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(………ねえ、ねえ君)


(君だよ)


(…ねえ、もしも君が選ばなきゃいけなくなったとき、君はどっちを選ぶかな?)


(選択肢もないのにって顔してるね)


(でも、そんな選択もあるんだよ)


(君に突きつけられるそれを、君はどうする?)




………蒼人、くん




―――





蒼「………」


蒼「…夢、か?」


蒼「今のは誰だ」


蒼「誰かに似ていたような…」


望「すぅ………すぅ………」


蒼「誰かに………」


望「…んう、あぁ、蒼人くん」


蒼「珍しいな、お前の方が遅いなんて」


望「…そうだね、蒼人くんと長く居たかったから?」





望「…とか言ったら、嬉しい?」


蒼「お前、変に扇情的だよな」


望「せんじょう?」


蒼「なんでもない。さて、そろそろ起きるか」


望「うん」


………


咲「おはよう、お二人さん…むふふ」


望「お、おはよう…ございます?」


蒼「朝から茶化す気満々のその笑顔をやめんかい」


咲「いやー、自分の息子に彼女が出来るってそりゃあ嬉しいことですもの。意地悪したくもなるわ」


望「うーん…」


蒼「そんな心理には共感しない」


蒼「そんなわけで、残念だが母さんは俺と望の事を知っている。悪しからずだ」


望「それは…仕方ないことかな?それに…」


望「………咲希さん」


咲「なんでしょ?」


望「…その、いきなりこのお家で暮らしはじめて、色んな経験をさせてもらって、それで………」


望「…蒼人くんと、もっとたくさん一緒に居たくて、私は蒼人くんと付き合うことになりました」


望「こ、これからもっ!よろしくお願いします!」

咲「いいわよ」


望「早っ!?」


咲「そりゃ望ちゃんが告白したって言うんなら一秒くらいは考えるけど」


望「それでも一秒なんだ」


咲「これは蒼人が決めたことなんでしょ?だったら自分の息子を信用するまでよ」


蒼「母さん…」


咲「それに、望ちゃんみたいなかわいい子なら大歓迎よー」


望「わわっ!?抱きついてきた!?」


蒼「あまり望を困らせるんじゃない」


咲「で、今日はどうするのよ?」


蒼「まだ、明日まで夏祭りやってるから」


望「もうちょっとお祭りを楽しみたいかも」


咲「と言うことは、また神社に寄ってからかしら?」


蒼「あー……そうだな」


望「……うーん」


咲「何よ、二人とも気まずそうな顔して」


蒼「いやぁさ、明乃が………」


望「ちょっと…顔を合わせづらいかも」


咲「もう、そう言うことを気にしないの。気にせず行ってみればいいのよ。何なら二人とも引き摺って行こうかしら?」


蒼「いえ」


望「自分で行きます」



………



明(いらっしゃいませ)


蒼「よう」


望「またお祭りに行こうかなって、思って」


明(そうですね、せっかくのお祭りですし、楽しまないと損ですよね)


蒼「そう言うわけで、また浴衣を借りられるか?」


明(もちろんです。お二人には良いものを選びましょう。ということで)


望「明乃ちゃん、あの…」


明(望さんがそんな顔をしないでください。フラれた私が居たたまれませんから)


望「ぅ」


明(…お二人なら、私も笑って応援できます。だから、望さんも笑ってください)


望「…ありがとう」


咲「青春ねー」


夜「いらっしゃい、浅晴さんは今日はお仕事だから蒼人さんの着付けは後で私がするわね」


明(じゃあ望さんは私が)


蒼「俺は…」


望「蒼人くん。一緒に選んでくれるかな?」


蒼「え、いいのか?」


望「むしろ、選んでほしいかな」


蒼「あぁ、わかったよ」


明(じゃあ用意しますね)


蒼「明乃、あれからあの意味ありげな和装はどうしたんだ?」


明(この間の奥に飾っていますよ、ほら)


蒼「おぉう、堂々と飾ってたから気付かなかった」


望「何だか一層立派に見えるね」


明(見えるどころかかなり豪華な着物ですよ。織りの端々に金の糸が使われていますし、背中の刺繍も非常に細かい作りでした)


蒼「そんな大層な物だったのか…」


望「…あれ」


明(どうかしましたか?)


望「文字………この前よりも読めるようになってる」


蒼「あぁ、あの謎の文字か」


明(飾ったことで見やすくなったんでしょうか?)


