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蒼「………さて、もう朝か」


蒼「らしくないな、俺が他人に家の事情を話すなんて」


蒼「でも、あいつには話してもいいと感じたな。なぜだか知らんが」


蒼「っと、8時か。もうあいつも起きてる頃だろう。俺もそろそろ起きようか」


………


望「おはよう、蒼人くん」


蒼「おう、もう朝飯ができてるのか」


望「うん。大分なれてきたよ」


蒼「本当に家事スキルがうなぎ登りだな」


望「ありがと。今日もお仕事遅くなる?」


蒼「まあな、ここ数日の仕事は大体こんな感じだろう」


望「そっか…」


蒼「こればっかりは、夏祭りが始まるまでの辛抱だな」



望「夏、祭り…」



蒼「ん?どうした?」


望「…いや、なんだか聞き覚えがあって………」


蒼「確かに、昔の冷泉れいせん町では夏祭りがあったらしいが」



望「冷泉れいせん…夏祭り………あれ」



蒼「…おい、望?」


望「…何?なんで私、なみだ………」


蒼「おい、大丈夫か?」


望「ごめんね…ちょっとよくわからない涙が出てきただけ…だから」


蒼「望………」


望「ふぅ………夏祭り、楽しそうだね。私も、行ってみたい…かも」


蒼「あ、あぁ…お前がそう言うんならな」


………


蒼「じゃあ、行ってくるよ」


望「うん、行ってらっしゃい」


蒼「いつも暇をさせてすまんな」


望「ううん。それに、今日はもしかしたら外に出掛けるかもしれないから」


蒼「おっ?」


望「ちょっとだけ、だよ」


蒼「そうか、気を付けてな」


望「うん」


パタン…


蒼「外に出掛ける、か」


蒼「多分、気になったんだろうな。さっきの事が」


明(何が気になったんですか?)


蒼「おおぅ、明乃か」


明(おはようございます)


蒼「なんか、お前とはいつも会ってる気がするんだが…」


明(いつも出掛けてますから)


蒼「それで、今日は私服ってことはまた図書館か?」


明(はい。昨日は探すのがやっとでしたから、今日は見つけた本の読み込みです)


蒼「頑張れよ」


明(はい、色々わかったら蒼人さんにもお教えしますね)


蒼「期待しとくよ」


明(今日もお仕事のようですね)


蒼「まあな。お前もあそこで聞いてた通り、夏祭りが始まるまではのんびりしてる余裕はないんだよ」


明(夏祭りですか…蒼人さんたちのお仕事は祭りが始まるまでがピークなんですよね)


蒼「そうだな。祭りに入ればお役御免だ」


明(もしよかったら、後学のためにもお祭りを見に行きたいです)


蒼「おう、好きにすればいい」


明(………)

蒼「………」


明(えっと、出来れば知り合いに案内をしてもらいたいんですけど)


蒼「なら、母親と行けばいいんじゃないか?」


明(蒼人さん、遊んでいますね?)


蒼「よくわかったな」


明(その…出来れば、ほんとに出来ればでいいんですけど、蒼人さんに案内をしていただけると、その…私の事を色々と知っているので…)


蒼「一部だけ聞くと俺が犯罪者のようになるからやめなさい」


蒼「はぁ…お前といい望といい、なんというか無防備過ぎやしないか?」


明(望さん…望さんも、お祭りを見に行くんですか?)


蒼「あぁ。あいつも夏祭りを見たことないらしいからな」


明(じゃあ、私と望さんと蒼人さんの三人で行きましょう、そうしましょう)


蒼「似たり寄ったりの背格好の女の子二人を連れて夏祭りに行くって、それもう真っ黒も真っ黒に見えてしまわないか?」


明(大丈夫です。蒼人さんなら娘と友達を連れてるお父さんでも問題はありません、多分)


蒼「明乃は俺と10も離れてないだろうにというかそれ俺のことを老けてると思って」


明(おっと、そろそろ電車に乗らないと行けません。私とはここでさよならですね)


蒼「白々しすぎるんだよ」


明(けど、本当に夏祭り、楽しみにしてますね)


蒼「はぁー…あぁ、わかってるよ。その為にも俺は仕事に行ってやる」


明(ふふっ、それじゃあ)


