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蒼「………」


蒼「ひんやりする」


望「んん~…」


蒼「そうか、あの後帰ってきてすぐシャワー浴びて寝たんだっけ」


蒼「望が居るという事は、こいつまた勝手に部屋に…」


蒼「………」


ナデナデ


望「んぅ………」


蒼「神様…50年前、じいさんに俺の母さん…芙由と、そして冷泉・望=フリージィ」


蒼「真実って、何なんだろうな」


望「んん~………あ、あおとくぅん」


蒼「完全に寝ぼけ声だな」


望「ふあぁぁ~…おはよごふぁいまふ」


蒼「ゆっくり眠れたようで何よりだ」


望「…ううん、あまりねむれなかったよ」


蒼「それはどうして」


望「もちろん、蒼人くんがいなかったからだけど…」


蒼「甘えんぼか」


望「でもね、それだけじゃなくて…なんか、すごく不安だったの」


蒼「不安?」


望「別に、明乃ちゃんがどうこうとかじゃないよ。そうじゃなくて…なんか、昨日は蒼人くんがすごく遠くに感じたの」


蒼「遠く、か」


望「よくわからないけど、なんだか置いてかれるような感じがして、それで…一番最初の時みたいに何もないような…」


望「私…何か変なのかな?」


蒼「いや、昨日は俺もほっぽり過ぎたよ。悪かった」


望「蒼人くん、私はまだここにいて大丈夫なんだよね」


蒼「もちろんだ、多少のわがままだって言っていいし、こうして人の寝室に潜り込んでくるのもやぶさかじゃないさ」


望「………うん、ありがとう」


望「えへへ」



………



咲「あら蒼人、製作所から電話来てるわよ」


蒼「電話?なんでまた」


咲「さぁねぇ、とりあえず出てみなさいよ。部長だから」


蒼「えぇ…」


部(あらぁ、もしもし?今受話器の向こう側で苦い声を発したのは蒼人君かしらぁ?)


蒼「望ですね」


望「言ってないよっ!?」


部(まぁいいわ。それでなんだけど、蒼人君あなた、明宮あけのみや市長さんと関りがあったりするかしら?)


蒼「市長………あー、知ってるような知らないような…」


部(知ってるのね、わかったわ。じゃあ明日その吉峰市長がいらっしゃって、あなたに話を聞きたいらしいのよ。それで蒼人君、今日は臨時でお休みをあげるから、明日出勤にしても大丈夫かしら?)


蒼「それは別に構いませんよ…今日が休みなのも嬉しいですけどなぜ急に?」


部(その辺は社長命令よ。私にも事情は分からないわ)


蒼「とにかくわかりました。明日は…スーツで出社した方がいいですか?」


部(どうかしら…市長さんだしスーツで…はい?あぁ構わないんですね、わかりました)


部(社長から、畏まらなくてもいいよと伝えてくれ。だそうよ)


蒼「お世話かけます」


部(それじゃあ、急なお休みだけど、楽しんでらっしゃいね。望ちゃんにもよろしく伝えといてねぇん)


