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(ごめんね   くん。私はあなたを守れない)


(私はここの人間だから、   くんのしたことを許すことはできない)


(でも   くん。   ちゃんと一緒にいるつもりなら、これだけは守って)


(………あなたが、のぞみちゃんを)


(   くん。このお祭りの約束事、知ってるはずだよね?)


(だったら!どうしてそれを破ったの!)


(私は…   くんは大丈夫だって、信じてたのにっ!)



―――



蒼「………また夢か」


蒼「しかも、また名前と言う名前が頭に入ってこない…」


蒼「…いや、一つだけ入ってきたな。何て言ってた?」


蒼「………考えてもしょうがないか。夢は夢だ」


望「あっ、おはよう」


蒼「お前はいつも七時起きなのな」


望「そうだね。あの場所での習慣なのかな?」


蒼「もしそうなら、それはちょっとした手掛かりもしれんな」


望「あまり役に立たない手掛かりだと思うけど」


蒼「小さくても大事な一歩だ」


蒼「考えてみれば、お前は俺が仕事の時は一日家に居るんだったな」


望「そうだよ」


蒼「ふむ………時々散歩をしたくなることは?」


望「まあ、それなりに」


蒼「それなら…えーっと」


望「?」


蒼「おう、あったあった」


望「これは、鍵?」


蒼「この家の合鍵だ。これを持ってれば少し外に出る位はできるだろ?」


望「それは…ありがたい、けど…」


蒼「どうした?」


望「蒼人くんとできるだけでもとってもありがたいし、お家にいても色々発見があったりするし…それで合鍵までもらうのはなんだか本当に申し訳ないよ」


蒼「謙虚だなお前も」


蒼「それならこの合鍵は二人ともが判る場所に置いておく。そして、お前は折を見て鍵を使って外出してもいいし、俺が電話をかけて何かを頼むかもしれん。買い出しとかな」


望「うん、それならオッケーだよ。持ってるのは気が引けたけど、必要に応じてだったら」


望「それはともかく、合鍵についてるキーホルダー、キレイだね」


蒼「あぁ、仕事仲間からのプレゼントだ」


望「星の中に星がキラキラしてるみたいだよ」


蒼「多分、仕事仲間の女子の方が選んだんだろうな」


望「お仕事に女の子もいるの?」


蒼「あぁ、小柄だけど製作もするし机での仕事も速い。パワーのある子さ」


望「部長さんだったり、そんな女の子だったり…そんな人たちのいるお仕事って楽しそうだね」


蒼「そうだな。成り行きで入ったとはいえ、いい仕事に恵まれてるよ」


蒼「じゃあ行ってくるな。もしかしたら今日も遅くなるかもしれんから、先に寝ててもいいぞ」


望「そのときに考えるよ。いってらっしゃーい」


パタン


蒼「どうせ、リビングでずっと待ってるつもりだろうに」


………


明(蒼人さん)


蒼「おっ、明乃か」


明(お出掛け…いえ、お仕事みたいですね)


蒼「そういう明乃は制服じゃない辺り、お出掛けか」


明(ちょっと明宮あけのみやに)


蒼「遊びにか?」


明(いえ、市立図書館に行こうかと)


蒼「勉強か、さすが学生だな」


明(まあ…そうですね)


明(……望さんは)


蒼「望なら家で留守番だよ。いい感じに暇をもて余してるだろうよ」


明(そう、ですか)


蒼「………なあ明乃」


明(はい)


蒼「もしかして、望の事が気にかかってるんじゃないか?」


明(………)


蒼「この前顔を会わせたとき…」


蒼「…あの時、望のフルネームを聞いて一瞬戸惑ったように見えたからな」


明(なかなか鋭いご指摘ですね)


蒼「と言うか、俺も気になってたんだ。冷泉れいせんなんて名前を持ってるから、もしかしたら神社に…明乃たちに関係があるんじゃないかってな」


明(…蒼人さんの言う通りです。私も望さんの事は気になっていました。けれど、あまり気にしては望さんに悪いですから、あえて考えないようにもしていました。あまりかき乱すようなことはしたくないので)


蒼「そうか、それは悪い質問をしたな」


明(いいえ、蓋をしようとしてたのは私ですから)


明(また、時々お話ししましょう。今はお互い忙しそうなので)


蒼「そうだな。また時間が出来たら色々話をしよう」


明(それじゃあ)