タッタッ…


蒼「…更月明乃、小声で小柄だが、その実は存外したたかなのかもしれん」


蒼「…懐には気を付けておこう」



………



牧「蒼人、どうだ?予備のネジをあてがってみたが」


蒼「あー、これ長すぎるな」


牧「となると、同口径の短い奴か…社長、同じ口径で六センチってありますか?」


社「あるよー、たしか青い箱の下段に六センチがまとめられてるはずだから」


牧「うひー、口径も形状もざっくばらんだぜ」


部「いつも買い足しては流し込んでるからねぇ」


芙「ネジは整頓がしづらいですから」


牧「…よしこれだ!蒼人ー」


蒼「ほいきた。よし、大丈夫だ」


牧「じゃあd組を組んで仕上げな」


社「あ、また朽ちてる」


………


芙「大分手際がよくなってきたね」


蒼「といっても、午前で二台のペースは変わらずだ」


牧「リチェックやら新しい木材の切り出しやらで無駄に時間を食ってるからな」


芙「社長と部長のコンビがいなかったらと思うとぞっとするね…」


部「まあ、仕事をかき集めてきたのもアタシだから、いない方が楽だったかもしれないけどね」


牧「おっと、部長もここで飯ですか?」


部「たまには部下と親交を深めたいと思ったのよ」


蒼「その様子だと、いつもやってる事務手続きは終わったようですね」


部「あら、蒼人くん気づいてたのね」


蒼「この間ちょっと見かけましたから。書類に向かって無骨な漢の顔をしてた部長を」


部「イヤン、恥ずかしいところを見られちゃったわー」


牧「無骨な漢の顔ってどんな顔だよ?」


蒼「部長の名誉と己の保身のために言わん」


芙「でも、事務手続きって」


部「主に夏祭りの実行委員会との仲立ちね、出る店が恒例になってて惰性で事を進めて要らぬトラブルを引き起こさないためって所よ」


牧「俺たちは造る会社のはずですよね?」


部「えぇ、だから安心できるお祭りをのよ」


部「あーあ、中間管理職の悲しき性よねぇ」


芙「私たちも頑張りますから」


牧「足回りの仕事は任せてくださいよ」


蒼「そう言うことです」


部「…そう言われたら、アタシも頑張らなきゃならないわね」


社「うん。仲睦まじいのはいいことだね」


蒼「社長、いつの間に…?」


社「厳司くんが上手いこと言った辺りから」


牧「上手いこと………?」


社「それより蒼人くん。君にお客さんみたいだけど?」


蒼「俺ですか?」



望「こ、こんにちは………」



蒼「………」フイッ


望「あの、蒼人…くん?」


蒼「いかんいかん、夏の幻が見えている」


望「もーっ!!またそうやって意地悪するー!」


社「ってことは、やっぱり蒼人くんのお客さんだね?」


蒼「えぇ…まぁ」


牧「なあ、この子ってもしかして例の?」


蒼「あぁ、家の居候だよ」


望「はじめまして、冷泉れいせんのぞみ=フリージィです」


芙「こんにちは、私は蒼人さんとお仕事してる川上かわかみ 芙由ふゆです」


牧「あ、俺は芙由の彼氏の立崎たてざき 牧人まきとだ、よろしくな!」


部「アタシの事はもう知ってたわね」


望「はい、部長さんですよね」


蒼「で、俺は祭ヶ原蒼人って言う…」


望「それはもう知ってるよ」


蒼「だな。けど、どうしてここまでやって来たんだ?」


望「うん。今朝言った通りちょっとお散歩してて、せっかくだからこの町も見ようと思ったらここを見つけたんだよ」


蒼「せっかくって割には結構歩いたな。ここそんなに近くないだろ?」


望「歩きなれてるから!」


芙「あっ、なんだか涼しい…」


望「あ、えっと、多分私の体質だと思います」


牧「どれどれ…」


蒼「おい、近いぞ変態」


望「あはは…」


牧「マジだ、近寄るとすげえ涼しい。なんか氷柱に近付いたみたいだな」


社「それって、冷え性とは違うみたいだね」


望「えっと……?」


蒼「このおじさんが俺らの中で一番偉い人だ」


望「わわっ、失礼しました」


社「お気遣いなく。僕も気兼ねなく話してくれた方が楽だからね」


望「はい、えっと…冷え性とは違ってて、私には身体の不調はないです」


蒼「その証拠に、こいつが風邪を引くと体温が人並みになりますから」


社「なるほどね、それは確かに不思議な体質だね」


芙「望ちゃん、手を握っても大丈夫かな?」


望「はい、どうぞ」


芙「…わぁ、ほんとに氷を触ってみたい…」


蒼「まさに冷血人間だろ?」