ガチャ…


蒼「………というわけで休みになった」


望「どういう訳なのかなぁ」


咲「まぁ、休みに変わりはないわけだし、貴重な休日を楽しめばいいと思うわよ」


蒼「やっぱり母さんはその辺楽観的だな」


咲「だてに一人では生きていないわよ」


望「なんだかよくわからないけど、とりあえず今日はずっと一緒にいてもいい日?」


蒼「そうだな、この間は色々あってデートらしいデートはしなかったし、今日はまたどこかに出かけてみるか」


望「あっ、うん!!」


………


蒼「準備できたか?」


望「ばっちりだよ!」


咲「私は今日はお仕事で家に居ることにするわ。そろそろ戻る準備をしなきゃね」


蒼「今をときめくキャリアウーマンだな」


咲「褒めていってないわね?ともかく行ってらっしゃいな。ね」


望「えへへ」


蒼「お前もちょっと気恥ずかしそうにするなよ。茶化されてるんだから」


望「はーい!それじゃあ咲希さん、行ってきまーす!」


………


蒼「とりあえず出かけるのはいいものの、今日はどこに行く?」


望「うーん…町中も行きたいし…それに…うーん」


蒼「まだ午前中だし、行きたい所をざっと並べてみろよ。計画立てて連れて行ってやるから」


望「頼りになるねっ」


望「それじゃあ今日は明宮!またクレープとか食べてみたいよ!」


蒼「お前クレープの事しか頭にないのか?」


望「失礼な」


蒼「わかったよ。じゃあまずは明宮だな」


望「うん!」


………


蒼「やっぱり夏休みだけあって人が多いな」


望「最近見てなかったからとっても人が多く感じるよ~」


蒼「大丈夫か?人酔いするみたいならゆっくり行くけど?」


望「ありがとう。でも大丈夫、無理はしないつもりだし、蒼人くんがとなりに居てくれるからね」


蒼「そうだな、隣くらいならいくらでも貸してやるよ」


望「…ずっと、こうしてたいよ」


蒼「望?」


望「………」


蒼「…昨日の事、気にしてるのか?」


望「………ちょっと」


蒼「心配するな。明乃はしっかりした子だし、ちょっと強かさはあるけどお前の思うような…」


望「ううん、そうじゃなくってね」


蒼「ん?」


望「…そういうのじゃなくて、もっと違う不安」


望「私が知らないだけで、みんなが知ってることがある不安」


望「私が知らないのに、蒼人くんが知っているっていう不安が」


望「…ずっと追いかけてくるから」


蒼「あ………」


望「蒼人くん。蒼人くんは、私の事実は色々知ってるんでしょ?」


望「色々教えてもらってるんでしょ?」


蒼「それは………」


望「………」


蒼「…そうだな。なんだかんだで色々知らされてるよ」


望「うん」


蒼「色々知らされ過ぎて、俺の方も整頓が追い付いてないくらいだ」


望「うん」


蒼「ただ、どれも望にとっては大事なことだから、いつか教えてあげたいし、たぶん俺に教えてくれた人たちもお前に教えてくれる日が来ると思う」


蒼「冷泉さんも、明乃達も…」


望「ほんとうに?」


蒼「あぁ」


蒼「こればっかりは、信じてほしいとしか言えないけど、必ず二人で全部知られるといいって思ってるよ」


望「………」


望「じゃぁ、信じる代わりの何かが欲しいな」


蒼「わかったよ。それじゃあデートの道すがら何でも言ってくれ。財布の許す限りなんでもしてやるから」


望「ふふっ、それなら蒼人くんに甘えさせてもらおうかな」


蒼「おう、甘えろ甘えろ」


望「それじゃあ行こっか!」


………


望「はぁ…映画ってすごいんだね」


蒼「まさか正面から水を被るとは思わなかったがな」


望「そうそう!それでわたしに霜がついてね!」


蒼「お前はそういう所で面白いのな」


望「人の体質を面白芸人みたいに言わないでよ~」


蒼「はいはい。さて昼だな」


望「クレ…」


蒼「お前は食事イコールクレープしかないのか?」


望「そんなことないよ!」


蒼「それなら食事もとれる所探しだな…今はモールの一階だから…山側に歩いて行ったらレストランとかが立ち並んでるな」


望「歩き回ったりはしゃいじゃったからお腹ぺこぺこだよ」


蒼「それでいの一番にクレープをせがむ勇気だけは拍手を送りたいよ」


望「相変わらず褒めてないよね?」


蒼「お、このおしゃれな店はどうだ?」


望「メニューには…あ、クレープもあるよ」


蒼「じゃあ決まりだな」


カランコロン


「いらっしゃいませー」


蒼「二人で」


「かしこまりました、空いてるお席をご利用ください」


望「なんだか”ふんいきがある”ねー」


蒼「言いなれない単語を無理して言わなくてもいいんだぞ?」


望「どうしていつもそういう所にはすぐに気づくのかなぁ」


蒼「ハンバーグステーキのセットに、パスタやら定食…いかにも洋食屋って感じだな」


望「あ、ねぇ蒼人くん」


蒼「ん?」


望「このサンデーって…!」


蒼「まずは飯を食え」


望「うぅ…はーい」


………


望「ごちそうさまでした」


蒼「ごちそうさまでした」


望「オムライスってふわってしてて美味しいね!」


蒼「まさかこの場末であんな綺麗なオムライスが出るとは…侮れん」


望「さて………」