………


蒼「………さて、仕事モードにせねば」



………



牧「蒼人、もうb組が出来上がるからcの紐を解いて広げとこうぜ」


蒼「はいよ、c組っと…」


芙「こちらも今日は午前中で仕上がりそうですね」


部「これは簡単な方ですものねぇ」


蒼「ありゃ」


牧「どした?」


蒼「ダメだ、使い古してて折れてる」


牧「まじか」


部「何番かしら?」


牧「4番…喜多さんですね」


社「喜多さんとこは30年来のお店だね」


部「喜多さん、毎年バラしが雑だって言われてたわねぇ」


牧「ここにきて限界が来たわけか。寸法判るか?」


蒼「えっと」


社「長さ144cm、口径は一辺40mmかな」


社「厳司くん、作れるかな?」


部「もちろんですとも、6分借りるわね」


牧「すげぇ」


蒼「社長が目算で寸法を出して部長が製材をする」


芙「これが製作業のプロ…なんでしょうか」


部「はい仕上がり。蒼人くん、合わせてみてちょうだい」


蒼「…完璧っす」


部「ふう、まだそれほど腕は衰えてないようね」


社「僕がたまに厳司くんに無茶振りしてるからね」


牧「よし、じゃあ続きだな」


部「アタシ達も頑張りましょうか」


芙「は、はい」


社「僕も手伝うよ」


………


芙「今のところ、午前中で二台」


牧「これだと今は一日四台のペースか?」


芙「うん、そうなるかな」


蒼「四台ならまあ何とか納期には…ってところか」


牧「けど、結構ハイペースだよな」


芙「早いに越したことはないけど…」


蒼「今はペース重視だな。次の休みまでに3分の1…できれば半分は仕上げたいだろうな」


牧「次って、今度の休み三日後じゃねぇか」


芙「でも、半分まで行けば後は安心して製作できるから、なくはない話かも」


牧「まぁ、芙由がそう言うんなら…」


蒼「とにかく今は難解な設計図に当たって貧乏くじを引かないように祈ることにしよう」


牧「あったなぁ…やたら束の多い屋台が」


芙「えと…番号が判ればその図面を取らないようにするけど…?」


蒼「是非」

牧「是非」


芙「あ、あはは…」


牧「で、蒼人よ?」


蒼「は?」


牧「居候ちゃんの様子はどうなんだよ」


蒼「どうも何も、今ごろ家でテレビでも見てるだろうよ」


芙「その居候さんは学校とか、お仕事とかは?」


蒼「それが判れば苦労はしてないんだがなぁ」


牧「なんか複雑なのな」


蒼「基本的に自分の身の回りの事は覚えてないってのと、ずっと冷泉町に居たってことくらいしか情報がない」


芙「住んでたお家とかはわからないんですか?」


蒼「あいつ…望に関して言えば、多分それが一番難解な謎だと思う」


牧「ほうほう、望ちゃんって言うのか」


蒼「望には色々と不可解な所がある。元々自分の親のことを知らない、住所はもっての外。そして超低温体質…」


牧「超低温体質?」


蒼「とりあえず、あいつの手足、全身に至るまでがまるで氷のようで、触れば震えるほど冷える」


芙「なんだかファンタジーみたいです」


蒼「不思議な話だよ。ホットで買った熱いココアが瞬間的にアイスココアになったんだから」


牧「で、そんな不思議な望ちゃんが、今蒼人の家に居ると」


蒼「そやな」


芙「なんだか会ってみたいです」


牧「確かに。女の子云々を抜きにしても…」


蒼「あー…」


蒼「まあ、今度聞いてみるよ。一応本人の意向も聞かんとな」


芙「そうですね。徒に興味本意で会うのも望ちゃんに悪いですからね」


牧「ま、長い目で見ておくぜ」


部「さぁて、みんなーそろそろ休憩終わるわよ~!」


蒼「うぃーっす!」


牧「すぐいきまーす!」



………



部「それじゃあ今日はお疲れ様。また明日ねー」


蒼「あ゛ー…」


牧「累計…五台…だと………?」


芙「あはは…二人とも頑張りすぎだよ」


蒼「まあ、このペースなら少しは余裕が出来るかもしれん。油断はならないが」


牧「俺、この仕事が終わったら幸せになれる気がするんだ…」


芙「死亡フラグを立てちゃダメ」


牧「冗談はさておき、ちょっと息巻いて頑張ってもこの程度なんだな」


蒼「速度はこっちの都合で、使う側は質を求めるからな」


牧「となると、今日の五台目は明日リチェックだろうなぁ」


芙「組むだけ組んだみたいだったしね」


蒼「やっぱり一日四台が妥当か」


牧「けど、かなりギリギリにならねえか?」


芙「うーん………」


明(蒼人さん、それに製作所の皆さん)


蒼「おや?明乃か」


明(こんばんは…いえ、お疲れ様でしたの方がよいでしょうか?)