望「あーおーとーくーん?」


蒼「すまん癖が出た…で、お前はこれからどうするんだ?」


望「んえ?」


蒼「俺たちはまだ仕事が残ってる。このままだと終わるのは日が落ちてのちってくらいになるが、それまで待つつもりなのか?」


望「う~ん」


芙「用事が無かったら、ここに居てもいいんじゃないかな」


望「えっ」


芙「元々蒼人さんの家に暮らしてるんだったら、蒼人さんが終わるまで待ってた方が安全じゃないかな?」


蒼「芙由、俺は騙されないぞ。そう言って体よく冷房がわりに使おうとしてるだろ?」


芙「あ………あはは」


蒼「とは言っても、家に居たところで暇なわけだしな」


蒼「望、お前が退屈しなくて、もしよかったら仕事が終わるまで待つか?」


望「いい、の?」


蒼「どうやらみんな歓迎らしいぞ?」


牧「うぇるかーむ!」


芙「見てるだけかもしれないけどね」


部「可愛い見学者ね」


社「それなら僕も頑張ろうかな」


望「あ、あの…ありがとうございます!」


蒼「…さて、応援係が一人増えたところで作業再開といきますか」


部「それじゃアタシも少し本気を出そうかしら?」


社「じゃあ芙由ちゃんは僕と組もうか?」


芙「は、はい」


蒼「牧人が行かなくていいのか?」


牧「構わんよ。仕事と割りきって考えたら、俺は蒼人と組んでる方が効率的だ」


蒼「さすがのカップルだな。うし、じゃあ再開で」


牧「おう!」



………



蒼「って言うか………」


牧「部長………」


部「ん?どうかしたかしら?」


芙「この時間中に一人で二台組み上げてる………」


社「その代わり工具の消耗も急速なんだけどね」


部「普段から鍛えていますもの」


望「部長さん、時々見えなかったよ…」


部「ま、昔とった杵柄よね。木工業に入ってもうずいぶん経つんですもの」


牧「さすが部長っす」


蒼「改めて尊敬しまっす」


チラッ


芙「…わ、わたしも言うの!?」


部「たまにはこうして力を解放しないとね」


社「じゃあ厳司くんが力を解放したところで今日はおしまいだね」


社「今日で六台か、あと一回くらいこのペースで組めれば、残りは一日四台を堅実に守って仕事すれば大丈夫かな?」


部「なら、それまでアタシは英気と道具の補充を頑張らなくちゃ」


牧「ほんとに工具がすり減ってる…」


蒼「道具を上回る人間ってこういうことなのか」


………


社「それじゃあお疲れさま」


牧「お疲れっしたー」


芙「お疲れさまでした」


蒼「お疲れさまでした。ほら、望もだ」


望「あ、ありがとうございましたっ」


部「また、応援に来てくれると嬉しいわ」


望「はい」


蒼「じゃ、買い出しして帰ろうか」


望「あ、うん」


蒼「さて、何か食べたいものとかあるか?」


望「特にはないかな。蒼人くんの料理はいつも美味しいから」


蒼「誉めてもなにも出んぞ」


望「純粋な感想だよ?」


蒼「そうかい。それなら、素麺でも作るか」


望「あっ、それ知ってる。細い食べ物だ」


蒼「素麺の印象的ざっくりしすぎだろ」


望「なんだか涼しそうって思ってたんだ。食べたことはないけど」


蒼「って言うか、お前ほんとに何食べてたんだ?」


望「う~ん、おにぎりとか?」


蒼「コンビニか?」


望「いや、塩のおにぎり…」


蒼「お前………」


望「…えっ、何その憐れみの目は」


蒼「いや、なんかお前には色々美味しいものを食べさせたくなってきた。別に深い意味はなく」


望「絶対に何か違うこと考えてる~」


蒼「よし、素麺を作ることしかできないけど、俺頑張るからな!」


望「いい顔で言わないでー!」


………


蒼「とりあえず、こんなところか」


望「きゅうりにハム、素麺に…これは?」


蒼「しいたけ。癖はあるが煮付ければいい具材になる」


望「素麺って、麺とつゆのイメージしかないんだけど…?」


蒼「あー、オーソドックスなやつだな」


蒼「今作ろうと思ってるのは、麺と具材をつゆに浸す…いわゆるぶっかけ素麺ってやつだ」


望「ぶっかけ?」


蒼「お前が思ってる素麺の改良版みたいなものだから、心配しなくても大丈夫だ」


望「うん、じゃあ楽しみにしてる」


蒼「さて、あとは………」



………



望「ただいまー」


蒼「8時過ぎか、結構時間かかったな」


望「ふぅ」


蒼「疲れたか?」