蒼「やっぱり頼むのか、別腹を」


望「もちろんだよ、べつばらをね」


蒼「わかったよ、今日は好きにしていい日だからな」


望「わーい、すみませーん」


「はーい」


望「この………だぶるいちごサンデーをお願いします」


「かしこまりました、少々お待ちください」


蒼「クレープじゃなくてよかったのか?」


望「うん、なんだか無性に気になっちゃってね」


蒼「ふーん…パフェとサンデーはどう違うかみたいな話も合ったけど、結局忘れたな」


望「ぱふぇ?」


蒼「まぁ気にするな、いずれわかるだろうさ」


望「そうなの?」


「お待たせしました、ダブルイチゴサンデーですね」


蒼「おおう、お前の顔くらいの大きさのが来た」


望「すごい!よくわかんないけどすごいよ蒼人くん」


蒼「さすがにびっくりだよ。そんな大盛りの店なのかここは」


「ふふっ、ここのサンデーは、よくお客さんが驚くんですよ」


蒼「店員さん…?」


「メニューをわざと小さく見せて、こういう風に驚く姿を見たいんだって、奥で料理してるシェフが計画してるんです。私も最初に運ぶときは苦労したんですよ」


(おーい!余計なこと言わんでよろしい!)


「はいはーい、あと、スプーンは二つお付けしておきますね」


蒼「あっ、ありがとうございます」


望「これなら二人で食べられるね」


蒼「最初からそういうつもりのサイズなんだろうな、よく考えることだ」


望「じゃあ改めて、いただきまーす」


蒼「…うん、イチゴの酸味とクリームの甘さがいい」


望「クレープもいいけど、サンデーもおいしいね!」


望「…うん、すごくおいしい」


蒼「望?」


望「…なんだろう、とっても美味しいけど、何となく懐かしい気がするんだ」


蒼「懐かしい?」


望「うん、初めて食べた気がしないっていうか…」


「へぇ、あなたかわいらしいのに珍しいことに気が付くのね」


望「へっ?」


「このお店ってね、今はここに構えてるけど、シェフのお祖父さんの代からずっと洋食屋さんをやってるらしいの」


蒼「そうなんですか?」


「そうそう。それでこのサンデーって、おじいさんの頃からずっとある一番古いメニューの一つなのよね。あぁ、その他はビーフシチューとかナポリタンスパゲッティとか…」


蒼「そういう歴史を知っているお姉さんは何者なんですか?」


「私はシェフの娘ですもの。パパから嫌というほど聞かされてきた話よ」


「それで、このサンデーって最初は期間限定メニューだったりしてたんだけど、シェフのお父さん…あぁ、私の祖父ね。その代からはずっと続くメニューになったんですって」


望「へぇー」


蒼「つまり、望の懐かしいって感想はあながち間違ってないわけだ」


「そう。だからすごい知ってる人だなぁって思いました。はい、休憩終わり―」


蒼「休憩…とは」


望「いっぱいいろんな人が食べてきたサンデーなんだね」


蒼「そうだな、歴史っていろんなところに隠れてるって思うよ、ほんとに」


………アリガトウゴザイマシター


蒼「さて、昼も回って早いおやつもとった上で3時くらいなんだが」


望「明宮はもう色々見て回ったし…」


蒼「人も多くなって酔いやすくなるからな、一度戻るか?」


望「そうだね、私はそれでもいいよ」


蒼「よし、それじゃあ手離すなよ」


望「あっ、うん!」


………


蒼「さて、ようやく帰ってきたな」


望「ただいまだよー」


咲「おかえりなさい」


冷「おかえりなさーい」


蒼「なんかもう、普段通りとばかりに冷泉さんいますね」


冷「まぁねぇ。赤穂さんも忙しくなり始めて、そろそろ色んな事を整理していかないといけないからねぇ」


望「色んなことって」


冷「そうよ望ちゃん、ようやく望ちゃんも色々と教えてもらえるんだから」


望「教えて…もらえる」


蒼「これはまた突然ですね」


冷「でも、十分すぎるくらい時間はあったと思うわ。今の望ちゃんの心持ちはどうか分からないけど」


望「ううん、大丈夫です。最初は冷泉さんに出会って不安だったけど、何度も話していると、冷泉さんが優しい人なんだってわかってきたので」


冷「望ちゃん…」


望「それで、こうして私にも話してくれようとしているから、私は聞きます。わたしが誰なのか、私も知りたいです」


冷「ふふっ、まだまだかわいい孫娘だと思ってたのに、立派になっちゃったわね」


冷「それじゃあ色々話していきましょうか、私が知っている、冷泉町と冷泉の神様のお話を」


………


冷「まずは神様の事、望ちゃんも薄々気が付いているでしょう?」


望「…私は、やっぱり神様なんですか?」


冷「うん。望ちゃんは、私の娘のそのまた娘。冷泉町の神様の血筋に連なる一人よ」


蒼「蒼人くんは…知ってるの?」


蒼「こうやって明言されたのは、つい昨日の話だ。お前と同じくぼんやりとそんな気はしてたけどな」


冷「咲希さんは、ちょっと確信はあったわよね?何せあなたも…ね?」


咲「えぇ…帰ってきたときに望ちゃんがいたのには驚きしかなかったわね」


蒼「そうなのか?」


冷「無理もないと思うわね。それで、私や望ちゃんは冷泉町の神様。そんな神様は、この町の気候を保つことが出来た。だけどそれには毎年の奉納踊りが必要だった。女の子のね」


