも変な感じだけど、出来ればここに居させてほしい」


咲「それじゃあ決まりね。そういう事ならお父さんにもとりあえず一報入れておくから、もしかしたら秋になって全速力で帰ってくるかもしれないけれど」


蒼「う………」


咲「二人の意思も確認したところで、私はこれから荷物の整理をすることにするわ。蒼人、今日はともかく今度の休みっていつ?」


蒼「今度…多分27日だな。そしたら夏の休みは終わりのはずだ」


咲「じゃあその日、明宮に二人とも付き合いなさいな。ここでもうちょっと過ごすのなら、望ちゃんのお洋服をもうちょっと仕立ててあげないと」


望「ええっ!?な、なんだかまた増えようとしてるっ!?」


蒼「諦めろ、これはもう素直に従うのが吉だ」


咲「さて、じゃあ朝ごはんにしましょう」



………



蒼「で、外に出かけてみたのはいいが」


望「冷泉町はいっぱい見せてもらったもんね」


蒼「明宮…また映画か、それともモールで何かを見て回るか」


望「そういえば、さ」


蒼「ん?」


望「蒼人くん、何か悩んだりしてない?」


蒼「どうした急に」


望「うーん…何がっていう事は出来ないんだけれど」


望「ちょっと前から、蒼人くん、私を見るたびに一瞬寂しそうな顔をしてる気がした。だから何か悩んでるのかなって…特に、私が神様だって知ってから、色々忙しそうだったから」