望「ううん。そうじゃない…ことばが、頭の中に入ってきてるよ………」


蒼「おい、望?」


望「………冷泉の夏会なつのえを、この衣にてただ一人の女人が舞うこと。されば冷泉はそれを見つめ夏をもたらさん。この衣、男が着ることを禁ず…」


明(冷泉の夏会なつのえ…?)


蒼「望、大丈夫か?」


望「う、うん…ちょっとビックリしただけだから」


望「今のって、どういう意味なのかな?」


蒼「多分、冷泉町の 祭りに関係があることなんだろうけど」


明(冷泉の夏会は聞いたことありません。冷泉町史にも今のところは出てきてない言葉です)


蒼「にしても、何で急に読めるようになったんだ?」


望「それは私も知りたい位だよ」


蒼「だよな。一番すっとんきょうな顔をしてるし」


望「すっとんきょうな顔なんてしてないよ!?」


明(でも、ポカンとはしてましたね)


望「それは…そうかもだけど」


蒼「文字は他にあるのか?」


望「ううん、今ので全部だよ」


蒼「となると、この和装は失われた冷泉の夏会の道具の一つな訳か」


明(それと、さっき望さんは舞いって言ってました)


望「そうかも」


明(つまり、何らかの典礼舞踊があると言うことです)


蒼「でもそれを知ってる人は………」


明(おばあちゃん………)


望「そっか、明乃ちゃんのおばあちゃんはもういないんだね…」


明(…せめて、知ることだけでも出来たらいいのですが)


蒼「その辺は俺らにはどうしようもないな」


望「ごめんね、力になれなくて」


明(いえ、望さんが読んでくれたからこうして新しい情報がわかったんです)


明(望さんはとてもありがたいことをしてくれました)


蒼「俺は?」


明(、とてもありがたいことをしてくれました)


蒼「自分でも何もやってないことはわかってたけど、ガン無視か」


望「何か力になれることがあったらお手伝いするよ」


………


明(今回はこんな柄はいかがでしょう?)


蒼「藍色の月と海か?」


望「大きな満月のデザインだね」


明(ちょっと大人っぽくです)


望「これにしてみようかな」


蒼「じゃあ俺はひとまず扉の向こうに…」


望「あ、蒼人くん」


蒼「なんだ?」


望「………その、あのね」


蒼「なんだ、言いづらそうに」


望「あの…着替え、ちょっとだけでも、手伝ってもらいたいな…なんて」


明(!?)


蒼「………あん?」


望「…その、蒼人くんになら、見られてもいいと言うか…出来れば私のこと、もっと見て欲しいなって………」


蒼「変態か」


望「違うよ!?」


蒼「冗談だ。全く…色々と遠慮しないことも、そういう思いを持つのも結構だが………」


明(………)


蒼「せめて時と場合は選ぼうな。さっきから明乃が俺らを直視できなくなってる」


望「あ、あぁ………うん」


明(望さんが、こんな大胆な人だとは思いませんでした)


蒼「大胆と言うか、強引と言った方がいいかもな」


望「それは心外だよ」


蒼「人の口に食べ物を差し向けて間接キスを輩が強引でなくて一体なんだ?」


望「それは………まぁ」


スルリ…


蒼「………」


望「…な、何も言わずに見つめられるのはさすがに恥ずかしいよ」


蒼「見ろと言うから」


望「せめて何か一言」


蒼「ピンク、か」


明(変態です)


望「変態だよ」


蒼「失敬な」


望「私の身体…どうかな?」


蒼「どうって…コンパクト?」


望「たたくよ?」


蒼「でも、肌は綺麗だよ」


望「そう?」


明(この間も思ってましたが、望さんの肌は透き通るようで羨ましいです)


望「そういう明乃ちゃんも肌すべすべだよ」


蒼「ほんと、体温も相まって氷のようだ」


望「蒼人くんがそう言うと褒められてる気がしない」


明(でもわかります。澄み切った氷のような綺麗さがあります)


望「ありがとー」


蒼「俺と明乃で反応に差がないだろうか」


望「そーんなことなーいよー♪」


明(それじゃあ私も着替えますね)


蒼「じゃあ俺は外に出てるよ」


明(あ………はい)


蒼「どうしてそこで残念そうにする」


明(いえ…何でもないです)


望「ほらー、明乃ちゃん拗ねちゃったよ」


蒼「待て、色々おかしい」


スルリ…


蒼「だから待て」


蒼「なんだ、二人揃って痴女か?」


望「ひどい言われようだよ」


明(その、べ…別に見せたいとかじゃなくて、蒼人さんになら見られても…平気と言う………)