望「女の子の奉納踊り…それは明乃ちゃんと関係あるんですか?」


冷「意味は変わるけど関係あるわよ。冷泉神社は、そういう役目をもって建てられた神社だもの。そして忍はそれをずっと守ってきた」


冷「…だけど、あの年にその伝統は壊れたの」


望「こわ…れた?」


冷「忍が奉納の管理をしていた頃に、そのお祭りでは禁忌…つまり絶対にしてはいけなかったとされていた男の子の奉納踊りが決まってしまったの」


冷「その踊り手の名前は…」


蒼「っ………」


望「えっ」


冷「…祭ヶ原たくま」


望「まつ…えっ」


冷「…それは、蒼人君のおじいちゃんの名前で、咲希さんのお父様の名前なのよ」


望「あの…それじゃあ蒼人君のお家って、その約束事を破った人がいたっていう…こと?」


冷「ここまでの話で言えば、その通り。さらに言うと、男の子が奉納の舞いをすること自体はいいんだけど、だいたい男の子が奉納の舞いをした時は、その時の神様と恋をしてしまって、それがこの町の気候を保てなくなる理由になるのよね」


望「恋…それじゃあ」


冷「例にもれず、男の子で奉納踊りに選ばれた祭ヶ原たくま君は、当時の神様だった私の娘の“冷泉・望=フリージィ”と恋に落ちた。そしてあれから50年くらい…今のあなたがここにいるのよ」


望「そんな…」


冷「それと、蒼人君は聞いたんでしょう?そんなたくま君がそのあとどんな生涯を経たのか」


蒼「………母さんを作って、そのあとは川上家に婿養子として嫁いで、川上芙由の親を残した…ですよね」


冷「そう、祭ヶ原たくまは、連れ合いだった娘の望が早くに亡くなって、自分の娘である咲希さんを置いて川上家に行った。そして、川上さんの娘…蒼人君の目線で見れば、芙由ちゃんのお母さんを残して、川上家として鬼籍に入った、つまり、川上たくまとして死んじゃったのよね」


望「………」


冷「望?」


望「私…もしかして、悪い事したの」


望「私、もしかして神様としてしちゃいけない事しちゃったの」


望「だって、私の知らない私のお母さんは、蒼人くんのおじいさんと恋に落ちて…だから私も、同じことしてるってことだよねっ!?」


望「私も!私も今っ!同じことをしてるんだよねっ!?」


望「ねぇ…冷泉さん」


冷「望ちゃん…」


望「蒼人くん…わたし」


蒼「落ち着け望、お前は知らなかったんだ。それは仕方のない事だったんだよ、俺だって…知ってさえいれ」


望「でもっ!!私は神様だよっ!」


望「私は…冷泉なんだよ?」


蒼「それは…」


冷「蒼人くん」


蒼「はい」


冷「今、あなた自分を責めたでしょう。自分も、自分が一番嫌った人間と同じ過ちを犯したんじゃないかって」


蒼「っ!」


冷「その思いはね、祭ヶ原たくまくんもずっと前に経験したのよ。たくま君は、こんな話を全て知っていたの」


蒼「ならどうしてっ!どうしてじいさんはあんなことしかできなかったんだよ!知ってたんなら自制だって利いたはずだ、なのに…」


冷「まぁまぁ落ち着いて。でもあなたも少しわかったんじゃないかしら。神様を好きになるという事が…たくま君が、どういう気持ちをたどったのかが」


蒼「それは………」


望「冷泉さん…私は、蒼人くんの事、好きになっちゃいけなかったの?」


望「私は、蒼人くんと、出会っちゃいけなかったの…?」


冷「そんなことはないわよ」


望「でも、私も神様なんでしょ?だったら町の事守らなきゃいけない!いけないのに」


冷「はいはい、望ちゃんも落ち着いて。みんな良く聞きなさい。ここまでのお話は、全部あなた達側が知っているお話です」


冷「…まぁ、ここまでの事をよく調べられたなぁってちょっと驚くけどね」


蒼「どういうことですか」


冷「望ちゃん、蒼人くん、咲希さん。ここまでは、みんなが知っているお話。今を生きているあなた達が調べられる最大限のお話。それで、これからの話が、あなた達が知りたがっていた本当の話。あなた達の、そしてこの町の多くの人の心に引っかかってる棘を抜くためのお話なのよ」