蒼「そんなに俺、疲れてたのか」


望「なんだか、そう見えた」


蒼「………そうだな」


蒼「本当なら、お前に行っていい話か分からないところだけど、最近冷泉さんも明乃も全然顔を見てないし」


蒼「ここでお前に隠し事をするのもいただけないよな」


望「それは、私についての隠し事?」


蒼「…あぁ」


望「冷泉さんとか、明乃ちゃんが、私に隠してくれてた事?」


蒼「そうなるが…望?」


望「私、最近少し考えたんだ。冷泉さんも明乃ちゃんも。自分が知った私の話をどうして話してくれなかったのかなって」


望「秘密にされるのは苦しいのに、それでも秘密にするのはどうしてなんだろうって」


蒼「それは」


望「わかるよ。蒼人くんも冷泉さんも、明乃ちゃんも、私を悲しませたくないんだよね」


望「私が知ったこと、どれもこれも、話を聞いて辛くなった。神様だっていう事と、神様だから蒼人くんと付き合っちゃいけないかもしれないっていう事」


望「私の考えとか思いが、冷泉さんにとっては昔見たままの辛い記憶だってこと」


望「だから、私を悲しませたくないから、知っていても言うことが出来なかった」


望「蒼人くんも、そうでしょ?」


蒼「あぁ、そうだな」


望「蒼人くん」


蒼「なんだ?」


望「今、蒼人くんが言おうとしてるのも、私は悲しくなること?」


蒼「………そう、だな」


望「そっ、か」


望「………ねぇ、蒼人くん」


ぎゅっ


蒼「どうした、俺の腕をつかんで」


望「今度は、私がデートに連れて行ってあげる」


望「私のお話はそれが終わってから。だから、今日は私が蒼人くんの事、いっぱい楽しませてあげる」


蒼「お前に、それができるのか?」


望「もちろん、明宮なら蒼人くんと行ったことあるし、蒼人くん…程は詳しくないけど、私が行きたいところに連れていくくらいはできるよ!」


蒼「………」


望「前に言ってくれたよね。デートの時は、楽しむべきだって」


望「だから、デートの間は楽しもう?」


蒼「…まいったな、子どもだと思ってた望に、完全にカウンターされたじゃないか」


望「私は子どもじゃないよ」


蒼「わかったよ。じゃあ望に任せて今日はデートにしようじゃないか」



………



望「喫茶店!」


蒼「モールについて早々にその一言が出るところに、お前の欲が全部透けて見える。サンデーだろう?」


望「見抜かれてたぁ」


蒼「クレープはいいのか?」


望「今日はサンデーを食べたくなったの」


蒼「気まぐれめ」


望「自覚はあります」


蒼「じゃあ入るか」


カランコロン


「いらっしゃいませ」


望「んー…イチゴサンデー?にしたいな」


蒼「じゃぁ…白くまフルーツサンデーとイチゴサンデーを一つ」


「かしこまりました、少々お待ちください」


望「お昼ごはん前だけどよかったの?」


蒼「言い出しっぺがそれを聞くか?」


望「あはは」


蒼「今日はお前のリードに付き合う日だからな、こういうのもたまにはいいさ」


望「優しいんだか素直じゃないんだか」


望「でも、ありがとうだよ」


蒼「素直に受け取っておくよ」


「お待たせしました、白くまフルーツサンデーとイチゴサンデーですね」


望「蒼人くんのサンデー、いろんなフルーツが…クリームに刺さってる?」


蒼「人聞きの悪い、ちりばめていると言え」


望「でも、カラフルでおいしそう」


蒼「もちろん分けるつもりで頼んだから、味見してもいいぞ」


望「流石の優しさ」


蒼「たまには見せないとな、優しさ」


望「いつも見せてくれていいし、いつも優しさをもらってるよ」


蒼「歯が浮くセリフはそこまでだ、溶ける前に食べるぞ」


望「ふふっ、はーい」


………


「ありがとうございましたー」


蒼「白くまって、後で調べたら練乳かき氷のようなアイスだったんだな。どおりで甘いわけだ」


望「でも、おいしかったよ」


蒼「確かに、さて、次はどこに行く予定なんだ?」


望「へっ?あ、うーん…えいが…でも、ゲーム…?」


蒼「慣れて無さが出るのが早すぎないか?」


望「あはは…やっぱり知らない場所のエスコートは大変だよね、うん」


蒼「やれやれ、それじゃあ選手交代だな」


望「結局いつものデートだね」


蒼「お互いその方が気楽だろう?あと、人酔いしそうなら言えよ?」


望「それはもう慣れてきたから大丈夫だよ」


蒼「そしたら、いったんモールから離れるか」


望「離れちゃうの?」


蒼「あぁ。色々と興味があるものが近くでやっててな」


………


望「ここは?」


蒼「アートミュージアム…美術館って言われる場所だな」


望「びじゅつかん?」


蒼「色んな絵とか彫像とか、芸術作品を見る場所なんだけど…今は特別展示をやってるんだよ」


望「見て楽しむところ?」


蒼「そんな所だ。ほら、手を」


望「あ、うん」


………


蒼「少し不服そうな顔はそろそろ止めていただきたい。子ども料金の案内をされたぐらいで拗ねるんじゃありません」


望「だって」


蒼「とりあえず、これからの景色を見て落ち着いてくれ、暗いから手を離すなよ」


望「ちょっと暗いけど大丈夫…って」