蒼「おいおい、高校生なんだから恥じらいは持っておけ」


明(ちゃんと持ってます。蒼人さんは特別です)


蒼「俺はそんな明乃が心配になるよ」


夜「そうねぇ、親しき仲にも礼儀ありと言うし」


咲「明乃ちゃんも自分を大事にしたほうがいいわよ?」


蒼「っ!?」


明(あ、お………お母、さん)


夜「何だか明乃がすみません」


蒼「いえいえ」


咲「良かったわね、蒼人モテモテじゃないの」


蒼「本人は複雑だよ…」


望「咲希さんの浴衣、今日も綺麗です」


明(なぜか紅葉ですけど)


咲「いやぁ、つい着てみたくなっちゃって」


夜「途中さらしを巻いて右肩を出してみたりして…」


蒼「どこの極道だよ」


咲「さて、日は高いけどお祭りに行ってみましょうか?お昼も近いし」


蒼「まだ暑いけどな」


望「私が冷やしてあげるよ」


明(じゃあ皆さん、望さんに集まって移動しましょう)


蒼「望を押しくらまんじゅうすればいいのか」


望「潰れちゃうよ」


………


望「浴衣って歩きにくいって思ってたけど、意外と動けるんだね」


明(着付がしっかり出来ていると動きにくさもあまり感じませんから)


蒼「その辺はさすがと言うべきか」


明(ありがとうございます)


夜「ほんと、明乃もずいぶん明るくなったわね」


明(そう、かな?)


夜「好きな人が出来ると変わるものよね~」


明(ちょっ)


望「あはは…」


蒼「明乃も大変だな」


明(、と言うことは蒼人さん達も…)


咲「むふふー」


明(…あぁ)


望「見守ってくれるのは、嬉しいけどね………」


蒼「ところで、この休みが終わったら明乃はまた図書館に行くのか?」


明(はい。そろそろレポートをまとめないと間に合わなくなるので)


蒼「もしよかったら、俺と望も一緒に行ってもいいか?」


望「んう?」


明(と、言いますと?)


蒼「ほら、神社にある衣の事と言い、その文字を解読した望の事と言い、俺らにも冷泉町の歴史は他人事じゃない気がしてな」


蒼「ちょうど今は休みだし、この一週間の間ぐらいなら手伝えるかと思って」


望「うん、私もあの文字がどうして読めたのか知りたいし」


明(それは助かります)


蒼「じゃあ近々予定を合わせて行こうじゃないか」


明(はい)


夜「デートかしら」


明(お母さん、話を聞いてたよね?)


咲「彼女がいるのに他の娘を誘うなんて蒼人も節操がないわね」


蒼「話、聞いてたよな?」



………



望「昨日もだったけど今日も賑わってるね」


咲「さて、1時か…いい感じに遅昼ね」


望「クレ………」


蒼「却下」


望「言い切ってないのに…」


蒼「まあ落ち着いて飯を食え。甘いものはもう少し後にしろ、どっちにせよ買ってやるから」


明(あ、向こうのほうに蒼人さんの所の…)


牧「よぉ、昨日に引き続き勢揃いだな」


芙「こんにちは」


蒼「今日は私服なのな」


牧「浴衣は1日レンタルだからな」


芙「残念ですけど」


明(貸し衣装でしたらたくさんありましたのに)


芙「え?」


蒼「今、こっちの面々が着てる浴衣は全部冷泉神社の所蔵品だ」


牧「所蔵品って…明乃ちゃんの所って意外とすごい?」


明(あくまでおばあちゃんの形見の品です。埃をかぶらせておくのがもったいないのでこうして皆さんに着て頂いています)


芙「あらら、タイミングが合えば私たちも手伝えたのにね」


牧「そうだなぁ。ま、来年は聞いてみるよ」


明(お待ちしてます)