蒼「多くの人の心…」


冷「気持ちの整理は出来た?」


望「………」


冷「うん、真っすぐな良い目をしているわね」


冷「…さて、祭ヶ原と私たち冷泉の神様の関係は今言った通りなんだけど仮にそうだとしたら…蒼人くん、何かおかしな所はないかしら?」


蒼「おかしな所…?」


冷「前にも言った通り、無から生まれてくる神様“原神”は今は私だけ、私の娘は私の娘で、望ちゃんは私の孫」


咲「どういうことなの、蒼人?」


蒼「…あれ」


冷「何か気が付いた?」


蒼「冷泉さん、これは仮定なんですけど、じいさんが恋に落ちて、結婚してた後で、この望が生まれる事ってあるんですか?」


冷「残念だけど、それは絶対にないわね。神様が人と結ばれて交わったとき、その神様は人に堕ちるって言われてる。つまり、人と結ばれた後に新しい神様が宿ることは絶対に無い」


蒼「それはつまり…俺のばあさんに当たる、この望の母親は、この望を神様として産んでからじいさんと結婚したっていう事になる…?」


冷「流石にヒントが多かったかしらね」


冷「ご明察の通り。私の娘たち…つまりたくまくんと望は、祭の時に結ばれたわけじゃなかった。たくまくんはね、実はちゃんと禁忌については理解していて、娘の望ときちんと話し合って、どうすればこの悪習を断ち切れるか、必死に考えていたの」


冷「惜しむらくは、忍に知らせなかったことだけどね。そのせいでこじれちゃったし」


蒼「忍さん…?」


冷「忍はね、奉納踊りの後に、奉納者と神様が一夜を過ごす秘殿という場所から、二人が戻ってこない事をずっと心配していたのよ。そしてたくま君が戻ってきた時、冷泉町は神様の恩恵を静かに失っていった。だけどそれは今までの現象とは理由が違っていたの」


望「理由?」


冷「神様が力を失うことで、次の原神まで気候が戻らないのではなくて、本来なら秘殿でとある契約をするはずの所をしなかった。そうすることで、娘の望が気候を調節する事が出来なくなった代わりに、望は神様のまま生き続ける事になったの」


冷「そして二人は、こっそり様子を見に行った私にこう言ったの“次の神子が生まれるまで、自分たちは待ち続ける”ってね」


冷「だけど、神子を宿すまでの時間なんて予想もつかない。数年で次の神子が生まれるかもしれないし、場合によっては数十年先になるかもしれない。たくまくんが生きていない程先になるかもしれない…たくまくんと娘の望には、そのことを重ねて忠告していたの」


冷「けれど、二人はきちんと待った」


冷「20年…それだけの長い時間を、二人は神子の誕生に賭けたの」


冷「そして…」


蒼「今の望は、無事に神子として生まれた」


望「私は…神様のまま生まれてきた…」


冷「たくまくんは、ずっと待ち続けたのよ。自分が好きになった人が、最後まで幸せになれるように…そう願いながら、いつか会える日まで…その間、多くの人から色々言われてきたわ」


冷「外から見れば、自分が舞いをしたせいで町は壊れたんだし、神様がまだ神様として存在しているなんて、舞い手だったたくまくん以外は知る由もない。町中から非難を浴びて、冷泉町からも逃げるように引っ越しして、そんな敵意をずっと受け続けていた」


冷「冷泉町は、やがて奉納の舞をすることを止め、神様を管理していたという名目だった冷泉神社も必要とされなくなり、忍はその内に冷泉神社の催事を全て辞めてしまった。たくまくんと娘の望が神様を大事にした一方で、町そのものは神様を信用しなくなったのよね」


蒼「じいさんたちは、最初から神様を守るつもりで、どんな批判も受け続けていたっていうんですか」


冷「事実、そうしていた。これは私が保証するわよ」


冷「その時に新たに分かったことがあるの、それは町が信仰を失くした事で、その次に生まれてくる神子の力が弱まるという現象。私の娘…1代目の冷泉・望=フリージィは町を守るだけの力を備えていたけれど」