―ようこそ、夜の海とその生き物たち展へ。ここでは昼や浅瀬では見られない希少な夜の生き物たちを、光と音の世界と共に楽しむ場所になっています。


望「すごい…光がきれい」


蒼「夜に動いてる魚たちのアクアリウムだな。海の生き物って見たことなかっただろう?」


望「うん、すごくきれいで…あ、こっちの魚かわいいよ」


蒼「フグみたいだな」


望「ふぐ?」


蒼「海って数えきれないほどの魚が自由に泳いでるんだ。昼も夜も、どこかで魚が泳いで、広すぎて人にはどうしようもないほどの大きさなんだよ」


望「そうなんだ」


望「………これってみんな海にいるの?」


蒼「そうだな。望は冷泉町の山あいしか見たことないからあまり経験はないだろうけど、海にはこういう生き物もいるんだ」


望「へぇ………」


蒼「望?」


望「蒼人くんは、海、見たことあるの?」


蒼「あるにはあるけど、近くで見に行ったことはないな。今の内は見ての通り山あいだし、明宮もどちらかと言えば内陸だ。大学の頃は多少近かったけど、それくらいだよ」


望「そっか」


望「…わっ、こっち向いた」


蒼「お前の涼しさに惹かれてたりしてな」


望「お魚まで私をクーラー扱いするなんて」


蒼「賢いな」


望「もう…海ってそんなに涼しいのかな?」


蒼「俺も遠目にしか見たことないが、少なくとも水ではあるな」


望「それって広い?」


蒼「あぁ、無限に広い」


望「そんなにすごいの?」


蒼「そうだな。例えられないくらいには巨大な場所だよ。明宮も冷泉町も山あいで内陸で平地っていう、海とは全く縁のない場所だから、イメージはわかないと思うがな」


望「そうだね、よくわかんないよ」


蒼「母さんはおそらく知ってるだろうな。飛行機にも載ってるし、海外にだって行ったことあるはずだから」


望「咲希さんに今度聞いてみようかな」


蒼「母さんの事だ、嬉々として話してくれるだろうさ」


望「そっか」


望「でも、お魚たち、本当にきれいだね」


蒼「お前も水色の髪なんて素敵パーツがあるじゃないか」


望「なんか複雑な褒められ方だなぁ」



………



蒼「さて、西泉駅に到着、と」


望「結局、半分以上蒼人くんに案内されちゃったね」


蒼「仕方ないさ。これから望が自分で何か発見するかもしれない。その時はまた案内を頼むよ」


望「もちろん、冷泉町の事なら私にも案内できるしね!」


蒼「頼んだよ、神様」


望「へへん!」





望「………さて」


望「もう色々楽しんだ事だし、そろそろ今日のお話、聞かせてほしいな」


蒼「忘れてなかったよな」


蒼「気は進まないんだがな」


望「仕方ないよね、今日はその話をしようと思ってたんでしょ?ずっと上の空みたいになってた」


蒼「俺、そんなに顔に出てたか?」


望「表情とかそういうのより、どこかいつも考え顔というか…だから、色々と踏ん切り付かない事なんだろうなぁって思ってたよ」


蒼「俺も人の事を笑えないくらい隠し事は下手だという事で」


望「あははっ、蒼人くんも下手な人だー」


蒼「そういうお前だって」


望「そうだよー、私も得意じゃないよー」


蒼「開き直りやがった」


望「ふふっ、このままだと、ずっと冗談ばっかり言ってそうだね」


蒼「まったくだ。そのままでもいいとは思うが」


望「でも、話さなきゃいけないことは消えない。でしょ?」


蒼「………」


望「私の事、蒼人くんから聞かせて?」


蒼「………明乃と冷泉さんは、神様の事についてきちんと知っていたよ」


蒼「冷泉さんは言うまでもなくお前の祖母に当たる人だ。神様本人が神様の事を知らないなんてことはない。明乃は、お前が手紙を読んだり、研究の手伝いをしたことで、いろんなことを調べることが出来たらしい」


蒼「どれも望が居てこその話だ」


望「そうなのかな、それだったら嬉しいけど」


蒼「でも」


蒼「お前は最初にあったときに言ってたよな“自分がどこから来て、どこへ行っているのかわからなかった”って」


望「うん。もう2か月くらい前かな、そんなこともあったね」


蒼「考えてみれば、あの時点で何かがおかしかったんだ」


蒼「あの時から、こうなることは決まっていたのかもしれない」


望「蒼人くん?」


蒼「………明乃から聞かされたんだ。お前が、この夏が終わったら姿を消す。次の夏にはまた戻ってくるけれど、その時には何もかも忘れてるって」


望「………」


蒼「冷泉さんは、それを知ってほしくなかったらしい。けれど、結局冷泉さんもその事は知っていて、お前が今までの記憶も持っていない事も説明してくれた。希望はないかと思ったけれど、冷泉さんは残酷な真実だけを埋め合わせてくれたんだ」


望「………そっ、か」


蒼「今でも、まだ絵空事を聞いてるような気がして何も信じられない。今この場所に望が居るのに、消える気配も予感も何もないのに、それが消えるって言うのが、何一つとして実感が持てない。だけど、明乃と冷泉さんは、結局同じ結論を出してそれ以上は何も言わなかった。いや、俺が耐え切れずに言わせなかったんだ」


望「………うん」


蒼「…この話がずっと、心臓に引っかかる針みたいに痛くて。考えれば考える程痛みは深くなる。だから、それ以上無駄に自分を痛めつけるなら、いっそ考えるのもやめようと思って、ずっと逃げてきたんだ」