望「うーん、少しだけかな?お出掛け久しぶりだし、結構長い間外に出てたし」


蒼「まあな、炎天下でこれだけ歩けば、普通の人なら熱中症で倒れててもおかしくはないからな」


蒼「どれ、手貸してみろ」


望「ん?はい」


蒼「…んー、氷のうくらいの温度だな。やっぱり少し疲れぎみか?」


望「よくわかったね」


蒼「普段の氷のような体温を覚えてるからな」


望「私、覚えられちゃった?」


蒼「意味深な言動はやめなさい」


蒼「じゃあすぐに素麺を作ってやろう。お前は…どうせならシャワーでもしてくればいい。洗濯もしたいからな」


望「わかったー」


タッタッ


蒼「さて、しいたけはだしと砂糖で…」


………


蒼「味は………こんなものか」


蒼「よし、望が戻ったら飯にしよう」


蒼「っと、その前に洗濯機をつけねば」


蒼「…あいつの衣類って汗は書かないけどまれに結露するんだよな」


蒼「だから結果として汗かいたときと何ら変わりが………」



望「あ………」



蒼「………」


望「………あ、あおと…く」


蒼「いやー、わるいわるい。そんなつもりはまったくな?ほんとにな?」


望「い…」


蒼「い?」


望「いいからそんなに見てないで出てってよーーーー!!!」


………


望「うぅ…」


蒼「まあ、一つ屋根の下で暮らしてればそんなこともあるってものだ」


望「もー、ほんとに蒼人くんはデリカシー無さすぎだよ」


蒼「何を今更」


望「開き直らないでよ」


蒼「まあまあ、もう素麺は出来てるから、食べて機嫌を直してくれ」


望「…おー」


蒼「と言うわけで素麺の出来上がりだ」


望「私の想像とは違うけど、美味しそうだよ!」


蒼「玉子、きゅうり、ハム、しいたけの甘煮、あと塩蔵ワカメがあったから使ってみた」


望「色とりどりだね」


蒼「さて、では実食だ」


望「いただきまーす」


望「んー!冷たくて美味しい!」


蒼「なかなか上手いこといったっぽいな」


望「このしいたけ?ふにふにしててちょっと甘くて不思議な感じだね」


蒼「好き嫌いが分かれる食材だが、お前は大丈夫そうだな」


望「素麺と一緒に食べると、味が変わっていいよ」


蒼「…ほんと、お前は美味しいものを幸せそうに食べるのな」


望「うん。色々見ることは多かったけど、食べることは少なかったから」


蒼「やっぱり、お前寂しいやつなんだな………」


望「しみじみ言わないでよ」


蒼「身体も…」


望「怒るよ?」


望「うー、やっぱり見られた事は拭えないよ」


蒼「確認しなかった俺も悪かったよ。料理作ってると他のこと忘れやすくなるから」


望「…で」


蒼「?」


望「その…見た感想は………?」


蒼「お前はなにを言ってるんだ」


望「だからっ!その…」


望「…ひ、他人ひとに裸を見られた事はないから…その、どう見えてるのかなって…」


蒼「それを男の俺に聞くのか?」


望「それはっ………あ、蒼人くんのか、感想なら…聞いて………みた」


蒼「落ち着け、かなり危ないことを言ってるぞ」


望「わ、わかってるもん!」


蒼「それでも聞きたいと?」


望「………うん」


蒼「…まあ、なんとも言えないが、別に気にするほどでもないと思うぞ。その、見た感じまだ成長しそうだし…な」


望「蒼人くん…」


蒼「って、なんで俺がそんなフォローをしなきゃならんのだ。ほら、食ってしまうぞ」


望「あ、うん…」


望「…へへっ」


蒼「笑うんじゃない」


………


望「おやすみなさーい」


蒼「あぁ」


望「もうすぐお休みだったっけ?」


蒼「そうだな、明日行けば明後日は休みのはずだ」


望「また出かけられるかな?」


蒼「急に用事が入ってこなければな」


望「じゃぁ楽しみにしてるね」


パタン


蒼「まったく…何に浮かされたか知らんが、あいつだんだん積極的になってるな」


蒼「身体なぁ…余り女性の裸をまじまじと見ることはなかったから感想も何もないんだが、あいつの表情…何かを期待するような真剣な眼差しを見てしまうとな」


蒼「…いや、あまり意識しないようにしよう。その方がに気が楽になる」


蒼「そうだ、あいつとはいずれ別れるんだ………」




蒼「あいつはただの居候、なんだよな」



Date-07/21

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