芙「明乃ちゃん、こんばんは」


蒼「どうした?何か忘れ物でも取りに行く途中か?」


明(図書館からの帰りです)


蒼「そういえば、今朝そんなこと言ってたっけ」


牧「図書館で勉強かぁ…俺もやった………」


芙「ふふっ…うそつき」


牧「ぐっ…」


明(勉強というより、調べものです)


蒼「それはそれは、勤勉なことで」


牧「あ、このまま着いていきそうだった、芙由、乗って帰るか?」


芙「あ、うん。そうだね」


蒼「俺は明乃と同じ道だから」


牧「じゃあ途中まで付いてってやれよ。女の子一人に夜道を歩かせるのか?」


蒼「もとより送り届けるつもりだが?」


明(あ、蒼人さん……)


牧「だろうな。それじゃ俺らはこれで。明乃ちゃんもまた製作所に来てくれよな。何かしらもらえるかもだぞ?」


芙「もので釣らないの」


明(また、見学に来ますね)


芙「それじゃあ明乃ちゃん、蒼人さん、また明日」


蒼「じゃあな」


明(…もしかして、あの二人は、その…)


蒼「ん?」


明(ですから、あの二人は………えっと…)


蒼「お前も案外初心うぶなんだな」


明(わかっているんなら言わせないでくださいよ)


蒼「すまんな。確かにお前の思ってる通り二人は付き合ってるよ」


明(なんだか、二人とも楽しそうでした)


蒼「まあな。楽しく会話して、たまにちょっとケンカして、それでもああやって気軽に話が出来る」


明(それは、うらやましい…かもしれません)


蒼「うらやましいのか?」


明(、ですよ)


蒼「………それで、図書館まで何の調べものに行ってたんだ?」


明(それは私のプライベートですよ?)


蒼「悪い。でも"今朝の話"の事もあったからとりあえず聞いてみたんだ」


明(………)


蒼「…やっぱり、何か気になることがあったのか」


明(………望さんの事はまだわかりません。私が図書館に行ったのは、冷泉れいせん町史を調べるためですから)


蒼「冷泉れいせん町史…?」


明(今はなくとも、冷泉れいせん町のお祭りを取り仕切っていたのは家の神社です。それで、そのお祭りの事や神社の歴史を知りたくて図書館まで足を運んだんです)


明(私は、今まで雰囲気とか感覚であの神社を好きになっていました)


明(けど、望さんと出会った時、自分の神社が冷泉れいせんという名前を冠してるという実感が不意に流れ込んできて)


蒼「無性に知りたくなった、と」


明(知らなければならないと思った…と言うのが正しいと思います)


明(…おばあちゃんは、この神社を手入れしていました。私はそれを手伝ってて、おばあちゃんはそんな私を優しく撫でてくれました)


明(でも、それ以上の話を聞くことはありませんでした。おばあちゃんは、この神社のことを誰にも話さずにいなくなったんです)


明(お母さんも、この神社が本当はどんな姿をしていたのか、この神社にどれだけの人が集まっていたのか…それは全く知らないし、聞かされもしなかったって言ってました)


蒼「明乃………」


明(…誰も知らないのは、寂しいです。もしかしたら居るかもしれない神様だって…)


明(だから、私はおばあちゃんの話してくれなかった事を、自分で知るために図書館に行ってました)


蒼「…そうか。悪かったな、そんな深い事情があったのにそれを気軽に聞いてしまって」


明(いいえ、クラスメイトや赤の他人ならまだしも、蒼人さんになら…話してもいいって気持ちになるんです)


蒼「えらく信用されてるんだな」


明(なんとなく…なんとなくですよ?望さんが側に居られる理由が判るんです)


蒼「なぜ?」


明(……ふふっ)


タタッ


蒼「あ、おいっ!走ると……!」


明(…その理由は、いくら蒼人さんでも教えられません)


蒼「っ………」


明(さて、蒼人さんのお家までやって来ましたね)


蒼「ん?あぁ…もうそこまで歩いてたのか」


明(私とはここでお別れですね)