望「………うん」


蒼「けど、お前にはそんな痛みが顔に浮いて見えたんだろうな。無理もないさ、今でも明乃と冷泉さんの話を思い出すだけで、ショックが隠し切れないんだ」


望「…それで、私がそれを聞いちゃったんだね」


蒼「………」


望「咲希さんは知ってるの?」


蒼「いや、俺は何も話してないよ」


望「じゃぁ、蒼人くんは一人で考えてくれてたんだね」


望「ありがとう、そして気づかなくてごめんなさい」


蒼「そんなに優しく謝らないでくれ…」


蒼「俺は、考えることを止めてたんだぞ」


蒼「もしかしたら消えるかもしれないお前の事なのに」


蒼「逃げるように………考える…こと…」


望「蒼人くん」




望「確かにそのお話は怖い事だよ。そんな話を聞いちゃったら、すごく考えるよね」


望「聞きたくなかった、言いたくなかった…そういう思いが伝わってくるよ」


望「でも、私と蒼人くんにとって、それは大事な話だよね」


望「知らなかったら、私はいつの間にかさよならしてたんだし」


望「冷泉さんの思いも、明乃ちゃんの気持ちもわかる気がする。何より私にそれを知られたくないって思うのも、仕方のない事かもしれないね」


望「だから」


蒼「望?」


望「蒼人くん。私が消えるのは悲しい?」


蒼「…俺が決めた大事な人だ。悲しくないなんてありえない」



望「こんな事になるなら、出会わなければよかった?」


蒼「考えるのも野暮だな。出会わないなんて選択は、ない」



望「蒼人くん。私の事は、好き?」


蒼「………」


蒼「あの時と答えは変わってない。俺は、望が好きだ。神様でも、人の子でもいい。どういう運命があっても構わない」


蒼「俺は、望が好きなんだ」


望「…ありがとう。蒼人くん。その気持ちはしっかり受け取ったよ」


望「…帰ろう、まずは私たちのお家に」



………



咲「おかえりなさい。お夕飯まで食べて帰ってきたの…ね?」


蒼「悪かったな、連絡せずに」


咲「それは構わないけど、どうしたの?なんか、落ち込んでるというか…」


蒼「久しぶりに2,3時間歩いたよ。悪いけどちょっと寝かせてくれ」


咲「あ、うんわかった。望ちゃんは?」


望「私はお風呂に入ってから寝ようかな」


咲「わかったわ、それじゃ…」


望「咲希、さん…」


咲「どうしたの?」


望「………」


咲「ん?」


蒼「悪いけど、望の事頼んでもいいか?俺は俺でちょっと休むから」


咲「あ………うん」


………


蒼「…俺は、何をしてやれるんだ?」


蒼「夏の終わりもあと数日、こんな中で俺が何をして…」






うわぁぁぁぁぁぁぁん!!!


いやだ…やだよぉ………!


せっかく………たのし…うぅっ!


あおと…くんにも………かみさまの…ことぉっ…!


きえたくないっ………わすれたくないぃっ!!


もう…にどと…もどりたくないのにぃっ!!






蒼「っ………!」


蒼「望………」


蒼「そう、だよな。大丈夫な訳ないよな」


蒼「よく頑張ってたな、望」


蒼「それなら、俺ができることは何だろう?」


………


蒼「さて、もう深夜だな」


蒼「下の音も収まったが…?」


ガチャ…


咲「蒼人」


蒼「望、眠ったか?」


咲「すっかり泣き疲れたみたい。ずっと膝枕に顔を埋めてたわ」


蒼「そうか」


咲「蒼人。望ちゃんの話は、本当なの?」


蒼「聞いたんだな」


咲「泣きながら、言葉にならない言葉で教えてくれたわ」


蒼「少なくとも、冷泉さんはそれを肯定していた」


咲「そりゃ信じられないでしょうね。いきなり自分の大切な人がいなくなることも、大切な人の事を、次に会ったときに覚えてないことも」


咲「蒼人、私が自分の母親の事をよく知らないって言うのは話したことあるわよね」


蒼「あぁ」


咲「時々ね、今の私に覚えのない人が夢に出てくることがある。姿は覚えて無くて、どういう夢だったかも記憶にないけれど、一つだけ、その夢の中でだけ聞こえる声だけは鮮明に覚えているの」


咲「私の事をただ一人、その声だけは咲希ちゃんって呼んでくれる」


咲「不思議と温かみがある、懐かしいようなその声…私は何時とも知れない頃にその意味を理解した」


咲「あれが、私が出会うはずだった私の母親、1代目の冷泉・望=フリージィの声なんだって」


蒼「俺の、おばあさん…」


咲「その声を覚えていたから、私は最初に望ちゃんに出会ったとき、あまりに驚いたわよ。声も出なかった」


咲「自分の母かもしれない人と、同じ声、同じ話し方をするもう一人の人…そしたらそれが、私の母と同じ神様の直接の娘で、それを蒼人が好きになった…これだけ条件がそろってるのって、もう呪いか奇跡か…運命のめぐりあわせかと思ったわ」


蒼「確かに、運命って言うのなら、いたずらが過ぎるくらいだと思うよ」


咲「私が望ちゃんに寛容だったのは、そういう経緯があったから。望ちゃんに、自分の母親と、自分の娘っていう二つの気持ちを抱えてたから、私は望ちゃんを受け入れたし、あなたの相手として応援してあげてた」


咲「蒼人」


蒼「なんだ?」


咲「もしも、望ちゃんが言ったように、夏が終わって全てを忘れるんだっていうなら」


咲「あなたは考えることを止めないで、少しでも望ちゃんにいい思い出が作れるように頑張りなさい」


咲「知ってしまったことを後悔しても無駄、それに悩んでる時間も無駄。そういう余計なことはいくらでも後回しにして、何なら捨ててしまってもいい」


咲「あなたが望ちゃんを大切に思うのなら、それくらいはしてあげなさい。これは、私からの躾で、私個人の願いよ」


蒼「………ありがとう、母さん。久しぶりに母親らしいところを見せてもらったよ」


咲「もっと見極めてごらんなさい。私は意外と母親してるって自負はあるんだから」


蒼「わかったよ。できる限りの事はやって見せる。母さん、それで母さんにも相談があるんだ」


咲「おーけー、望ちゃんの為なら火の輪だってくぐってあげる」


蒼「そこまでせんでいい」


望「………すぅ」


Date-8/24

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