望「あっ」


冷「今の望ちゃんは、自分の体温にだけ神様の力が宿っているの。経験が浅いから因果関係は分からないけれど、少なくとも今の結果で言えばそうなっている」


冷「話を戻すわね。それで、神子を残すことが出来た二人はきちんと結ばれて、そして人間として咲希さんを産んだ。だけど人に堕ちた神様がそう長く生きられるわけもない。望は咲さんの顔を満足に見つめられる時間も残されず、人間として息を引き取った。それからは、咲希さんの見た通りよ。あなたはたくまくんに育てられて、そして今まで生きてきた」


咲「そんな堅気な父が、どうしてあんなことに…」


冷「そこから先の話って私は知らないのだけれど、どうやら川上さんとたくまくんはずっと幼馴染みだったのよね。川上さんがどれだけの事情を知っていたのかはわからないけど、もしかたら川上さんがたくまくんを呼んだのかもしれないわね」


咲「じゃあ…父は私を捨てたんじゃなくて…」


冷「と言っても、咲希さんを祭ヶ原旧家に預けたのは事実だから、そこの事情については私もあまり同情はしないわね。ただたくまくんの事は知っているから、何かしらの事情があるのかもしれないとは思うけど」


蒼「………」


望「………」


咲「………」


冷「…さて、とりあえず、私から話せるのはこんなものかしらね。いきなりすぎてちょっと追いつかないかもしれないけれど、聞きたいことがあればいくらでも聞くわよ」


蒼「ありがとうございます。とりあえず、頭の中を整理しようと思います」


冷「ふふっ、いい事ね。それじゃあ日も沈んできたことだし、私はおいとまするわね」


咲「あっ、よかったらお夕飯を…」


冷「いいえ、今日はこれで帰ることにするわ。あなた達も、色々と話したいことがあるでしょう?」


咲「それは…まぁ」


冷「素直でよろしい。じゃあまたどこかで会いましょう。今度は面白いお話でも持ってくることにするわね」


………


蒼「行ったな」


咲「本当に、つかみどころのない性格よね」


望「………」


蒼「さて、望」


望「うあっ!?な、なに…?」


蒼「今の話、どれだけ理解してた?」


望「う…」


蒼「色々と気持ちが散らばるのもわかる。俺も全部を飲み込める程賢い人間じゃないからな」


蒼「ただ、少なくともお前が人を好きになっちゃいけないとかいうルールはないぞ」


望「でも、私は神様で…」


蒼「確かに、お前は神様で今も人間製氷機みたいな能力は持ってるが、だからと言って人間をよける必要もないし、好きにならない理由もない。それに…」


望「あっ、手…」


蒼「俺たちのじいさんばあさんは、それを知った上で好きでいたんだ。その二人が守ってきたものを、俺たちも守っていけばいいんだ」


望「蒼人くんは、神様の私も好き?」


蒼「神様でも、人でも、どんな存在でも、俺は望が好きなままだよ」


望「…そっか」


咲「あんた、いつからそんな格好つけたセリフを恥ずかしげもなく吐けるようになったのよ」


蒼「どうだかな」


咲「とりあえず、まずはお夕飯にしましょう頭の整理はまたどこかでするという事で」


………


望「蒼人くん」


蒼「おや、今日はわざわざ寝室にやってきたか」


望「その…一緒に寝てもいい?」


蒼「いいよ、ただ冷えすぎないようにしないとな」


望「いじわるな事を言うね」


蒼「悲しい性だよ、ほら」


望「うん」


蒼「………心配か?」


望「…とても心配だよ」


望「ずっと自分の事がわからなくて、ある日偶然に出会った人を好きになって、そしたら自分が神様で、好きな人と一緒にいられないって…もう、頭の中がいっぱいいっぱいで…」


蒼「そうだな」


望「確かに、蒼人くんが言うように素直に好きでいていいかもしれないけれど、どうしても神様の自分が声をかけてくる…神様は、人を好きになっちゃいけないんだ…って」


望「誰でもない、自分がそう言い聞かせてくる」


蒼「望………」


望「ずっと…迷ってるんだよ」


蒼「今は無理するな。いつかまた、そういう事に答えられる時が来るだろう」


望「そうだったら…いいな」


望「………すぅ…」


蒼「…おやすみ、望」


Date-8/17

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