牧「………で、昨日お前と望ちゃんが急にいなくなっていたのはどういう理由だぁ?」


蒼「んー、なんのことかな?」


牧「とぼけるんじゃねえ。帰ってきたと思ったら指を絡めて手を繋いでて、これ以上ないくらいに仲良くしゃべってたくせに」


望「ぁぅ」


蒼「バレてたか」


芙「二人は…やっぱり付き合い始めたんですか?」


蒼「まあ、そう言うことだ」


牧「どうやってたぶらかしたんだよ」


蒼「人聞きの悪いことを言うな」


牧「ま、どうであれ二人ともお幸せに、だ」


芙「今の二人を見てると、なんだか楽しそうです」


蒼「そうか?」


芙「はい。望ちゃんが最初に来たであろう頃は、どこか気もそぞろで落ち着かなかったり、望ちゃんも蒼人さんとどんな距離で話せばいいのか迷ってたような感じでしたから」


蒼「なんかすげぇ詳しく分析されてる」


芙「今は、望ちゃんと一緒に居ることが楽しそうに見えます」


蒼「訳あって彼女と高校生に振り回される日々が楽しいのか…」


芙「はい」


蒼「………なら、そうなんだろうな」


蒼「それで、俺と望が付き合い始めたわけだが、二人はこれからどうするんだよ?」


牧「ん?祭りを楽しむだけだぜ?」


蒼「そうじゃなくて、芙由との今後だよ」


牧「あぁ。そりゃもちろん結婚までするつもりだ」


芙「………」


蒼「なるほどな」


牧「それもあって、今度芙由の家に遊びに行く予定なんだよ」


蒼「挨拶に行ってなかったのか」


芙「忙しかったので」


蒼「なるほど」


牧「それに、まだハッキリと芙由を守れるって言い切れない自分がいてな、なんつーか、踏ん切りがつかなかったんだよ」


牧「けど、芙由が言ってくれたんだ。私は一緒に頑張りたいってな」


芙「その………頼ってばかりなのは私も嫌だったので…」


蒼「ほんと、牧人はいい彼女を持ったよな」


牧「あぁ、だからそんな芙由を絶対守ってやるぜ!」


芙「ふふ、頑張ってね、牧人くん」


………


牧「じゃあな」


芙「またお仕事で」


蒼「このくだり、昨日もやった気が」


芙「そ、そうですね…あはは」


望「行っちゃったね」


蒼「休み明けには山ほど顔を合わせるさ」


望「そう、だね」


蒼「どうした、ボーッとして」


望「…付き合うって、ああいうことなのかな」


蒼「…羨ましいのか?」


望「ううん。今も蒼人くんとこうして付き合ってるけど、あの二人とはちょっと違うなぁって思っちゃって」


蒼「あれは牧人だからできることだと思うぞ。あいつはいい意味でバカだからな」


蒼「だから、何がなくても芙由を守るとか幸せにするとか言うし、その為に死ねるなら幸せとまで思ってるかもしれん」


望「………蒼人くんは、どう思ってるの?」


蒼「そうだなぁ、まだ結婚とかそんな話は考えきれないけど、付き合った相手には笑っていてほしいかな」


蒼「その為にできることなら…馬鹿だな、俺も牧人みたいに何だってやってやるって思ってるよ」


望「あはは、蒼人くんもいい意味でなんだね」


蒼「全くだ。そんな俺はどうだい?」


望「ありがたいと思ってるよ。今までの事も全部まとめてね」


蒼「ならよかった。お礼に何か買ってやろう」


望「クレ…」


蒼「却下」



………



明(昼が短くなっていってる気がします)


蒼「まだ、肌に感じるほど短くはなってないがな」


望「でも、6時だけど陽は沈まないね」


蒼「陽の長い日を過ぎたとはいえ、まだ8月も走りだからなあと20日は夏休みだよ」


明(カダイ…レポート…スウガク………)


望「明乃ちゃんがうなだれて何か呟いてるよ」


蒼「触れてやるな。あれは学生の性みたいなものだ」


明(蒼人さん、望さん)


望「うん?」


蒼「なんだ?」


明(今度の13日に、一緒に図書館に行きましょう)


蒼「構わんが、早めじゃなくていいのか?」


明(課題を終わらせるための予定です。先に勉強を済ませます)


蒼「つまり、レポートに向けて他の課題を先に終わらせると」


明(はい、そのつもりですので)


蒼「やっぱり、みんな溜め込むんだな」


望「ため込む?」


蒼「お前には恐らく縁のないものだよ」


咲「それで、一通り見て回ったけど、まだお祭りを楽しむのかしら?」


望「私は色々楽しんだからどっちでも大丈夫だよ」


蒼「そうだな、まだ少し休みも残ってるし。今日はこれで終わりかな」


明(じゃあ、神社に戻りましょうか)


フワッ


蒼「………ん?」


望「どうしたの蒼人くん?」


蒼「いや、今向こうの方に望が居たような」


望「私ここにいるよ?」


蒼「そうなんだけど…なんだろうな」


望「私に聞かれても…」


明(蒼人さん、置いていきますよ)


蒼「おう、悪い悪い」


明(2日間の夏祭り、楽しかったですね)