蒼「一人で大丈夫か?何だったら神社まででも送って…」


明(ご心配なく。歩きなれていますから)


蒼「あ、あぁ…そう、か…」


明(それじゃあ、望さんによろしく伝えておいてください)


蒼「わかったよ。またどっかで会うかもな」


明(またおかずをお裾分けに来ますよ)


蒼「ありがたいことだ。じゃあな」


明(はい)


タッタッ………


蒼「神社の持ち主ってのも、大変な仕事だよな」


蒼「さて、もう9時半だ。望は恐らくリビングで寝てるんだろうな」


蒼「…さて、何色だろうか」


………


蒼「ただいま…起きてるか~?」


望「あぁ、蒼人くん。おかえりなさーい」


蒼「ん?風呂上がりか」


望「今さっき上がったところだよ。ご飯も先に食べちゃった」


蒼「構わんよ。俺に合わせてたら、ろくな生活時間にならないだろうしな」


望「そういえば、さっきお風呂場から誰かと話してたっぽい声が聞こえてたよ」


蒼「あぁ、この間会った神社の女の子だよ。更月さらつき明乃あきのって…」


望「そういえば、タッパーを返しにいった時に女の子と出会ったね」


蒼「仕事の帰りに会ったから適当に話を、な」


望「あの子は、えっと…学生ってものなのかな?」


蒼「そうだな。高校生だろう」


望「高校生………」


蒼「ん、そうか。お前には経験のないものだろうな」


望「そうだね、私には…ない……」


蒼「経験してみたかったか?」


望「よくわからないよ。学校って言うものがどんなものなのかわかんないから、うらやましいとも言えないし、寂しいとも言えない」


蒼「その辺は、お前も大分達観した奴なんだな」


望「蒼人くんも学生だった頃はあるの?」


蒼「あぁ。大学だって行ったさ」


望「へぇ」


蒼「けど、ここにいて仕事をしてるのは大学とは全く関係ないんだがな」


望「そうなの?」


蒼「ここに暮らして仕事をするようになったのは、両親の事が一番大きな理由だからな」


望「蒼人くんのお父さんとお母さん?」


蒼「あぁ。二人は今はそれぞれ出稼ぎに行ってるんだが、母さんはその本当の理由を"この町に居たくないから"って言ってたんだ」


望「どうして?」


蒼「それを聞いたのは俺が大学を卒業した直後で色々込み入ってたもんで、その詳しいところまで聞くことは出来なかったよ」


蒼「そして、父さんは初めはここに残るつもりだったらしいけど、母さんと相談して二人でより働きやすい場所を探すことに決めたらしい」


望「それって、蒼人くんは………」


蒼「置いてかれた、とも言えるかな」


蒼「まあ、その裏には母さんからこの町で暮らして仕事をするんなら家は好きに使っていいって言われたから、それを好都合として了承した俺もいるんだがな」


望「蒼人くん………」


蒼「幸い、この家に関する面倒全般は父さんと母さんが見てるらしいし、俺はライフライン関係をショバ代として支払って、後の自分の金は自由に出来る。だから俺も両親の事を恨んではないんだよ」


望「…蒼人くんも、蒼人くんのお父さんとお母さんも、ドライなんだね」


蒼「まあな。母さんの奥底にどんな理由があるのか知らんが、とにかくこの家と俺たち家族は、いびつでも形を成しているって訳さ」


望「…そう、なんだ」


蒼「そんな寂しそうな目をするなって」


望「ううん、よくわからないの。私にはそもそも家族なんていないから」


蒼「そう、だったな」


望「…でも、蒼人くんがそうやってさっぱりと話してくれるのなら、私は心配ないって思うことにするよ」


蒼「それでいいんだよ。それに、お前が来たお陰で一人ではなくなったしな」


望「うん。私も、蒼人くんがいるから一人じゃない」


蒼「それでいいじゃないか」


望「うん!」


蒼「まあ、つまらん話を聞かせた俺も悪かったよ。なんかお前には話したくなったものでな」


望「ううん、蒼人くんの事が知られて私も嬉しいか…ふぁ~…」


蒼「おっと、もう11時が近いか」


望「結構話し込んでたね」


蒼「そろそろ寝るか」


望「そうだね」


蒼「俺は汗を流したりするから、お前は先に眠っとけ」


望「そうするよ、それじゃ、おやふみ~」


蒼「欠伸しながら喋るとアホっぽい」


望「もー…」


Date-07/20

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