望「初めてのお祭りで、いっぱい楽しいこと出来たよ!」


蒼「お前は新鮮で楽しそうだな」


望「うん!それに、こんなにたくさんの人と一緒にいることもなかったから」


明(蒼人さんと会うまでずっと一人でしたね)


望「だから、蒼人くんやみんなには本当にありがとうだよ」


蒼「そりゃどうも」


明(これからも、もちろん一緒ですよ)


咲「そうね。私も家族が増えて嬉しいわ」


夜「いいご近所さんと言うことでよろしくね」


蒼「それじゃあ帰るか」


望「うん」



………



望「ふぅ」


蒼「帰ってくると、やっぱり落ち着くな」


望「うん。それに、蒼人くんと二人っきりになれるから…」


蒼「そう言う歯が浮くような台詞を易々と言うんじゃない」


望「でも、二人になりたかった…から」


蒼「………はぁ」


蒼「まあ、お互い遠慮はしないって決めたしな」


望「そうだよ」


蒼「もう、1ヶ月前か」


望「ん?」


蒼「初めて自販機で出会ってからだよ」


望「あぁ…そう言えばしばらくあの場所に行ってないね」


蒼「何か、飲み物でも買いに行くか?」


望「また、ココアでも買ってみる?」


蒼「ココアは結構です」


望「じゃあ出掛けよっか」


………


蒼「夜は涼しいな」


望「私は元々涼しいからあまり感じないね」


蒼「クーラー人間だ、と…」


望「蒼人くんの表現、どこか悪意を感じるんだけど…」


浅「あれ、蒼人くんに望ちゃん?」


蒼「浅晴さん。仕事終わりですか?」


望「こんばんは」


浅「こんばんは。仕事終わりに祭りのバラシを見てたんだよ。お祭りの終わりも儚くて風情があるからね」


蒼「そうか、俺達が組んだ屋台も来年まで預かられる訳か」


浅「何事も、終わりは儚いものだね」


蒼「もう夏休みも終わりですね」


望「でも、お祭りはまた来年にもあるんだよね?」


蒼「…そうだな。この夏が最後じゃあるまいし」


浅「また、蒼人くんたちは屋台を組むようになるんだね」


蒼「はは………そう、です、ね」


望「ああっ、蒼人くんが虚ろな目に」


浅「悪い悪い。せっかくだから何か奢るよ。僕も飲み物を一つ買おうと思ってたんだ」


蒼「すみません」


望「ありがとうございます」


ガコン


浅「あ、そう言えばまだ明乃には言ってないんだけど…」


蒼「はい?」


浅「あの着物を倉から掘り出したって言ったよね?」


蒼「はい、そう聞きました」


浅「あれから更に倉を調べてみたら、どうやら忍さんの物らしい手記が数冊出てきたんだ」


望「忍さん…明乃ちゃんのおばあちゃんですよね」


蒼「冷泉神社の生き証人の手記、ですか」


浅「確証はないんだけどね」


浅「そのうち明乃にあげるつもりだから、もし興味があったら明乃と一緒に読んでみるといいかもね」


蒼「ありがとうございます。とても興味深い話です」


望「明乃ちゃん、とっても喜ぶよね」


浅「おばあさんの一番重要な形見…少なくとも明乃にとってはね」


浅「それじゃあ、お二人ともお幸せに」


蒼「はは、ありがとうございます」


望「飲み物、ありがとうございました」


蒼「………冷泉神社の史料か」


望「蒼人くん?」


蒼「いや、もしかしたらお前の事も少しはわかるかもしれないけど、なんか不安もあるからな」


望「不安?」


蒼「何がとは言えないけど、本当に知っていいのかわからないんだよ」


望「…それは、わかるかも。私も自分のことってそれほど知りたいとは思わないからね」


蒼「ずいぶん前にも言ってたな」


望「でも、知ることができるんなら…」


蒼「知っておきたい、か」


望「うん。なにも知らない私より、自分のことを知ってる私を、蒼人くんには好きになって欲しいから」


蒼「俺基準なのか」


望「だって、私は蒼人くんの彼女だもん」


蒼「へいへい、なら調べ尽くそうじゃないか。冷泉町の事も、望のことも」


望「うん!」



―――



………これは、どう言った数奇な運命なのかしらね?



………それとも、もう逃れられないのかしら?



………もし逃れられないのなら、いっそこの輪の中で全てを終わらせられれば幸せなのに



………ねぇ、私達はどうすればいいのかしら?



………祭ヶ原たくまくん



Date-08/10

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